( ‥)前さ、帝国から独立する彼の国を
支援するために参加した西欧の
義勇兵は、独立とは名ばかりの
山賊行為に幻滅したって
話を書いたよね。
∧∧
( ‥)あの時は、国名は伏せましたけどね
→*
(‥ )あれってさ
∧∧
( ‥)ギリシャ、なんですよね
-□
例えば以下に引用
ところがギリシャ人にそのつもりはなく、彼らの「戦争目的」は山岳地帯の国境線でトルコ当局を嘲弄し、山賊家業で暮らし、都合がよければ攻守ところを変え、チャンスがあればその宗教上の敵を殺し、安っぽくけばけばしい服装でパレードをし、まがまがしい武器を振り回し、不名誉な賄賂をポケットに詰め込むが、最後まで戦って死ぬとか、華々しく最初に死ぬなどということはまったく無縁のクレフテ流の自由を勝ち取るという限定されたものであることが分かると、ヨーロッパ人たちは英雄的な文化の崩壊を説明するのは古代ギリシャ人と近代ギリシャ人との間の血脈の断絶だけだという結論を引き出したのである。
「戦略の歴史」ジョン・キーガン 心交社 1997 pp22~23
*クレフテとは半分山賊、半分オスマントルコ帝国に対する反乱軍というようなものだそうな
∧∧
( ‥)血脈の断絶、ようするに文化がまるで
違っているのは民族が途絶えて別物に
なっているからだって説明ですね
( ‥)こたびのギリシャ危機でも
-/ 公務員がデモするわ、
国家が粉飾決算するわ
国民投票しようとか
言い出すわで、そんな
揶揄も出ているみたいね。
ようするに、民主主義と科学と文化と哲学を作った偉大な祖先と堕落した子孫、という対比である。
∧∧
( ‥)まあ、古代ギリシャも大した産業が
なくて、おまけに奴隷制度に
支えられた市民生活と
暇をもてあました
哲学だったわけですけど。
(‥ )テルモピュレーの戦いだって
都市国家なんていう狭くて
行政的には原始的で悪い意味で
村っぽい発想の先にある
玉砕戦だからなあ。
*テルモピュレーの戦い:侵攻してきた圧倒的に勝るペルシャ帝国軍からギリシャ同盟軍が撤退する際、しんがりをつとめたスパルタ王とスパルタ軍、および参陣したギリシャ各都市の兵士たち300人が本当に完全に玉砕するまで陣形を保って最後まで戦った戦闘。こんなことは軍事史上では希有な事例だそうだ。オスマン帝国からの独立戦争のさい、馳せ参じた西欧人の頭にあったのは異教徒の軍勢に立ち向かうテルモピュレーのイメージであったという。こんな「アイドルはトイレにいかない」っていうようなお茶目な幻想を抱いていたせいか、西欧人の失望ははなはだしかったらしい。
∧∧
(‥ )どうなっちゃうんでしょうねえ
\-
(‥ )もう知らんわ
お茶目な幻想を抱いていたつもりはないが、やはり文化の違う相手には唖然とすることがあり、当然、自分がよりかかっていた常識こそがファンタジーでしかなかったことに思い知らされる。とはいえ、さすがに笑うに笑えぬ、しかし大笑いな、これぞギリシャクオリティー