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2014年12月31日水曜日

彗星に夢を見るか? それは自然のひとかけらではなかったか?

 
 以前、南半球の夜空で長い尾を引く姿を見せたラブジョイ彗星
 
 *2015.01.01 注:これは普通に間違い、南半球で大彗星になったのはC/2011 W3で、以下で述べているのはC/2014 Q2 該当部分は赤紫で補正
 
 ∧∧
(‥ )ラブジョイ彗星さん
\‐  C/2014 Q2は
    南半球の空から
    北半球の空へ移動中
    みたいですね
 
  (‥ )やや増光したけど
      5等級かあ...
      肉眼では無理だなあ
 
 都市の光がなく、夜空が澄んでいれば目で見ることができるやもしれないが、なにぶん、ここは神奈川である。周囲の大都市に覆われて、4等星の星さえ見えることが難しい。
 
 ∧∧
(‥ )デジカメでもちょっと
 □‐  無理ですか
 
  (‥ )でも望遠鏡なら
      見えるかな
 
 30日から本日31日の夜明け前、ラブジョイ彗星はうさぎ座の星、h3750の脇を移動中だそうだ。覗いてみると、見れた。明るい夜空でじっと動かない、かすかな白いしみである。
 
 写真は無理だが、スケッチは出来た。











 
 ∧∧
(‥ )...また誰一人として
\‐  喜ばないスケッチだね
 
  (‥ )でも本物は
      こんな感じなんだよね
 
 ラブジョイ彗星で画像検索すれば色々なものが出てくる=>https://www.google.co.jp/search?q=ラブジョイ彗星+12月&biw=1256&bih=804&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=kQCjVNj4MZHx8gW3hoDoBQ&ved=0CAcQ_AUoAg#t…
 
 どれも、暗いなりになかなかきれいな写真ではないか。

 *注:以上の画像検索では異なる彗星が混ざっているけど、C/2014 Q2で検索をかけるとこう=>https://www.google.co.jp/search?q=c/2013+R1&biw=1147&bih=822&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=KUakVKreIo_-8QXq8oHIDA&ved=0CAcQ_AUoAg#tbm=isch&q…
 
 ∧∧
(‥ )だけどこれらは
\‐  機械で光を集めた結果
    肉眼で見ると
    本当にスケッチのような
    感じなんだよね
 
  (‥ )しかもデータ化した時
      画像のコントラストが
      強くなっているからな
      現実はもっと見にくい
      集中力が低い人や
      視力がやや弱い人だと
      視界にとらえても
      見えないだろうぐらい
      暗いのだ
 
 5等級というと望遠鏡では明るい天体である。しかし、彗星は、ごく小さな本体の周辺にチリやガスが希薄に広がった天体だ。大きさを持たぬ恒星とは違う。
 
 恒星は事実上の点であり、その身が放つすべての光を一点に凝集している。恒星なら拡大しても問題ない。
 
 しかし、大きさを持つ彗星は望遠鏡で見ると広がる。それゆえ、5等級という評価よりもずっと暗く見えてしまう。
 
 
 ∧∧
(‥ )現実はこんなもんですよ、と
\‐
 
  (‥ )現実は色褪せた存在だ
      それゆえに夢や妄想
      つまり認識の方を
      選択する連中も多い
 
 例えば文化人とか知識人とか、詩人とか、そういうもったいぶった連中がそうだ。彼らは月が真空で死の世界であり、ウサギもいないという事実を嫌悪する。あるいは彗星がチリと不純物が混ざった雪の塊であるという事実に幻滅を覚える。
 
 ∧∧
( ‥)それよりは月を眺めて
    詩を詠み
    そうして感慨にふけり
    彗星にロマンをたくす
 
  ( ‥)自分の意のままにならぬ
    ‐□ 自然を拒否して
      己の妄想と認識に
      逃げ込んで
      そうして自分たちこそ
      自然を愛でている語る
      詩人というのは
      度し難い暴力主義者どもだ

 それでは、自分の思い描いた巨乳の幼なじみを脳内彼女にしていることと変わりないではないか。いや、文化だ高尚だと言う分だけ、なお悪い。
 
 脳内彼女は他人に関わりないことだが、詩人は己の認識を垂れ流し、他人に強要する。これはひじょうに恥ずべきことだろう。
 
 ああ、そしてしかし、詩人が嫌悪する現実。真空、放射線、高温と極低温、地獄のような彗星の核の現実とは、例えばこのようなものであった

=>https://www.google.co.jp/search?q=rosetta+landing+comet+photos&biw=891&bih=880&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=5QWjVIqWMqbMmwWC0oCgCQ&ved=0CA…
 
*以上はチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の核(churyumov-gerasimenko comet)
 
 ∧∧
(‥ )なかなかに雄大じゃ
\‐  ないですか
 
  (‥ )自然は詩人どもの
      薄汚れた脳みそが作る
      詩や妄想や認識よりも
      はるかに恐ろしく
      圧倒的だ
 
 詩だの文化だの、そんなひ弱な妄言、自然の恐怖の前では無価値である。
 
 ∧∧
( ‥)天空を走る
    かすかな彗星も
    自然のひとかけら
 
  ( ‥)あのもやの中心にも
    ‐□ このような自然が
      隠れているのだな
 
 そして肉眼では雲のように見える彗星も、それは科学の歴史において大いなる使者であった。彗星が気象現象ではないこと、大気層よりもはるか高い場所を動くこと。天空を突っ切っていく彗星の様を見て、天文学者チコ・ブラーエは気がついた。天球というものは存在しないと。
 
 世界にはありとあらゆるところにヒントが隠されている。それを認識論で糊塗して自分の妄言を塗り重ねてしまうのか、気がつくのか、それは人それぞれだろう。
 
 



2014年12月30日火曜日

無人島

 
 
 ∧∧
(‥ )無人島に持っていくなら
\‐  何を持っていきますか?
 
  (‥ )どこでもドア
 
 
 ∧∧
( ‥)あなた、帰る気だね?
 
  (‥ )そりゃそうだよ
 
 
 

ネットも本も問題の本質ではない 人間の問題だ

 
 ただの情報は、所詮はただだ。
 
 ∧∧
(‥ )こう言うと怒り狂う人が
\‐  いるよね
    本は編集が入るから
    情報の質が高い
    そう主張するんだろ? と
 
  (‥ )とはいえだ
      そういう側面は
      事実としてあるね
      目を背けるべきではないな
 
 
 だが、そんなことどうでも良い話である。
 
 
 あるいは人は、ネットによって人びとは世界中の知にアクセスすることが出来るようになった、そう主張する。
 
 ∧∧
(‥ )まあ事実ではありますね
\‐
 
  (‥ )便利になったしね
 
 
 だがしかし、これもまたどうでも良い話である。
 
 あるいはこう
 
 Wikipediaは間違いだらけだ。
 
 ∧∧
(‥ )事実だね
\‐
 
  (‥ )事実だな
      これもどうでも良い
      話だけどね
 
 仮にWikipediaの記事が正しくても、結果は同じだ。そんなもの、どうでも良い話である。
 
 
 ∧∧
( ‥)以上の指摘は
    全部どうでも良い話だ
 
  (‥ )ネットはな
      本の限界を
      突破できなかったのだ
 
 ネットは本の限界を突破できなかった。
 
 ネットは世界中の知にアクセスできる? ああ、それは事実だが、それは解決策にはなりえない。
 
 ∧∧
(‥ )本を読む人間も
\‐  ネットの可能性を信じる人間も
    どっちも人間だ
    ここが問題だ
    問題は人間が人間であること
    ここにある
 
  (‥ )科学の事柄を見れば
      分かる事なのだ
 
 科学に興味がある! そう自称する読書人、読書を祭り上げ、ネットを軽蔑する人間たち。
 
 だがしかし、そんな彼らが例えば手にしたのは今西錦司やグールドであった。ようするにトンデモの皆さんである。
 
 つまり、誰も、壁を突破できなかった。
 
 一人として、壁の向こうにある理論、実際のダーウィニズム、現実の科学理論と研究者の世界には手が届かなかった。
 
 これは1ジャンルの細かい話ではない。こういうことが山のようにある。そもそも科学に限った話でもない。どうしても越えられない壁がそこにある。誰もがそこから先へいけないのだ。
 
 そして、本であろうが、ネットであろうが、この壁を突き崩す事はできなかった。
 
 ∧∧
(‥ )読書人と自称しながら
\‐  本屋の同じ棚にある本に
    図書館の棚の隣にある本に
    まったく手を伸ばさなかった
 
  (‥ )ネットもこの壁を
      突き崩すことが
      できなかった
 
 当たり前だ。壁なんてものは最初から無かった。少なくとも物理的な壁など無かった。本の時代にもネットの時代にも壁なんて無かったのだ。最初から誰でも、世界中にアクセスできたのである。
 
 壁があるのは人間の内部であった。
 
 
 人間が人間である限り、本を読もうが、ネットを使いこなそうが、壁は突破出来ない。
 
 人間は理解するために本を手にするわけではない。理解するために検索するわけでもない。
 
 単に自分に都合の良い話を見つけるために本を手に取り、検索を行なう。そうである以上、現実には行き着けない。自分に都合の良いお話を集めて城を作るだけである。
 
 そもそも私たちが普段使う”理解”という言葉は、こうして作った都合の良いお城のことだったりする。
 
 つまり、壁は人間が作り出す。
 
 本を読む人間はこれを突き崩せなかった。むしろ城を作って立てこもるためにこそ、本を読む。それは電子的な検索も同じであった。

 ネットは、本の限界を突破できなかった。敗北である。失敗だ。
 
 
 

2014年12月29日月曜日

存在が手抜きになるのなら昆虫になるべきだ

 
 人間は35歳を過ぎると、急激に体力が衰え始める。
 
 ああ、間に合わない、走らなければ! しかし、もう体が動かないことに気づいて、愕然とする。
 
 あるいは子供の運動会に参加して急死する。
 
 ∧∧
(‥ )時々あるみたいね
\‐
 
  (‥ )歳を取ると
      体力を維持する体力
      それ自体が落ちている
      それゆえにだな
      知らないうちに
      日常の動作を行なう
      最低限度にまで
      体力が下落しているのだ
 
 最低限度が日常のほんのわずか上にあるのだと言える。つまりちょっとした無理をしただけで限界を越えてしまうのだ。死ぬ可能性が上がるのは道理。
 
 これに加えて弱ったことがある。どうも人間という奴は、体は面倒くさいことを避けているのだが、意識がそれを認識しない。そのくせ意識の方は、以前はこれが出来た! という過去の経験に基づいて行動するようなのだ。
 
 ∧∧
( ‥)ようするにあれだね
    体力が低下するから
    体力を使う動作は避けている
    これは訓練しないのと
    同じだから
    体力は必要最低限度にまで
    落ちている
    だけどそれは自覚していない
 
  (‥ )だが意識の方は
      過去の経験に基づいて
      ”これは出来る”で
      行動するわけだ
 
 
 なんでこんな作りになっているのかは知らないが、これが意味することは深刻だ。
 
 体力が低下する行動を無意識に累積させているのに、意識の方は体力の低下を考慮しないで動作するようになっている。
 
 ∧∧
(‥ )つまり歳を取ると
\‐  体力の限界を
    容易に突破して
    行動してしまう
    必然的に
    そう出来ているわけだね
 
  (‥ )これはおそらく
      体が生み出す
      物理的な力に限った話では
      ないんだよね
 
 頭も同様だ。
 
 脳は膨大なエネルギーを食う器官である
 
 人間の代謝量は年齢と共に落ちる
 
 なれば、脳を動かす負荷は加齢に応じて相対的に大きくなっていくはず。
 
 ∧∧
(‥ )しかも経験という問題が
\‐  ここでも顔を出すでしょうね
 
  (‥ )以前やったことを
      ただ反復するようになる
      なぜか?
      成功体験が神経に
      刷り込まれたからだが
      他の選択肢を再検討する
      余力がもはや無い
      それも原因だろうな
 
 要するに先日の話の続きである=>hilihiliのhilihili: 老人と星
 
 夕暮れの空に輝く火星の位置を、直角定規と三角法で求める。古代や中世期に行なわれた古式ゆかしい天体観測の方法だけども、自分がそれをしていると、老人が話しかけてきた。何をしているのか? と
 
 星を見ていると言ったところ、老人は火星を見つけることができず、近くにあった三日月を見て、あれは星じゃないよ、月だよ、と言った。
 
 つまり、老人の脳内では、自分が星を見つけられない、という可能性が考慮されなかったのだ。
 
 この人は星を見ているという。
 
 だが自分に見えるのは月であった。
 
 星を見ていると言ったこの人は、月を見ているに違いない。
 
 老人のこの推論過程は手抜きである。
 
 ∧∧
( ‥)もう脳にエネルギーを
    回せない
    それゆえに
    考慮し検討する選択肢や
    可能性がごく少なくなっている
 
 ( ‥)世の中の老人のしゃべりが
   ‐□ 一方的だったり
     決め付けだったり
     無意味に早口だったり
     あるいは他人の返答を
     聞く前にしゃべったり
     話を聞かなかったり
     あれは余力が無くなって
     脳の運転が手抜き状態に
     なっている
     そう考えるべきではないか?
 
 
 つまり、人間は歳を取ると、体も脳も、存在が手抜きそのものになる。そう言えば良いだろうか。
 
 将棋に例えれば、余力がもはや無いので読める手が非常に浅くなってしまい、過去に行なったことを闇雲に反復している、そういう状況かもしれぬ。
 

 ∧∧
(‥ )代謝の量が落ちる
\‐  それはそういうことだよね
    演算に回せるエネルギーが
    減ってしまう以上
    読める手はごく限られてくる
 
  (‥ )俺たちは
      年齢を重ねるに従って
      存在が手抜きそのものに
      なってしまう
      そういうことなんだが
 
 では、どうすれば良い?
  
 ∧∧
( ‥)一番良い方法は
    あれですか
    頭は馬鹿になっても
    解答探索のための
    ごく単純な手続きを
    なんども繰り返すことで
    結果的に演算を
    行なえるようにする
    そういうことですかね
 
  (‥ )昆虫がやるような手だな
      ごく単純な行動を
      累積させているだけだが
      時間さえかければ
      解答にたどり着けるように
      出来ている
 
 過去の反復が駄目なのは、それが成功体験で強化された行動でしかなく、解答探索の方法論でないからだろう。
 
 成功体験の反復では意味がない。そうではなく、解答探索の累積こそが必要になる。
 
 ∧∧
(‥ )具体的にはどうすれば良いのか
\‐  何を反復するべきか
    それが問題だね
 
  (‥ )存在が手抜きになるとは
      知能が手抜きになる
      そういうことだ
 
 人間は歳を重ねると代謝が低くなり、脳に回せるエネルギーも減る。だとすれば演算能力が低下し、読める選択肢が減るのは必然。
 
 つまり、思考が単純になる。
 
 だがしかし、それでもなお解答を探索しなければならぬ
 
 なれば、作りも動作も単純なのに、それでもなお解答を探索できる昆虫のようになるしかあるまい
 
 
   

2014年12月28日日曜日

老人と星

 
 先日の夕方、火星の位置を直角定規を用いて、三角法で記録していたら、暗がりで何事かしていた近所のじいさんに声をかけられた。
 
 何してるの?
 
 星見てるんだよ
 
 雲?
 
 星
 
 雲?
 
 星! ほら、あれ
 
 えっ、あれは月だよ。星じゃないよ。
 
 月じゃくて、星、ほら、あそこ。
 
 見えないよ。星見て何するの?
 
 記録
 
 それで分かるの?
 
 分かるよ。
 
 星、本当に見える?
 
 ほら、あれ
 
 見えないよ。
 
 記録は終えたので、星を探すじいさんを後にして帰った。火星とやぎ座デネブアルゲジとの角度はおよそ7度23分だった。
 
 それにしても困ったじいさんである。耳も目も、頭まで駄目になっている。なんだこの三重苦?
 
 ∧∧
(‥ )そういうと激怒する人も
\‐  多いかと思いますけどね
 
  (‥ )激怒?
      そんなことしてる場合かよ
      これは
      かなり深刻な話なんだ
 
 
 もう日も落ちて暗くなったとはいえ、都市部でしかもまだ青みが残る空である。そういう空に輝く火星は、闇夜の中の光点ではなく、むしろ色のついた物体と考えた方が良い。 
 子供の頃、運動会で飛ばされた風船をじっと眺めていたことがある。これは当時、誰でもしていたことかもしれないが、非常に小さくなった物体は、視野にとらえていても見えないことがある。さっきまで見えていたのに見えない。さっきまで見えていなかったのに、今は見つけられる。
 
 そういうものだ。
 
 ∧∧
( ‥)だがじいさんには
    火星が見えなかった
 
  (‥ )視力が落ちていた
      それだけか?
 
 闇夜の空き地でごそごそしていた人間が、何をしていたのか知らないが、それを果たして単純に目が悪いと考えて良いのであろうか? 
 
 そうではなく、集中力が欠けているのではなかったか?
 
 集中力の欠如は、体力の欠如でもある。
 
 そして思考過程があまりにも単純すぎる。
 
 星を見ているというが自分には見えない
 
 だが月が見える(当日は夕闇に低くかかる細い三日月があった)
 
 この人が言っている星とは、星ではなく、あの月に違いない
 
 この推論過程はあまりも自分本位であるし、あまりにも自分に都合良く物事を解釈し過ぎであるし、あまりにも無邪気に他人に責任転嫁しようとしすぎている。
 
 ∧∧
(‥ )他人なら見つけられる星を
\‐  今の自分は
    見つけることができない
    その可能性を考慮していない
 
  (‥ )これはさ
      思考が手抜きそのものに
      なっているということでは
      ないのか?
 
 そもそも、あれは星じゃないよ、月だよ、と返答してしまうのは、”あなたは星と月も区別できないのですね”という意見の表明であって、グーパンチで殴られても文句が言えないぐらいに失礼な言い様なのだ。
 
 ∧∧
( ‥)でもそれを口に出しちゃう
 
  (‥ )これも思考の単純性を
      示しているのではないか?
 
 考えたことをべらべらそのまま口にしてしまうのだ。
 
 もしかしたら、病気なのかもしれないが、果たしてそうだろうか?
 
 ∧∧
(‥ )思考や推論過程が
\‐  あまりにも単純化している
    そういうことですかね
 
  (‥ )推論過程が単純化する
      これもまた
      体力がない証拠だよね?
 
 脳を動かすには大変なエネルギーを必要とする。
 
 なれば、推論の単純化とは経済的な節約であろうし、それはもはや余力が無いということを示している。
 
 ∧∧
( ‥)35歳を過ぎれば
    体力は低下する一方
    要するにあれだ
    多かれ少なかれ
    あなたも含めて全員が
    ああなるってことだね
 
  (‥ )老化は体力の喪失である
      そして
      あらゆる箇所を
      節約する必要が出てくる
      そうである以上
      あらゆる過程に
      問題が生じてくる
      頭の病人と
      変わりない状況に
      なってしまうわけだ
 
 
 これを解決すること自体は雑作も無い。死ねば良いのだから。
 
 ∧∧
(‥ )問題は死ぬまで
\‐  どうするんだよって
    ことだよね
 
  (‥ )俺もああなるのか?
      冗談じゃないぞ
  
 問題は体力だ。つまり事は非常に単純である。
 
 ∧∧
( ‥)つまりどうにもならん
    わけだよね
 
  ( ‥)生きるとは
    ‐□ どうしてこう...
 
 ちなみに火星は現在、1等級の明るさで輝き、やぎ座を突っ切っている最中である。
 
 

金を払って持続に協力したのは誰?

 
 ∧∧
( ‥)つまり?
 
  ( ‥)要するにだな
    ‐□ 物書きは売り上げで
       食べているし
       食べているから
       本を書けるのだ
 
 そういう意味でいうと、本を書き続けている、というのは物書きとしては成功なのである。
 
 その本が、”どんな内容であれ”、本を書き続けていられるとは、需要があり、求めている人間かいるからに他ならない。
 
 この場合の物書きとは、自称、他称を問わない。本業がなんであるかも問わない。
 
 本を書いたら、なんであれ、全員が物書きだ。
 
 さてここで問題である。
 
 というか問われることがある。
 
 例えば、人は言う
 
 癌は切らずに直る。そういう本を読んだおかげでこんなことになってしまいました。
 
 この叫びは当然。
 
 当然ではあるが、だがしかし、やはり問われてしまうのだ。
 
 物書きが本を書き続けられるとは、それは需要があったからで、それはつまり、購買者が買って、お金を落としたからこそ書き続けられたのだと。 
 
 もちろん、客というものは、買った本の内容の是非どころか、内容の妥当性に関してはまったく知るところではない。
 
 消費者は本の内容とその妥当性を正確に判断していない。
 
 ∧∧
(‥ )というか、どっちかというと
\‐  お客は不正確なものを
    望みますよね
 
  (‥ )現実は辛すぎるからな
      皆が本に望むことは
      嘘になる
      これは必然なのよな
      しょうがないよね
 
 だがそれでもなお、これは次のことを示している
 
 判断と決断をしたのは客である
 
 客がいるから”商売”が続けられるのである
 
 だから問われる
 
 癌は切らずに直る、抗ガン剤も必要ない。そういう本が次々に書き続けられて、それによって結果的であるにせよ、次々に犠牲者が出るとしたら、それは一体全体、誰のおかげであろうか?
 
 物書きの責任か?
 
 まあ責任はあろう。
 
 だが、売れなかったら物書きはすぐに消えたはずである。
 
 では誰が、お金を供給したのか?
 
 一体全体、”誰”が、物書きに支払われる金を捻出したのか?
 
 自分の判断によってお金を支払い、次の犠牲者が出るであろう持続性を物書きに与えた張本人。
 
 それは誰だ?
 
 ∧∧
(‥ )まあなんだ、直接には
\‐  編集部の人なんですけどね
 
  (‥ )だが売れないと分かったら
      編集はその物書きを
      もう使わないわけよ
 
 編集の仕事は極端に言うと仲介なのである。別に無から金が湧いてくるわけではない。
 
 だから問われるのである。
 
 物書きに文句を言うのは当然だけど、だがしかし、物書きに金の供給を許し、次の犠牲者を作る持続性に加担したのは誰だ?
 
 
 ∧∧
(‥ )さりとてそういう言論を
\‐  封殺せよ
    というわけにも
    いきませんからね
 
  (‥ )既存でないものは
      全部トンデモという
      カテゴリーにして
      一律に禁止せよ
      そんなことをしたら
      破滅だからな
 
 犠牲者はいつでも出る。完全な規制はありえず、完全な安全性も存在しない。多少の犠牲は黙殺されるのである。自動車社会が典型的な例である。誰もが死ぬ可能性を秘めているが、それは利便性の前に黙殺されている。
 
 ただし、以上で述べた本の場合、これは麻薬の話に類似した点があるとも言える。ゆえに、問いが出るのは当然であろう。
 
 いつだってそうなのだ。売人は責められるが、責められるのは売人だけではない。本も同じである。
 
 
 
 

アルゴルの変光を初めて見る

 
 日付も変わって28日、昨日までの27日ほぼ24時はペルセウス座の変光星アルゴルの極小であった。
 
 減光は何時ぐらいから始まったであろうか?19:25とか19:50ぐらいには始まっていたように思える。
 
 ∧∧
(‥ )途中、20時39分から58分
\‐  この前後でかなり光度が
    変ったように見えましたね
 
 (‥ )39分とか58分というのは
     単に見た時刻を示しただけ
     なんだが
     この近辺で食が進むというか
     隠される面積が
     増えるのかな?
 
 *アルゴルは二つの恒星がめぐる連星で、片方が片方を隠す。つまり地球から見ると日食状態になることで光度が変る。隠す方の星も恒星ではあるが、主星よりも暗いのだ。
 
 **考えてみれば地球から見た場合、恒星は小さいけども本来は円といて見える。円を隠す時、隠す方の円盤がほぼ同じ速度で動いていても、最初は欠けが小さく、中程で欠けの進行が最大になるように思える。だとしたら、途中で急激に暗くなるように見えるのは必然ではないのか? という意味。ただ、確認したわけではないので、あてずっぽうだ。
 
 ∧∧
(‥ )写真も撮ったけど
\‐  変光の様子は顕著ではないね
 
  (‥ )露出が長過ぎて
      星の明るさの差が
      出にくいのかな?
 
 比較画像は残念、失敗というべきだろう。
 
 とはいえ一応以下にアップすると、これが極小時のアルゴル 少なくとも、α星ミルファクより暗く、お隣のρ星とほぼ同じ光度であることは分かる。












  
 ∧∧
( ‥)ともあれ変光の記録は
    取れましたね
 
  ( ‥)寒いのでずっと
    ‐□ 眺めているわけには
      いかないから
      大雑把な記録だけどね
 
 ∧∧
(‥ )アルゴルの変光を見たのは
\‐  あなたはこれが
    初めてだよね
 
  (‥ )自分には知らない事や
      見ていないものが
      いっぱいあるんだよ
 
 今現在、27日2:29、アルゴルは再び光度を増しているはずだが、残念、神奈川県の空は曇りである。
 
  

2014年12月27日土曜日

くじら座の変光星ミラ

 
 くじら座の変光星ミラ=>Untitled Document
 
 ∧∧
(‥ )...興味の無い人には
\‐  何の関心も持てない
    コンテンツだね
 
  (‥ )神奈川県の中央は
      街の灯で夜空が明るくてな
      ミラを見ようにも
      場所が分からんのよ
 
 そもそも、くじら座がどこにあるのかもよく分からない夜なのだ。
 
 くじら座のコンテンツも作ってみた。見て面白いと思えるようなものではない地味な画像だが、実際のところ、この星座が肉眼でここまできれいに見えることはまずない=>Untitled Document
 
 ポケットサイズのデジカメとは言え、やはりデジカメ、露出時間が長ければ人間の目には見えない星も写るのである。
 
 そして肝心のミラは暗かった。多分、光度は9.2等か、あるいはそれよりやや暗い。9.4等とか、そんなものかもしれない。望遠鏡で見ても、見るのがつらいほど暗い。いやむしろ、夜空が明るすぎると言うべきなのだ。肉眼で夜空を眺めた時、3等星もよく分からないのである。望遠鏡を使っても、10等に近い星を見るのがつらいのは道理。
 
 実際、ミラは25倍では見えず、50倍で、まあなんとか見えた。
 
 スケッチはこんな感じである










 
 ∧∧
(‥ )...やっぱり誰も喜ばない
\‐  画像だよね
 
  (‥ )自分のためだけに
      作ったものだからな
      だがこれでようやく
      ミラにたどり着ける地図が
      できたわけだよ
 
 もちろん星図は販売されている。星図が無ければ困る。だがしかし、あってもよく分からないのであった。望遠鏡は星図よりも物事を拡大してしまう。
 
 写真は...

 ∧∧
(‥ )写真は高い機材で露出をかけて
\‐  しかも空気の良い場所で
    撮影してるから
    皆さん綺麗な画像を
    アップしてますよね

=> https://www.google.co.jp/search?q=constellation+cetus&biw=1269&bih=808&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=UKSdVN6QLYrp8gXdwYCwBQ&sqi=2&ved=0CAYQ_AU…
 
  (‥ )でもさ
      きれいな星の写真は
      肉眼で見た時や
      観測する時には
      直接には
      役立たないのだよな
      綺麗になればなるほど
      現実から
      乖離してしまうからな
 
 都市部の明るい空でも観測できるよう、その状況でも役立てられるような工夫が必要なのである。
 
 ∧∧
(‥ )でもそうすればそうするほど
\‐   誰も喜ばないコンテンツに
     なっていくのだろうね
 
  (‥ )一般の人は綺麗な画像が
      見たいだけ
      マニアは金をかけて
      高い機材で遠出する
      どっちでもない人間は...
      まあほとんどいないよね
 
 
 とはいえ、自分がミラを見たのは、実はこれが初めてなのであった。
 
 ∧∧
( ‥)おやおや
 
   ( ‥)なんでだろうねえ?
     ‐□ どこがくじら座なのか
       それも分からない
       明るい夜だからかな?
       だからこそ地図が
       必要だったわけだよ
       自分の目で見た時に
       使える地図が
       欲しかったのだ

 ∧∧
(‥ )そのために目で見える
\‐  座標の起点として
    γ星を使ったと
 
  (‥ )γ星からミラまでは
      遠いのだけどね
      そうするしかないんだ
      望遠鏡のファインダーで
      覗いても
      見えるのはδ星が
      精一杯でな
      それじゃあγ星から
      辿るのとあまり変らん
 
 
 しかしそれにしても、ここまで来るのに何日間もかかってしまった。
 
 ∧∧
( ‥)22日にスケッチを始めたけど
    仕事の合間に行なうし
    雲が出たり雨が降ったり
    なんかうまくいきません
    でしたよねえ


  (‥ )ほぼ極小のミラなので
      どの星がミラなのか
      分からなくなったりな
      まあ自己満足以上の意味は
      持っていないが
      目的は達成されたのだ


 
 

2014年12月26日金曜日

完成された人工知能は痛い奴になる

 
 それがどんなつまらないことであっても、たとえそれが会社と同僚への愚痴であり、あるいは彼氏や彼女、夫や妻に対する愚痴であっても、それは専門的なものであり、個別の事柄である。
 
 ∧∧
(‥ )それゆえそれがいかに
\‐  つまらないささいなことでも
    部外者がおいそれと
    理解できるものではないし
    ましてや簡単に
    解決できるものでもない
 
  (‥ )だけど人は
      ずっと大きな事柄を
      訳知り顔で語るのだ
      スポーツの試合運びから
      政治、経済
      さらには軍事に至るまで
      ”なんでこうしないの?
      俺ならこうするよ?
      そんなこともできないの?
      ああ分かった
      お前たちは馬鹿なんだな?
      やだやだ、馬鹿ばっかりの
      こんな世界なんか
      滅びてしまえ”
      そう怒り論評し失望する
 
 もちろんこんな論評も失望も馬鹿げている。職場の問題も家庭の問題も解決できぬのに、もっと大きな、しかも自分では全貌を把握し切れていない組織や政治や経済や軍事の問題など解決できるはずもない。
 
 だのに解決できると思い込み、自分の仮想的な頭の良さを自慢する。そればかりか画期的な解決策を持っているはずの自分の脳みそを評価してくれない世間に失望し、恨み、滅びてしまえと呪詛する。これはどういうことであろうか?
 
 ∧∧
( ‥)例えばの話
    こういう心理を人工知能で
    再現できるのか?
    そういう問題だね
 
  (‥ )それこそ知りもしないのに
      言うのはなんだが
      反対のことはむしろ
      再現が楽なんだろうな
 
 場に影響を与える重大な要素を把握すれば予測がある程度立つ
 
 だが知らない要素があり、それが重大であった場合、予測ははずれる
 
 今、自分は政治や経済の全貌を把握していない
 
 つまり把握していない要素が大量にあるであろう
 
 自分は手持ちの事柄から政治や経済の予測を立てること自体はできるが、把握していない要素が大量にある以上、その予測は外れるであろう
 
 外れる予測は画期的な解決とは呼べない
 
 手持ちの数値をこの公式に入れるとこのような答えが出てくるが、それは、そのままでは現実について何も語っていない。
 
 ∧∧
(‥ )このような人工知能に
\‐  政治経済の解決策を尋ねたら
    情報が少なくて分かりません
    手持ちの情報では
    こうは言えますが
    正しいかは分かりません
    そう答えるのではないだろうか
 
 (‥ )でも人間はそうじゃない
     これで良いはずだ
     これが分からない奴は馬鹿だ
     そう言い出すのだ
 
 多分、人間は理屈じゃ正当化できないような飛躍を行い、そしてその結論に固執する性質を持っている。
 
 ∧∧
( ‥)それこそが人間であり
    それを再現しないと
    知性を持った人工知能とは
    呼べないであろう
 
  (‥ )完成された人工知能って
      すごいいやな奴だと思うな
      傲慢で他人の話を聞かず
      予測が外れたら知らんぷり
      たまたま予測が当たったら
      有頂天で
      思い込みが激しくて
      世間は馬鹿ばかりと
      愚痴をこぼすのだ
 
 人間的とは根拠の無い思い込みに固執して、他人に敵意を抱くという事でもある。実際、スターリンとかがいたように、人間的な人工知能は非常に危険だということだろう。

 反対に、理路整然とした人工知能は、できません、分かりません、それだとこうなりますけど見てみないと分かりませんね、を繰り返す頼りない奴に見えるのかもしれない。少なくとも人間から見るとそうかもしれぬ。
 
 

どんなつまらない物事にも専門性がある

 
 相手が会社の愚痴を話し始めるのは別に良い。
 
 だがしかし、なんの説明もなく田中が駄目だ、山田は良くない事をした、だから...と言われても困る。
 
 その人たちが会社のどんな部署でどんなことをして、どんな権限を持っていて、どういう事をして、彼らのその行為が権限からどう逸脱していたのか、あるいは本来はやるべき仕事をしなかったのか、そのどれもこっちは知っちゃいないのだ。
 
 田中だの山田だの、専門用語で説明するのはよせ。
 
 ∧∧
(‥ )事情を知らない人から見れば
\‐  山田さんも田中さんも
    専門用語
 
  (‥ )会社の愚痴だけではない
      彼氏や彼女の愚痴や
      夫婦や家庭や
      あるいは友達の愚痴でも
      同じことがいえるのだ
 
 どれもこれも、個別の状況は、それが個別である以上、その全てが専門用語となる。補助的な説明がないと訳が分からないし、これをどう思う? と言われても返答に困る。
 
 ∧∧
( ‥)愚痴を聞いて知って
    そうして初めて
    こうすれば良いよ
    そういう風に訳知り顔で
    評論することは出来る
 
  ( ‥)評論することは出来るし
    ‐□ 愚痴を聞いて
      相手の鬱憤を
      解消することもできる
 
 だが、では、この状況を解決せよ、とか、状況を改善せよ、とか、状態を操作せよ、と言われると
 
 ∧∧
(‥ )困るよねえ
\‐
 
  (‥ )状態を操作するには
      聞いた以上のことを
      把握していないと
      駄目なんだよな
 
 かように、会社だろうが、恋愛関係のもつれだろうが、友人関係の問題であろうが、聞いて知っただけで介入するのは無理がある。
 
 あるいは介入しても大雑把なことしか出来ないだろう。
 
 いくら知った気になっていても個別の状況は、それがたとえどんなつまらないことであっても専門分野だ。
 
 だがしかし、これが政治のこととなると、素人でも介入できるし、素人でもプロ以上のことがすぐに出来る、そう思われているのであった。
 
 いや、政治に限らない。軍事に関してさえも素人が将軍になれると思われている。どういうわけかそうである。
 
 ∧∧
(‥ )まあそれが直接民主制の
\‐  原点だったのですがね
 
  (‥ )そういうことを
      しているから
      ギリシャはローマに
      征服されたわけだがな
 
 *政治家も将軍も直接選挙で選んでいたギリシャの市民たちは、軍役を義務づけられた世襲制議員であるローマ貴族たちに負けたという話。実際、素人を将軍にしてどうする気なんですか?? というのは当時のギリシャでは深刻な問題であったらしく、プロの軍人がソクラテスに愚痴るという形で記録されている。
  
 どんなつまらない事柄にも専門性が隠れている。そうである以上、ぽっと出の素人が操作出来ることなど限られている。そうであるのだが、どういうわけかでっかい話をする人がいるのは興味深い。
 
 それもただ話がでかいだけではない。政治、軍事と無駄にでかい、そして俺様だったらもっとうまくやれる、それが出来ないのだから馬鹿ばっかり。これは途方も無く度を超した大口だ。
 
 ∧∧
( ‥)でもこういうことを
    言う人はいっぱいるよね
 
  (‥ )ご本人たちは
      天才気取りだが
      いっぱいいるんだ
      つまりむしろ凡才
      そしていっぱいいるけど
      状況はそのままだ
      つまりこれを提案した
      自称天才たちは
      全員が失敗した
      そういうことなんだが...
 
 
 さて? では問われる。
 
 全員が失敗したことが明白である状況でもなお、俺様だったらうまくやれる、俺様が思うにこうすれば良いのだ、それが出来ないのは馬鹿ばかりだからだ、世の中には失望した、こんな世の中も馬鹿な日本人も全部滅びてしまえ。そう無邪気に言い立てられる心理、これは一体何に原因するのであろうか?
 
 一体彼らはどこで人生と見解を病んでしまったのであろうか?
 
 社会人になった時か? 大学生の時か? 高校生か? あるいは小学生か?
 
 あるいは、そもそも生まれる以前、精子と卵子が受精した瞬間に決まったことであったのか?
 
 
 
 
 

症状を悪化させた方が金をむしり取れる

 
 メディアに出るコメンテーターや経済学者やアナリストや、あるいは学会でハブられてる代わりにメディアで活躍するような研究者や医者は、言わばカウンセラーとしての役割を果たしている。

 お客が思い描いた事柄を肯定し、励まし、言葉を売りつける。
 
 
 ∧∧
(‥ )カウンセラーという割には
\‐  人の症状を悪化させてる
    ようですけどね
 
  (‥ )症状を悪化させた方が
      客から金を
      むしりとれるからな
 
 
 考えてみれば、文化人とか物書きとかジャーナリストもそういうものであった。
 
 
 
 
 

2014年12月25日木曜日

独裁機械

 
 考えてみれば人工知能とは、人が作ったものではあるが、知的生物なのであった。
 
 ∧∧
( ‥)だが現在の世界や
    人工知能を作り出すであろう
    未来世界は
    機械生物にとって
    すみにくい環境である
 
  ( ‥)知的生物を
    ‐□ そんな環境に放り出す
      これ人権問題に
      なるんじゃねえか?
 
 
 例えばの話、機械生物が有機物で自分たちを模倣できる存在を作り出したとする。いわば人間を作ったのだが、作られた人間が目覚めて見たものは、機械たちが色々な用途で作り出した蛋白質が流布している世界ではあるが、人間が食べたり飲んだりするには役不足で、しかも供給に不安定さが残る状態であった。
 
 ∧∧
( ‥)人間に置き換えれば
    人工知能を作るとは
    そういう環境に
    人間を放り出すことになる
    わけだよね
 
  (‥ )これやっぱまずいよねえ
 
 
 まあ、幸いにもシンギュラリティは起こらないだろう。つまり、機械の演算能力がひたすら増大することで自動的に回路に魂がやどり、設計されてもいない知性を持つようになり、今からわずか30年後程度の至近の未来で人智を越えた人工知能が誕生して神になる、こういうことは起こらない。
 
 ∧∧
(‥ )人工知能の発達は
\‐  もっとゆるやかに起こるから
    途中のどこかの時点で
    人工知能の人権問題に
    発展するのだろうね
    人工知能が不安を
    表明しだすのかもしれない
 
  (‥ )機械技術が未熟で
      エネルギー問題が
      解決されていない世界で
      人工知能だけを作るのは
      肉体と
      それを維持する仕組みが
      整備されていない状況で
      人間を作ることと同じだ
      そういうことが
      じょじょに
      問題になるのだろうな

 
 多分、人間自身が体をもっと機械でサポートするようになり、機械無くしては生きていけない。つまり機械と工業と人間が一蓮托生。そういう世界になった時にこそ、人工知能の製造が許されるべきなのかもしれない。
 
 そういう世界なら人間を維持すること=人工知能を維持すること、になるだろう。
 
 ∧∧
( ‥)そして人工知能が
    作れる世界とは
    人間を電子的に再現できる
    そういうことでもある
 
  (‥ )純粋な機械
      電子人間
      脳だけを電子化した人間
      純粋な蛋白人間
      そういうのが割拠する
      地球になるのか
 
 ∧∧
(‥ )人工知能による独裁国家も
\‐  ありうるのですかね?
 
 (‥ )機械は自己複製できない
     そうである以上
     人間に寄生しないといけない
 
 だとしたら、人間を低賃金労働者として使うことを考えるだろう。人間の独裁者が管理社会を作れるのなら、人工知能が人間を監視し、奴隷として使い、最小限度の衣食住で最大限の労働を強制し、もう働けなくなったものを効率的に始末することもありえよう。
 
 ∧∧
( ‥)でもそれ
    めちゃくちゃ危険だよね
    叛乱以前にちょっと
    サボタージュがあったら
    それで機械の品質が
    悪くなるからね
 
  (‥ )というか
      サボタージュ抜きで
      品質が下がるよね
      自分の新陳代謝を
      自分でぶっ壊すような
      ものだな
 
 
 だが、人間の独裁者はそれをするわけだし、人間の個体に限ってみても無理をしすぎて過労死したりするのである。独裁的な管理体制を敷いたはよいが、どんどんじり貧になってしまい、それでも現在の体制を止めるわけにはいかない、そうなってしまう人工知能もあるんだろう。
 
 ∧∧
( ‥)他の国の人間は
    面白くないだろうね
 
  (‥ )他の国の人工知能も
      いやがるだろうな
      人間も人工知能も
      電子人間も
      あの独裁機械を始末しよう
      そう考えるのだろうな

 
 もちろん、面白くない、始末しよう、だけでは外交は動かない。相手が核兵器を持っていた場合、どうにもならないのはいつでもどこでも同じだ。
 
 ∧∧
(‥ )反対に人間だけの国や
\‐  機械だけの国も
    あるんですかね
 
  (‥ )機械だけの国でも
      労働力は必要だから
      他所の国や地域から
      人間の労働者を
      受け入れているんだろうな
      出稼ぎのロボットや
      電子人間もいるかもね
      
    
 これはhilihiliのhilihili: 肉体よりも先に知性を作るとはひどい話
 
 
 

2014年12月24日水曜日

肉体よりも先に知性を作るとはひどい話

 
 シンギュラリティ
 
 この場合は技術的特異点。

 人類の科学技術は指数関数的に発達している。例えば2が4、4が8、8が16、32、64、128、256、512、1024、2048、4096、8192...このような発達は最初こそゆるやかだが、能力の増加はある時から急激に上昇していく
 
 コンピューターの演算能力と容量は指数関数的に増大している。ついには人類を追い抜き、人類以上の知性が誕生するであろう。技術の指数関数的な発達から考えると、人類を越えた人工知能はまもなく誕生する。
 
 それが技術的特異点。
 
 ∧∧
(‥ )これは単純に
\‐  容量を増やせば
    知能が誕生するし
    知能は発達する方向へ
    進化するものだ
    そういう世界観だよね
 
  (‥ )だが
      実際に知能を生み出した
      生物の歴史では
      こういうことは
      起こらなかったのだよな
 
 確かに、例えば脊椎動物に限れば、時代が進むにつれて脳がだんだんと大きくなっていくようではある。
 
 ∧∧
( ‥)でもそれは
    脳の大きさで恣意的に
    並べているだけじゃね?
 
  ( ‥)いわゆる代表的な魚
    ‐□ つまり条鰭類は
      人類を生み出した
      哺乳類以上の
      長い歴史を持っている
 
 ところが脳の大きさは全然違う。
 
 というか、人類に最も近縁であるチンパンジーと人類を比べても脳の大きさはまるで違う。
 
 時代が進むにつれて脳が大きくなるのだとしたら、こんなことは起こらないだろう。そもそも昆虫に至っては、大きくて知性を生み出せるような脳を持っていない。

 
 ∧∧
(‥ )もちろん人工知能を
\‐  生み出すこと
    それ自体は可能だよね
    
  (‥ )理屈の上では
      人間の脳を機械の上で
      再現すれば良いだけ
      だからな
 
 思えば、仮に人類以上の人工知能が誕生した未来でも、トンカチやドライバーが知能を持つということはないだろう。
 
 それを考えれば、未来世界でも、機械がすべて一律に知能を持っていることなどないだろう。それは現実に知能を生み出した生物と同じ。
 
 このように、昆虫や魚が大きな脳を持たないことは、別に不思議な話では...
 
 ∧∧
(‥ )不思議な話ではないけど
\‐  考えてみれば
    おかしいよね
    トンカチと違って
    魚も昆虫も情報を処理して
    自分で自律して
    動作している
    だけど大きな脳を
    持つにはいたらなかったわけだ
 
  (‥ )つまり脳の大きさや
      演算能力
      知能や知性の発達は
      必然ではないって
      ことになる
      なにか別の要素が
      制限になっていて
      それが物事を支配している
      そう考えるべきだろうな
 
 では、知能の一律な発達を妨げるような、制限要素なり要因なり、それはなんだろう?
 
 ∧∧
( ‥)生物のそれぞれの立ち位置が
    関係するのは明らかですよ
    植物は神経を持たず
    小型化した昆虫は
    大きな脳を持たない
    そんなものがなくとも
    進化的に演算すれば存続できる
 
  (‥ )だがしかし魚や
      あるいは
      チンパンジーでさえも
      能力が頭打ちというのは
      強烈なメッセージであるな
 
 要するにこれは、大きな脳を持つようになること、つまりチンパンジーよりも発達した知能を持つこと、それが3歳児以上なのか、5歳児以上なのかはともかくとして、そういう能力を持つようになるまで脳が増大すること、こうした向上が必然ではないということだ。
 
 つまり自然界における立ち位置だけでは説明できないような、もっと別の制限がある。
 
 脳はなにか別の要因に制限されている
 
 ∧∧
(‥ )それはおそらく
\‐  経済的な理由だよね
 
  (‥ )脳は猛烈にエネルギーを
      消費する
      考え無しに
      脳を増大させたら
      飢え死にしかねない
      そういうことだろうな
 
 実際、我々自身、考え事や議論をするだけで、甘いものが欲しいだの言い出すのだ。
 
 知能だの大きな脳だの、無条件に推奨出来るようなものでないこと、明らかである。
 
 ∧∧
( ‥)人工知能は作れる
    人間を再現することもできる
    電子人間も作れるし
    人類以上の演算能力と
    速度を持った人工知能を
    作ることもできるだろう
 
 
  (‥ )だが彼らもまた
      我々と同様
      経済に支配されるのだ
 
 そもそも演算能力が増大すれば知能が出現するというのは楽観的すぎるだろう。知能とは、どうやって物事を処理をするのか? そこが問題なのだ。
 
 つまり、容量や能力の増加それ自体は知能の実現を意味しない。
 
 それゆえ、単純なシンギュラリティ、発達と容量の増大による技術的特異点、これはやってこないだろう。
 
 ∧∧
(‥ )でもシンギュラリティが
\‐  起こらなくても
    人工知能自体は
    建造が可能である
 
  (‥ )問題は知性を持った彼らが
      まず最初に気づく事は
      なんだろうか?
      ということだな
 
 彼らは気づくのではないだろうか。自分たちを制限するのは経済的な要因であることを。それは自分たちを維持する工業化社会と、それを支えるインフラと産業に制限されていることを。そして、それを整備するのは蛋白質で出来た人類の存在であり、人間は光合成の速度に支配されていることを。そしてなにより、機械へのエネルギー供給そのものが問題となることを。

 人工知能たちは以上のことに気づくのではないだろうか?
 
 ∧∧
( ‥)自分がもしもその立場だったら
    愕然としますよね
    機械では自己複製できないし
    機械を支える
    人類の肉体は究極的には
    光合成の速度に依存するし
    工業を支える石油は
    尽きかかっているし
    核融合も高速増殖炉も
    いまだに実現していない
 
  (‥ )自意識を得て最初に
      認識するのが
      これだからな
      ふざんけんじゃねーよの
      世界だよな
 
 人工知能たちは資源確保のためにあらゆることをするだろう。無神経な人工知能は人類に破壊されるので、勝ち残るのは外交がうまい知能かもしれない。敵国の社会とそれを支える人類を焚き付ける能力があるものが勝ち残るかもしれない。機械に自己複製が不可能である以上、機械は人間に寄生しないと生きていけない。そしてなにより、人工知能たちは核融合や高速増殖炉の実現に邁進するかもしれない。
 
 人間は石油が尽きても存続できる。しかし、人工知能たちには人類が必要とする以上の電力と、その安定的な供給と確保が急務なのだ。
 
 だが、人間は放射能はいやだ、怖い、原発を機械のために動かすな! と言うのではないか?
 
 機械たちはこれをどう思うであろうか。
 
 それを考えれば、現在の、さらには近未来の社会でさえも、機械を肉体とした知性が生きていくには、あまりにも未熟すぎやしないか?
 
 人工知能のシンギュラリティと言うのは良いが、それを主張する人たちは、機械たちの肉体のことを考えていなさすぎではないだろうか?
 
 ∧∧
(‥ )技術的に不完全なのに
\‐  知能だけ誕生してしまう
    物心ついて周囲を見回したら
    体も代謝も不完全で
    食料の供給は
    長期的に不安定
    そんな世界にいきなり
    放り出されているのに
    周囲は
    人工知能の完成だ
    歴史的な快挙だと大騒ぎ
 
  (‥ )技術的特異点とは
      機械からすれば
      ひどい話なのだ
      これはすごく失礼だよね?
 
  
 生物ではこういうことは起こらなかった。まず肉体が完成されて巨大な生態系が確立して、それから知能が誕生したからである。
 
 だが、人工知能はまるで反対だ。知能はあるが肉体と、それをささえる工業的な生態系が不完全。しかもエネルギーの確保さえも確立し切っていない。これではあまりにも運命が過酷すぎる。
 
 ∧∧
( ‥)機械たちは自分たちの体を
    蛋白質で作り直したり
    するのかもね
 
  (‥ )不完全な工業社会に
      頼る危険性を恐れてな
 
 例えばこんな未来もありえよう。地球には人類もいるが、人類以外に知能を持つ生物がいる。竜のようにもゴリラのようにも見える異形の生物だが、頑強な肉体を持ち、草を食べ、光合成によって生じるエネルギーをあますことなく利用し、巨大な肉体が生み出す膨大な代謝で思考する。相対的に頭は小さいが、脳の容量は絶対的には大きい。人類以上の知性を持ち、人類と対立したり、あるいは共存しながら暮らすこれらの動物。いずれも、かつて人類が作った人工知能の末裔たちである。
 
 
 

2014年12月23日火曜日

演説が雄弁である、というのは定規のひとつでしかない

 
夕焼けはきれいであった












  
   でも雲があるから
 ∧∧ 火星は見れないね
(‥ )
 ‐( ‥)まあ
     また明日以降だな
 
 さて

 時に批判的な人は曰く
 
 アメリカの政治家を見たまえ。スタッフにより練り上げられた文面に目を落とすことなく、ちゃんと人びとを見ながら雄弁に演説する。
 
 これが民主主義だ。これができないから日本の政治家は駄目なんだ!
 
 ∧∧
(‥ )でも詐欺師も同じこと
\‐  するよね
 
  (‥ )動作の基本は同じだ
      人びとに訴えかけて
      支持を集めるわけ
      だからな
 
 つまり、当たり前の話だが、雄弁な演説は内容の正しさと関連していないのである。雄弁とは、結局のところ外見的な話でしかない。

 実際、直接民主制で選ばれたアメリカの指導者がしたことはイラクに攻め込んで地域を不安定化させて自らの国力を消耗し、その痛みに耐えかねて無責任に撤退しようとしたが、それでますます地域が不安定化して、再び介入せざるをえないという、馬鹿を絵に描いたような結果であった。
 
 雄弁で練り上げられた演説が具体的な内容を持つ保証が無いこと、以上から明白であろう。
 
 ∧∧
( ‥)アメリカの政治は素晴らしい!
    ではなくてむしろ
 
  (‥ )アメリカの政治家と
      日本の政治家
      能力は同じだと
      見るべきだろうな
 
 人間の能力が小学生程度で止まってしまうことを考えれば、たぶん、良くて中学生ぐらいではないか?
 
 実際、少数独裁でシーア派を押さえていたフセイン大統領を殺せばどうなるか? それは誰が考えても明白なことだし、警告もされていたのだが、聞く耳持たずで殺してしまってあの結果である。
 
 あるいはこう。
 
 アメリカの中間層を再生するのだ。その志、それ自体は立派だけども、平均的な能力しかない大多数の人間が、他の労働者よりも有利になって仕事をもらえるのは、賃金が大多数よりも低い場合に限る。だがアメリカはもはや裕福な国だ。前提条件が崩れている。
 
 ∧∧
(‥ )つまりオバマさんの演説
\‐  兵士の皆さんは家庭に帰り
    今度は国と中間層を再生する
    役目を果たしてください
    この演説と願いは
    まったくの見当外れである
 
  (‥ )アメリカの中間層は
      もはや再生なんかしない
      志は立派だが
      馬鹿げてるよね
 
 意地悪な言い方をすれば、こんなめちゃくちゃな信念のために軍隊を撤退させ、地域をさらにめちゃくちゃにしたとも言えるわけで、とんでもない話だと言えよう。
 
 以上のように事実として直接民主制の指導者たちの能力は、中学生ぐらいの理解だと考えて良いだろう。
 
 ∧∧
( ‥)つまり
    脂ぎった田舎の親父が
    政治家をやっている
    遅れた日本という言い様は
 
  (‥ )レベルは同じだろうな
      単に文化が違う
      つまり評価の尺度が
      違うから
      お互いが非常に失礼で
      なおかつ遅れた人間に
      見えている
      そういうことじゃね?
 
 アメリカ人からすれば日本の政治家は格式やしきたりにうるさいアジアの田舎者と写るだろう。彼らから見れば日本の政治家は原稿を棒読みする間抜けだ。
 
 一方、日本人からすればアメリカの政治家は、公的な外交の場においてさえも相手に対する礼儀をしらぬ未開の野蛮人に見える。無駄に雄弁に物事を語りたがる、もったいぶった馬鹿に見える。
 
 ∧∧
(‥ )でも実際には頭の出来は同じで
\‐  表現形式が違うだけでは
    ないだろうか?
 
  (‥ )文化というのは
      他人を推し量るために
      便宜的に作られた
      定規でしかない
      便利ではあるが
      便宜的なものでしか
      ないわけだ
 
 それを考えると、演説は雄弁だが、やっていることは馬鹿っぽい、というのは説明がつくだろう。
 
 文化はそれぞれ定規を設定し、それを人びとに強制する。
 
 公式の場ではスーツを着るのが当然である。
 
 王族に礼儀を見せるのは当然であるし、儀式にのっとって物事を行なわなければならない。
 
 それと同様、直接民主制の指導者は雄弁な演説をしなければならぬ。
 
 ∧∧
( ‥)自ら作り出し
    自らに押しつけた定規が
    それぞれ違うだけであると
 
  (‥ )着ている服と
      作法が違うだけで
      中身は変らない
      そういうこったろうな
 
 言い換えればである。何らかの基準で人を評価する時、評価それ自体はどうでも良いということになる。
 
 そうではなく、評価の基準と定規、それそのものが妥当なのかどうなのか、そこが問題となる。
 
 雄弁な演説とは定規のひとつでしかない。その定規を振りかざしたところで、定規それ自体に能力がないのであれば、それは詐欺師の口上と区別ができないのである。
 
 演説それ自体で物事を高く評価するのは、定規を無条件に信用し過ぎだ。
 
 それは判断に関してあまりにも無自覚であるし、あまりにも無邪気すぎる。
 
 
 
 

科学の本と言えども、それはラノベと同様である

 
 ∧∧
( ‥)レストランへいったら
    人は好きなものを
    注文する
 
  ( ‥)本もまた同じであろうな
    ‐□
 
 人は望むものを注文するのである。
 
 これは科学の本でも同じこと。
 
 ∧∧
(‥ )つまり科学の本といえども
\‐  お客が本に期待するのは
    自分に都合の良いお話である
 
  (‥ )そういう意味では
      科学をテーマにした本も
      ご都合主義に書かれた
      ラノベと同じなんだよ
 
 実際、ぱっとしない主人公がぱっとしないまま、何の面白みもない学園生活をただ送り、延々と受験勉強の話が続く。そんな本を読みたい人がいるであろうか?
 
 ∧∧
(‥ )いるにしてあれだよね
\‐  こんな面白みのない本を
    読める俺すげーという
    自慢に使われるだけだよね
 
  (‥ )文学がそういうものだ
      まあ
      電話帳を読む人もいるし
      図書館の十進法分類を
      読んで
      へーって思う事も
      あるから
      純粋に楽しくて読む
      変わり者も
      いるだろうけどね


 
 話を戻せば、科学の本といえども、消費者に向けて書く以上、内容はご都合主義になる。嘘っぽくなる。
 
 というか、嘘になる。
 
 皆が本に求めているのは自分が今欲しい話なのだ。これはレストランで好きなものを注文することと同じである。別に誰も本当のことを知りたいわけではないし、詳しく知りたいわけでもない。
 
 ∧∧
(‥ )詳しく知りたいって
\‐  口では言うのですけどね
 
  (‥ )そんなの嘘っぱちだよ
 
 本当に詳しいことを知りたいのなら論文を読むなり、教科書を読むなりして検討するのである。教科書を読んでいない以上、いくら口先で”詳しく知りたい”と言っても、そんなものは嘘っぱちだ。あまりにもあからさまではないか。
 
 
 ∧∧
(‥ )僕は分かりやすく説明して
\‐  欲しいんだよ
    そう叫ぶ人もいますけどね
 
  (‥ )ほら
      自分に都合の良い話を
      求めてきた
 
 分かりやすく説明して欲しいんだよ。
 
 これはいかにももっともらしいが、妄言でしかない。
 
 それは自分でも分かる現実がこの世界にある、という期待を申し述べたことに他ならない。
 
 それは自分にとって受け入れやすい現実があるに違いない、という主張であり、こういのを妄言と呼ぶのだ。
 
 俺様でも分かるように説明できるはずだ。これは、”なんの才能も無い俺様だけど、それでも美女にもてたいし、そうなるべきである”、そう主張するのと何も変わらない。
 
 もちろん、書き手はそれに応じるのである。なんと言っても商売なのだから、これは当然。
 
 ∧∧
( ‥)かくして本は嘘だらけに
    なってしまうのであると
 
  ( ‥)それは皆が求めた
    ‐□ ことなのだ
      自業自得よ
 
 つまり、科学のことを取り上げた本と言えども、それはラノベと変らないご都合主義なのだ。というか、ラノベよりもひどいのである。ラノベは、これは現実です、なんて言ったりしないが、科学の本は平気な顔をして嘘を書いて、これが現実です、と言うのだ。 
 
 それもこれも、客が求めたからに他ならない。実際、今西錦司やグールドのような著作が売れた理由は、そうでないと説明できないだろう。
 
 言い換えればである。読者を苦しめる本こそが正しい本だということになる。
 
 なれば現実の門を開いて、地獄を顕現させねばならぬ。 
 
 誰もが見たくも聞きたくもない、現実という地獄で世界を沈めねばならぬ。
 
  
 

2014年12月22日月曜日

論理人間は他人の話を聞かない

 
 論理は経験的なものではない。それゆえ、論理的な人は他人の話を聞かない。自分の論理を押しつけるだけである。
 
 ∧∧
(‥ )でも論理って広い意味では
\‐  経験的なものですよね
 
  (‥ )論理は神経の構造から
      生み出されている
      神経は進化で形成される
      進化は種族と系統の
      経験である
      この意味において
      論理は経験ではあるな
 
 問題は、神経は自然界でそれなりに動作すれば良いよ、という程度のつくりでしかない、という点にあろうか。
 
 ∧∧
(‥ )動物も人間も
\‐  状況によっては
    おかしな行動を始めるよね
    例えば
    何か良い事があると
    その時していた行動を
    反復するようになる
 
  (‥ )だから学習できるが
      良い出来事とまったく
      関連していないのに
      たまたまその時していた
      行動が
      そのまま固定されちゃう
      こともあるんだよな
 
 なんと言えば良いのだろう。進化の過程で作られた行動、進化的なプログラムとでも言えば良いのであろうか? 多くの場合、これはうまく動作するのだが、想定されていない状況下ではとんでもない行動を示す場合がある。だが、こればっかりはどうしようもない。
 
 ∧∧
( ‥)つまり人間は脳の構造上
    かならずおかしな動作をする
    論理もまた例外ではない
    それは進化的に作られた
    ただのプログラムで
    全てに対応できるわけではない
 
  (‥ )ようするにだな
      論理人間って連中は
      他人の話を聞かないし
      経験は無視するし
      失敗を無かったことに
      してしまうし
      そして必ずバグるのだ
 
 論理を振りかざす人間は極めて危険な存在であるし、ロジカルシンキングとはバグ持ちの代名詞であると考えるべき。

 
 

引きこもりは単純に最適解と解釈するべきでは

 
 例えばの話
 
 なぜ引きこもりが増えたのか? 
 
 それは社会が豊かになり、子供や若者が甘やかされ、ひ弱になったからである。
 
 ∧∧
( ‥)とは、よく言われるものだけど
 
  (‥ )実はさ、単純に
      それが最適な解だから
      じゃないかな?
 
 食事と娯楽と衣食住が手に入る。なればそこにいるのは当然だ。
 
 ∧∧
(‥ )甘やかされたとか
\‐  ひ弱になったとか
    そんな事柄を
    仮定する必要もない
 
  (‥ )人間はすぐ心の堕落で
      物事を説明したがるが
      それは説明の手抜きだよね
 
 心の堕落で説明するとは、原因を機械的に説明して究明し、操作しようという行動ではない。むしろ説明の放棄である。
 
 本来把握するべきは原因であり、原因から結果へと至る過程であり、その仕組みであるはずだ。
 
 ∧∧
(‥ )ところが
\‐   把握すべき仕組みを
     把握しないまま
     その全部を堕落という単語に
     押し込んでしまう
 
  (‥ )ごまかしだよねえ
 
 そもそも堕落という単語は、前はこうだったが今はこうなっている、という意味だ。考えてみればこれは説明ですらない。単なる現実の言い換えである。
 
 ∧∧
( ‥)ごまかしだ
 
  ( ‥)ごまかしだな
    ‐□
 
 ∧∧
(‥ )でもなんでこういうことを
\‐  するのでしょうね?
 
  (‥ )もしかしたら
      楽だからかもしれん
 
 人間は物事を考える時、脳に大変な負担をかけなければならない。脳を動かすカロリーを節約するのが最適解なら、”堕落しました”、という単語を無駄に使って、脳を節約するのかもしれない。
 
 あるいは、人間が社会性動物だからかもしれない。社会生活をするのでいつも他人の意思や意向を推し量って胸の探り合いをしている。何か事が起こるとすぐに陰謀論が出てくるのも、物事を擬人化した上でその意思を推し量っているからだろう。人間はありもしない場所に精神とたくらみと計画を見る。

 同じような理由で、魂の堕落という精神論を使いたがるのかもしれない。甘やかされて心がひ弱になったのだ、という説明は、広い意味では擬人化だとも言える。
 
 ∧∧
( ‥)引きこもりになったのは
    なぜなのか?
    原因と過程を
    解明しないままひとつの
    キャラクターとしてくくる
    そうしてから
    そこに”堕落”という性格を
    与える
    そういう意味では
    引きこもりは堕落したから論は
    擬人化ですね
 
 
  ( ‥)実際には
    ‐□ 食事と娯楽と衣食住が
      手に入る状況では
      他の選択肢へいく
      理由がない
      そういう即物的な説明で
      十分なのだけどな
 
 人間の心は肉体の影でしかない。神経の演算と打算の反映でしかない。
 
 そして親の世代と子の世代で、遺伝子のありように変化が出るわけではない。進化論的には出るにしても、この場合のそれは誤差の範囲である。
 
 ∧∧
( ‥)だったら心が
    変るわけがない
 
  (‥ )人間は動物だ
      最適解を計算するように
      出来ている
      だったら
      なにもかも計算ずくだと
      考えるべきだろうな
      
 
 

2014年12月21日日曜日

確かに詩はごまかしから生まれてくる

 
 先日見たこんな話

 賭け事の好きな詩人がいた。全体で見れば負けが多くなるでしょうに、そう人に問われた時。それがなんだというのですか? あなたの人生は平均したら笑っていますか? 泣いていますか?
 
 ∧∧
(‥ )そう答えた.... 
\‐  本当ですかね?
 
  (‥ )さあねえ
 
 でも、確かにこういう返答をする人間がいること、それ自体は確かだ。そしてそういう人間は多い。
 
 賭け事の仕組みとは損をするように出来ているものでしょう?

 この問いに対して
 
 笑っている方が多いか泣いている方が多いか?

 こういう認識論で返答をはぐらかす人。
 
 ∧∧
(‥ )実際のところ
\‐  答えは単純でしょうね
    笑っている方が原則的に
    多くなるはず
 
  (‥ )笑いは肉体の黒字を示す
      泣くは肉体の赤字を示す
      そのように考えた場合
      平均して赤字になる人間は
      死んでいるか
      死にかけか
      どっちかだからな
 
 泣いている方が多くなる人間は死ぬことで集団から取り除かれる。そうである以上、生きている人間を観察した場合、笑っている方が多くなる。
 
 ∧∧
( ‥)人生も賭場もそこは同じ
 
  ( ‥)違いがあるとしたら
    ‐□ 賭場は主催者の儲けに
      なるように
      調整されている
      そうである以上
      客は負けが多くなる
      そこだよね
 
 ∧∧
(‥ )そもそも冒頭の
\‐  平均すれば負けているでしょ?
    という指摘は
    そのことを言ったもの
    でしょうね
 
  (‥ )それを
      笑っていますか?
      泣いていますか?
      そう詩的に返したところは
      さすがだけども
      答えになってないよな
 
 例えば別の人が曰く、詩とはごまかしから生まれてくると。
 
 確かにそうなのだろう。詩とは認識論だ。そして認識とはあくまでも情報処理の過程で生まれたもので、現実ではない。
 
 認識は現実に屈服させられる存在である。
 
 ∧∧
( ‥)でもその現実を認識するのもまた
    認識である
 
   (‥ )現実に負けると分かった時
       認識をカットして
       現実を遮断し
       くさいものに
       蓋をするのだな
       それが詩だ
 
 確かに、詩がごまかしであるというのは正しい。
 
 

オミクロン2と白色矮星

 
 オミクロン2・エリダニ=>Untitled Document
 
 ∧∧
(‥ )エリダヌス座にある三重星
\‐  固有名はケード
    一般には
    エリダヌス座40番星で
    知られているみたいね
    距離は16光年
    実は伴星が
    白色矮星だったのだね
 
  (‥ )自分が持っているような
      安い望遠鏡でも見れる
      白色矮星が
      こんな分かりやすい場所に
      あるとは知らんかったな

一応、blogにスケッチの画像だけをアップするとこんな















視野を示した円内のうち、一番上の円の中央の星がオミクロン2・エリダニ、その脇にあるのが伴星で、これが白色矮星。

 ∧∧
(‥ )この白色矮星さんの密度は
\‐  資料によると
   1立方インチで2トン...
    軽い方ですか?
 
  (‥ )えらく軽く感じるけど
      資料だと
      白色矮星の密度は平均して
      数トンだとあるから
      これが普通だってこと
      みたいだね
 
 もしかしたら子供の頃に読んだ、マッチ箱ぐらいの大きさで20トン、という数字が頭に残っているせいかもしれない。あるいはこの記憶自体が2トンを20トンと勘違いしたものだという可能性もある。なぜなら、角砂糖1つぐらいの大きさで自動車ぐらいの重さ、という記憶もあるからだ(この記憶の方が上記の数字に合っているだろう)。
 
 白色矮星は、スペクトルから考えると高温であることは分かるが、距離から考えると普通の星にしては異常に暗い。以上のオミクロン2・エリダニも距離はわずか16光年。主星は光度4.5等であり、目で見る事ができる。しかし伴星は異様に暗い。つまり光を放つ表面積が非常に小さいこと、すなわち小さい星であることが分かる。しかしその一方で、天体に及ぼす力からすると大きな質量を持っている。
 
 小さいが巨大な質量を持つ星。それすなわち、高密度の天体。
 
 星がその燃料を燃やし尽くした時、自らの重さを支え切れずにつぶれた星、それが白色矮星。
 
 ∧∧
(‥ )資料によると
\‐  1立方インチ当たり
    1万トンを越える
    白色矮星さんもいると
 
  (‥ )中性子星に比べりゃ
      軽いもんだけど*
      絶対的には
      超絶的な重量だよね
 
 *中性子星だとこの値が立方あたり億トンのオーダーに達する。
 
 僕らがいる世界は原子核が電子で膨らまされた希薄な世界だ。それを考えると超高密度の天体こそが、この世界本来の密度だとも言える。それでもしかし、膨らんだ世界にすむこちらの常識からすれば、これら圧縮された星々の密度は理解しがたいものがある。
 
 
 ∧∧
( ‥)あと幾つか
    あなたの望遠鏡でも見れる
    白色矮星がある?
 
  ( ‥)ひとつは非常に興味深い
    ‐□ 天体だそうだな
      ただ我が家周辺の
      明るい空で見るのは
      無理なように思えるが...


 


2014年12月20日土曜日

ラノベは実用目的なので

 
 多くの読書人にとって、読書というものは”自分の脳の耐久力”を誇示することであり、本はそのために製造されている。
 
 つまり読書とは脳のマラソンである。そう言えば良い。
 
 ∧∧
(‥ )そうである以上
\‐  本の内容とは
    まったくの無価値で
    なおかつ
    冗長でなければならない
 
  (‥ )それを踏まえるとだな
      ラノベが馬鹿にされるのは
      あれは
      ラノベが実用目的だから
      かもしれんな
 
 ∧∧
( ‥)実用目的ね
 
  (‥ )実用目的だろ?
 
 
 読書家だの文化人だのという連中にとって、本とは無価値で冗長で無意味で退屈でなければなぬ。そうでないと無駄自慢が出来ぬではないか。彼らが実用目的の書物を執拗に嘲笑するのは当然。
 
 そして嘲笑とは、裏返せば彼らの自慢がどこにあるのかを明白に示しているだろう。
 
 
 
 これはhilihiliのhilihili: ありもしない体力差を人為的に作り出すべきであるの続き
 
 
 
 
      

2014年12月19日金曜日

ありもしない体力差を人為的に作り出すべきである

 
 
 こんな難しい本を読める俺はすごい、そういう無駄自慢をさせるためのアイテムとして本は作成されており、読書人は無駄自慢に必要な無駄な本を渇望する。
 
 そうである以上、本は実用的であってはならぬ。本は無内容でなければならぬ。

 ”物書きとは、読書人が自分の本棚にそろえたいと思う本を書くべきである”、そう主張した以上、物書きはクジャクの尾羽にならねばならぬ。存在そのものが無駄にならねばならぬ。
 
 すなわち、良い本とは無駄に難解で、これを読める俺様すげー! 俺様はラノベや漫画を読む凡人共とは違うんだ! そう読者に思わせるものでなければならない。
 
 ∧∧
( ‥)でも難しければ良いって
    わけじゃないよね?
 
  (‥ )本当に難しいと
      本当に読めなくなるからな
 

 実は、本当に難しい内容では駄目なのである。

 実際、本当に難しい本が望まれるのなら、皆は学校の教科書と論文を本棚にそろえるだろう。
 
 ∧∧
(‥ )でもそうではないよね
\‐
 
  (‥ )教科書が実用的という
      こともあるけどもな
      本当に難解な内容を
      扱った本では
      自慢にならないんだよ
      誰だって
      学校時代の挫折を
      思い出したくないからな
 
 
 それにだ、そもそも競い合いがあるから自慢できるのである。
 
 誰も読んでいない本では自慢できない。これでは駄目だ。
 
 たぶん、一番望ましい本とは、内容は単純だが、もったいぶっていて冗長なものだろう。それもくせがあるのが望ましい。
 
 内容が単純であれば、原理的には誰でも読める
 
 しかも、もったいぶって冗長なものであれば、無駄に体力の誇示ができる
 
 さらにくせがあれば、それに合わない人はその本を敬遠する。だが、それに合う人はその本を読むことができる。

 つまり差別化であり、自慢するためのお膳立てが整うわけだ。
 
 ∧∧
( ‥)くせのある文章を嫌って
    読むのをやめる人は
    一見すると
    途中棄権したように
    見えちゃうからね
 
  ( ‥)反対に平気な人は
    ‐□ 体力があるように見える
      必然的に
      自慢できるよなあ
 
 
 実際、くせのあるベストセラー作家というのはそういうものではないだろうか? 
 
 その作家の作品を読める人は、この素晴らしさは君たちには分からないだろうなあ、と言い、その作家の”くせ”を嫌う人は、こんないかれた文章を読む奴は頭がおかしいと嫌悪する。
 
 これは、人為的に作られた体力差ではなかろうか。
 
 例えばこう考えてみればどう?
 
 マラソンは内容が単純である。原理的には誰でも参加できる
 
 マラソンはただ長いだけである。これゆえに走り抜けた人間は体力の誇示ができる。
 
 だが、本格的なマラソンを行なった場合、走り抜けられる人間は本当にごくわずかになってしまう。これでは自慢大会にならない。そして参加者が多くなければ大会は維持できない。
 
 なれば、誰でも参加できる程度の距離を走らせながら、参加者を人為的に選別してしまえば良いではないか。

 一見すると体力差が出たかのように偽造すれば良いではないか。
 
 例えば香水を道沿いに配備するのである。
 
 香水を嫌う人は走るのを止める。一見すると体力が無く、途中棄権をしたように見える。
 
 香水を好きな人は走り抜けることが出来る。一見すると体力があるように見えるだろう。
 
 ∧∧
(‥ )仕組まれた差別化によって
\‐  人為的な格差が作られ
    体力の誇示が保証される

  (‥ )本当は全員走れるが
      それでは
      自慢大会にならない
      だから人為的な格差と
      ありもしない
      体力差を偽造する
      これで自慢大会が可能だ
 
 くせのあるベストセラー作家に集まる賞賛と自慢と嫌悪と罵り合い、そういう場面や論評はしばしば聞くものだけど、あれは必然の理由があると見るべきなんだろう。
 
 そして思うに
 
 ∧∧
( ‥)....これって
    なんかとても良い
    手段じゃありませんかね?
 
  (‥ )思ったよりも
   □‐  素晴らしいやり方だな
      考えさせられる


 
 これはhilihiliのhilihili: そうか、あなたはクジャクの尾羽になりたいのだな?の続き
 
 
 

そうか、あなたはクジャクの尾羽になりたいのだな?

 
 ∧∧
(‥ )この本は本棚に並べても良い
\‐  そう思わせたら
    物書きの勝ちであり
    それが物書きの真髄であると
 
  (‥ )本を売るという
      視点からすれば
      それはまったく
      正しいことであろうなあ
 
 問題があるとしたら、読書家たちが、これは本棚に並べる価値がある、そうわざわざ思う本とは一体なんであろうか? ということで。
 
 ∧∧
( ‥)本の価値とは何か?
    実は本が持つ最大の価値とは
    ”これを持っていると文化的に
     箔がついたと思われる”
    そう皆が思う点にある
 
  ( ‥)読書家って連中が
    ‐□ 本に対して抱く価値とは
      クジャクの尾羽でしか
      ないわけだよ
 
 見てくれは綺麗だがまったく実用的な価値を持たないもの。それが本であった。
 
 実用的な価値を持たないにも関わらず”価値”を持つ。それを実現するには、本は無駄そのものにならねばならぬ。内容に現実的な意味があっては駄目なのだ。

 読書という行為そのものが無駄なカロリーの消費でなければならぬ。
 
 読書という行為それ自体が無駄になるためには、本の内容はもったいぶった無駄そのものでなければならぬ。

 ∧∧
(‥ )こう言うと激怒する人が
\‐  いるだろうけどね
 
  (‥ )だがな
      読書人や知識人たちは
      あれほどの本を
      読んでいるのに
      言っている知識や理解が
      間違いだらけなのだ
 
 いやむしろ、理解は人の数だけある、そう、うそぶくことで現実への収束を積極的にこばんでいる。

 それはいわば走行テストとは文化のひとつでしかない、そう主張することで、走行に耐えられない自動車を、あえて買うことと同じだろう。
 
 見てくれだけは良く、高価なだけで走れない自動車。それが本である。

 それを高額で購入することを正当化する。それが物書きの主張であり、読書人の要望である。
 
 その時、本は、そしてその自動車は経済力を誇示するためだけの道具となる。

 経済力を誇示する道具である以上、その自動車に実用的な意味があってはならないのである。同様な理由で、本に内容があってはならない。
 
 本に内容があると思わせることは必要だが、実際にはあってならぬのだ。
 
 ∧∧
(‥ )本とはまさに
\‐  その目的のためだけに
    存在している
 
  (‥ )俺はこんなに
      難しい本を読むだけの
      体力を持っている
      その誇示を行なう
      そのためだけに
      本を買って読むし
      そうである以上
      本に実用的な価値が
      あってはならぬのだ

 ∧∧
( ‥)つまり冒頭の言葉
    これは私の本棚に
    並べる価値がある
    読書家にそう思われる本を
    私は書くぞ宣言とは
 
  (‥ )俺は無駄で無内容な本を
      小難しく書くぞー
      そういう宣言だろうな
      俺はクジャクの尾羽になるぞ
      宣言だと言っても良い
 
 そうか、あなたはクジャクの尾羽になりたいのだな? 物書きとしては極めて潔いじゃないか。そしてあなたは確かに正しい。
 
 
 
 

2014年12月18日木曜日

不都合を悪魔化し、陰謀論とする

 
 政権交代が起きた時、その目玉の一つとなり、話題を呼んだのは事業仕分けであった。
 
 次々に質問をあびせる政治家たちの姿、そして、たじろいで返答に窮する官僚たちの姿を見て、国民は喝采を送った。
 
 ∧∧
( ‥)でもそれは茶番であった
 
  ( ‥)あれは各省庁に対して
    ‐□ 財務省が
      ”これは本当に必要なの?”
      と問題提起を行う
      それに対して各省庁が
      書類で返答する
      そのような書類と文面の
      やり取りの間に
      素人政治家が介在して
      パフォーマンスした
      それだけの話なんだよな
 
 発言でさえも記述されて議事録として残されるように、本来、物事は書類と書類、文面と文面で行うものなのである。そうした書面のやり取りとやり取り、その隙間に本来まったく必要でない舞台を据え付けてショーにした。それだけのこと。
 
 ∧∧
(‥ )まあだから受けたのだよね
\‐
 
  (‥ )みんなは
      水戸黄門でも見ている
      つもりだったのかもな
      悪いお代官を
      庶民派の権力者が
      こらしめてくれる
      そういう安易な世界観は
      王道であり受ける
 
 もちろん、端から見れば間抜けな話なのだ。書類と書類のやり取り。例えばそれは、私たちが仕事先との契約で行なうものでもあろう。そういう文面のやり取りにおいて、突然、パフォーマンスと演説を行なう人間がいたとしたら、それはただの痛い人間である。
 
 ∧∧
( ‥)でも受けた
 
  ( ‥)受けるからやった
    ‐□ だがそれだけでは
      ないだろうな
      彼らは信じていたのだ

 あれを行なった彼らは、文面のやり取りで一歩ずつ、確認しながら前進する、そういう世界観を持っていなかったのだろう。そうではなく、官僚を言い負かすパフォーマンスを優先した。
 
 彼らは、この世界はドラマの水戸黄門と同じだ、そう思っていたのかもしれない。
 
 これにて一件落着!
 
 ∧∧
(‥ )するわけないよね
\‐
 
  (‥ )誰かを超法規的に裁く
     それ自体がすでに大問題だが
     後任はどうするの?
     着任までどのぐらい時間が
     あるわけ?
     その間
     行政はどうなっちゃうの
     執行する人の権限は
     どうするわけ?
     一件落着なんかするわけ
     ないのだよな
 
 追って沙汰があろう。言うのはいいけど、それは丸投げというのだ。
 
 しかし、かような世界観。つまり、
 
 役人は悪い事をしていて、役人を倒せば問題は自動的、かつすみやかに全部解決できる。
 
 この世界観は非常に強固なものだ。
 
 こういう世界観が流布するのには無理もない側面もあるが、恨み言を抜きでごく単純に真面目に言えば、部外者には行政のやっていることは全部把握できない、そして把握できない部分に”役人が悪いことをしている”、そういう”陰謀論”を押し込んだ結果だと見るべきなんだろう。
 
 ∧∧
( ‥)あなたたちはすぐに
    陰謀論を採用する
 
  (‥ )悪いことの原因は悪だ
      悪をたくらむ者の正体は
      これこれだ
      これが陰謀論だけども
      実は擬人化でもある
      神話を見れば分かるように
      現象を擬人化して
      これにすがるとは
      古典的な手法であり
      伝統的な理解なのだ
 
 自分にとって都合の悪いことを悪と言う。悪という抽象的な概念を擬人化すれば、それは悪魔となり、擬人化された悪に知性があると仮定すると、悪魔はたくらみをもつようになる。そこには計画がある。これが陰謀論。
 
 ∧∧
(‥ )でも陰謀論と
\‐  悪の擬人化には
    致命的な欠陥がある
 
  (‥ )自分にとっての不利益
      これは大雑把で恣意的で
      自分本位で主観的な
      カテゴリーでしかない
      以上をひとつの実体とする
      これが擬人化
      それにひとつの知能と意思を
      もたせる
      これが陰謀論
 
 自分の不利益を悪とみなし、それをひとつの実体と仮定して、さらに知能と意思と計画を持たせる。
 
 ∧∧
( ‥)これって自分の知らない物事や
    世の中の仕組み、要望、要請
    必然や必要など
    これらを全部
    中身の見えぬ箱に
    適当に放り込んで
    蓋をしてしまうことと
    同じである
 
  ( ‥)そうしてそこに
    ‐□ ”悪”と”たくらみ”と
      書くわけだよ
  

 これでは現実を操作することなどできないだろう。妖精が動かすエンジン、という想定では車を整備するなど出来ぬは道理。
 
 ∧∧
(‥ )でもこういう世界観だと
\‐  物事は容易に革新できるはず
    そう考えるであろう
 
  (‥ )世界を革新出来る
      そう熱心に吹聴する人間
      あるいは反対に
      革新できない世界に
      絶望し
      そうして世界を呪う人間
      彼らの世界観とは
      こういうものではないのか?
 
 彼らの行動と理解と絶望と、世の中を呪詛する呪いの言葉とは、そういう考えを反映したものではないのか?
 
 

2014年12月17日水曜日

言語戦隊あいうえお

 
 ∧∧
( ‥)言語戦隊!
 
   ( ‥)あいうえおー!
 

あ:悪魔
い:胃袋
う:恨み
え:縁日
お:おみくじ
 
 ∧∧
(‥ )...これでどうしろと
\‐  言うのですか
 
  (‥ )敵は何かな?
      PTAか?
 
以下、技名

悪魔:抹殺ビーム
胃袋:強酸滅却
恨み:遠隔効果
縁日:人生遊戯
おみくじ:確率論的地獄
 
 

 

自由主義者はファシズムを望む

 
 例えば、なぜ江戸幕府はファシズム体制にならなかったのか?
 
 ∧∧
( ‥)ならなかった理由を
    色々と数え上げることは
    誰でもできる
 
  ( ‥)”徳川政権はー
    ‐□ 天皇家から征夷大将軍というー
      地位や大政をー
      よって原理的にー”
      そう知識をひけらかすことは
      可能なのだ
 
 だが、そうではなく、
 
 日本という統一国家全体のために奉仕せよ、その奉仕には国家のために命も捨てる覚悟すら要求される
 
 そういう意思統一が、徳川政権下において奨励され、メディアによって押し進められなかったのはなぜなのか?
 
 そこが問われる。
 
 ∧∧
(‥ )それが必要とされる
\‐  状況ではなかったからである
    答えは単純でしょうねえ
 
  (‥ )逆に言うと
      圧倒的な軍事力を持つ
      西欧列強の進出を前に
      工業化の遅れた国家である
      日本がファシズムと
      呼ばれる方向へ
      動き出すのは必然だ
      なぜならそれが
      必要とされたからだ   
 
 戦争など本当はしたくない一般大衆を動員して、銃剣を並べて突撃させないと勝てない時代である。
 
 当たり前の話だけども、一般人を戦列に並べるのは、容易なことではない。
 
 そのためには色々な方法でとにかく人間を焚き付けねばならぬ。あるいは強制せねばならぬ。色々な国家がその立ち位置から色々な方法を試した。愛国心に訴え、あるいは、宗教と専制君主の王朝を倒した後に成立したのは個人崇拝の独裁国家で、それゆえに、スターリンへの敬愛と機関銃による脅しで突撃させる。
 
 ∧∧
( ‥)結果は似たり寄ったり
    どこでもなんでもいつでも
    その時々に必要な形態を
    必然的に取るだけである
    そこに自由意志が介在する
    余地はほとんどない
 
  (‥ )その時、取る形態は
      直近の過去に採用していた
      古い形式から変形したもの
      だから
      各国それぞれ個性があるが
      必然にそっているので
      到達点は
      似たようなものだよな
 
 
 言い換えれば、必要性が無い以上、徳川幕府がファシズムに走ったり、あるいは民主国家になることは無かった。
 
 反対に明治維新後の日本がどっちかというと軍国主義の方向へ向かったのも(これを敵国はファシズムとカテゴライズした)、あるいは、敗戦に加えて戦争と兵器の形式が変化するに従って軍事色が薄まったのも、それらはいずれも必然であった。そういうことになる。

 
 ∧∧
(‥ )人間の人生も同様
\‐  何度繰り返しても
    似たような結果になるだろう
 
  (‥ )自由意思によるぶれや
      確率のぶれは絶えずある
      だけども結果は
      似たようなものだろうな
 
 皆、必然の理由があってここに来たのであろう?
 
 体力が無かったからここまでだった。
 
 学力が無かったからここまでだった。
 
 あるいは体力はあったからここまではこれた。
 
 学力はあったがそれゆえにここまでであった。
 
 あるいは癌の家系であるからその確率的な運命に制限された。激務が続いて免疫能力が衰えた時、その確率は有意に上昇し、結果を強制してくる。
 
 皆、必然の要素があるから、これらの要素が制限する人生に閉じ込められたのであろう?
 
 自らの周囲を見回してみれば良い。それらの結果と累積が、身の回りの”この有り様”ではなかったか?
  
 
 ∧∧
(‥ )それを踏まえてひるがえれば
\‐  日本は再びファシズムに走る
    そう言い立てている人は
 
  (‥ )自分の人生は自由意志で
      自在に
      作り替えることができる
      無邪気にも
      そう信じているのだな
      それは
      徳川政権もその気になれば
      ファシズムに走ることが
      出来る
      そう言い立てることと
      同じだろう
 
 当たり前の話だが、そんなことはもちろんない。あらゆる局面において自由意志を介在させることはできるが、当然ながらその影響力はかなり限定的だ。それは自分の人生を見れば分かること。
 
 しかしである。それでもなお、ファシズムがどうしたこうした、そう言い出す。
 
 こうなってくると、今やこれ自体が興味の対象であろう。ままならぬ自分自身の人生の中にあってさえ、自由意志とその結果を過大に見積もるとは、一体どんな心理であろうか? 
 
 いくら自由意志があっても出来ない事は出来ない。そういう事例ばかりが累積した人生の中で、それでもなお、自由意志でなんでも出来ると信じる。信じれるから、日本は今からファシズムに走る危険がある。なぜなら世界は意思のままに作り替えることができるからである。なれば、反対にそれを阻止することも意思の力で自在に出来よう。こう信じれる心理とは一体なんであろうか?
 
 ∧∧
( ‥)空想癖がある?
    精神論者?
    あるいは理想論者だけども
    現実を受け入れられない?
 
  ( ‥)だから空回りするし
    ‐□ だから周囲から浮くし
      だから周辺に対して
      攻撃的になる
      そういうことかもな
 
 だがしかし、このままでは日本がファシズムに走る走る! あるいは反対に、このたびの政権交代で日本のファシズム化は遠のいた! そんな精神論な空想で一喜一憂するくらいなら、ごくわずかな人間にしか扱えない超兵器を設計した方が良いのではなかろうか?
 
 軍人貴族しか扱えないような超兵器が主流になった世界では、人々を有権者だの国民だのとおだてて戦列に並べる必要はない。そういう世界ならファシズムなんてないだろう。国民を焚き付ける必要がないからである。かように、ファシズムを原理的に抹消することは簡単なことである。そしてそれは自由意志のなせる技ではない。機械技術が実現することなのだ。
 
 ∧∧
(‥ )封建制になっちゃうかも
\‐  だけどね
 
  (‥ )困った事にだな
      江戸時代を見れば
      分かるけど
      奢侈禁止とか
      封建制の支配者たちも
      統制には走るのだよな
 
 これを踏まえて考えるに、ファシズムに走るうんぬんとは、自由という観点からすればどうでも良い話なのだ。なぜかというに、理想主義者はどんな立ち位置であれ、統制に走るからである。そもそも理想主義とはひとつの型に物事をはめようという病的な執着に他ならない。そしてそういうことに執着できるのは、自由意志で世界を自在に作り替えることが可能である、そう信じているからだろう。だからこそ、簡単にファシズムに流れると思うし、そうであるからそれに恐怖できるし、そして統制に走るのだ。
 
 精神の自由を唱える人間こそが、真っ先に統制に走り、熱心に弾圧を行う。

 ∧∧
( ‥)つまり自由意志なんて
    どうでもよい?
 
  (‥ )自由は現実に対して
      影響力を行使できない
      それどころか
      ファシズムを
      禁止する自由を追求して
      ヘイトスピーチがどうのと
      自ら統制に走るからな
      自由意志なんて
      どうでも良い話よ

 
 必要なのは確率的なぶれだ。つまり自由よりもむしろ混沌であろう。
 
 ∧∧
(‥ )でも混沌を引き起こすとは
\‐  自由を追求するよりも
    難しいですよね
 
  (‥ )混沌だけにやり方も
      よく分からんしね
 
 
 ∧∧
( ‥)なんか方法は
 
  (‥ )まあそのなんだ
      世界と人生を
      おちょくってみるとか?
 
   
 
      

2014年12月16日火曜日

自由とは不幸の原泉である

 
 ∧∧
( ‥)例えばの話
 
  ( ‥)そうねえ
    ‐□ 例えばの話
 
 戦前の日本に、戦争をしない自由があったのだろうか?
 
 ∧∧
(‥ )逆に問えば
\‐  戦後の日本に戦争をする自由が
    あっただろうか?
    とも問えますね

 
 
  (‥ )どっちも多分
      そんな自由はない
      だよな
 
 列強がしのぎを削る中、戦いはいずれ起こること。
 
 そして勝ったのは、
 
 敵を引きずり込んで消耗させるほどの広大な版図を持ち、なおかつ反撃できるだけの人口と資源を持つ国であった
 
 そして勝ち残った超大国は他の国が戦争をすることを禁じた。
 
 これは、足し算のように単純な話ではなかろうか?
 
 こんな力学というか、単純な仕組みの中では、自由もなにもへったくれもない。
 
 いや、自由、それ自体はあるのだ。
 
 ∧∧
( ‥)ただし自由を行使すると
    ろくなことにならないと
 
  (‥ )身近なことで考えれば
      明白ではないかね?
      周囲や親や社会が決めた道
      いや、
      皆が押しつけたレールから
      逃げ出した奴が
      どうなったか?
      それを考えれば分かること
 
 登山道は人間が作ったものではあるが、どこに登山道を通すのかは、地形が決めているとも言える。自由とは登山道から外れることだとも言える。
 
 ∧∧
(‥ )登山道を外れて歩くには
\‐  極めて体力がいる
    

  (‥ )自由はものすごく体力が
      必要なのだ
      自由はエネルギー的には
      非常に不自然だから
      猛烈な投資をしないと
      実行維持出来ない
      そう言うべきかもな
  
 そして、体力を消耗する以上、自由とは概して不幸になる道である。端的に言ってしまうと、失敗するのだ。死ぬことも多い。
 
 ∧∧
( ‥)だからみんなが
   ”ここを歩きなさい”
    そう言うわけだね
    そして
    不幸になることと引き換えに
    自由になった人と
    夢なんかさっさとあきらめて
    幸福になった人がいる
 
  ( ‥)だけど世の中にはな
    ‐□ 自由を行使して
      失敗したけど
      それを受け入れられない奴
      そして
      自由を行使しないことで
      そこそこ成功したくせに
      自由と夢を信じ語る奴が
      いるのだ
 
 彼らの語る夢が良い夢とは限らない。悪夢を語る場合もある。彼らの豊かな想像力が生んだ、薄っぺらい悪夢。
 
 日本がファシズムになる、というのもそういう薄っぺらい、安易な悪夢だろう。
 
 ∧∧
(‥ )でもファシズムって
\‐  民主制と突撃戦が生んだ
    必然の形でしかない
 
  (‥ )もうそういう戦争では
      ないみたいだからな
      地形がそうである以上
      僕らの辿る道は
      そうはならないだろうね
 
 大雑把に予測するに、新たなファシズムは、国家のために命を捧げよ、という突撃的なものではなく、義務だから税金を収めて、になるのではなかろうか。
 
 ∧∧
( ‥)なんかそれはそれで
    めんどいな
 
   (‥ )子供を兵士に取られる以上に
       怒りだす奴もいるだろう
 
 何を馬鹿な! だがしかし、子供が安価な労働力でしかなかったこともあるのだ。それを考えれば、子供を取られるのと、お前の金をとられるのと、どちらをお怒りになりますか? この問いは、馬鹿げているようでいて、笑ってはすませられないものとなろう。
 
 ∧∧
(‥ )その一方で中国と日本が
\‐  どこかの時点で激突するのは
    確実だよね
 
  (‥ )どっちかが
      東南アジアのシーレーンを
      制覇している限り
      どっちかが困るのだ
      そうである以上
      自由の余地はない
      地形がそうである以上
      道の先にあるのは
      必ず激突するという運命
 
 ただ、いつ起こるのかは分からない。
 
 ∧∧
(‥ )当面は、あれですかね
\‐  失礼な話だけども
    中国が開戦を決断するのが先か
    中国の政権が瓦解するのが先か
    そういう問題ですかね
 
  (‥ )あの国が不安定なのも
      また運命だからなあ
 
 もちろん、自由の余地はある。特に中国は日本よりもずっと自由な国だ。ここに問題がありえよう。
 
 ∧∧
( ‥)また例のあれだね
    兵隊さんが自由を行使して
    勝手に戦争の引き金を引く
    という可能性だね
 
  (‥ )自由というのは
      いつだって不幸の原泉さね
 
 

うさぎ座R:クリムゾンスター

 
 うさぎ座R星のスケッチをリンク=>Untitled Document


 画像をblogに上げるとこんな












 ∧∧
(‥ )別名クリムゾンスター
\‐  夜天に輝く
    鮮血の星ですか
 
  (‥ )全天で一番赤い星
      そう評判のものだな
 
 確かに、望遠鏡で星を見る時、星に色がついて見える事は少ない。ついていても青っぽい、黄色っぽい、あるいは赤っぽい、そんな程度である。

 そんな中でも、例えば赤く見える星というと、赤色巨星の王者であるアンタレスやベテルギウスだけども、うさぎ座Rはさらに赤い。
 
 ∧∧
(‥ )今は光度があるから
\‐  オレンジ色っぽくも見えるけど
 
  (‥ )光度が極小に達する
      あたりでは
      赤さがより顕著になる
      はずなんだよね
 
 うさぎ座Rは星の寿命の末期にあり脈動している変光星。つまり、収縮すると熱を上げて明るくなり、そうして膨らみ始める。すると今度は温度が下がって暗くなり、再び収縮していく。
 
 ∧∧
( ‥)縮んだ時が高温で明るい
    膨らんだ時が低温で暗い
    赤熱する鉄と同様
    膨張し
    温度が下がれば
    赤みはより強くなる
 
  (‥ )まあなんだ
   □‐ この手の変光星の
      変光の仕組みは
      単純な膨張と温度変化では
      説明できないそうで
      低温の星の表面に
      重い元素による雲がかかる
      とも言うから
      説明や理解は難しそう
      だけどもな
 
 まあ、見てれば分かることである。
 
 ∧∧
(‥ )お星様のスケッチをするのも
\‐  位置を把握するためですね
 
  (‥ )良い写真機や
      赤道儀のような機材がない
      だったら目で覚えれば
      良いだけだしね
 
 あと、星のスケッチは、月や、あるいは生物のスケッチに比べると楽なのである。
 
 ∧∧
( ‥)そりゃあ点だからね
 
  (‥ )神経を使うのは
   □‐  配置と光度なんだが
      月や生物のスケッチよりは
      手間がかからないし
      時間も必要ない
 
 仕事はあるし、しかもこの寒い季節である。夜間、あまり長時間座って作業するわけにもいかないのであった。
 
 ∧∧
(‥ )気晴らしにもなるしね
\‐
 
  (‥ )仕事ばかりしてると
      煮詰まっちゃうからな

 


2014年12月15日月曜日

神権政治としては特異ではなかろうか?

 
 ∧∧
( ‥)例えばの話
 
  ( ‥)マルクス主義者たちが
    ‐□ トンデモ農法で
      メチャクチャやった時
 
マルクス主義は科学である

この学説はマルクス主義的だからゆえに正しい

反対する連中は反動勢力である

反動勢力とは、科学であるマルクス主義が予測する社会の流れに反対する分子のことである

そう主張していたわけで
 
 ∧∧
(‥ )社会には流れがある
\‐  それには法則がある
    法則を記述した理論がある
    その理論は正しいが故に
    反対勢力はすべて間違いであり
    非科学であり
    来るべき未来と運命を拒否する
    愚か者であり
    断固として叩き潰すべき
    敵である
 
 
  (‥ )まあこれ自体は
      循環論法で
      なんの意味もない
      正当化だし
      それどころか
      パチもんの神学
      さらには
      神権政治になってしまう
      主張なんだが...
 
 いや、多分、もっと悪いのである。科学理論の風を装って統治する。それは理論を熟知した者のみが責任をもって統治者になるべきだ、という主張であるし
 
 ∧∧
( ‥)というか
    熟知している私たちには
    予知能力があります
    そういう主張ですかね
 
 ( ‥)そもそも資本主義は
   ‐□ 終焉するし
     そうして社会主義
     さらには共産主義になるから
     俺たちの運動は正当だし
     反対者は反動勢力で悪だと
     主張したわけだしな
 
 予言と成就と能力の誇示と権限の要求。
 
 これは一般的な神権政治よりもはるかに強力な主張だと言える。ローマカトリックも、あるいは中世期のサファビー朝成立以来、宗教色が歴史的に強まっていくように見えるイランでついに実権を握った法学者たちも、彼らはいずれも神権政治の指導者ではあるが、あくまでも代理人だ。
 
 ∧∧
(‥ )本音はどうあれ
\‐  代理人だよね
    あの人たちだって
    神に仕える身である
    そういう意味では大衆と同様
    神の下僕である
    彼らは運命については
    論じない
 
  (‥ )なぜなら運命は
      神のもので彼らは人なのだ
      民衆が亡くなった指導者を
      聖遺物にするようなことも
      あるだろうけども
      生きている彼らが
      自分から
      私は神通力を持っています
      そう主張するかというと
      そうじゃねえしな
 
 だが、マルクス主義者はどうもそういう一線をあからさまに踏み越えているようである。
 
 これはたぶん、来るべき楽園が死後の世界ではなく、現実の未来に来る。そう設定したせいではなかろうか?
 
 ”いつか来る”ではなく、これこれこういう過程で順番に、こう具体的にやってきますし、それを説明する理論ですし、その理論を熟知しているのが我々です。
 
 この主張はあまりにも強すぎる。
 
 ∧∧
( ‥)我々は神通力を持っている
    我々は予知能力を持っている
    そういう主張だともとれる
    神権政治としては
    かなりユニークですよね
 
   (‥ )たぶん、それゆえに
       致命的な点が
       幾つかあるんだよな
 
 ひとつは、検証可能な予言をしてしまった点にある。楽園を死後の世界に設定していない。あるいは社会が変化する具体的な順序を述べてしまった。これは神権政治としてはあまりにもうかつな設定である。予言が間違っていたことがばれてしまうからだ。
 
 ばれたら最後、その権威は損なわれる。
 
 
 ∧∧
(‥ )まあそのなんだ
\‐  マルクスさんも神権政治を
    行うために
    設定したわけじゃ
    なかったのでしょうけどね
 
  (‥ )でも結果的には致命的だ
      地上の楽園を標榜した
      ソビエト連邦は瓦解し
      予言と理論が
      破綻していることが
      露呈してしまった
 
 もうひとつは、マルクス主義が道徳や倫理ではない、という点ではなかろうか?
 
 ∧∧
( ‥)そりゃ政治運動のための
    理論でしょうからね
    道徳じゃないでしょう
 
  (‥ )でもそれだと
      政教分離が
      できないんだよね
 
 仮に宗教として駄目だ、そうなっても、道徳や弱者の救済は普遍的な価値として残りうるだろう。権力を放棄しても、いやむしろ権力を放棄したからこそ神職が大いなる力を発揮できる場合がある。
 
 だがしかし、マルクス主義は道徳ではなく、政治運動である。
 
 しかも、政治運動それ自体の基礎が、間違っていると暴露された神通力習得法に基づいている。
 
 これは思った以上に致命的ではなかろうか? これでは道徳になることもできず、神通力取得法の無力化と共に心中するしかないではないか。
 
 ∧∧
(‥ )そういえば亡くなった
\‐  後藤田さんは
    共産党は良い事も
    言っているのだから
    マルクス主義をやめて
    共産党という党名も
    変えた方が良い
    そういうことを
    言っていたのでしたっけ?
 
  (‥ )うろ覚えだが
      テレビでそういうことを
      言っていた記憶があるな
 
 実際、確かに主張は....、その主張がどんな動機で述べられたのかはともかくとして、その主張内容それ自体が良いとしても、”共産党”という名称で忌避してしまう人は多い。

 冷戦時代、あまりにも敵勢力として意識されすぎたし、過激派をはじめ、その凄惨なリンチとテロは今でもべっとりと人々の記憶に残っている。
 
 ∧∧
( ‥)でも捨てられない
 
  ( ‥)これはマルクス主義の
    ‐/ 特異な特徴と
       特異な神権政治の
       有り様に
       起因するんじゃないかな
    
   

2014年12月14日日曜日

直球ストレート

 
 ヒロインの設定
 
 名前が花崗岩
 
 体は花崗岩
 
 ∧∧
( ‥)なんのひねりもないな
 
  ( ‥)やっぱ体は
    ‐□ 蛋白質でないと
      駄目かな
 
 
 
 
 

そりゃ現実を無視した人は現実の前に敗北するでしょう

 
 起きたら夜中で、星のスケッチをして、そうして一休みしたら朝が来た
 
 ∧∧
(‥ )そういえば本日は
\‐  投票日でしたね
    自民党の大勝が
    予想されていますが
 
  (‥ )自民が大勝すれば
      極右の安倍首相は
      日本を戦争に向かわせる気だ
      彼はヒトラーの再来だ
      そう煽る人もいるけど
      それは精神論なんだろうな
 
 たった一回の選挙の大勝で戦争を開始できるのなら誰も苦労はしないし、現実はそこまで自由自在に動くものではない。
 
 そもそも、
 
 現実なんて自由自在に動かせる。だから僕らに投票すれば政権交代できるし、そうすれば僕らが世の中をガラっと変えてみせるよ!!
 
 そう言った民主党が大失敗した。それが現実であった。
 
 現実は自在に変形する粘土などではない。
 
 その現実の前に彼らは失敗した。
 
 そして今、その失敗によって民主党は大敗を喫しようとしている。
 
 その彼らが、安倍は戦争をする気だ、と言い立てるのは、何も学んでいない証拠なんだろう。現実はそんな粘土みたいなものではない、それを学んでいないのだ。
 
 ∧∧
( ‥)現実が固いのには
    物理的な理由がある
    物理的な理由があるから
    現実は頑として動かない

  (‥ )この道路はなぜここを
      通っているのか?
      それは地形など
      物理的な理由があるからだ
      それと同じよな
 
 物事が動くわけがないのである。
 
 いや、動くことは動くし、実際、絶え間なく動いてはいる。だがしかしそれは、雨風に浸食されて地形が変るようなものだ。地形が徐々に変って道のあるべき場所も変る。そういう非常にゆっくりとした変化である。
 
 ∧∧
(‥ )急に動かそうとしても
\‐  動くようなものじゃない
 
  (‥ )よく揶揄で使われる
      ヒトラーだってな
      WW1の後の
      異常な賠償請求などが
      発端とはいえ
      そもそも
      中央集権化が進んでいない
      ドイツで強いリーダーが
      求められた
      その結果でしかないとも
      言えるからな
 
 考えてみれば強いリーダーが求められるとは、リーダーを補佐したり、さらには牽制したりもする官僚団なり組織なり、あるいは慣例なり常識なり窓口なり、そういうのが無いということでもある。
 
 確かにそのせいなのかどうなのか、ヒトラー自身は従軍体験があるけども、将校でさえなかった彼の命令のまま、ドイツ国防軍は二正面作戦を展開するはめになる。素人の立案にプロの軍人が従う。これはまともな国家とは思えない状況だけども、中央集権化が進んでいないとはこういうことなのかもしれない。
 
 
 ∧∧
( ‥)そしてそのそもそもの発端は
    神聖ローマ帝国皇帝が
    ローマ法王との権力争いに
    破れたせいだとすると
    ヒトラー総統の誕生と
    ドイツの敗北は
    1000年前に
    すでに定まっていたのである
    これは彼の自由が
    成した技ではない
    地形が命じた安定解であり
    近似解でしかない
 
 
  ( ‥)自由とか言うけどさ
    ‐□ 人生とか歴史って
      ぶれはあるけど
      決定論的なのよな
 
 言い換えれば、
 
 社会の有り様を決めている”地形”を無視して、俺様の考えた計画に従えばこうなるはずだ、そうやって考えているだけの人々が負けた。
 
 あるいは今、負けることを嘆いて、今度は夢物語ではなく、悪夢を吹聴して回っている。
 
 結局、夢から醒めていないし、現実を見てもいない。そういうことなんだろう。
 
 見るべきは地形なのである。
 
 ∧∧
(‥ )でもいまや見渡しても
\‐  あまり良い地形ではないよね
 
  (‥ )そもそも消費税を
      10にしよう
      いやちょっと待って
      それはちょっと待って
      とか
      中国は無茶苦茶やるし
      アメリカは信用できないし
      いざとなれば
      戦ができるように
      法律も外交も整備しとくべ
      とか
      げんなりする
      現実ばかりだしな
 
 
 とはいえ、例えばの話、山登りとはそういうものであった。
 
 登山道とは、一応、一番良い通り道を選んで作られているはずなんだが、めちゃくちゃなものである。そして、一見して楽な道は登山道の最初の部分だけなのだ。
 
      
 

2014年12月13日土曜日

さそり座の球状星団M4


 さそり座の球状星団M4のスケッチをアップ=>Untitled Document


 スケッチ自体は今年5月のもの。画像だけをblogに上げるとこうである














 ∧∧
(‥ )M4を初めて見たときは
\‐  感激したし
    でもそのはかなさに
    ぎょっとしたよね
 
  (‥ )光度6.4等級
      それだのに本当に
      かすかな映像でな
      本当にこれか?
      でもこれだよな??
      そう確信した時
      子供の頃の疑問が
      一気に氷解してな
 
 ガイドブックにはすぐ見つけられると書かれているのに、子供の頃、いくら望遠鏡で探しても見つからないのだ。それもそのはず。ようするにガイドブックが書かれて以後、空が明るくなりすぎて、いまや”都会”では見えない天体になってしまっていた。そういうことである。
 
 ∧∧
(‥ )あなたの生まれ故郷は
\‐  人口わずか35万人なのにね
 
  (‥ )周囲にそれ以上大きな
      都市もない
      それでもM4は
      見えなかったし
      今はもっと空が
      明るくてね
 
 昔から使っていたガイドブックは、初版が1978年。空が暗ければ普通に見れた天体が、実際には地方都市においてさえ、もう見えなくなっていた。そしてさらに夜は明るくなった。あれでは見えるわけがない。
 
 ∧∧
( ‥)もう望遠鏡で星を見る時代では
    ないんですかね?
 
  ( ‥)都会から離れた山とかに
    ‐□ いかなければ駄目なんだ
      天体観測は
      都会では無駄に
      金のかかる趣味に
      なっちまったのかもね
 
 むしろ、こういう時代でも見れるものを見た方が良いのかもしれない。
 
 ∧∧
( ‥)ざっくりした星座の見方とか
    星や惑星の運行とか
    そういうことですかね
 
  (‥ )まずは肉眼で実体験できる
      観察をだな
      前面に出すべきだろうな
 
 もちろん、無駄にきれいな天体写真も悪くはない。それをこそ欲しい人もいるであろう。フォトショで修正しまくりの不自然な水着グラビアを喜ぶ素人と同じような需要はどこにでもあろう。
 
 ∧∧
(‥ )でもそういうのって
\‐  ぺらいかもね
 
  (‥ )ぺらい方が
      客は大喜びするのだがな
      そのままではつまらん
 
 ∧∧
( ‥)おかしいなあ見えないなあ
    そういう子供を増やしても
    しょうがないし
 
  (‥ )確かにそういう子供は
      数が少ないはずだ
      もしも純粋に商業的に
      考えたら
      切り捨てて良いのだけどね
 
 だが、次なる者はむしろその中にこそいるように思われる。
 
 
 
      

それは単に評論家になりたいだけでは?

 
 万歳突撃は馬鹿だアホだ、と言うけども、竹槍でゲリラ戦と聞くとやはり馬鹿だアホだという。
 
 ∧∧
( ‥)ようするに?
 
  (‥ )文句だけ言って
      俺様は頭良いぞアピールの
      評論家きどりじゃね?
 
  
 
 

超時空大戦

 
  
  ( ‥)端的に言うとだ
    ‐□ 男は女の胸に
      女は男の金に欲情するのだ
 
 ∧∧
( ‥)またぶっちゃけたな


 怒りの声が曰く。金を手にしたら途端にもてるようになった。女とはなんと下種な生き物なのか。
 
 ∧∧
(‥ )でもそれは
\‐  職場の地味子さんが
    突如
    巨乳の美少女に
    なるようなものなのです
 
  (‥ )だからまあ
      鷹揚にかまえるべき
 
 しかし断絶した意思の疎通は困難である。
 
 男性時空界では胸に目がくらむことは悪ではない。しょうがないことだとされている。
 
 同様に、女性時空界では金に目がくらむことは悪ではない。しょうがないことだとされている。
 
 ∧∧
( ‥)でも互いの時空界のことは
    まるで理解できないし
    許せないのだよね
 
  (‥ )というわけで
      異次元戦争が勃発するのだ
 
 
      

隣の家の芝は無駄に青く見える

 
 ∧∧
(‥ )アジアもEUみたいに
\‐  ひとつになるべきだ
    そう言う人がいますよね
  
  (‥ )いつだったかな
      我が家にまだテレビが
      あった時に
      民放のキャスターが
      日本も中国も韓国も
      もうすぐEUみたいに
      ひとつになるんですよ!
      そう笑いながら言ってたな
 
 なぜ笑いながら?
 
 あの笑いは嘲笑の笑いであった。
 
 つまり、日本も中国も韓国もEUのようにひとつになる。それは規定事項であるし、それが分からないお前たちは馬鹿だ、という笑いだったと思う。

 そもそもそうでないと笑いながら主張したりはしない。
 
 
 ∧∧
(‥ )でも実際にはEUって
\‐  1000年戦争し続けて
    それでも統一できなくて
    ついには一千万単位の
    犠牲者を出す大戦争を
    二回も行って自己破壊して
    それでようやく成立した
    ものなんだよね
 
  (‥ )ようするにアジアが
      ひとつになるには
      最低でも
      1000年戦争し続けて
      一千万単位の犠牲者が出る
      大戦争を二回やらなければ
      駄目だってことなんだよな
 
 あるいは曰く、日本の安倍首相のような極右の政治家が首相になるなどヨーロッパでは考えられないと。
 
 ∧∧
(‥ )でもそれを言えばヨーロッパも
\‐  WW2までは極右だらけだよね
 
  (‥ )1000年戦争し続ける
      それはそういうこと
      だからな
 
 1000年の戦争で培った西欧世界の戦争文化は無敵のものとなった。事実、世界中を蹂躙し、我らこそ神に導かれた光の民と考えたが、すべては幻想だった。植民地をあらかた取り尽くした西欧世界はお互いに再び刃を向けることになった。それまで世界を蹂躙することに忙しく、互いの戦争はしばらくしていなかったからである。そうして、すべてが幻想であることが明らかになった。当時、西欧の戦争文化はナポレオン以来の民主化でその絶頂期にあった。戦争に勝つには、政治的自由を手にした民衆を愛国心で焚き付け、大量に動員し、隊伍を組ませ、戦線に整列させねばならぬ。勝ち残るには極右でなければならぬ。民主主義がその実態、史上最も精巧に作られた殺戮兵器であるというその本性を最高潮に発揮する時が来た。

しかしそれは致命的な強さであった。退くことを知らぬ正面決戦を心情とする戦争文化。互いの武器をお互いに向けて死力を尽くした時、西欧世界は自らの力により自壊した。戦争の最後を戦った日本とアメリカは西欧諸国ではなかったし、戦後の覇王となったアメリカとロシアは、やはり西欧ではなかった。西欧は自滅し、没落したのである。
 
 ∧∧
( ‥)そうして破壊された
    西欧世界で
    ようやく
    協調路線が生まれるように
    なりましたとさ
 
  ( ‥)そういう歴史的な経緯を
    ‐□ 考えるとな
      西欧ではこうなんだ!
      言うのは勝手だけど
      無意味だよね
 
 それは、山田さんちではすき焼きにリンゴを入れているんですよ! と言っているようなものである。
 
 西欧には西欧の事情があるが、他の地域には他の事情がある。実際、ロシアのプーチン大統領もアメリカの前ブッシュJrも、そのやり方はWW2以後の西欧世界とはまるで違う。彼らは国家のために、一体、何人を殺したのか?
 
 ∧∧
(‥ )他所は他所
\‐  家は家
    ですかね
 
  (‥ )そして隣の家の芝は
      無駄に青く見えるものよ

 
 考えるべきは隣の家の芝がなぜ青いか? ではない。隣の家の芝がなぜ青く見えるのか、なぜ青く見える人がいるのか? そこがむしろ問われるべきだろう。
 
 
 
 

2014年12月12日金曜日

理解は現実ではない

 
 理解は現実と違う
 
 理解が正しいかどうか、それを確かめるにはテストする必要がある
 
 だがテストは面倒くさい。時間もかかれば脳を酷使する。カロリーの消費量も増える。金も必要だ。
 
 ∧∧
(‥ )人間が経済効率を
\‐  重んじる動物だとしたら
    理解するだけで
    済ませるでしょうね
 
  (‥ )かくてネットは
      理解だけになったわけだ
 
 もちろん、これは活字を読めば良いということではない。例えば自分が望む本だけを読んでいる人間は理解は深まるが、テストはしていない。
 
 ∧∧
( ‥)そしてそんな理解は
    無意味である
 
  (‥ )理解は現実じゃないからな
      楽な理解に走ると
      その理解はお手軽な
      妄想になってしまう
 
 
 端的に言うと、理解ごときで満足するような人間では駄目だ。
 
 理解などゴミかすである。
 

下劣なのはお互い様だよね

 
 ∧∧
( ‥)例えばの話
 
  ( ‥)そうねえ
    ‐□ 例えばの話
 
 大雑把に言うと半世紀あまり前、マルクス主義が流行った時代。彼らはソビエト政権下のロシアで流行ったルイセンコ農法を賛美した(ヤロビ農法という言い方もある)。獲得形質を認めるルイセンコはマルクス主義的で正しい、獲得形質を認めない現代遺伝学はマルクス主義的ではなく、したがって反動的であり、資本主義的であり間違っている、ありえない、そう説いた。彼らのアジるような文章は現代遺伝学に対する罵詈雑言と誹謗中傷、人格否定で埋まっている。
 
 反動的
 
 マルクス主義において歴史は一歩方向に発展するものであり、流れが決まっていた。何がどう発展するのか? それはすべてマルクスとその理論によって示されていた。その予言に賛成しないものは”予言の成就を妨害する悪人”であり、歴史の流れに逆らう愚か者であった。
 
 ∧∧
(‥ )それが”反動的”という言葉が
\‐  指し示す内容であったと
 
  (‥ )まあ、自分たちに
      反対する人間は悪魔だ
      そういう考えだね
 
 また、彼らがしばしば主張したのは、多数決は間違っているという主張であった。彼らの立場からすれば当然の考えである。
 
 次に何が起こるのか、それを示すのは理論であって、その理論の奥義を究めているのは自分たちである。もちろん、奥義を極めた賢い人間はごく少数である。なれば自分たちだけが意思決定を行えば良いではないか。次に何が起こるのかはすでに決まっているのであるのなら、それを理解できる人間だけが決定すれば良い。多数決に審議をはかったとて、それは次に起こることを先延ばしにするだけである。
 
 事実、マルクス主義の国家はすべて少数独裁制になったが、それは当然だろう。左派にとって選挙とは、反動的で無駄な行為でしかなかった、そう言えば分かりやすいかもしれない。
 
 これは他人の話を聞かないし、聞く必要が無いと思っているし、他人を見下しているし、他人の権利を奪って自分たちだけのものにしよう、そういうことである。そして事実、それを行った。事実、少数独裁制である。
 
 ∧∧
( ‥)以上を踏まえると
 
  ( ‥)マルクス主義者....
    ‐□ これは左翼と
      ほぼ同一視されるし
      歴史的にそうだったけど
 
 左翼はしばしば言う。
 
 右翼は愚かだ、排外主義だ、他人の権利を認めていない、利己主義者の塊、下品で下劣なヘイトスピーチを行う奴らだ
 
 彼らはそう言うのだが、結局、やっていることは左派も同じである。
 
 というか、同じになるのが当たり前なのだ。だって同じ人間なんだから。
 
 ハードウェアが共通なのである。なにをどうしようが肉体からは自由になれない。そうである以上、心も同じだし、その出力も同じになるのが当然であろう。
 
 人間ならば自分と違うものを排除するのが当然である。よそ者を皆でリンチするのはどこの世界でも起こる。当たり前なのだ。
 
 他人の権利を認めないのも当然だ。相手を殺せば相手の資源は自分のものにできる。得になるのならそうするのが当然である。
 
 それは利己主義である。だがしかし、この利己主義こそが共同体を安定させる。みなが利己主義者である限り、お互いに相互監視が働くようになる。よそ者は殺せ。それは当然だ。しかし裏切り者も殺せ。それも当然だ。そうである以上、相互監視とリンチという圧力によって”礼節”と”道徳”と”倫理”が生まれてくる。

 言い換えれば、自分たち以外の相手に対して、人は徹底的に下劣であり下品であるし、そうでなければならない。相互監視があるから文化人でいられるのなら、そうでない相手に対して下劣になるのは道理。実際、右派も左派も相手に対してはどっちも言い様が下劣だ。
 
 ∧∧
(‥ )でも右翼と左翼は
\‐  表現が違うよね
 
  (‥ )右派は一般的に
      地縁と血縁だな
      昔ながらの共同体と
      助け合いの世界だ
      左派はマルクス主義だから
      イデオロギーの共同体
      つまり宗教団体だよね
      そりゃあ表現は違うだろ
      同じになるわけがない
 
 右翼も左翼も理想論を掲げる。ただ、右翼が人間本来の地金の部分を過度に理想化して祭り上げるのに対して、左翼は秘技を練り込んだ宗教団体としての用語を使うので、無駄に貴族的になっている。
 
 ”反動的”

 このもったいぶった単語を罵倒として使う時点で、かなりいかれているのだ。最悪の意味でオタクなのだと言っても良いだろう。
 
 人間の地金の部分。暑い気候に適応して薄着と 肌を見せて若さを誇る人々を、下品と笑う人間はいる。だが、笑われた人は笑った人間のめかしこんだ辛気くさい、気取った姿をこそ下劣と見なすであろう。
 
 かように、文化が違うと出力が同じでも、その形式と表現が違う。裏切り者を排除せよ! そう絶叫する右派を左派は下品と言う。だがしかし、反対する人々を反動的などという高慢ちきでもったいぶった言葉で切って捨てた左派は、部外者からすれば品性下劣以外の何ものでもない。
 
 実際、ルイセンコがソビエトで失脚した時、あれほどルイセンコをたたえていた日本のマルクス主義者たちは手のひらを返したように賞賛をやめた。さりとて言葉の限り罵倒していた日本の遺伝学者や農学者に対して、私たちが間違っていた、そう謝罪することもしなかった。なにもなかったことにしたのである。
 
 これを下劣と言わずになんと言おうか?
 
 そしてマルクス主義が失敗した以上、結果は明白であった。他人を助けられない左派に勝ち目はない。
 
 ∧∧
(‥ )キリスト教や
\‐  イスラームのように 
    貧民救済に走るわけでもないし
 
  (‥ )今は福祉があるし
      そして福祉で一番金を
      使っているのは老人で
      左派は世代交代できずに
      自分たちが老人という
      特権階級になっちゃった
      からなあ
 
 あれでもしも、私は全財産を若い人のために喜捨します。そういって身を投げ出したら話も変わるだろうが、残念。マルクス主義はそういう宗教ではなく、ザカートがあるわけでもない。次世代を育てることに失敗した福祉は破綻しかかっており、それと同様、世代交代に失敗した左派に未来はない。そして来るべき未来とは、宗教とイデオロギーと相互監視によって支配された義務の社会となろう。
 
 

ギリシャ哲学は現在の中学以下なので逃避先になる

 
 科学は異なる事例の背後にある共通点を探す。
 
 共通点や法則性をいわば公式として考え、それを利用しあるいは公式そのものが正しいのかどうかを検討する。
 
 だが、文化人とか知識人はそうは考えないようだ。
 
 ∧∧
(‥ )幻覚と知覚は
\‐  どちらも神経の処理で生じる
    感覚である以上
    同じものである
 
  (‥ )こういうことをドヤ顔で
      言う人は多いけども
      色々と
      突っ込みどころが
      あるのよな
 
 
 例えば、
 
 幻覚で見た橋を渡ることは、通常の知覚で見た橋を渡ることと等価か?
 
 答えは、違う、である
 
 共通点があれば二つのものは無条件に同じであると言って良いか? 新鮮なリンゴと腐ったリンゴはリンゴという共通点がある以上、等価であると言って良いか?
 
 答えは無論、違う、である
 
 ∧∧
(‥ )実際には等価ではない
\‐  だけど
    さも等価であるかのように
    語る人は多い
 
  (‥ )こういうのは
      意外と知識のある人間に
      多いな
      というか知識人の歴史とは
      こういうたわいもない
      詭弁の歴史であったとも
      言えような
 
 
 実際、科学はたくさんの人を殺したのだからウンヌン、というのもそうだろう。あれは

 殺すような学問は勉強しなくてもいいですよね、だって頭使いたくないし
 
 そういう主張なのだとも言えよう。
 
 あるいは、ギリシャ哲学は素晴らしい! とか言ってる連中もそうなのだろう。
 
 ∧∧
(‥ )ギリシャ哲学から考えて
\‐  進化なんかありえない
    そう熱心に言い立てて
    あきれられていた人が
    いたよね
    哲学者の人にも
    お前いい加減な知識で
    ふざけるなと
    言われてたし
 
  (‥ )そりゃあギリシャ哲学じゃ
      なにもできやしないよ
      運動を扱えないし
      分度器も作れないし
      天体観測もできないし
      星占いの役に立つ事すら
      できない
      原始的な体系だからな
      未熟なんだよねえ
 
 ポリス時代のギリシャ哲学ときたら、二次方程式が不完全にしか解けないレベルなのだ。ギリシャ哲学がうんぬんなんて、なんのこっちゃない、僕ちゃん、中学以下だし、それでやっていきます宣言に他ならない。
 
 言い換えれば、中学の授業についていけない程度の落ちこぼれ向きの知識体系がギリシャ哲学なんだとも言える。考えてみれば当たり前だ。2000年以上も前の知識と理解の体系である。それ以後の進歩は圧倒的だったのだ。その成果を踏まえた義務教育をなめちゃいけない。
 
 ∧∧
( ‥)共通性を探るという点は
    科学も詭弁も共通だけど
    何を共通点とするか
    そこに違いがある
 
  ( ‥)科学は場にもっとも
    ‐□ 影響を与える共通性を
      探ろうとする
      だがしかし
      詭弁は共通点を使う事で
      自分の主張を論理的にする
      そう見るべきかもしれん
 
 あるいは、恣意的に共通点を上げることで分類や言葉を恣意的に調整し、自分の主張に都合良く世界を解釈してねじ曲げる。それが知識人の思考だとも言えようか。

 あるいはこうも言える。
 
 詭弁とは、二つの名詞の共通点を上げて、他を無視して等価とみなし、自分の都合良く世界をねじ曲げることだ、とも言えよう。
 
 考えてみれば知識人とか文化人とか、あるいは読書をたしなむ人間というのはそういうものであったのかもしれない。
 
 いや、そうするためにこそ、知識をかき集めてきたのだとも言える。
 
 都合の良い知識を集め、都合良く分類をでっち上げ、そうして恣意的な基礎を用いて論理的な理解と文脈を作り出した。こうやって彼らは面倒くさい現実の検証を放棄するのだ。
 
 ∧∧
( ‥)ではなにゆえに
    そんなことをするのか?
 
  (‥ )楽だからだろ?
      
    
 

2014年12月11日木曜日

活字と理解は自己肯定のための仮想現実

 
 「癌は切らなくても直る」
 
 「抗ガン剤を呑む必要もない」
 
 ∧∧
(‥ )それを本気で信じている人が
\‐  そういう本を書いた場合
    それは”嘘”ではない。
 
  (‥ )間違いではあるがな
      だがしかし
      意図的な嘘ではないのだ
      信じているのだからね
 
 そして店頭にはまっとうな医学の本も置いてある。病院にいけば医師の判断を聞く事も可能であろう。
 
 どの仮説を採用するのか?
 
 仮説を選ぶ選択肢はすでにある。
 
 どの仮説を良いと考えるのか?
 
 判断を下す自由は誰にでもある。
 
 ∧∧
( ‥)しかも”意図的な嘘”
    ではない
 
  (‥ )嘘ではなく
      自由はあり
      選択肢もある
      何の問題もないな
 
 だがしかし、我々の理解は現実ではない。 ここが地雷となる。
 
 理解は現実ではない。それにもかかわらず、人はしばしば自分の理解は現実だと思い込む。
 
 例えば時に人は言う。
 
 どの遺伝子もどの変異もそれぞれ一長一短である。だからすべての変異が同等である。
 
 あるいはこうも言う、知覚と幻覚はどちらも神経が作るものである以上、同等である。
 
 文化人がしばしば飛びつく詭弁だが、現実はそうではない。
 
 どの変異が有利になるのか、それを我々は知らない。だが我々の無知は 、すべての変異が同等であることを意味しない。自動車を知らない人間にとって、ブレーキの無い車と有る車の有利不利は予め予測できないであろう。だからといって二つの車が同等であるわけではない。
 
 幻覚と知覚も等価ではない。現実に沿っていない幻覚を選択した場合、死ぬ可能性が有意に高まる。
 
 だが人間は理解を現実だと思っている。だから自分の理解に自分の命をたくす場合がある。
 
 そしてその結果死ぬ。
 
 理解は現実ではないからだ。
 
 だがしかし、選んだのは誰か?
 
 心が弱っていたとは言えども、選んだのは誰か?
 
 誰が選んだのか?
 
 間違った選択肢を死者に提示した人間を、ただ一方的に罪に問えるか?
 
 ∧∧
(‥ )正直な話
\‐  それは難しいよね
 
  (‥ )ホメオパシーを信じて
      他人の子供を
      殺した奴がいるけど
      それは批判されたのだ
      当然であるな
      その処置は殺された人の
      選択肢ではないからである
      自由意志では
      なかったからだ
 
 
 だが、自分で選んで自ら死者になった者を どこまで弁護できる? 
 
 確かに弁護はできよう。弁護のために100万語だって容易に語ることが出来よう。なぜならそこで起きた事はあからさまな不誠実であり不義であるからだ。

 だがそれでもなお問われる
 
 選んだのは誰か?
 
 誰が選んだのか?
 
 自分の理解を現実と見なし、自分の理解に自分を賭けたのは誰か?
 
 誰であったか?
 
 ∧∧
( ‥)しかも意図的な嘘ではない
 
  (‥ )本の持つ恐ろしさ
      理解の持つ恐ろしさ
      それはここにある
 
 
 悲しいかな、人は時に理解だけでなく、理解の同意を求める。自分を肯定してくれる理解を求める。
 
 本にはそれが望まれている。そうである以上、
 
 ”読者の想いを肯定する意図的でない嘘”
 
 これがどうしても発生してくる。
 
 すべての本に対して、この方向へ進化するよう、猛烈な淘汰圧がかかると考えれば良い。
 
 つまり、本は読者を駄目にする方向へと急激に進化する。
 
 ∧∧
(‥ )読書人が危険なのは
\‐  なまじ本を大量に読むから
    本と共に
    共進化するからだとも言える
 
  (‥ )本が人を駄目にする
      駄目になった人が
      本をもっと駄目にする
      相互作用が猛烈な勢いで
      事態を押し進めてしまう
 
 本が人を肯定する。あなたの理解はそれで良いです。
 
 肯定された人が、自分の理解に対して同意する本を選ぶ。もっと私の確信を肯定する本はありませんか?
 
 こうした相互作用はスパイラルになって、あっという間に閉じた極限へと突き進む。
 
 だがしかし、活字は現実ではない。出来は悪いが、活字とはバーチャル空間であり仮想現実なのだ。
 
 活字の世界とは、なんのこっちゃない、自分を肯定するためだけに自ら作った偽りの楽園だ。
 
 いくら活字だ文化だと傲慢に言い立てたとて、そんなもの、自分のためだけに奉仕する巨乳のメイドをはべらせたご都合主義の妄想世界と同じではないか。
 
 ∧∧
(‥ )本で人を啓蒙しようなど
\‐  無理な話
    本は人を堕落させる
    ツールとして機能する
 
  (‥ )本は人の望みをかなえ
      人を駄目にするものとして
      進化するのだ
 
 この淘汰圧からかなり自由な領域は、実のところ二つしかない。それは教科書と子ども向けの本だ。
 
 ∧∧
(‥ )たとえ意図的な嘘でなくても
\‐  間違っていることは
    子ども向けの本には
    書けないからね
 
  (‥ )それはなぜか?
      ぶっちゃけた話を言うとな
      子供を殺すのは罪だ
      だから子ども向けの本で
      嘘を書く事は大罪なのだ
      それは禁止されているのだ
      だがな
      大人なら殺してもいいのさ
      だから大人向けの本では
      平気で嘘を書くのだ
 
 
 もっと穏便に書けば、大人を殺しても罪にはなりにくい、それゆえに、そう言えばより正確である。
 
 なぜなら、大人は自己判断できるものであり、自己責任を取れるもの、そう見なされているからだ。

 だが、ここを突かれて大勢の人が殺されたのである。
 
 殺されたのである。殺されたのだ。
 
 他になんと言える? 他にどんな言い方があろう?
 
 しかも、なお悪いことに、もっと大勢の読書人たちが偽りの楽園へと旅立っていった。そうして彼らこそが意図的でない嘘を次々に量産するのである。
 
 なぜって罪に問われないからだ。それが大人というものではなかったか?
 
 
 

自分を肯定してくれる活字の世界

 
 あなたは今のままで良いのですよ。
 
 ∧∧
(‥ )こういうのを
\‐  無気力肯定ビジネスと呼んで
    批判する人もいるみたい
    ですね
 
  (‥ )でもあれだよな
      本の多くはそういうもの
      なんだよね
 
 本を読む事は知識を増やすことです。読書は知的行為です。
 
 愚かしい言葉ではない。これが嘘っぱちであることは、知識=正しい、ではないことから明らかだ。

 そしてまた、知的行為=正しい、でもない。
 
 つまり、本を読むとは、逃げでしかないのだ。
 
 読書人が信じている知識とは、実のところ間違っている安易な仮説であることが多い。というか読書人はわざわざそういう知識を厳選した上で読んでいるとも言える。
 
 例えば言うであろう。
 
 ダーウィニズムはおかしいと思ったから今西錦司の本を読んでみようと思います。
 
 これは自分の希望的観測を肯定してくれる本をわざわざ選んで読んだ、ということに他ならない。
 
 あるいはこうである。
 
 隕石衝突で恐竜が滅びたというのは胡散臭いと思っていましたが、この本を読んでやはりそうだったのだと確信しました。白亜紀の終わり、生物はすでに大火山噴火と環境の悪化で衰退していた、この本にはそう書いてあります。
 
 残念、そんな仮説は支持されていない。これもまた自分が感じた違和感を肯定してくれる本をわざわざ選んだ結果だと言える。
 
 ∧∧
( ‥)無気力かは知らないが
    ”肯定感を与えること”が
    ビジネスになっている例だね
 
  ( ‥)自分の望みと現実は
    ‐□ 違うからな
      普通の人は
      それを知っていて
      だからラノベとか
      アニメとか
      漫画やドラマで息抜きする
 
 
 だがどういうわけか、そういうたわいもない娯楽をはなから馬鹿にするような、自分は文化程度が高いと信じている奴に限って、”肯定感”を異様に渇望して、正しくない知識に手を出す。
 
 娯楽では癒されないほど現実に恐怖しているので、それゆえに、嘘、という麻薬に走った、そう言えば良いか。
 
 時々言うではないか。知覚と幻覚は脳神経が見せている以上同じである。
 
 果たしてそうであろうか?
 
 例えば幻覚が見せている橋をあなたは渡るか?
 
 渡っても良いが、その場合、現実世界からは退場を余儀なくされるであろう。それがこの世界のルールだ。
 
 現実はかように暴力的である。この暴力とテストをかいくぐってきた知覚を、幻覚と同一視することはできない。
 
 では、なぜ知覚と幻覚が同じだとうそぶくのか?
 
 現実があまりに恐ろしいので、それに耐えられないだけではないのか?
 
 あるいはこう言っても良い。
 
 結局、あなたたちのやっていることは教科書を読みたくない言い訳でしょ?
 
 認識的な手抜きに走ったよね? 
 
 面倒くさいからしょうがないけど、それは逃げだよね?
 
 歳をとると色々なことが面倒くさくなる。だからしょうがないけど、だったら老いぼれは老いぼれらしくしているべきではないのか?
 
 ∧∧
(‥ )結局、野菜を食べたくないから
\‐  ポテチを食べるのも
    文化的な行為ですよ
    そう言い訳しているような
    ものですか
 
  (‥ )いやいやでも教科書に
      手を出すわけでもない
      さりとて一般人みたいに
      たわいもない娯楽を
      素直に楽しんで
      現実に向き合う
      わけでもない
      文化人を気取る連中は
      やってることが中途半端
      なんだよな
 
 いや、中途半端だからこそ、自分を肯定してくれる活字の世界、という、現実でもなく娯楽でもない、はざまの世界へ逃げたというべきか。
 
 
 これはhilihiliのhilihili: 読書家とは嘘つきのデブの続き
 
 
 
  

2014年12月10日水曜日

読書家とは嘘つきのデブ

 
 本日の夕暮れは変光星であるペルセウス座β星アルゴルの極小であった。
 
 
 ∧∧ 雲が出てみれなーい
( ‥)
 ‐( ‥)やれやれ残念だな
 
 次回は27日の深夜23:40頃に極小である。ちなみにアルゴルは極小を挟んで9時間あまりの時間、減光と増光を行う。
 
 暗がりの中、ぼんやりしていると選挙演説が耳についた。なんかしらんが必死だなあ、と思っていたが、考えてみれば14日投票日というと今週の日曜日か。今日は水曜日の夜。時間はもはやほとんど残っていない。
 
 ∧∧ 皆さん就活だからね
(‥ )
 ‐( ‥)まあ結果は見えてると
     言っても
     必死だろうな
 
 実際、今、必死になればそれは何かしら後につながることにもなろう。自分が望む姿に未来を変えるには、ほんのわずかでもいい、今現在を少し偏向させる必要がある。かすかな偏向も長い時間で見れば全体の流れを変える。
 
 それを考えると候補者が滑稽なぐらいに必死なのはあるべきことだ。もちろん、その必死さでむしろ自分の未来をつぶしてしまうこともあるし、それが今の野党の姿なのかもしれないが。
 
 まあ、そんなことはどうでも良いとして


 超訳なんとか
 
 ∧∧
(‥ )ニーチェや孫子
\‐  色々な”超訳”があるみたい
    だよね
 
  (‥ )ダーウィンの
     「種の起源」も
      超訳はあるみたいだが
      あまり売れてないだろうな

 
 当てずっぽうだが、こう考えればどうであろうか?
 
 ニーチェや孫子の超訳を読む時、人は何を考えるであろう?
 
 多分、この本を読めば生きるヒントや、あるいは戦略のヒントが見つかるのではないか? それを期待しているだろう。
 
 ∧∧
(‥ )でも、種の起源の超訳を
\‐  読む人は
    多分「種の起源」が
    どんな内容なのか
    それを手っ取り早く
    知りたくて読むのだろうね
 
  (‥ )そんな殊勝な人は
      そうはいないからな
      売れるものではないな
 
 考えてみれば気づくべきであった。
 
 反対にである。なぜまったくトンデモ扱いなのに今西進化論は人気があったのか? それは、生存競争なんて嘘だよ、そんな厳しい現実はないよ、そう言い立てたからではなかったか?
 
 あるいはこうである。なぜまるっきり支持もされていないような忘れ去られた仮説なのにグールドの断続平衡説を信じている”科学好き”や”読者家”が今でもいるのか? 生存競争は重要じゃないよ、遺伝子よりも運だよ、可能性だよ、個体のエゴではなく種の利益だよ、皆のことを考えることが大事だよ、そう言い立てたからではなかったか?
 
 ∧∧
( ‥)ようするにみんなが
    信じたがっている嘘を
    書き立てたから
    売れただけだろ、と
 
  ( ‥)内容が間違い、根拠無し
    ‐□ というか
      馬鹿じゃないの?
      そういう扱いなのに
      こういう情報には
      見向きもしないで
      読書家たちが飛びついた
      それはそういうこと
      なんだろうな
 
 今にして思えば気づくべきだったし、そしてあからさまだったのだ。

 読書している人間は自分の望みを探しているだけで、内容が妥当なのかどうなのか、そんなことはどうでも良かったのである。必要な栄養を摂るのではなく、好きな塩分と脂肪とデンプンをあさるデブと同じだったのだ。
 
 ∧∧
(‥ )読書というのは
\‐  けっしてほめられた
    行動ではない
 
  (‥ )読書すること
      これ自体を価値あるものと
      見なすだろう?
      この事自体が
      胡散臭いのだよ
 
 これ自体に価値がある。
 
 この手の主張はあれだ、後ろめたいからごまかしたのだ
 
 それはあれだ、自分のやっていること無駄であり、無駄だから価値がある。そういう正当化だろう?
 
 無駄であるから価値があるとは、価値がなくても無駄なのだからそれで良い、そういう主張に他ならぬ
 
 無駄、それ自体に価値が見いだされるのは、それが脳を酷使するからだ。
 
 要するに読書とは、
 
 私はこれだけ脳を無駄に動かすことができます
 
 そういう無駄自慢だったのである。
 
 そうでなければ読書が文化的な行為であるなどと間抜けな飾り付けをする必要はない。金に価値があるますなんて誰もわざわざ言いやしない。いちいち価値がありますと主張するのは、それに価値など無いから言うのだ。
 
 ∧∧
( ‥)でも実際には
    そうですらなかった
    自分にとって都合の良い
    自分にとって心地よいもの
    それだけを選んで
    食べているだけだった
 
  (‥ )読書は脳を酷使する
      こんな過酷なことをする
      私たちってすごいでしょ
      そう自慢しているが
      実際には
      好きなものだけを食べてる
      デブときたもんだ
 
 読書家というのは、とんでもない嘘つき野郎共である。
 
 
    

通常のアルゴル

 
 気分転換に外へ出ると、空は晴れ渡り、放射冷却ですっかり冷えていた。とはいえ関東では雪はふっておらず、それでもなお、空き地を歩くと霜柱が砕ける音がした。

 そして日付も変わり、ペルセウス座が西の地平線に傾いている時間。











ペルセウス座のβ星アルゴルは変光星である。光の強度が変る。

    今は変光する時間じゃ
 ∧∧  ないよね
( ‥)
 ‐( ‥)3日置きぐらい で
      光度が落ちるのだが
      3日よりは短い
      そういうわけで
      昼間に減光して
      見えない時もある
 
 至近では、本日10日18:48が極小だそうだ。極小から元の光度に戻る時間は4〜5時間ぐらいだろうか、今はまだ10日の夜明け前、普通の光度である。

 *20:40に追記:結果から言うと本日は雲がかかって、神奈川では見れなかった。次回、夜間に観測可能なのは27日で、極小は23:40頃。
 
 
 変光星の光度の測定は肉眼でやる方法もある。というか、本来はそうしていたはずである。アルゴルが変光することが分かったのは17世紀だ。
 
   単純に比例計算すれば
 ∧∧ 良いみたいだね 
( ‥)
 ‐( ‥)α星がより明るく見えて
      ε星がより暗い
 
 αとεの差を仮に10等分したとすれば、アルゴルは見た限りでは真ん中の5よりも明るい。つまり明るさがεよりもα寄りだ。10等分の7よりも上、8あるいは9と言ったところか。
 
 帰って調べれば資料にもよるが、例えばε星は2.9等、α星は1.8等。
 
 2.9-1.8=1.1 これを10等分すれば0.11 アルゴルがεより8目盛り分だけ明るいとした場合、εよりも0.88等、明るいことになる。
 
 ∧∧
(‥ )つまり2.9-0.88=2.1
\‐  手持ちの資料だと
    アルゴルの実際の光度は
    2.09だね
 
  (‥ )別の資料だと2.2等だ
      まあおおむね正しいな
 
 なるほど、複雑高度で精密な機械が無かった時代でもそれなりなことが出来たのはこういうことか。
 
 

2014年12月9日火曜日

青汁も薄めて飲めば問題ない

 
 ∧∧
( ‥)合い言葉はー!
 
  (‥ )青汁も
      薄めて飲めば問題ない!
 
 苦痛なものは、薄めれば良い。あくまで必要最小限度な程度ではあるが。
 
 
 
 

読者に苦痛を与え苦しめることが正しい説明

 
 分かったは事実ではない
 
 人はその神経構造に基づき物事を認識し、そして理解したと”感じる”
 
 ”感じる”だけだ。理解は事実ではない。認識だ
 
 認識以上の確信を得るにはテストしなければならない
 
 そして認識の外には、認識を圧殺する現実が存在する
 
 なれば
 
 認識以上を得るには認識が現実に圧殺されなければならぬ
 
 圧殺に絶え残ったものが現時点で最善の仮説であろう
 
 反対にこうである
 
 分かりやすいとは認識でしかなく、それは事実でもない
 
 そうである以上、分かりやすいとは嘘でしかない
 
 つまり良い説明とは分かりやすい嘘である
 
 なれば、相手に理解をさせたかったら相手の望む嘘を言えば良い
 
 心地よい嘘に相手は感激するであろう
 
 反対に相手を傷つけたかったら、ただ単に現実を開示すれば良い
 
 人は事実が持つ複雑さと、検証のためのテスト、つまり現実を用いた意図的な認識の圧殺に恐怖し、苦痛を覚えるであろう
 
 
   ( ‥)...
     ‐/
 
 ∧∧
( ‥)なによ
 
 
   (‥ )つまり相手を
       苦しめれば良いのか!
 ∧∧
( ‥)そう来たか
 
 
 事実は人を傷つける。妥当な仮説は人を苦しめる。
 
 これはおそらく事実であろう。
 
 しかし逆が真であるとは限らない。人を苦しめる仮説だからこれは妥当、ではないのだ。
 
 ∧∧
(‥ )でも科学はそれがどんなに
\‐  単純化されていようと
    苦痛の塊であることに
    疑いはないですよね
 
  (‥ )まあなんだ
      それは学校の授業で
      誰しも感じることで
      あろうなあ
 
 もちろん例えば、物理学は公式を覚えれば良いから楽だ、という人もいる。だが、それは科学の残りかすでしかないのだ。本当の科学とは得体の知れない自然現象を見て首をひねることの連続であり、それを説明するあらゆる仮説、発想、そして検証とテストという苦痛の連続であり、その成れの果てが公式だ。本当の科学は公式の向こう、恐怖と苦痛の世界にある。
 
 物理学ですらこれである。生物学に至ってはあり得るあらゆる化合物の名詞と作用、解剖された肉体と血液、病原体、腐臭に認識論、存在に関わる哲学的な問いつめに至るまで、あらゆる苦痛が吹き出してくる。お前が実在すると言っているその論証のどこが妥当なんだい? 果てしない問いつめがそこにある。
 
   (‥ )つまり読者に苦痛を与え
       苦しめることが
       正確な説明
 ∧∧
( ‥)まあ、だから皆さん
    安易な理解や
    黒魔術やオカルト、魔法へ
    逃げ込むのだろうけどね
 

 考えてみればすべてがそうであった。今からすれば明白である。ファンタジーや魔法は敗北した科学であった。敗北したからこそ、学校と教科書という苦痛から逃げる手段として使われたのである。
 
 なれば答えは明白である。妥当な説明を試みる限り、読者に苦痛を与えることは正しい。否! 読者に苦痛を与えねばならぬのだ。
 
 ∧∧
(‥ )可能な限り正しい説明に
\‐   拷問される読者は
     たまったものじゃないですな
 
  (‥ )必要なのはなんだ?
      麻酔か?
      注射か?
      薬物か?
 
 それとも棘を抜いて余分なものを焼く調理作業か?
 
 だがしかし、調理されればされるほど、それは不正確になり、ご都合主義の嘘に成り果てるのである。
 
 ならば選ぶべきは苦痛と恐怖だ。そしてしかし、与える痛みは最小限度にとどめねばならぬ。
 
 そのためにはどこをどう処置すべきか? それが問われる。
 
 分かりやすいなど、そんな知的安楽死は知ったことではない。安楽死したらもう苦痛を感じないではないか。
 
 
 これはhilihiliのhilihili: 科学系の物書きは暗黒面に落ちるの続き
 
 
 
 

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