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2011年10月31日月曜日

そうでない時、その人生設計はどうなる?

 
 こんな話。彼が言うにはアフガニスタンの友人と町を歩いていたら、行列があったという。好奇心旺盛な友人が聞いてみたところ、返事はToyであった。
 
 ∧∧
( ‥)たぶん、どうもフィギアかグッズの
    限定販売っぽいと。
 
    ( ‥)友人は訳分からなかった
        らしい。
 
 ∧∧
( ‥)無駄なことにお金を費やすのは
    良いことでもありますよ。
 
    (‥ )そうだな、ただ、そこに
        チャンスがあるのか?
        という問いは残るものだ。
 
 なぜかというに、問いに答えたその人は、理路整然と答える力と頭がある一方で、私はこのような企業に入って、何歳で結婚して、という人生設計というか未来予想図を語った、からだそうな。
 
 ∧∧
( ‥)冗談かもしれませんけどね。
 
    ( ‥)だが、額面通り受け取ると
        非常に興味深い。
 
 そこには安定な企業があって、そこに入り込めさえすれば設計が立てられる、という前提がある。例えばの話、就職できない奴は人生負け組確定って、そういう前提に基づかないと成立しない。
 
 ∧∧
(‥ )でも、ネットとかを見ていると
\-   既得権益崩壊しろ、とか
    老害は死ね、とかそういう言葉が
    踊るのですよね。
 
    (‥ )チャンスは欲しい、だから
        混乱が起きてほしい。
        でも自分は
        安全地帯にいたい。
        正直であり、当然でもある。
 
 しかしそれと同時にこうでもある。

 ∧∧
( ‥)未来が確定的に衰亡しても
    企業なら大丈夫だ、あるいは
    設計できる程度には安泰だ
    そういう前提ですね。
 
    (‥ )滅びを真剣には見据えていない
        そういうことかもね。
 
 まあ、あれだ、そう思っているのなら、生きているのか、死んでいるのか、やぶれかぶれに八つ当たりな犯罪を犯すのもしないのも、それで捕まるのもどうでも良い、そう思う人が現れるのも当然か。
 
 ∧∧
( ‥)あなたたちは、本来、
   そういう設計には
   なっていないでしょ?
 
    ( ‥)本当に命に危険がある状態ではな
        生きていることと死んでいることを
        あるいは、失敗した人生と
        人生を失敗することを等価だ
        なんて思わないもんさ。
 
 本当に危険がせまると、まず体が逃げ出す。頭で押さえつけて表情にすら出ていなくても、筋肉がどうしても緊張する。
 
 言い換えるならば
 
 ∧∧
( ‥)つまりみんな危機感を持って
    いないのですよね。
 
   (‥ )だから生きていることと死んでいること
       失敗した人生と人生を失敗すること
       既得権益の崩壊と既得権益の安住が
       等価に語られている。たぶん、そう。
 
 まだ安定で安泰だ、と本気で思っていないと確かにこれらは区別できない。
 
 ∧∧
(‥ )チャンスはリスクと共にあり
\-
 
   (‥ )しかり、尻込みするチャンスは
       恐怖であるよ。足は震え、
       飛び出すこともできない。
 
 ∧∧
( ‥)しかしリスク近づく。
    業界の縮小と崩壊、再編進行。
 
   (‥ )口角が歪んでしまうさね。
 

 さて、人生設計ができるほど、そこは安全か? 人生設計ができたらそれは本当に安全か? 人生設計に成功した、と思うのは良いが、それはただの前提ではないのか?
 
 ∧∧
( ‥)そんなことは知っている
   滅びが確定的だからこそ
   安定を求めるのだ。
 
    (‥ )しかし、その選択肢。
        安定が存在することを
        前提にしている。
 
 本当にそんなものがあると思うかね?
 
 ∧∧
( ‥)その選択肢は消去法であった、
    比較的まし。
 
    (‥ )消去法の前提が正しい時、
        比較的ましは正しい。
 
 しかし、そうでない時、どうなる?
 
 
 

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