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2015年11月4日水曜日

十分に発達した科学の成果と言えば黒魔術的認識論は正当化できる

 

 脆弱な生物と違って合金製の機械は不滅だ。体を機械に置き換える。ついには脳も置き換える。この時、人は肉体から自由になって不老不死となり、純粋知性となる。そして限りない時間を知的活動にあてることができるようになるだろう。
 
 ∧∧
(‥ )この思想は100年前の
\‐  ウェルズさんも持っていたし
   アーサー・C・クラークさんも
   持っていた
 
  (‥ )そして多分
      ことごとくが
      間違いなのだよな
 
 生物は物質を媒体にしている。媒体は原子であり分子である。これらは事実上、不滅の存在である。

 しかるに、媒体が不滅であっても、そこから形作られる生物は不滅の存在ではない。
 
 ∧∧
( ‥)つまり媒体を
    不滅の合金にすれば
    不死になれるという発想自体が
    そもそも間違っているのである
 
  (‥ )合金製であろうが
     電脳空間の電子情報になろうが
     あるいは
     空間に不滅の刻印を刻んで
     それで純粋知性体になっても
     それは無駄な努力だ
 
 つまり死ぬ。
 
 ∧∧
(‥ )機械生物でも絶えざる
\‐  メンテナンスは必要である
    クラークさんはそのことを
    知らなかったのですかね?
 
  (‥ )銀河帝国の興亡では
     メンテナンスが不要な機械が
     登場するから
     知ってはいるんだよね
     まあそりゃ
     当たり前の話では
     あるんだけどな
      
 銀河帝国の興亡は今から何億年も未来の話だ(その割りには登場人物は全員、どう読んでもホモ・サピエンスなんだけど)。
 
 この時代の人々は、機械とはこの世の最初からあるかのように考えているし、機械が壊れるという発想が無い。

 過去のある時点でメンテナンスが不要な機械を作る技術が発明された。そしてそれが実現した時、人類からは技術者が消失し、不滅の機械をただ使うだけの人が残った。そういう世界である。
 
 ∧∧
( ‥)でもこれは単に
    故障しない機械は便利だねって
    話じゃないの?
 
  ( ‥)機械には絶えざる
    ‐/ メンテナンスが必要で
       そういう意味では
       機械は生物と同じだ
       そういう視点は
       クラークには無かった
       ように思えるなあ
 
 空間に刻印された不滅のパターンによって構築された真の意味で永劫の存在、純粋知性体ヴァガボンド。そのようなものが小説に登場するのも、同じ世界観の現れなんだろう。

 そしてこの時代の人間は生身でありながら不死である。
 
 メンテナンス不要な故障しない機械。物質から解き放たれた不滅の純粋知性体。不死の人間。
 
 ここには不滅の媒体を使いながらも、生物であるからには安定的に不安定である必要があり、絶え間なく部品の交換を行い、新陳代謝をし、進化するという構図がまったく抜けている。

 あるいは

 ある状態から一切変わることなく、そのくせ思考だけはえんえんと続けているという訳がわからん状態が描かれている。
 
 ∧∧
(‥ )実際の生物は
\‐  絶えずぶれ続けている存在である
 
  (‥ )機械もそうなんだ
      メンテナンスという形で
      機械も絶えず
      ぶれつづけている
 
 確かに、それでも生物は一応、不死にはなれる。
 
 ∧∧
( ‥)単細胞生物は不死だよね
 
  (‥ )事故では死ぬけどな
 
 事故では死ぬが、単細胞生物は不死だ。

 自己複製を行い、そうして増えていく。ある個体が事故で死んでも、子孫や分岐のどれかが生きている限り、系統は絶えていない。実際、地球の生物は32億年ばかし前に現れて以来、何度も大きな危機があったが、一度も絶滅せずにここまできたのだ。32億年も生きていればそれは事実上不死だろう。
 
 ∧∧
(‥ )ただあれだよね
\‐  進化してしまうから
    同じものでは
    あり続けられないけどね
 
  (‥ )そうでないと駄目なのだ
      資源は有限だ
      有限の資源の奪い合いで
      殺し合いが生じる
      生き残るのは複製を
      より多く残すもの
      さらに
      生物が存在するとは
      そこはゆらぎのある
      世界だってことになる
      ゆらぎのある環境では
      淘汰も変動する
      複製と変動する淘汰
      どうしても進化が起こる
 
 つまり生物は不死にこそなれるが、一定の姿ではいられない。実際、大腸菌と人間は同じ子孫とは思えぬほどに違っている。
 
 ∧∧
(‥ )しかしこれこそが
\‐  生物だということ
    それを考えると
    純粋知性が仮に実現しても
    それは進化してしまうし
    決して同じ姿では
    いられない
 
  (‥ )でもクラークの世界観には
      そういう発想が
      見当たらないよね
      地球幼年期の終わりだって
      あれはダーウィニズムじゃ
      ないよな
      あからさまに今西進化論
      なんだよねえ
 
 *地球幼年期の終わりでは、ある時、一人の子供に起きた変化が同世代の子供全部に連鎖反応し、そうして全体でひとつの存在。超能力を自在に用いる群体生物のようなものになる。子供たちは親と別存在となり、親であるホモ・サピエンスの系譜はこれで絶える。ここには変異と競争と淘汰というダーウィニズムはまったくない。むしろここにあるのは、種概念にこだわって種は一斉に進化すると論じた、日本の今西錦司が申し述べた今西進化論に似た何かだ。クラークがダーウィンと同じイギリス人であったことを考えると、これは皮肉である。
 
 ∧∧
(‥ )クラークさんの世界観に
\‐  進化という概念は
    どうもないらしい
 
  (‥ )生物という概念もあるか
      怪しいな
      不老不死で定常状態の
      人間ってのは
      ありうべからざる
      存在だからね
 
 むしろあるのは
 
 不死という属性
 
 思考するという属性
 
 知性という属性
 
 ではなかろうか?
 
 ∧∧
( ‥)黒魔術的に属性があるだけで
    属性を与える仕組みを
    機械論的に
    理解しようとしたわけでは
    ないのであると
 
  (‥ )それを考えるとさ
      クラークの言った
      十分に発達した科学は
      魔法と見分けがつかない
      って言葉は意味深だよな
 
 実のところそれは、
 
 人間が認識した属性とは黒魔術でしかないが、未来科学のなせる技と言えば人間の黒魔術的認識論は正当化される、という意味ではなかったか?
 
 ∧∧
(‥ )属性を実現している
\‐  機械論的な仕組みと制約を
    無視するためだけの
    言い訳になっていないかと?
 
  (‥ )結果的にそうなって
      いないかね?
 
    
  

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