自己紹介

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2013年10月1日火曜日

分速3文字で誰でも本が書けます

 
 hilihiliのhilihili: 私はその速度に感銘を受けました! まて、落ち着け これは孔明の...の続き
 
 
 原稿を書く速度、この場合これはキーボードを打つ速さのことだが、それを上げることで文章の生産性を向上させ、次々に本を出版する。
 
 という発想。
 
 ∧∧
( ‥)それが何か?
 
  ( ‥)いやあ、見直せば、
    ‐/ これは非常に興味深い
       発想だよね
 
 例えばの話、自分が作家であることを想像したとする。
 
 原稿を書く速度が2倍になったとする。では、年間あたりに作成できる本の数は2倍になるか?
 
 ∧∧
( ‥)ならないんじゃね?
 
  (‥ )今、自分が作っている
   □‐  新書は片面がイラスト
      700文字で1見開き
      なのだ。
      改行とかあるから、
      実際には650文字
      ぐらいだけどね

 
 一方、手元にある「アポロドーロス ギリシア神話」岩波文庫だと、活字がみっちり詰まっているが、これも1ページ700文字を少し越えるぐらい。ただし、左右のページどちらも文字だから、見開き、つまり本を開いた左右のページを合わせると1400文字というところだろうか。
 
 クセジュ文庫の「ガリレオ」もほぼ同様。
 
 ∧∧
(‥ )1ページ700文字、
\‐  見開き1400文字だと
    考えてみますか
 
  (‥ )本って多くは200ページ
      つまり100見開き
      ぐらいなんだよね。
 
 つまり、1日あたり1400文字書くことを100日続ければ、本が作れる、ということになる。つまり三ヶ月と10日だ。

 
 ∧∧
( ‥)1日1400文字、
    8時間労働なら1時間に
    180文字打てば良い計算に
 
  (‥ )これだけ聞くと、
      馬鹿みたいに
      楽な労働だよな
      1分に3文字打てば
      良いわけだ。
 
 とっ、言う事はだ、1分間に6文字打てば年間におよそ8冊の本を出せる計算に...
 
 もちろん実際にはそんなことないんである。では、どこで時間が食われているか?
 
 ∧∧
( ‥)考えてる時間でしょ?
    
 
  (‥ )あるいは資料を読んだり、
      あるいは読み直して
      書き直す、
      そういう時間だね。
      そこが一番長いのだ。
 
 
 言い換えれば、打ち込み速度は、それが常識的な範囲でさえあれば、本の作成作業において重大ではない、ということでもある。実際、かつては手書きだったのだ。
 
 
 ∧∧
(‥ )でも打ち込み速度が重要だ
\‐  そういう主張なんだよね
 
  (‥ )興味深いことにね、
     くだんの主張をしている
     サイトをのぞいたのだが
     ざっくり見た限りでは
     誤字脱字がないんだよね
     文章もなめらかなんだよな

 テキストを作成する作業は、考える時間+読み直す時間に支配されている。打ち出す速度はそこに加わってくる小さな要素でしかない。本来はそうだ。
 
 ∧∧
( ‥)しかし、打ち出す速度を
    向上させれば
    生産性も向上する。
    そう考えている。
    これを真面目に
    受け取るのなら、
    打ち出し以外の、
    他の作業時間が
    相対的に少ない、
    あと節約できるのは
    打ち出し時間だ、
    そういうことですよね?
 
  (‥ )キーボードを叩く時間が
      全体の5パーセントしか
      占めていませんだったら
      速度を2倍に上げても
      2.5パーセントしか
      節約できんからね。
 
 
 キーボードを叩く時間を節約することがカギである。この主張が成立するには、考える時間、読み直す時間、これらが相対的に非常に短い、ということになる。
 
 ∧∧
(‥ )でも誤字脱字が見当たらない
\‐
 
  (‥ )思考が非常に整理されて
      いるのかもしれないな
      考えた事をそのまま
      文章に出力しても
      きれいな文面になっている
      そのぐらいに考えが
      整理されている
      そういう可能性。
 
 ∧∧
( ‥)でも? それは不自然だと?
 
  (‥ )人間は試行錯誤するのだ。
      本自体が概してそういう
      ものでね。
      小説なんかは特にそれが
      顕著だよね。
 
 小説を書く、というのはSF的に言えば、あらゆるありうる可能性の中から、最良だと思える時間線を選択することに他ならない。あらゆる場面で分岐する可能性を検討して、駄目だったら分岐点にまで戻って、もう一度やり直すのだ。時間がかかるは必然。
 
 分岐を検討するのは寄り道で、そこで膨大な時間が消費される。つまり、10冊の本を書く勢いがなければ、ただ1冊の本も書けないってことだ。
 
 チェスの名人と戦った計算機が、名人が差した手に最良と思える一手を打とうとした。しかし機械は、その選択の延長を数十手先まで演算すると、最良と思えた手の先に負けが待っていることに気がついた。そこで現時点に舞い戻った機械は、名人が予想もしない手で対応する。
 
 本も本来、あらゆるありうる可能性を計算した結果だ。
 
 *うろ覚えだけど、こういう戦いは実際にあったと記憶。少なくとも十分に設計された計算機ならこういうことが出来るのだろう。この選択肢を取った場合のありうる未来を覗いて、その延長にポイントが下がる未来があると見るや、選択の分岐点にまで戻って別の時間線に足を向けるのだ。
 
 ∧∧
( ‥)でもこういう試行錯誤、
    時間線の探索がどうも
    この人の文章には
    見当たらないようだと
 
  ( ‥)整理された思考とは
      そうではないのか?
      見た目が恐ろしく
      きれいなんだよね。
 
 しかし、これは暗示的ではないのか? 
 
 時間線の探索を放棄する。ありうるあらゆる可能性と選択肢を検討しない。
 
 それには迷いがない。
 
 それは論理的である。
 
 ∧∧
( ‥)しかし、論理とは、
    設定した大前提から
    作った、矛盾のない
    文章でしかない
 
  (‥ )迷いがない
      美しい、
      整理されている
      事実、試行錯誤の時間
      ではなくて、
      打ち出しの時間の向上に
      注目する。
 
 これは暗示的ではないのか?
 
 ∧∧
( ‥)つまり、思いつきに
    都合の良い事柄を集めて
    きれいなお話を
    作っているだけでは
    ないのか? 
    という疑惑
 
  (‥ )決断を必要とする人に
      ”答え”を売りつける
      ビジネス本としては
      悪い売り方ではないな
 
 ただ、都合の良い事柄を無矛盾につむいだ文章とは、それは単なる空虚なのではないか?
 
 ∧∧
( ‥)それを踏まえて考えた時、
    打ち出し速度の向上と
    生産性のアップ
    この主張、それ自体が
    空疎な主張かもしれないと
 
  ( ‥)だってさ、
    ‐□ 理屈の上じゃ分速3文字で
      間に合うわけだろ?
 
 ということは文字をたたき出す速度は、仕事において重要な意味を持っているはずがない。
 
 にもかかわらずそこにあえて注目するとは、そういうことではないのか?
 
 ∧∧
(‥ )でもビジネス本としては
\‐  これで良いかもですね
 
  (‥ )経営者は努力の集中、
      効率の上昇という言葉に
      無駄に弱いからねえ
      彼らは一点集中突破を
      求めていて、
      破産の恐怖に立ち向かって
      いるわけだ。
      経営者には神と宗教が
      必要なのだ。
      弱き子羊を騙すなぞ
      雑作も無い。
 
 そして思うに、試行錯誤してあらゆる可能性を検討する技術者が、経営者とそりが合わないのは、こりゃあ当然なんだろう。
    
 *ちなみに、週刊漫画の単行本と手の速いラノベ作家、個人的な経験からすると年間4冊の本を出すのが限界だと思う。これ以上多くの本が”一人の作家”から年間あたり出ている場合、コピペ、対談本、ゴーストライターを使用していると考えるのがおそらく妥当。絵を批評される漫画、話が連続している小説では、こういう騙しが通用しにくいだろう。あるいはスタジオを作ってそれを可能にしてもなお、この速度だと言える。これらとは反対に、著者の顔がまったく見えないビジネス本でこそこうした限界を越えた、常軌を逸した速度で本が生産されている、というのは暗示的である。
 
 

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