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2018年5月2日水曜日

大人が勉強すれば子供も勉強するとは前提が間違っている

 
 勉強しろ! と言っても、親が遊んでいるようでは子供は勉強しない。
 
 本を読め! と言っても、親が読まないのでは子供が読むわけがない。
 
 親が自分から勉強し、本を読み、学ぶ姿勢を見せれば子供もそれをまねる。子供に言うよりまず自分から。
 
 
 ∧∧
(‥ )とっそんなことを
\‐  言われましてもね
    
 
  (‥ )いやいや勉強した子供が
      今は大人になって
      いやいや仕事をしている
      だけだからな
 
 イラストレーターとかプログラマーとか、好きなことをしているんだから安くてもいいでしょ?
 
 そう皆が言う。これはつまり...
 
 ∧∧
( ‥)要するに皆にとって
    お給料とは我慢代でしか
    ないわけだ
 
 
  ( ‥)いやいや仕事をして
    ‐/ 我慢代をもらう日々
       それだったら
       子供にも無理やり
       いやいやなことを
       させるよな
 
 そもそも冒頭の言葉、つまり、子供に勉強させるには大人がまず模範を示さないといけない! という主張が間違っているのだ。
 
 つまりより正しくはこうである。
 
 自分たち大人はいやいや仕事をして我慢代という給料をもらっている。こういう風にお金をもらうには、子供にはいやなことを無理やりやらせて我慢できるようにしなければならない。
 
 だって自分たちがそうだったのだから、当然でしょ?
 
 
 ∧∧
(‥ )勉強も所詮は
\‐  我慢のための訓練か
 
  (‥ )見る立場によって違うな
      国家から見れば
      国家を支える官僚や
      技術者を選抜する作業だし
      それに巻き込まれた
      才能のない残りの全員に
      とっては
      我慢大会でしかない
      そういうことだべ
 
 してみると、やはり正当なのである。
 
 大人はいやいや仕事をして我慢代という給料をもらっている。このように、すでにいやを我慢するという模範を示しているのだから、子供も勉強という我慢大会をいやいやしなければいけない。
 
 要するにすでに筋は通っていたのだ。
 
 間違っているのは、勉強は学習の道しるべであるという前提だ。そういう誤った前提を立てるから、子供を勉強させるには大人も勉強しなければいけない、という誤謬を招くのである。
 
 そうではなく、我慢代をもらうための我慢大会の訓練が宿題なのだ、と思えば理解はより明瞭となるだろう。
 
 
 ところで
 
 ∧∧
(‥ )リベラルなんかは
\‐  勉強して本を読むことで
    教養をつけて
    自分の社会的立場を
    自覚するのだ
    アメリカなんかはそうだ!
    と主張しますが?
 
  (‥ )ああそれね
      我慢大会じゃないけど
      知識自慢大会になって
      脳が食い過ぎた胃袋に
      なるだけだから
      頭がもっと馬鹿になるよ
 
 
 すべてに論ずる価値なし。
 
 
 
 
  

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