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2014年3月11日火曜日

主人公はチェオだったのかもしれない

 
 フランク・ハーバートの小説は、少なくともジャンプドアシリーズと砂の惑星を見る限り、登場人物たちは女性への依存と女性による支配からの脱出という、相矛盾した動作を行う。
 
 ∧∧
(‥ )そこから考えると
\‐
 
  (‥ )「鞭打たれる星」
       原題[Whipping Star]の
       主人公ってチェオ
       なのかね?
 
 知的生物連合には奇妙な力を持つ種族が何種類かいる。いずれも何らかの形で関連性を用いるものだ。
 
 その人が求めた場所へ空間を接続できるカレバン
 求めた人へ心を接続させて通話を可能ならしめるタプリジオット
 5個体で1組の知的生物で、たったひとつの自我を交換するパンスペッチ
 作中では限られた描写しかないが、どうもその人がかつて持っていた姿へと肉体を戻してくれるビューティーバーバーズ
 
 ∧∧
(‥ )いずれも関連性さえあれば
\‐   時空間を越えて
     再現したり、接続したり
     操作できる力
 
  (‥ )鞭打たれる星は
      連合の運輸を担当する
      カレバンを
      殺す方法を見つけた女性
      ムリス・アブネーズの
      発想から始まる
      物語だけども
 
 たった一人のカレバンがすべての知的生物の移動を担っていた。このカレバンが死ぬと、カレバンと関連性を持った知的生物、つまり、カレバンが提供したジャンプドアを使って移動をした者、そのすべてが死ぬ。連合のほぼ全員だ。
 
 大富豪で暴虐でセンチメンタルな女性アブネーズは、偶然、カレバンを殺す方法を見つけた。しかも、望む者と関連性を持つ存在なら、どんなものでも再現できる能力をカレバンが持つことも見つけた。例えばカレバンは、人類であるアブネーズに関連する存在、地球すらも、丸ごと再現できるのだ。


 さらにカレバンが死んでも、再現してもらったものを維持する方法も知った。まるごとひとつ再現した地球を、アブネーズ本人に関連づければ、その地球は保持される。
 
 ここまで理解したアブネーズはセンチメンタルな野望を抱いて実行を開始する。カレバンを殺す事ですべての知的生物を抹殺し、その代わり、自分と、自分が選んだものだけを再現した地球に残すのだ。つけた名前は”箱船”。

 
 ∧∧
( ‥)一応、この物語の
   主人公は連合の部局に
   つとめる工作員
   アブネーズの犯罪を阻止する
   マッキーという人
   なんだけどね
 
  ( ‥)でも彼、何十回も結婚と
    ‐□ 離婚を繰り返す
      おかしな人なんだよな
 
 いってみれば、マッキーは女性と関係がない、いわば異常者なんだとも言える。確かに彼が救うべき得体の知れないカレバンは名前がファニーメイ。同胞を作成できるので、理屈の上では女性に該当する。そして戦うべきは暴虐な女性、狂ったロマンチストであるアブネーズ。救うべき女性と戦うべき女性、構図はいかにもハーバートらしいけども...
 
 ∧∧
(‥ )でも関連性は確かに
\‐  弱いよね
 
  (‥ )むしろアブネーズの
      右腕であるパンスペッチ人
      チェオの方が
      ハーバートらしいキャラ
      なのかもしれない
 
 パンスペッチ人は、見た目は地球人である。擬態できる種族で、擬態相手として人類を選んだのだ。
 
 そしてチェオは犯罪者でもある。彼は5個体で順番に受け渡していくべき自我を自分だけのものにした。自我のやり取りを行う脳に存在する器官、それを手術することで、自我の受け渡しを不可能にし、仲間との関連性を断ち切ったのだ。
 
 それは五体一組、他の仲間を魂のない死に追いやったことに他ならない。
 
 地球人や他の種族にしてもこれは犯罪行為に見えるが、パンスペッチにとってはそれ以上の許しがたい大罪だ。普通のパンスペッチなら、こんなことをした同胞を見た瞬間、激怒して無条件に殺そうとする。
 
 なぜ彼はそこまで自我の保持にこだわるのか?
 
 最終的にチェオはアブネーズを暴力で屈服させて、後半になると、むしろ彼が主人公であるマッキーと戦うことになるのだが
 
 ∧∧
(‥ )作中、途中で妙なやり取りが
\‐  あるのですよね
 
  (‥ )カレバンとパンスペッチは
      いずれも関連性を用いて
      時空間を越えたやり取りを
      行っている
      それに気づいた主人公が
      お前はアブネーズとその
      箱船に関連づけられている
      そうである以上
      関連する能力を持つ
      パンスペッチのお前は
      このままでは
      自我が保てなくなるぞ
      そうチェオを挑発する
      場面だよね
 
 一応、主人公のマッキーとチェオのやり取りは、原文をやや意訳するとこんなだ
 
 お前 どこにいるのか分かっているのかチェオ? パンスペッチなら、真相に気づいてもおかしくないはずだ。
 
 お前は頭が回るな、マッキー
 
 以前、ここにいたことがあるんだろう チェオ? お前はみーみー鳴いてる、心がからっぽの雌だった時期がある、そうだろう?
 
 頭が回りすぎる!
 
 お前は彼女を殺すべきだ。そんなこと分かっているはずだ。そうしないとなにもかも失うぞ。アブネーズはお前を消化する。お前の自我を奪い取り、彼女がお前に取って代わるんだ。
 
 人間にそんなことが出来るとは聞いた事がないぞ。
 
 出来るさ。なぜなら、そこはアブネーズの世界だ。そうだろうチェオ!
 
 ∧∧
(‥ )このやり取り、作中では
\‐   ほとんど唐突に出てくるから
     意味が分かりづらいの
     ですけどね
 
  (‥ )特にミーミー鳴いてる
      心がからっぽの雌だった
      時期があるんだろ?
      という部分はそうだね
      多分、
      関連性を用いる以上
      まだ自我を持たなかった
      幼体の時期に
      アブネーズと
      関連づけられてしまった
      そういう感覚が
      薄々あっただろ?
      そう尋ねているように
      見えるけどもね
 
 ただ少なくとも、主人公のマッキーが述べているのは、
 
 お前が関連性を用いる能力を本来持っている以上、アブネーズの世界にいるままでは、仲間を見殺しにして自分だけのものにした自我、それさえも彼女に奪われてしまうぞ。
 
 それがいやなら彼女を殺すがいい
 
 という内容であるのは、まあ確かだ。
 
 ∧∧
( ‥)そして、この解釈だと
    チェオさんはかなり前から
    こうなることを知っていた
    ことになるんですかね?
 
  (‥ )薄々なにかあると
      思っていて、
      箱船計画が進行するに
      従って
      これだと気がついた
      そういうことじゃ
      ないのかな?
 
 そして主人公は、状況からチェオの立場を把握し、自分が倒すべき敵であるアブネーズの殺害をチェオにそそのかすのだ。
 
 ∧∧
(‥ )チェオさんが自我を
\‐  自分だけのものにしようと
    こだわるのも
    そもそもこれが
    原因だったりしてね
 
  (‥ )うがちすぎかもだけど
      作者のハーバートは
      そういうことが
      好きだよね
      物語のための設定を
      変えちゃう豪腕ぶりの
      一方で、
      書かないところで
      キャラクターの歴史を
      想定するというスタイル

 
 ともあれ、自我の保持にこだわったチェオは、最初はアブネーズの右腕として登場したのに、物語の途中から彼女を屈服させ、ついにはタンクに閉じ込めて窒息させようとする。
 
 ∧∧
( ‥)まさにチェオさんこそ、
    女性への依存、
    女性からの逃亡という
    キャラクター
 
  ( ‥)そういう意味では
    ‐□ 「鞭打たれる星」では
       チェオが
       主人公だったのかなあ
 
 しかし、愛と渇望で破滅したのは砂の惑星のポウルであり、あるいは神皇帝レト2世だったけども 
 
 ∧∧
(‥ )おかしなもので、チェオさんは
\‐  自分の自我に対する
    渇望しかないのに
    やっぱり破滅しちゃうの
    ですよね
 
  (‥ )愛でも破滅
      エゴでも破滅
      だが、その破滅が物語に
      なるわけだな
 
 最後、殺害をそそのかしたマッキーは、チェオが健在であること、アブネーズが見当たらないことから、彼女が監禁されていると判断する。それは半分正しい理解だ。チェオとアブネーズを殺すため、彼は特攻をかけようとするが、その一瞬前、マッキーがそそのかした結果から、すべてが終わって物語は幕を閉じる。
 
 チェオによってタンクに閉じ込められたアブネーズが窒息して死んだ時、彼女と関連づけられていたチェオもまた存在が停止して、無へと融解する。
 
 ∧∧
(‥ )関連性の能力を持っているのに
\‐  アブネーズさんを殺すと
    彼女に関連づけられた以上、
    自分も自動的に消滅すると
    気がつかなかったのだよね
 
  (‥ )小説中における彼の独白を
      読んでいると
      自我を自分だけの
      ものにした罪悪感と孤独と
      自分を責め立てる
      同胞たちのイメージ
      そこから逃れたいという
      欲望だけなんだよね
      自我の保持だけに
      目が向いて
      破滅したんだろうな

 
 これはhilihiliのhilihili: そうか、やつらがお前たちのところへ....の続き
 
 
 
 
 

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