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2013年3月4日月曜日

あなたのその外注にいかなる保証がある?

 
 
 
  ( ‥)夏休みの宿題を能率良く
    –□ やるには、頭良い奴の
       答えを写せばいい。
 
 ∧∧
( ‥)まあ、言ってみれば外注ですね
 
 頭が悪いと自覚できるなら、出来る奴に外注する。これは脳みその外部化とでも言えば良い。
 
 もちろん、これには条件がある。
 
 ∧∧
( ‥)自分は馬鹿でもいいが、
    誰が自分より頭が良いか
    それは分かる必要がある
 
  (‥ )ただの馬鹿では駄目なのだ
      そしてその判断の背景には
      テストという普遍的な
      基準が存在しなければ
      これは成り立たない。
 
つまり重要な条件が少なくとも2つある
 
:自分は馬鹿だと、自分できちんと理解できている
:テストのように質を正確に判定する基準が存在する
 
 ∧∧
( ‥)つまりですよ
 
  ( ‥)判断を外注する以上、
      自分の頭の出来、
      そして
      相手の頭の出来、
      この2つを判定する
      客観的な基準が必要に
      なるわけだ
 
 そしてこの話に戻る
 
 =>hilihiliのhilihili: 本を数年かけて読む
 
 
 ∧∧
( ‥)書評サイトは判断の外注で
    ありますね
    脳みその外部化である。
 
  (‥ )そして問題になるのはだよ
 
 
 書評を判断する客観的なテストは存在するか?
 
 そのテストが存在しない場合、その外注に一体全体何の意味があるのか
 
 
 ∧∧
( ‥)つまり
 
  ( ‥)テストが存在しない場合、
    –□ それは馬鹿が馬鹿の宿題を
       写すという状況になっても
       原理的に気づけないって
       ことだよな。
 
 さあ、あなたのその外注にいかなる保証がある?
 
 
    
    

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