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2013年2月4日月曜日

吸い取れるだけ、国が吸い取ります


 hilihiliのhilihili: 鯨皮を売れの続き
 
 
 ∧∧
(‥ )そういえば実在の国で言うと
\–   プトレマイオス朝エジプトは
     ゴマ油とかを国家の独占販売
     にして、利益を上げていたの
     ですよね
 
 (‥ )たしか油作物の種子は国から
     農民へ貸し出されるのじゃ
     なかったっけ?
 
 そもそもそれ以前に本年度の作付け面積はこれこれと、地域ごとに具体的な指示が出る。実りのうち、貸し付けた分に相当する種子は国家へ返却させる。残りは定められた低い価格で買い上げる。それを油にして、小売価格を最大に設定した上で売る。
 
 ∧∧
( ‥)作付け面積を操作するのも
    油の生産を必要分だけにして
    最大限の利益を得るためで
    あったと
 
 (‥ )国外から入ってくる油には
     相殺関税をかけるという
     徹底ぶりでね。
 
 今は具体的な資料が部屋にあるどれだったのか思い出せないので引用元を示せないけども、まあ、そんな感じ。プトレマイオス朝は国家経済から上がる利益をいかに王家に集中させるか? それに特化した国である、と批評した人がいるらしいけども、まあ、そうですよね。これはすごいなあ、という感じ。
 
 *プトレマイオス朝のこういう側面はごく簡単になら「コンスタンティノープル千年」渡辺金一 岩波新書 1985 pp11~12で出てくる。補完はいずれ。
 
 ∧∧
(‥ )経済の重要部分が
\–   国を介さないといけない
     ように出来ていて、
     王家が膨大な利益を
     独占するという構図
     ですね
 
  (‥ )しかも農民は生産を
      請け負う一方で、
      最低賃金しか受け取らない
      仕組みだよね。
      効率が良い仕組みだけど
      あんまりだよな。
 
 考えてみれば砂の惑星の経済ってこれに近いよなあ。
 
 ∧∧
( ‥)運輸は一社だけ、
    国家間の通商を商う
    商社も事実上一社だけ
    商社の売り上げは
    株みたいなものに応じて
    皇室と諸公に配当がなされます
 
  (‥ )いやな世界だよねえ
 
 *先に引用した「コンスタンティノープル千年」では、これはビザンチン帝国の話であるけども、皇室関係者であることを良いことに大々的に貿易を行う皇后に対して、皇帝が激怒したエピソードが紹介されている。皇室の者が権力を使って商いをしたら、では民衆はどうなってしまうのか? と。一方、小麦を強制的に買い入れて、それを集めて、しかるべき場所でしか売らせない、そういうことをした皇帝もいたという。買い取り価格は最小に、小売価格は最大に。その過程を国家が独占して大量の売り上げを得るのだが、その結果、18倍のインフレが生じた、という悪政の例(もちろん、これらは実話である)。
 
 
 そういえば砂の惑星には農奴もいるんだよな。
 
 ∧∧
(‥ )用語集に出てくるパイオンズ
 □–  がそうですね。
     惑星から離れられない農民や
     労働者のことを指す。
     帝国における最低階級。
 
 (‥ )作品自体は諸公の権力闘争を
     扱っているけども、その背景
     にはこういう構造があると。
     農奴や低賃金労働者を拘束して
     高い賃金の場所へ移動させず、
     最大限の利益を得ようという
     魂胆だよね。
 
 この閉塞的で独占的な世界は、例えば主人公のポウルが救世主となった第2部では多少とも是正されたんだろうか?
 
 *第一部の主人公、ポウル・アトレイデスは宿敵ハルコンネンと皇帝を打ち倒し、宗教指導者となって全帝国を征服する。いわばポウル教みたいなものなので、巡礼団がポウルの居城がある惑星にやってくるようになっている。ずいぶん、人の往来が自由な印象がある。
 
 ∧∧
( ‥)ハーバートさん、そういう
    具体的な説明は作中では
    ほとんどしませんからね
    する必要がない、とも
    言えますけども。
 
  (‥ )戦争の原因だって、
      登場人物の台詞から
      分かるけども、あまり
      明瞭な説明文としては
      出てこないのよな。
 
 *砂の惑星の帝国は皇室コリノ家が最大勢力だけれども、諸公も当然、軍事力を持っている。主人公の父親、アトレイデ家の当主アトレイデ公爵(表記によってはアトレイデス公爵)は現皇帝と従兄弟関係にあるのみならず、まだ小ぶりとはいえ、強大な軍事力を持っていた。これに危機感を抱いた皇帝はアトレイデ家の取り潰しを画策する。しかし、帝国をすべる皇帝が有力諸公を目障りだ、という独断的な理由だけで処分するわけにはいかない(諸公の大反乱を招きかねない)。そこでアトレイデ家の仇敵であるハルコンネン家を隠れ蓑として使うことにした。つまり表向きはアトレイデ家とハルコンネン家の争いである、ということにして、ハルコンネン家の軍隊と共に皇帝の精鋭部隊、親衛隊サルダウカー軍団を投入し、アトレイデ家を排除する。
 
 ∧∧
(‥ )...読み返してみると
 □–  あれですね、帝国の軍事力
     って数だけから見ると
     あまり大したことないん
     ですよね。
     質を向上して、後は数を
     増やせば皇室をおびやかす
     存在に意外と簡単になれる
     そういう状況ですか
 
 
  (‥ )アトレイデス家が敗北した
      戦いでハルコンネン家が
      投入した軍勢は全部で
      わずか30万人だしね。
      *うち、皇帝親衛隊は3万
      ただしこの訓練された
      精鋭3万人は
      残りの27万を
      あっさり圧倒できる。
 
 ∧∧
( ‥)戦争が白兵戦に戻って
    しかも非常に複雑な格闘戦
    を求められる世界だから
    少数精鋭、
    兵士のプロ化が進んでいる
    かもです。
 
  (‥ )つまり使える兵士の数が
      絶対的に少ない可能性も
      あるわけよな。
      しかしいずれにせよ、
      小説中の描写では、
      この30万人でさえ、
      ギルドに支払う運賃を
      考えればぎりぎりどころか
      ありえないぐらいに
      法外な数であると。
 
 *運輸をになっているのが一社だけなせいか。通常。ギルドの運賃はめちゃ高。そんな大人数を投入することは金銭的に無理という世界(それにしても、ハルコンネン家とアトレイデス家の領地替えの時はもっと色々運んだだろうに、この時は特別価格だったのだろうか?)。
 
 *改めて読み返してみればアトレイデス公爵がやろうとしたのは、基本的には作中で実際に息子がしたことと同じだった。つまり砂漠という厳しい環境で格闘戦に慣れた原住民を徴発して自軍に取り込もう、という方針(そもそも最大勢力のコリノ家も、本来の出身は砂漠の星で、親衛隊のサルダウカーもそこから徴発されるのである。皇帝の従兄弟でもある公爵がつかんだ皇室の力の秘密がこれであった。それを砂の惑星デューンで実現しようというのが公爵の狙い)。息子である主人公がしたのはこれに(意図的にではなかったが)宗教色を付け加えること、そしてスパイスの生産を牛耳ってしまうことだった。

 
 
 ∧∧
( ‥)それらを考えると、後に
    主人公ポウルが圧倒的な
    軍事力を持つのは当然
    ですか。
 
  (‥ )そうだよな。ポウルは
      ギルドの運賃なんか
      気にする必要ないし、
      30万人なんてけちくさい
      ことを言わずに、
      自分を神と信じる凶暴で
      訓練された兵士を
      好きな時、好きなだけ
      好きな場所へ、大量に
      投入できるわけだしね
 

 *砂の惑星、この小説では人類に代わりえるものなし、という人工知能破壊運動(ブトレリアン・ジハド)が起きた後の世界なので、コンピューターもなければ自動機械というものさえ事実上、存在しない。宇宙航行をギルドが独占できるのも、この状況下で安全な航路を見つけ出すには、スパイスによる予知能力の獲得が必要で、それが出来るのがギルドのナビゲーターたちだけだから。そしてスパイス(メランジ)が産出する唯一の星がデューン。
 
 ∧∧
(‥ )平たく言うと、ドラッグで
\–   らりぱっぱになった
     ナビゲーターが
     未来と安全な航路が
     見えたー! といって
     飛んでいく世界。
 
  (‥ )小説自体が東洋趣味とか
      神秘思想とか
      機械文明の否定、
      訓練によって生身の肉体
      から引き出された
      超絶的な能力、そして
      ドラッグという内容。
      ヒッピームーブメントな
      時代にマッチした部分も
      あったのかもね。
 
 作者に言わせると、スパイスは富の象徴であり、石油の意味もあるという。そもそも砂漠からの産物で社会が動くというのはまさにそういうことだし、そこを支配する帝国は石油メジャーやアメリカを連想させるし、時代からするとこの戦いはベトナム戦争ってことでもあるんだろう(*作者がアメリカ人であることを考えればかなり強烈)。

 
 ∧∧
( ‥)でも、冒険小説や神話の
    基本を守った作品でも
    ありますよね
    主人公は高貴な王子様
    ハンサムで優しく賢く
    しかし剣術の達人、
    敗北して砂漠の奥へ逃れ、
    抑圧されてはいるが、実は
    格闘戦に秀でた砂漠の民を
    率いてゲリラ戦で頭角を
    あらわし、皆の英雄となり
    指導者となり、ついには
    世界の秘密を明らかにする
 
  (‥ )帝国を支えるスパイスが
      どのようなサイクルで
      生まれるのか
      それをどうすれば破壊
      出来るのか、そこに
      気づくのよな。
 
 破壊出来るものは支配していると言えるのだ。作中の台詞である。
 
 帝国の運輸と富を支えるスパイス。よりによってその供給元で続くゲリラ戦を解決しようと、ついに皇帝が出陣。しかし、これはいわば主人公のかけた罠。まんまとデューンにまで引きずり出された皇帝と無敵の親衛隊サルダウカーは、主人公率いる砂漠の民の前にまさかの敗北。
 
  (‥ )そして残るギルドを
      服従させるのは簡単
      スパイスの生産を破壊するぞ
      お前達、未来を見てみろ、と
 
 ナビゲーターたちがのぞき見た未来、そこに広がるのは空白、何も無い
 
 ∧∧
( ‥)ギルドは従わざるを
    えませんと
 
  (‥ )後は帝国最強の軍勢を
      あっさり打ち破ってみせた
      自分の軍団を好きなだけ
      ギルドに運ばせればいい
      従わなければ空白だ
      いくらでも自由に軍団を
      展開できる。
 
 しかも自分を神、救世主と信じる軍団だ。宗教指導者にして最高指導者。もはやどんな相手もこの英雄と軍団の進撃を止めることはできない。聖戦の開始である。
 
 複数の様々に異なる設定がすべて、ひとつの場所に焦点を合わせた時、いかなる者にも阻まれない無敵の英雄という恐るべき存在が誕生する。見かけは単純に英雄と悲劇の話のはずなのに、それを実現するため複雑怪奇に編み込まれた世界。それが砂の惑星。
 
 
 
 ∧∧
(‥ )考えてみれば第2部で主人公が
\–   見せるあの膨大な富の数々も
     こういう設定が背景にあるの
     でしょうかね
 
  (‥ )あまりそういうことを
      明言しない作風だし、
      小説ってのはそんなこを
      説明する必要はないけども
      真面目に推論すれば
      そういうことだろうな
   
 
 

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