自己紹介

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2015年2月8日日曜日

見捨てられる権利を奪われるのは困る

 
 
 ∧∧
(‥ )なんか
\‐  フリーのカメラマンで
    シリア入りを予定していた人が
    旅券の返納を命じられたと
 
  (‥ )ほら
      自己責任でない世界では
      こういう干渉が行なわれる
      自己責任が通らない世界は
      困るんだよ
 
 こんなことなら、
 
 えっ? 危険地帯に入って捕まった? そんなの自己責任だろ? 見捨てろよ、馬鹿馬鹿しい
 
 皆にそう言われた方がずっと良い。
 
 ∧∧
(‥ )反対に自己責任論は不当だ!
\‐  この考えの延長には
    じゃあ個人は
    責任を取れないのだから
    個人の自由を奪おうね
    そういう対応が出てくる
 
  (‥ )自己責任論は不当だ!を
      言い出した人間は
      そんなつもりは
      ないのだろうが
      結果としてはそうなるのだ
 
 
 個人が自分の責任で賭けて破滅したこと、これを皆が笑うのはどうでも良いことである。

 そりゃ笑うだろう。
 
 だがしかし、ここで誰かが言い始める。その叫びの動機は理念かもしれないし、あるいは政治利用かもしれないが、彼らは叫ぶ
 
 笑うな、あの人を見捨てるな、みんなで助けろ、そのためにはどんなことでもしなければいけない! 
 
 言っていることは立派だ。だが、こんなことになったら、全員がちょっと待てよ、と思う。
 
 まず笑っていた人間は面白くない。助けるために自分たちの税金が投入される。つまり損をする。
 
 対応するべき人間も困る。普通でさえ困るのに、政治問題になるともっと困る。対応を厳しくしなければならない。
 
 ∧∧
( ‥)そりゃ旅券も
    取り上げるだろうと
 
  (‥ )今回のことが
      ポーズなのか
      見せしめなのか
      判断なのか
      あるいはこの場合は
      ちょっと困るので
      非常手段です、なのか
      どれなのかは
      知らんけどな
 
 とはいえ思うに、政治問題にされたら問題は発生しないようにしなければならない。そうなったら、そりゃあ自由を制限することになるだろう。
 
 ∧∧
(‥ )ほくそえむのは
\‐  政治問題にした人たちや
    自己責任論は不当だと
    言い出した人たちですかね
 
  (‥ )ある意味
      彼らの言い分も
      正論ではあるのだ
      個人では責任が
      取り切れない問題に
      なってしまうからな
 
 テロリストに捕まって全世界に公開されたら、自分一人の責任ではなくなってしまう。政府も官僚も動かなくてはいけない。自分一人で責任を取る、と言っても、取り切れなくなってしまう。
 
 ∧∧
( ‥)だから自己責任論は不当だ
    という主張はその意味では
    正論なのである
    一人で取り切れない責任は
    皆で助けないといけない
 
  ( ‥)でもさ、それを過剰に
    ‐□ 言い立てて
      やたらと政治問題にすると
      個人の自由は制限される
      統制されてしまうのだ
      当たり前だよね
      個人に責任が無いのなら
      自由なんてあるわけがない
 
 確かにもとからそういう制限はあろう。それゆえ例えば、救え、救えの大合唱がなかったとしても旅券は取り上げられたのかもしれぬ
 
 だがしかし
 
 自己責任だから見捨てるとは大声では言えないけれど、やっぱり自己責任だからね。それに助けようもないし、形だけの対応をするね
 
 という世界と
 
 自己責任ではすまされない。政府は何をしているのか? どんなことをしても助けろか....、助けようが無いが、そう言われてしまったら、面倒をこれ以上起こすわけにはいかないなあ
 
 という世界とでは判断にかかる圧力に違いがある。
 
 圧力の違いはずれを生む。そのずれは統制につながるだろう。
 
 ∧∧
(‥ )こんなことなら
\‐  自己責任だよねと
    見捨てる世界の方が
    自由があるし
    ありがたい
 
  (‥ )別に自分は
     戦場カメラマンじゃないけど
     フリーの立場からすれば
     自由と自己責任と
     見捨てられる権利を
     奪われるのは困る
     おまんまが食えなくなって
     しまうからなあ
 
 危険だけども実入りがあるからいくのである。実入りが金なのか名誉なのかは知らないが、少なくとも、それは自己責任だ。これはいわば賭け事である。
 
 自己責任とはギャンブラーにとっては頼もしい味方である。だがしかし、自己責任は自分を殺す死神でもある。かように自己責任は恐ろしい、だが必要だ。もちろん、賭け事をしている連中は超人ではない。失敗すれば泣くしわめくし、助けを請うが、それが無駄であることもまた、皆、承知の上だろう。
 
 それに対して、自己責任は不当だ! と言い立てる意見はむしろ困る。
 
 味方のように見えて彼らは、問題を無駄にでかくして、責任を公共の場に持ち込んで騒ぎ立てる。そうして結果的に賭場をつぶしてしまう、駄菓子屋が立ち入り禁止になってしまう。良かれと思ってやっているが子供の楽しみを奪う、無駄に元気で口うるさい視野狭窄な母親のようだ。
 
 これは規定の線路の上を走る人生から出てくる世界観だ。
 
 自己責任論は不当だ! と言い立てていた人がフリーであるとは思えない。
 
 
 これはhilihiliのhilihili: 自己責任論が無い世界では困りますの続き
 
 
 
 

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