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2015年4月14日火曜日

賢明なる選択として知性を抹殺するべきだ

 
 Amazonの書評を見れば、本を読んでも頭は良くならない、それは明白ではないか。
 
 ∧∧
(‥ )そういう意見はしばしば
\‐  目にするところ
 
  (‥ )まあねえ
      めちゃくちゃな書評や
      大量の書評を書いてるけど
      書評にどれも意味がない
      あるいは見当外れ
      そもそもその本
      そんなこと書いてないよ?
      内容の捏造や勘違い
      そういうことすらしてる
      書評は多いからな
 

 知性がそんなに良いものなら他の動物だって知性を発達させるだろうに、そうではない。人間だけが極端に抜きん出ている。つまり知性とは実利を伴わないもので、合理的なものではない、そう考えるべきではないか? 
 
 このような疑義を踏まえると。知性は見せびらかしのために発達した、知性とは、本来は不要、無駄な能力である。これはありえそうな話。
 
 ∧∧
( ‥)書評も見せびらかしですか?
 
  ( ‥)書評の質があれだけ
    ‐□ ばらけちゃってることを
      考えればそれっぽいよね
      本人たちは
      書評は
      自分の知性の発露と
      考えているのだろうが
      実際には
      知性が無意味な存在で
      あることを
      示しているだけかもな
 
 いってみれば書評とは、クジャクが尾羽を広げて競い合うようなもの。壮観だが意味はない。

 もちろん、疑問もありえよう。例えば、クジャクの尾羽はどれも似たような感じで、どれも良い勝負に思えるが、書評は勘違いに中二病、いっちゃってる意識高い系から、しごくまっとうなものまでと、質がずいぶんとばらけているようである。
 
 これはなにゆえであろうか?
 
 人間から見ると一様の品質を保っているように見えるクジャクの尾羽も、クジャクからすればばらけているように見えるのであろうか?
 
 それとも、人間のクジャクの尾羽である脳みそは、まだ歴史が浅く不安定で、質がめちゃくちゃなんだろうか?
 
 あるいは人間の知性が何の意味もない存在であるがゆえ、文章と文脈を正しく読み取るなんてことがそもそも想定されていない、答えも収束なんかしない、そういうことだろうか?
 
 ∧∧
(‥ )いずれなんでしょうね?
\‐
 
  (‥ )さあ?
      なんだろうねえ
 
 とはいえ思うに、書評も読解も、そこから知性という概念を抜き取るべきだろう。
 
 あるいは、知性こそが問題を解決できる、という根拠の無い思い込みを一切排除するべきだろう。
 
 知性こそが問題を解決できる、このまったく根拠のない思い込みが、書評から人生、政治から国際関係までも含めて、あらゆる問題をこじらせているようである。
 
 ここはひとつあれだ、賢明なる選択として、知性を抹殺するべきだ。
 
 
 

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