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2013年9月4日水曜日

それは今見ると色褪せて見えた

 
 ふと、ネットを見ていたら昔の広告が眼に入った。
 
 軍人二人が画面の左右にいて、お客様、どうぞこちらへ、お先にどうぞ、という身振り。真ん中には、
 
 まず、総理から前線へ。
 
 というキャッチコピー
 
 ∧∧
(‥ )ああ、あなたが子供の頃に
\‐  見た広告じゃないですか
 
  (‥ )今見ると、ものすごく
      色褪せた広告だな。
 
 総理から前線へどうぞ。
 
 ああしかし、原発がぱーんしたその時、自ら勇ましく前線に飛び込んで無意味に力のこもった挨拶を撮影させた菅直人首相は、緊急事態の現場を滞らせ、最高指導者として官邸で統括するべき責任を売名行為で放り出した、とボロクソに叩かれたのではなかったか?
 
 ∧∧
( ‥)まあこの広告は
    戦争の話ですけどね
 
  (‥ )中央の人間が前線に
      いっちゃいけない
      そういう場合がある
      この意味では
      現場も戦場も前線も
      同じよ
 
 いや、これが戦場に限定しても同じなんである。
 
 指導者自ら戦場にいくべきです、となれば、それは平和など意味しない。単に戦争慣れした司令官が政治家になる、それだけの話なのだ。
 
 ∧∧
(‥ )この広告は反戦...
\‐   なんですかね?
 
  (‥ )例えばローマってさ、
      戦場で勝利することが
      政治的キャリアを積むこと
      だからさ、政治家は全員
      戦争にいって白兵戦をして
      殺した相手の血で体を
      染めたりしたんだよな
 
 総理自ら戦場へどうぞ。
 
 なんのこっちゃない。裏を返せば、
 
 戦場にいったのみならず、勝利を挙げた私こそが総理になるべきであり、最高指導者になるのが当然なのです。いかなかったあなたたちに出馬の権利などあるわけがありません。何を言っているんですか?
 
 そうなるだけの話なんである。
 
 ∧∧
( ‥)戦場を駆け抜け、事務や経理も
    担当してキャリアを積み、
    あわよくば凱旋将軍になって
    最高指導者になる。
 
  (‥ )それが果てしなく戦争を
      継続したローマの
      あり方である。
      そしてこれが彼らの
      共和制であり民主制なのだ
      おおいに優れた仕組み
      でもあるけど、でもさ、
      欠点もあるのよね
 
 
 こうなってしまうと、原理上、最高指導者は絶えず前線におもむかないといけない。
 
 つまりここで話題は最初に戻るのだ。
 
 ∧∧
( ‥)当然、指導者を前線にとられた
    国家は色々な問題を
    抱えることになる。
 
  (‥ )さりとて、ローマの
      最高指導者はそうせざるを
      えないんだよな。
 
 だって、自分が前線にいかなかったら、前線の司令官が”私こそが指導者にふさわしい”といわば殺し合いの選挙に立候補するし、事実、そうなった。
 
 そしてゆえに果てしなく続く内乱の時代へ突入。
 
 皆さん、戦場へいきましたよ。野望と義務を持って自発的にいきました。
 
 つまり、主戦論をおっしゃる最高指導者からどうぞ前線に、どうせ怖くていけないでしょ(ニヤニヤ)なんてことは起きなかった。事態は逆だった。
 
 浮世離れした昔の話ではあるが、しかしこれを笑う事はできないだろう。かつて条件次第で起こったことは、条件が整えば再び起こる。そうではないか?
 
 ∧∧
(‥ )それを考えると、
\‐  総理から前線へどうぞって
    なんとも言い様がない
    ですよね
 
  (‥ )ローマってある時点から
      皇帝が必ずしも前線に
      立つ必要がなくなった
      みたいなんだよな。
 
 もちろん、前線に立つ皇帝はいたけども、必ずしもその必要はなかったらしいことがうかがえる。例えば6世紀のユスティニアヌス帝は戦場にはいっていない。彼の征服は将軍にまかせられたものだった
 
 ∧∧
( ‥)官僚、軍隊、市民、
    この三者から歓呼で
    承認された者こそが
    正式な皇帝である。
    そういう時代になったと
 
  (‥ )戦場でキャリアを積む、
      軍隊のみの選挙で
      指導者が選ばれる
      専門的な官僚を作り出す
      こういう血みどろの段階を
      経て、何世紀もかけて
      官僚、軍隊、市民が
      三者鼎立して分業して
      指導者を選ぶ仕組みが
      出来たのよな。
 
 ここまで単純にいっていいものか、とはいえ、そういう側面はあったらしい。
 
 三者の歓呼を受けてある指導者は言ったという。あなた方は正統な権利を行使し、私を選んだ、と。
 
 ローマは、オスマン・トルコに滅ぼされたから、こういう仕組みは直接、近代、現代には受け継がれなかった。だけどもどっちにしても似たようなもんだ。クーデターばかりおこる国や時代、指導者の権限が法律だけでは制限できない時代、そんな時期がどこの国にもあったじゃないか。指導者とはこうあるべき、軍隊の役割はこうあるべき、専門化した集団はこう動くべき、官僚とはこういうものである、そういう長い試行錯誤があってこその現代の社会とその仕組みだ。
 
 だからこれを踏まえてひるがえるに、総理から戦場へ、これは裏を返せば、こうした長い血みどろの試行錯誤を全部ひっくり返して、私たちの主権は戦場にいった人にこそ白紙委任します、と主張するに、結果的に等しいのではないか? 
 
 ∧∧
(‥ )書いたご本人は
\‐  そういうことを
    言っているわけじゃ
    ないんでしょうけどね
 
  (‥ )だが結果的には
      そういうことだろ
      だからさ、言うのよ
 
 色褪せていると。
 
 

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