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2015年2月14日土曜日

砲弾型おっぱいキモオタ仮説がただの偏見であるのは...

 
 人間はまず思いつき、そして、その思いつきに沿って物事を解釈する。
 
 ∧∧
(‥ )ただの論点先取だとも
\‐  いえるし
    答えありきに
    偏見を強化しているだけ
    だとも言える
 
  (‥ )でもそうしないと
      一歩も前には
      進めないのだ
 
 朝起きた時、今の自分は昨日の自分と同じである、これは論理では正当化できない。経験でも正当化できないだろう。
 
 
 今朝の自分は昨日の自分と同一人物であろう。つまりこれはただの思いつきだ。
 
 ∧∧
( ‥)ただの根拠の無い思いつき
    という点では
    それは偏見と同じだよね
 
  ( ‥)人が曰く
    ‐□”世の中には自分の偏見を
      理屈で語って、それを
      論理だと言う人がいる”
      この指摘は
      表面的に言えば
      それは当たり前でしょ
      ということになる
 
 ∧∧
(‥ )でも言わんとすることは
\‐  なんか分かるよね
 
  (‥ )思いつきを
      後付けの理屈で正当化する
      そこまではすべてが同じだ
      それが人間の思考であり
      それが推論の原点だ
      だけど
      そこから先で違いが
      出てくる
      それを言いたいわけだな
 
 例えば、
 
 日本の漫画やアニメに出てくるおっぱいはすべて砲弾型、半球型である
 
 これはおかしい、現実には重力で垂れるはずである
 
 ははーん? 漫画家やアニメーターはキモくて、もてない男だから、本物のおっぱいを見たことがないんだね?
 
 ∧∧
( ‥)ここまでは思考としては
    ありだってことですね
 
  (‥ )問題はこの仮説は
      すぐ壊れてしまう
      ことにある
 
 アンコールワットの女神像=>https://www.google.co.jp/search?q=アンコールワット%E3%80%80女神像&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=IbxZUuTJHoOpkAWZmYEI&ved=0CAcQ_AUoAQ&biw=1037&b…
 
 インドのカジュラホ=>https://www.google.co.jp/search?q=khajuraho&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=8rpZUvqIKYO5iQfO-4CwDg&sqi=2&ved=0CAcQ_AUoAQ&biw=1037&bih=800&dpr=1…
 
 アジャンター寺院=>https://www.google.co.jp/search?q=ajanta+female&biw=1010&bih=766&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=R_feVNfnJce1mwWq7YGAAQ&ved=0CAYQ_AUoAQ
 
 ∧∧
(‥ )どれも全部砲弾型の胸
\‐  おたくは
    おっぱいを見たこと無い仮説は
    これらの反証によって
    容易に棄却されてしまう
 
  (‥ )寺院を作った男共は
      女の裸を見たことが無い
      キモオタだったかも
      しれないじゃないか
      そう言い逃れることは
      出来るけどな
      分が悪いよね
 
 さてもさてもそれを考えるに、偏見を理屈で固めているだけなのに、それを論理的な思考と称する人間が多い、という言葉は次のように翻訳できるのだろう。
 
 思いつきを後付けの理屈で説明するのは思考の基本だが、簡単に壊れてしまう思いつきを堂々と述べるというのは、普遍性を持たないお前だけの思いつき、つまり偏見だとみなされる。容易に破壊される思いつきを仮説として提出するな。
 
 ∧∧
(‥ )まあそういうことだろうと
\‐
 
  (‥ )端的に言うとな
      おっぱいは
      重力で垂れるのが正解!
      とドヤ顔で言ってる奴には
      お前は
      今まで美術の教科書とか
      読んだことないんかい?
      お前の今までの人生の
      読書経験って何だ?
      そう突っ込めば良いって
      ことだろうね
 
 つまり、砲弾型の非現実的おっぱいを描くのは裸を見たことが無いキモオタだから仮説は、ただの偏見である。
 
 それは論の展開が後付けの理屈だからではない、あまりにも簡単に壊れてしまう仮説なので、それゆえに普遍性がないからだ。
 
 ちなみにおっぱいの表現にはもっと色々なものがありうること、それは先史時代の美術を見ても分かること。

=>https://www.google.co.jp/search?q=壁画%E3%80%80飛天&biw=1010&bih=766&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=gPfeVLfKL8bVmgWYvICoDg&ved=0CAYQ_AUoAQ#tb…
 
 ∧∧
(‥ )極端に突き出た砲弾型もあれば
\‐  垂れている巨乳もあるね
 
  (‥ )見ている現実よりも
      現実にはありえない刺激に
      反応する
      超正常刺激とかだな
      人間はそれを加味して
      表現を行なっていたことが
      わかるよね
 

 例えば、女性向けの漫画の男はしばしば顎が極端に尖る
 
 では世の中の女性漫画家は、キモオタの喪だから男の顎を見たこともないのだ、ということがあるだろうか?
 
 ∧∧
( ‥)そんなことはないよね
 
  (‥ )まあそういうことだ
 
 

2015年2月13日金曜日

金がなくなれば知識は消え、おっさんだけが残るだろう

 
 ∧∧
(‥ )イスラームは
\‐  この100年、200年の間
    ずっと苦しんでるよね
 
  (‥ )それはどこも同じだな
      新世界の征服と奴隷化以来
      500年
      西欧列強の世界征服を前に
      世界は対応を
      余儀なくされたのだ
 
 イスラーム退潮の原因は宗教にあるに違いない。そう言う人もいる。
 
 ∧∧
( ‥)あなたはその見解を
    無視しますと
 
  ( ‥)精神論で因果関係を
    ‐□ 説明するのは
      説明になっていないからな
 
 この自動車、どうして走れないの?
 
 エンジンが馬鹿になったからですよ。
 
 これは答えでもないし説明でもない。
 
 
 ∧∧
(‥ )馬鹿とか堕落とか努力とか
\‐  そういう精神論で
    説明をごまかすなと
 
  (‥ )それではエンジンが
      精神で動くと言うに等しい
      そりゃ
      ただの黒魔術だよ
 
 イスラーム世界の退潮、多分、話は単純で、
 
 金が無くなった
 
 それだけのことではなかろうか?
 
 ∧∧
(‥ )新世界の征服と奴隷化で
\‐   大量の銀を安価に
     手に入れた西欧は
     それで世界経済を
     回すようになったと
 
  (‥ )その次は軍事力を背景に
      交易路を奪う
      その次は
      工業化と大量生産で
      安価な製品を輸出して
      相手の産業を破壊する
      これって単純な話だよな
 
 経済を押さえられる、武力で交易路を奪われる、安価な製品で市場を奪われ、産業を破壊される。
 
 やくざなスーパーの進出で商店街や地場産業が軒並み壊滅するのと同じだ。これは単純な現象だろう。
 
 ∧∧
( ‥)そして金がなくなれば
    まっとうな知識人が育たない
 
  (‥ )もし日本人が
      すでにイスラームに
      改宗していたとする
 
 おっさんたちはクルアーンを読まないだろうし、その意図を汲み取らないだろう。勝手な解釈をするし、おそらく田舎の、地方の風習や悪習をイスラームであると主張するし、信じるだろう。
 
 おっさんとはそういうものだ。
 
 ∧∧
(‥ )でも出版界が健在なら
\‐  教科書の消費を支える
    学校が健在なら
    専門書を読める人間も
    その人たちのための専門書も
    出版し維持できるだろう
 
  (‥ )つまり勘違いおっさんが
      大量に湧く一方で
      少数だけどまっとうな
      知識や見解も
      維持されるのだ
      間違いは正される
 
 だが産業と経済が破壊されたら、これらが全部無くなる。
 
 例えば豊かで十分な余暇があってまともな本を出す余地があり、さらにそれを読む人間がいる世界では、江戸しぐさとか水からの伝言は駄目だよ、そう苦言を呈する人が必ず出るだろう。 
 
 だがその基本が壊れたら?
 
 まともな苦言と知識は全部消える。
 
 残るのは勝手な思い込みを持ち続けるおっさんたちであり、おっさんたちは精神論と妄言しか述べないだろう。
 
 ∧∧
(‥ )日本人がイスラーム教徒なら
\‐  現在の日本の経済の低調を
    不信心のせいである
    西欧化したせいである
    そう主張するだろう
    つまりイスラム原理主義
 
  (‥ )実際には人件費が上がり
      安さで勝負できなくなり
      生活を維持するための
      商品や備品が多くて
      支出ばかりが増えた
      それだけの話なんだがな
 
 人件費と生活を支える支出の増大、経済の低調には即物的な理由がある。
 
 それにも関わらず、精神論を唱え、堕落した! 過去に戻れ! そう喚き立てるおっさんは掃いて捨てるほどいる。
 
 今の日本人はイスラーム教徒ではないけども、これではイスラム原理主義を笑うことなどできまい。
 
 言い換えると、イスラム原理主義とは単に文化の仮面が違っているだけで、あれは日本にもうじゃうじゃいる意識高い系の困ったおっさんたちだ、そう考えるべきではないのか?
 
 ∧∧
(‥ )困ったことに
\‐  経済が完全に壊れると
    出版界とか
    知識体系も壊れてしまう
 
  (‥ )そうなると残るのは
      おっさんだけになる
      どうにもならなくなるよね
 
 考えてみれば昔から不思議なことがある。科学の歴史においてイスラーム世界は非常に重要な位置を占める。メソポタミア、ギリシャ、ヘレニズム世界で発達した科学は西欧世界では壊滅した。ローマ帝国がキリスト教化した時、過去の哲学は異教のものとして伝承されなかったからだ。あるいは多分、当時の西欧世界の経済がめちゃめちゃで、伝承しようにもできなかったのかもしれない。
 
 この時、科学を伝承し発展させたのはイスラーム世界である。
 
 それはやがてキリスト教世界に逆輸入されることになる。例えばの話、コペルニクスの地動説はイスラーム天文学を地動説体系に変換したもので、アイデアこそ良いが、基本はぶっちゃけ、イスラーム天文学のぱくりだ。
 
 ∧∧
( ‥)ところがおかしなもので
    イスラーム世界の科学と
    その科学史が
    現在の中東から
    情報発信された例は
    どうもほとんど無いらしい
 
  ( ‥)俺が知らんだけかもだが
    ‐□ 知識体系が維持できず
      自分たちの遺産も
      十分に把握できない状況に
      陥っている
      その証拠かもしれないよね

  
 これはhilihiliのhilihili: 地球上のおっさんはすべて同一だと仮定し推論するの続き
 
 
 

2015年2月12日木曜日

筋力の衰えに従い動作が制御しきれなくなる仮説

 
 上の住人の足音がうるさい。響くのである。
 
 ∧∧
(‥ )2013年の終わりから
\‐  急にそうなったのだけど
 
  (‥ )だが住んでいる人間は
      変っていないのだ
  
 加齢で体重が増えたとか、そういうことなのかもしれない。
 
 あるいは男は乱暴に動く。今までしょぼくれていたのが元気になった、そういうことかもしれぬ。
 
 実際、上のおっさんは50代だが、最近、彼女が出来た。

 ただ、彼女が使う自転車は、何年も前から近辺で駐輪していたものだ。彼女は昔からいたのかもしれない。
 
 ∧∧
( ‥)彼女が出来て
    動作が乱暴になった説には
    やや無理な証拠
 
  ( ‥)ただ、最近になって
    ‐□ 二人が非常に
      親密になったことは
      確かだ
      可能性はまだあるね
 
 
 だが今日、新しい仮説を思いついた。 
 
 健康診断のため、待合室で待っているとおっさんが入ってきたのである。念のために書いておくと、上の部屋のおっさんとは別人なのだが、このおっさん、足がどすんどすんとうるさい。響くのだ。
 
 ∧∧
( ‥)体が大きいということも
    あるんだけど
 
  (‥ )でもなあ
      あれは動作が制御し切れて
      いないんだと思うな
 
 動きが、ほんのわずかではあるが、ぎくしゃくしているとでも言えば良いか。
 
 歩くことは転ぶことに似ている。足を踏み出した時、前のめりになった体を受け止める。足の筋肉を使い、関節を動かして倒れそうな体を制動するのである。しかし、ぎくしゃくしているおっさんの動きはそうではなかった。骨という支持構造そのもので無理に動きを押さえている、そんな感じであった。
 
 つまり筋肉の力で制動していないようなのである。体の揺れ幅も大きいように見えた。
 
 ∧∧
(‥ )あの動作だと
\‐  重さを直接床に伝えちゃうよね
 
  (‥ )同じ待合室にいて響きを
      感じるわけだからね
      強烈だよな
 
 原因は多分、筋力の衰えではないかと思う。筋力があれば、動作を制御しきれるだろう。
 
 ∧∧
( ‥)つまり
    上の部屋のおっさんも
    筋力が低下して
    動作が制御し切れなくなった説
    だから足音が響く
 
  (‥ )ある時点から急にそうなる
      それは時間経過に従う
      変化だよね
      おっさんに影響を与える
      時間に関する変化
      それは加齢だと考えるのが
      妥当だよな
      そして足音は動作に
      関連するものである以上
      原因は体力の衰えである
      これはありうる話
 
 確かに、自分も思い当たる節がある。若い時と比べると、動作の制御にやや無理を感じることがあるのだ。それもあれだ、動作の最後に力が抜ける、最後まで制御するのを体が放棄してしまう、そんな感覚。
 
 ∧∧
(‥ )動作の大部分は
\‐  これまで通りだから
    自覚しにくい変化かもね
 
  (‥ )どうしたもんかなあ
 
 
  
 

地球上のおっさんはすべて同一だと仮定し推論する

 
 例えば日本人がイスラームに改宗したとする。
 
 ∧∧
(‥ )改宗してもおっさんは
\‐  おっさんのまま
    でしょうね
 
  (‥ )イスラーム教徒に
      なったのだから
      一夫多妻だ
      フリーセックスだ! とか
      言い出すのだろうな
 
 時間も愛情も経済的にも夫人の扱いは平等にしなければいけないのだから、愛人と奥さんに費やすお金も時間も愛情も等価にしないと駄目だよ? 
 
 そう言われたら
 
 ∧∧
( ‥)クルアーンには
    一夫多妻して良い
    そう書いてあるんだ!
    とか
    言い出すのでは?
 
  (‥ )おっさんは好き勝手に
      物事を解釈するからな
 
 というか、日本人がイスラームに改宗しても、誰もクルアーンを読まないだろう。
 
 ∧∧
(‥ )そもそも神の啓示であるから
\‐  言葉が下された時の言語
    アラビア語のままだからね
 
  (‥ )とはいえ和訳もあるのだが
      おっさんは和訳も
      読まないよな
 
 せいぜい良いところ、超訳クルアーン、とかそういうぺらい新書を読むのが精一杯だろう。
 
 ∧∧
( ‥)...それは良くないことだよね
 
  ( ‥)じゃああれだ
    ‐□ 法学者山田太郎さんが
      教えるクルアーンの極意
      とか
      ビジネスに役立つ
      クルアーン50の教え
      とか
      そういう体裁に
      なるだろうな
 
 それがどんな結果を生むのか? と言ったら言わずもがなだろう。
 
 今、身の回りにいるおっさんのだるい主張の根拠がなんちゃってクルアーンになるだけで、中身は改宗前と変りあるまい。
 
 サービス残業も勤労奉仕の義務もクルアーンに認められている、とかそういうことを言い出すに決まっている。おっさんとはそういうものだ。
 
 ∧∧
(‥ )日本が50年前に
\‐  イスラームの改宗していたら
    今のおっさんたちは
    日本の景気が悪いのは
    現代日本と若者が
    不信心だからだ
    そう言い出すでしょうね
 
  (‥ )まあそうだろうね
      そしてこれは
      イスラム原理主義だよね
 
 
 人間は精神論に頼りたがる

 これまでうまくいった、だけど今はうまくいかない、これは堕落したせいだ、
 
 おっさんはオカルト的な発想にたどり着く。
 
 そして、おっさんたちは理解もしていないのに自分が理解していると信じている信念に回帰しようとするのである。
 
 日本人がイスラームに改宗していたら、昨今の不景気を精神的な堕落が原因だと考えるだろう。そうして、クルアーンを読むことも無く、その意図を汲むでも無く、単に自分がこうだと思い込んでいる思い込みに回帰するであろう。それはビジネスに役立つクルアーン50の教え、とか、クルアーンでみるみえる増収、とか、そういういい加減で恣意的な本から得た知識だろう。
 
 地球上、あまねく存在するおっさんは、平均すればすべて同じである。おっさんはおっさん以外の何者でもない。
 
 なれば、地球上どこでも、おっさんは同じことをするのだ。後は経済的に困窮しているか否かで行動が決まる。
 
 ∧∧
( ‥)そう考えると
    イスラム原理主義は
    分かりやすい
 
  (‥ )あれはおっさんの
      なせる業ですよ
 
 あるいは、回帰を叫ぶおっさんと反対に、イスラーム世界が混乱するのはイスラーム自体に問題があるのではないのか? あれが古い教えだからではないのか? イスラーム自体に内包された宗教的な問題があるせいなのだろう、そう考える人も同様だ。
 
 そう考える人は立ち位置こそイスラム原理主義と真逆だが、発想がオカルト的な精神論である点では同じである。
 
 地球上のおっさんがすべて同一だと仮定すると以上のようなことが成り立つ。この仮定は乱暴すぎるが、人類の遺伝子がほとんど同じことを考えれば、平均値としては成立しよう。
 
 ついでに言うと、女性も歳を取るとおっさん化するのである。
 
 人間はオカルト的な発想しかできず、それは物事をうまく解決できず、それゆえに必ず考えをこじらせる。
 
 
 

新しい呼称を使うにはエネルギーがいる それが壁になる

 
 ∧∧
(‥ )イスラム国という呼称を
\‐  使って欲しくないと
 
  (‥ )まあそりゃそうだな
      呼称はISILか
 
 確かに、先日も公園で聞いたように、公園にたむろする老人たちの話し声には、
 
 宗教の恐ろしさ
 
 という台詞があったのだから、イスラム国とかそういう誤解をまねくような名称は使うべきではないのだろう。
 
 今、戦争をしている相手がイスラーム教徒である、老人はそんな風にしか考えないだろう。
 
 歳だから、代謝が落ちているし、何もかもがしんどいのだ。老人に新しい物事を理解することに回すエネルギーなど残っていまい。
 
 ∧∧
(‥ )実際には
\‐  宗教と言っても
    産まれた時からあるのだから
    その地域の人にとっては
    ただの常識や道徳なんだけどね
 
  (‥ )長く広い地域を治めた
      宗教だしな
      教義の内容も
      ありきたりで常識的で
      普通だしね
 
 
 まあ、確かに違和感を感じる風習などもあるが、それを言ったら日本人は魚を生で食べ、切腹し、介錯して首を切り落とすのである。違和感はお互い様だろう。
 
 ∧∧
(‥ )でもマスメディアは
\‐  イスラム国の呼称を
    使い続けていると...
    マスメディアの
    こうした態度は
    ムスリムの立場よりも
    政権批判を優先した
    卑劣な態度ではないのか?
    という解釈もありますね
 
  (‥ )どっちかというと
      何も分からんだけだと
      思うのだけどな
 
 例えば1991年、ユーゴスラビアで紛争が起き、内戦が勃発した時、マスメディアはユーゴ内部の様々な民族、宗教、集団を説明する際、
 
 モスレム人、モスレム人、
 
 という名前を連呼したのであった
 
 モスレム人? まるでムスリムみたいな名前だな。そう思って聞いていたら、イスラーム教徒だと言うではないか
 
 ただのムスリムじゃんよ、なんでモスレム人なんて民族名っぽく使っているのだ? マスメディアの連中って一体全体なんなのだろう?
 
 しかも、彼らはずいぶん長くこの名称を使い続けるのである。
 
 これは意図的であったか?
 
 いやあ違うだろう。だってこの名称を使うことに何の政治的利益も見えてこない。
 
 ∧∧
( ‥)なにも知らないだけだと?
 
  ( ‥)文系だから理系のことは
    ‐□ 分からんとか
      ああいう連中は
      言うけどさ
      あれ嘘なんだよね
 
 マスメディアとか知識人とか文化人、奴らは文系のことすら知らんのである。
 
 
 *一応、以上の問題を好意的に解釈すると、当時、ユーゴスラビアは世界で唯一、回教民族、つまりムスリム民族という表現を公式に採用していた国であったそうだ(例えば「トルコのもう一つの顔」pp128)。当時のマスメディアがモスレム人、モスレム人と連呼したのはそのせいかもしれない。
 
 ∧∧
(‥ )でもそうだとしても
\‐   ユーゴが使う呼称を
     右から左へ運んだだけ
     だってことになるね
 
  (‥ )まあ、歳だな
      40過ぎた奴に
      新しいことなんか出来んよ
 
 新しい概念、新しい名詞、新しい属性、新しい関係、これに振り向けるエネルギーは、40代以上にはもう残っていない。そして巨大で安定的な組織にいれば、給料は一定だ。だとすれば自分のポイントを上げるには何もしないのが最適解である。
 
 歳を取り、余力が泣く、最適解は何もしないこと、ただ右から左へ最低限度の運搬をするだけになる。これに人間が抗う術などない。理解は凍りつき、考えがただのおうむ返しになるだろう。それが歳を取るということだ。



人間を妄想で語る人

 
 論理的に考えることが大事である。そう主張する人に、では昨日のあなたと今日のあなたが同一人物であることを論理的に証明してください。
 
 そう問うたら、彼は怪訝そうな顔をして、そして別の話を始めた。
 
 ∧∧
(‥ )そんな分かり切ったこと
\‐  証明するまでもない
    そう思ったから
    怪訝そうな顔をしたの
    でしょうね
 
  (‥ )でも別の話を
      始めたということは
      自分はうまく説明できない
      そのことに
      気づいたのだろうな
 
 実際、昨日の自分と今日の自分が同一であることを証明せよ、と言われたら困る。証明のしようがない。
 
 ∧∧
( ‥)どうでも良いんだよ
    俺は俺だ
 
  (‥ )実はそれが正しい答えだな
 
 厳密に正しいとは言い切れないだろうが、これがほとんど正しい答えだろう。
 
 昨日の自分と今日の自分が同一であると俺は認識している。
 
 これは論理的な発想ではない。だがそれ良いのだ。そもそも昨日の自分と今日の自分が同一であることを証明することなどできない。演繹でも、多分、帰納法でも無理だろう。だがしかし、そんな方法論なんか人間は必要としないのだ。
 
 結論を勝手に持ってきてしまえば良い。
 
 俺は俺だ。
 
 ∧∧
(‥ )それに自分が自分でないという
\‐  証拠もないよね
 
  (‥ )勝手に持ってきた結論でも
      証拠と整合すればそれで
      良い訳だ
 
 昨日の自分と今日の自分が同一でないという証拠がない限り、俺は俺だ。
 
 この時、証拠との整合というのもまた論理ではない。矛盾点はあるが整合性が高ければ正しい、なんていう証明は数学にはない。
 
 ∧∧
( ‥)つまり人間の基本動作は
    証明とか論理とか
    ロジックとか
    ほとんど使っていない
 
  ( ‥)だから
    ‐□ ロジカルシンキングとは
      ただのポーズだな
      格好付けだし
      単なる無駄な
      ファッションだ
 
 だがこれは奇妙なことを示している。
 
 プラトンもそうであったのだろうが、人間の中で”頭が良い”とされる者たちは、どういうわけか論理に執着したのであった。
 
 ∧∧
( ‥)でも人間の基本動作は
    以上のように論理なんかでは
    まるで説明できない
 
  (‥ )プラトンが
      毎朝、毎朝、起きるたびに
      自分が昨日と同一で
      あるかどうか?
      そんなこと悩んでいたとは
      思えないよなあ
 
 つまりこれは明らかに変なのだ。
 
 論理的には自分の同一性を確保できないのに、論理的であることを格好よいと思って日常を過ごしている人間がいる。
 
 これはいかなることか?
 
 ∧∧
(‥ )多分、
\‐  他の人とちょっと違うだけ
    なのだろうと
    その違いが論理への執着と
    頭の良さを生むだろうと
 
  (‥ )だが実際には論理を
      把握していないわけだよ
      
 だから、彼らが執着しているのは、実は論理ではない。もっと別の何かに執着していると考えるべきだろう。
 
 それは何だろう?
 
 例えばそれは、設定と定義かもしれない。
 
 ∧∧
( ‥)論理は文法でしかない
    文章には名詞が必要だ
    名詞は分類だ
    分類は定義である
    定義は一律である
 
  (‥ )一律な定義で考える
      もっともらしいけどな
      これはごく単純な系しか
      扱えない
 
 陽子や中性子は一律に扱えるが、元素は同位体が存在する以上、一律には扱えない。化学物質になると光学異性体があるし、酵素になると同種であってもアミノ酸の配置が違うし、性質も同じではない。
 
 一律な定義は本当にごく単純な系でしか役立たない。
 
 現実がこうである以上、一律でないものを一律に定義して理解しようとしてもうまくいかない。これは理解の失敗に他ならない。
 
 ∧∧
(‥ )でもテスト勉強は
\‐  出来るかもしれないね
 
  (‥ )そうしてそこそこな
      地位にいけるかもな
 
 だが、そこから先は駄目だ。一律でないもの。例えば人間がそうだ。人間は同一の遺伝子を持つものではない。交配によって無数の変異が離合集散するネットワーク、それが人間だ。人間は均一な機械ではない。人間は一律に定義できない。
 
 一律でない人間を一律に理解しようとする。それは理解の失敗だ。
 
 そこそこな地位にいけても、そこから先はもう無理だ。人間は社会性の動物である。その中で勝ち抜くには人間を理解する必要がある。一律に物事を理解しようとする人間は、理解に失敗するがゆえに、その出世には限界があるだろう。彼らは挫折する。そうして世の中を憎むであろう。
 
 人間はこうあるべきなのに、なぜかそうではないと。なぜだ、お前らおかしいと。
 
 ∧∧
(‥ )それが古代から連綿と
\‐  起こっていることであると
 
  (‥ )プラトンは挫折し
      世界を支配したのは
      ローマ人だった
      マルクスは挫折し
      世界を支配したのは
      頭脳も持たぬ
      資本主義だった

 何が起こったのか、それは明白であろう。論理的な人間はそこそこな地位にまではいけるが、理解の根幹に欠陥があるため、それ以上には進めない。

 彼らは挫折するが、なぜ挫折したのか分からないので世界と人間を憎むのみであろう。そして実際どうもそうであった。
 
 ∧∧
(‥ )それに受験って
\‐  実は論理人間を選抜する
    場所じゃないんだよね
 
  (‥ )つまらない退屈な書類を
      数十万語読んで
      その内容を理解するとか
      それを踏まえて
      妥当な文章を書くとか
      そういうことが
      出来る人間を
      選抜してるんだよな
 
 つまり、受験の目標は、論理だけでなく、一律でない人間とそれが織りなす複雑な有り様をそれなり扱って事務処理できる人間を選抜することにある、そう考えるべきだろう。
 
 ∧∧
( ‥)そうである以上
    一律な定義や暗記とかが
     得意で
     得点をたたき出した人は
     そこそこな地位には
     いけるけど
     挫折するのであると
 
  (‥ )才能が中途半端なんだよ
 
 実際、マスメディアとか知識人とか、彼らの恨み言ってそういうことではなかろうか?
 
 自分の正論で人を切っているばかりで、自分の理解を現実に合わせて対応しようとしたりしない。いつも悪いのは社会と他人である。
 
 そんな人間は才能が中途半端であるがゆえ、使い道が限られているだろう。
 
 そして彼らの論理はいつも奇妙に一律である。そして彼らは人間のあるがままの姿を否定し、自分が考えた理想人間に基づいて現実を語るのだが、それはほとんど妄想なのだ。
 
 
      
 

2015年2月11日水曜日

空気を読めないとはプログラムが未実装です

 
 なんで日本は空気を読むことを強制される社会なんだよ?? 気持ち悪いよ!
 
 ∧∧
(‥ )...と怒り叫ぶ人が
\‐  おりますよ、と
 
  (‥ )空気を読むとは
      他人の行動を
      推し量るということだ
 
 他人の行動を推し量れるとは、相手の行動や考えを把握できるモデルや仮説を持っているということに他ならない。
 
 ∧∧
( ‥)つまり?
    空気を読めない人は
    そういうプログラムが
    実装されていないと?
 
  (‥ )はい
      人生詰みました
 
 それはエンジンの仕組みが分かっていないのに自動車の整備士になるようなものである。
 
 空気を読めない。そんなことではどうにもなるまい。
 
 ∧∧
(‥ )あなたも空気読めないけどね
\‐
 
  (‥ )だからここにいるのだろ?
 
 空気を読めないのなら、そこから出て行けば良いではないか、簡単な話である。
 
 だがしかし、空気を読むことを強制されているんだ! と叫ぶ人はそれが出来なかった。
 
 ∧∧
(‥ )怒っているとは
\‐  包囲されているって
    ことだからね
 
  (‥ )立ち位置がさ
      中途半端なんだよね
 
 仕組みが分かっていないのにそこにいる。
 
 仕組みが分からないからうまくいかない。
 
 仕組みが分かっていないのに他人のせいにする。
 
 だがそれでもそこにいる。
 
 そこいるから愚痴をこぼす。
 
 その立ち位置はちょっと中途半端すぎるであろう。
 
 
 
  
 

気持ち悪いでは優生学と同様

 
 自己責任の下に人を排除しようとする。皆に迷惑をかけるものは死ねと言わんばかりの言動。この気持ち悪さは、弱者を排除しようとした優生学に似ている。
 
 ∧∧
(‥ )弱者を排除した人を
\‐  気持ち悪いと排除する
 
  (‥ )やってること
      同じやがな
 
 気持ち悪い、とは、自分の気分を害するものは排除して良い、という理屈になる。
 
 そんなもの、優生学と何が違う?
 
 お前が提案している道徳とは、一体、どのような新しい排除の理論であろうか?
 
 それであなたは、こんどはどんなガス室を作るおつもりかな?
 
 
 
 

カストル、それは六つの太陽

 
 ふたご座のα星カストルは二重星である。
 

 








 ∧∧
(‥ )スケッチすると
\‐  こんな感じですか
 
  (‥ )自分が描くと
      こんな感じだなあ
 
一応、googleのリンクを貼るとこんなである

=>https://www.google.co.jp/search?q=castor+double+star&biw=918&bih=751&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=rVDaVPjDM5Ki8AWEyoCIBA&ved=0CAYQ_AUoAQ
 
 写真もあればスケッチもあるし、あるいは、全然別の星の画像もあるけども
 
 ∧∧
(‥ )星の周囲に回折リングが
\‐  見えているわけだね
 
  (‥ )望遠鏡で星を拡大すると
      光が干渉し
      星はリングに囲まれて
      見える
      これがきれいに見える時は
      良い空だけども
      ここらじゃなかなか
      厳しくてな

 
 それでも今日はそこそこ良い空で、それでスケッチしたのであった。
 
 そして実のところこのカストル、三重星である。
 
 明るい二重星、カストルAとカストルBの南、画面でいうと右へ少し離れた場所に暗い星があるが、これがカストルC。
 
 ちなみにスケッチのさらに上にある暗い星は関係ない。
 
 それはさておき、実はこのカストルC、赤色矮星だそうだ。
 
 ∧∧
( ‥)カストルって
    地球からの距離が45光年も
    あるんだよね?
 
  ( ‥)まあ近い星だけど
    ‐□ こんな距離の赤色矮星が
      見えるってのは
      ちょっと意外だな
 
 もっとも、矮星と言っても重さは太陽の半分ぐらいあるらしく、結構、大きなものなのかもしれない。だからこんな距離でも見える、そういうことやもしれぬ。
 
 ∧∧
(‥ )知らないうちに
\‐  赤色矮星を眺めて
    スケッチしていたわけだね
 
  (‥ )こんなところに
      赤色矮星があるのは
      知らなかったよなあ

 
 そして実のところ、このカストルA、B、C、これらの星は三つとも、それぞれが二重星である。いずれも分光的な観測でしか分からないぐらい接近した星だけども、カストルは六重星なのだ。
 
 ∧∧
(‥ )六重星系を見たのは
\‐  初めてですね
 
  (‥ )以前、カストルを見た時
      二重星には見えないなあ
      と思っていたが
      倍率が200倍なら
      分かるな
      カストルCも実は
      知らずに視界に入れていた
      わけなんだよね
 
 そしてこのカストル、小説、「二十億の針」に登場した、人間に寄生する宇宙人の故郷と設定された星であった。
 
 ∧∧
(‥ )まああれだよね
\‐  話が出てくるのは
    続編である一千億の針だけど
    異星人の故郷は
    六つの太陽を持つ
    地球近隣で
    そんな星系と言ったら
    カストルだよね
    そういう展開でね
 
  (‥ )手持ちの資料によると
      カストルAから見た時
      カストルBは
      100メートル先にある
      4センチの円なんだよな
 
 ∧∧
( ‥)じゃあ丸く見えますね
 
  (‥ )点じゃないことは
      分かるよね
 
 カストルAを廻る世界が地球のようなものなら、それは人類からすれば壮観な空だろう。

 その惑星の朝には二つのぎらつく太陽カストルAが昇る。お互いにめぐりあい、日をおって配置を変える二つの太陽。二つの太陽が重なって触を起こすのならば、一時、星は涼しくなるのかもしれない。
 
 天空には他にも太陽がある。輝きに劣るが、やはり互いに回りながら光る、二つの小さな太陽カストルB。こちらは日々、地平線から昇る一方、星座の中を動く歩みは遅い。その惑星の一年の中では、カストルAが照らす明るい昼間に昇る時もあれば、カストルAが沈んだ夜に昇り、カストルBが世界を明るく照らす季節もあるだろう。

 一方で、歩みは遅いがカストルBも星座の中を動いている。地球時間で言うと1年間に1度ほど、手を伸ばした時の指先の幅ぐらいだ。ほんのわずかな動きだが、300年か400年あれば天空を一回りする。
 
 そして、太陽というよりは非常に明るい星にしか見えないが、カストルCが赤っぽい光を放ち、そうしてお互いにくるくると巡りあっている。カストルCも惑星の自転に従い、地平線から昇る。しかし、あまりにも離れているので星座に対しては動かない。動いているのだが、1万年以上もかかるのだ。それでも、お互いがせわしなくめぐりっていることは地上からも見えるだろう。天の中で星がまるで時計仕掛けのように動く。その周期は地球時間で19時間と30分である。
 
 ∧∧
(‥ )あっちの太陽のもとでは
\‐  そういう光景が日々
    繰り広げられているのだと
 
  (‥ )かなわぬ願いだが
      見てみたいものだな
 
 
 
 
 HPコンテンツとしてまとめるとこちら=>Untitled Document
 



2015年2月10日火曜日

皆と同じことをしなさい

 
 生き残りたいのなら、みんなの後をついていくのはやめなさい。
 
 ∧∧
(‥ )...という意見
\‐  
 
  (‥ )無責任な奴だな
      死ねって言っとるがな
 
 ∧∧
( ‥)皆と同じことを
    するのが一番?
 
  (‥ )みんながあるひとつの
      行動をする
      誰かの後になんとなく並ぶ
      これがもしも
      生き残れない行動だったら
      生き残るのはばらばらで
      自分一人で行動する
      奴だけになる
 
 つまり、もしも冒頭の意見のように、なんとなく並ぶ、周囲と同じことをする、これがうまくいかない行動であるというのなら、人間はすでにそんな行動をしないようになっているだろう。
 
 ∧∧
(‥ )でも実際にはそうではない
\‐  これはつまり
    皆が周囲に合わせる
    なんとなく前の人に並ぶ
    周りをまねする
    それで良かったから
    そういう行動をする者が
    残った結果であろう
 
  (‥ )すでに答えは
      出ているわけだ
      もちろん
      こういう行動がいつも
      正解とは限らん
      だがいつも正解である
      正解なんてこの世にない
 
 だとしたら確率的に何かを言えるだけであろう。
 
 そして確率的な計算はすでに行なわれたはずである。
 
 ∧∧
( ‥)つまり今の方法論が
    すでに結果のはずである
 
  ( ‥)みんなと同じことを
    ‐□ するべきなんだよ
 
 もちろん、確率的な答えであるのだから、いつもそれが正解ではないし、皆と同じことをしなければならない、でもない。
 
 だが生き残りたいのなら皆の後に並ぶな、というのは明らかに言い過ぎであるし、そして不正解だろう。最低限、賭けるにしてはかなり分が悪いと言える。
 
 ∧∧
(‥ )でもこういう文章は
\‐  必ず現れるよね
 
  (‥ )世の中には
      空気読めない奴が
      一定数いるから
      そういう連中向けに
      売っている言葉かも
      知れんな
 
 言葉があり、それが流布するとは、それもまた現実の結果である。需要があるから供給があるし、供給されるとは需要と消費があるわけだ。
 
 ∧∧
( ‥)でも?
    皆が最適な解に沿って進む
    水であるのなら
    そこから離れるのは
    山登りと同じ
    つまり体力を消耗する
    行為であるはず
  
  (‥ )それを考えるとさ
     皆と同じことをするな!
     という言葉に群がる連中が
     山登りをしているとは
     思えないんだよね
 
 山登りをしている人は、止むを得ず山登りをして、経路を探しているのである。疲れているのである。そんな脇で、皆と同じことをするのは愚かです、と力説する奴がいたら、鬱陶しいなお前と、谷底へ蹴落とすだけだろう。
 
 山登りの最中には現実があるだけで、夢だの理念だの、そんな暇人の妄想を抱いている暇はない。そんなもの役に立たないのだから。確かに谷底では見れなかった景色もおがめるが、それもまたどうでも良い話である。
 
 ∧∧
(‥ )すると皆と同じことをするな
\‐  そういう言葉を消費する人とは
 
  (‥ )実際には安全圏にいて
      不平不満を抱いている
      人間じゃねえか?
 

      

アウェイの中で自己責任とな? それが自由の忌まわしさ

 
 ∧∧
( ‥)なに?
 
  ( ‥)漫画、絶望先生が
    ‐□ アニメ化された時にさ
      黒板に文字が書いてあって
 
 この世はアウェイ 

 
 ∧∧
(‥ )確かアニメの黒板の文字は
\‐  原作者である
    久米田さんの直筆だとか
 
  (‥ )この世はアウェイ
      すばらしい言葉だよな
 
 個人にとって自分が最優先であるが、周囲の全員が同じことを考えるため、自分から見れば自分以外の全員が自分の敵に回っている状態となる。しかも、これは基本的に全員同じである。
 
 ∧∧
( ‥)なんですかね
    この世界は
 
  (‥ )しかも自由がある以上
      誰もが選択肢を選ぶ
      そしてその結果は
      自己責任なのだ
      アウェイの中でそれって
      もう最悪だよね
 
 アウェイの中で自己責任を追求される。自由とはそういうものだ。そうである以上、とてもじゃないが素晴らしいと評価出来るようなものではない。
 
 ∧∧
(‥ )なにを言うか
\‐  自由を手にするために
    どれほどの努力が...とか
    食ってかかる人がね
    いるだろうね
 
  (‥ )そういう奴もあれよ
      酒飲んで愚痴るのよ
      だから
      真面目に聞くような
      意見じゃねえな
 
 
 これはhilihiliのhilihili: 自由は隷属なり そして泣く自由が最後の権利の続き
 
 
 
 

自由は隷属なり そして泣く自由が最後の権利

 
 ∧∧
( ‥)自己責任というと
 
  (‥ )自己責任というと
      例えばだな
 
 ガンは切らずに直ります。抗ガン剤も必要ありません。
 
 これを買って、読んで、信じて、そして実行した人は、その結果を自己責任で負うべきであろう
 
 いや、実のところこれも正確ではない。べき、うんぬん以前に、単純な話で、他の誰も責任を取れないのだ。
 
 例えば、分かった、じゃあ君の身代わりに僕が死のう! と言ってくれる人がいても、ガンの進行は止まらない。他の誰でもない、結果はまず第一に自分にのしかかる。
 
 べき、の問題ではないのだ。現実はそのように進行する。ただそれだけである。
 
 ∧∧
(‥ )ガンは切らずに直る
\‐  そんな本を読んで死んだ人に
    でも、それは
    自己責任だよね?
    そう言ったら
    激怒する人いるだろうね
 
  (‥ )そりゃ怒るだろうな
      でも困ったことにさ
      自分で買って
      自分で読んで
      自分で信じて
      自分で実行した
      わけだがな
 
 例えばの話、この状況でだ、出るところに出て、果たして勝てるの? という問題である。
 
 それでもしかし、人によっては言うであろう。
 
 なぜこんな本を出版社は出すのか?
 
 責任を感じないのか?
 
 ∧∧
( ‥)責任を感じますか?
 
  (‥ )俺はそんな本を
      書いたことはないけども
      責任を取れと言われたら
      やりようはあるな
 
 全ての人に四ヶ月に一度、テストを受けさせる。その得点に応じて人間をランクに分け、それぞれのランクに応じて読むべき本と、読んで良い本と、読んではいけない本をそれぞれ決める。
 
 あなた、Dランクですね? ではこの本を読んでください。読まなくちゃ駄目かって? あのね、あなたいいですか? これは義務なのです。後日、レポートの提出があります。感想文ではありませんよ。レポートですよ。合格できたら説明を受けることができます。
 
 えっ?? 今、説明を受けたい? いや、それは駄目です。
 
 はあ? 別のお医者さんの意見を聞きたいし、他の本を読みたい????
 
 何を言っているんですかあなたは。
 
 あなたDランクでしょ? 馬鹿なトンデモ医療を信じて鵜呑みにしちゃうでしょ? それで死んじゃうでしょ? そんなことはさせませんよ。勝手に読むのも駄目ですよ。もしも許可無くDランクのあなたがそんな本を読んだ場合、逮捕されて、処罰されて、Eランク行きですからね。
 
 ∧∧
(‥ )...まあこれなら
\‐  責任ある対応ですかね
 
  (‥ )自己責任も取れない奴に
      自由に本を選ぶ自由なんか
      与えられるわけが
      ないからな
      判断の自由も無い
      考える自由も無い
      その代わりに
      死ぬ自由も
      行使出来ないわけだ
 
 責任というのはこういうことだ。自己責任が無い世界に自由なんかあるわけがない。責任も判断もできない人間に自由など与えられるわけがない。
 
 だが、人にとってはこう言うのではないだろうか?
 
 おかしなトンデモ本を無くせと言っているのだ、と
 
 ∧∧
(‥ )でもトンデモとまっとうの
\‐  区別なんか
    一律につけられないよね
 
 (‥ )ケプラーは星占いを
     信じているが故に
     業績を上げた
     ケプラーの宇宙論は
     神秘で出来ている
     ガリレオはその反対だ
     彼は星占いを否定し
     それで失敗した
     その失敗を教会に突かれて
     彼は失脚したのだ
 
 トンデモだから一律に規制せよ、それは言論の自由の侵害だ、とか言う以前の問題なのである。
 
 トンデモでもなんでも、それは間違っていても役立つことはあるのだ。それゆえに一律に否定することなどできない。
 
 ∧∧
( ‥)ガンは切らずに直ります
    抗ガン剤もいりません
    これが役立つ側面が
    あるとは思えませんけどね
 
  (‥ )そうだろうな
      では個別の問題として
      考えてみようか
 
 ああ、しかし、ここまで来て、結局、話は振り出しに戻ってしまうのである。
 
 ガンは切らずに直ります、この手の本は、”自分で判断して自己責任を取れる大人”が買うべき場所に置かれているのだ。
 
 実際、隣にはもっとまともな本もあるのだから言い訳はできない。
 
 しかも、作者は嘘を書いているわけではない。単に間違ったことを信じているだけだ。間違っていること、これ自体は意図的な嘘ではない。つまり少なくとも意図的な詐欺にはなりえない。
 
 この状況において、この本を規制せよ、というのはいささか厳しい。
 
 ∧∧
(‥ )自由とは恐ろしいものである
\‐ 
 
  (‥ )1984年のスローガンに
      あるだろ?
      ”自由は隷属なり”
      あれは正しいのだ
      自由とは
      現実への屈服なのだ
 
 以上を見れば分かるように、自由とは、あまりにもろくでもないものである。実際、人間を自由にすると不幸になったり、あるいは死ぬのである。というか、そういうことが普通に起こる。親が、子供に敷かれたレールの上を歩かせようとするのは、実のところまったくの正論なのだ。
 
 つまり、人間を幸福にする道とは
 
 考えるな
 判断するな
 疑問を持つな

 である。
 
 ∧∧
( ‥)でも幸福の道は
    不安定なんだよね
 
  (‥ )幸福は最適解だが
      変動する世界において
      固定された最適解は
      存在しない
      我らの世界は修羅の世界
      果てしなき軍拡競争を
      続けねばならぬ
      この世界では
      考え、判断し、
      疑問を検討することが
      強制されるのだ
      そしてもちろん
      失敗したら死ぬのだ
 
 つまり諸君、これは福音である。誰もが幸福になることを一切許されないであろう。それがゆえに自由は世界に君臨し、自己責任が強制される。すべての民が自由の前に屈服し、自己責任に隷属し、呻吟するであろう。
 
 自己責任の地獄が世界に顕現するのだ。これぞ自由の道である。
 
 ∧∧
(‥ )泣きたくなるような話だね
\‐
 
  (‥ )いくら自由だ
      自己責任だ
      これは覚悟だと言ってもな
      みんな最後はつらいのだ
      格好良くは
      死ねないしなあ
      いやな世界だよね
 
 そして、愚痴をこぼし、泣く自由だけが最後の権利として残る。
 
 
 
 

2015年2月9日月曜日

知性はまるで無意味で馬鹿げており、必然性は無い

 
 ∧∧
(‥ )知性っていうのは
\‐  問いを問い続ける
    能力のことだ
    そういう見解がありますね
 
  (‥ )ああ、つまり
      知性とは壮大な
      無駄自慢ということだな
 
 やはり、この宇宙で人類以外の知的生物はいなってことなのだろう。こんな無駄自慢の器官が発達する進化。その器官の存在意義が無駄である以上、この進化は必然ではない。この進化が必然でない以上、人類以外に知的生物は存在しないだろう。
 
 ∧∧
(‥ )まあ厳密に言うと
\‐  必然でなくても
    どこかの星で無駄自慢進化が
    起こって
    知的生物が誕生する
    そういうことは
    ありうるのでしょうね
 
  (‥ )だからより正確に言えば
      銀河の恒星が1000億
      そのすべてに惑星があって
      そのすべてで
      生物が誕生しても
      そこから
      無駄自慢進化が起こって
      知的生物が誕生する確率は
      非常に低く
      銀河系に知的生物は
      まずほとんどいない
      そう言うべきなんだろうな
 
 
 分母が1000億なので、さすがに0ということはないし、少なくとも人類が存在する以上、現在のところ分子が1であるのは確実だ。
 
 ∧∧
( ‥)でもこれが10とか
    100とかならまだともかく
    1000とか1万とかには
    ならないだろうと
 
  (‥ )問いを生涯発し続ける
      これは完全に狂気のさた
      だからな

 
 問いの追求こそ知性である。ドヤ顔して言っている場合ではない、それは気が狂っているのだ。つまり狂った猿、それが人類、ホモ・サピエンスである。
 
 確かに狂気の沙汰としか思えない進化、これ自体は起こりうる。人類がそうであるし、あるいはクジャクを見れば、それは分かること。
 
 ∧∧
(‥ )でもクジャクさんの尾羽は
\‐  すでに役割を終えつつあるという
 
  (‥ )こういう必然でない進化は
      必然でないだけに
      不安定なんだよね
 
 つまり、人類も知能を二次的に失う道がありうるってことなのだろう。
 
 ∧∧
( ‥)でもあなたたちは
    この進化を440万年
    続けてきたよね?
    結構長いよね?
 
  ( ‥)どうなんだろうな?
    ‐□ 僕らホモ・サピエンスが
      誕生してから
      最低でも20万年が
      経過しているのだけどね
 
 ところが、人類が文明を築いたのは、ここ1万年の間でしかない。それも氷河期が終わった後のこと。実際には氷河期は終わっていないから、これは、一時の温暖期に手にした栄光でしかないのかもしれない。
 
 つまり、人類が技術を手にして、このまま宇宙まで進出し、知的生物として永久にやっていけるのだ、という展望を抱けるようになったのは、たまたま運が良かっただけなのかもしれない。
 
 本来だったら氷河期が存続し、文明を築くこと無く、そのまま知性を二次的に失っていたのかもしれない。
 
 あるいは今の状況も、単に足踏みをしているだけかもしれぬ。いずれ遅かれ早かれ、氷河期が戻ってくるだろう。そうしたら文明は消え去る、そして人類も知性を失う。それだけのことなのかもしれない。
 
 ∧∧
(‥ )人類は二次的に知能も知性も
\‐  失うかもしれないし
    他の惑星で誕生した
    知的生物も不安定で
    二次的に知性を失うのかも
    しれない
    すでに何度も知性は
    産まれたけど
    何度も消えたのかもしれない
 
  (‥ )やっぱ知的生物は
      この宇宙にいない
      分母が巨大なので
      厳密にはそうではないが
      存在しないという結論は
      ほぼ近似値である
      そう考えるべきだろうな
 
 考えてみれば、銀河を探しても知的生物が存在する証拠がまるで見つからない、というのはこの結論と整合的ではある。いくら銀河のチリやガスで見通せる領域が狭いとは言え、まったく見つからないというのはあまりにも否定的な証拠だ。
 
 ∧∧
( ‥)そういえばSF的な説明だと
    知的生物は乱開発をして
    すぐ絶滅する
    文明の寿命は短いから
    異なる文明の遭遇はない
    そういう解釈があるけど
 
  (‥ )それってさ
      実は知性主義者が
      世の中を蔑視して述べた
      皮肉な見解でしか
      ないんだろうな
 
 我々の文明を見よ。こんな愚かなものが存続できるわけがないではないか!
 
 これは単なる文明批判であるし、意地悪に言えば悪しき世界の欠点を指摘できる俺ってすげー、という無駄自慢であるし、あるいは安易な中二病でしかないとも言える。 
 
 言ってしまえば、このような見解は知性主義的な主張であるし、そうである以上、聞くに値しない。
 
 ∧∧
(‥ )文明批判と悲観論は
\‐  実のところ知性主義であり
    知性偏重主義でしかない
    知性の無意味さを
    認識しているわけではない
    むしろ逆である
 
  (‥ )知性ってまったく無駄だし
      知性に意味なんかないよ
      というかそもそも
      知性なんて
      ただの無駄自慢でしょ?
      そういう見解では
      ないんだよね
 
 知性がまるで無意味で馬鹿げたものであること、知性を尊ぶ人々の言動や価値観や行動を見れば明らかである。
 
 踏まえるべきはこれだろう。
 
 そしてこのことを踏まえると、知的生物はこの宇宙に存在しえない、それは必然性がなく、たまたま誕生しても不安定ですぐに消えてしまう。そういうことになる。
 
 ∧∧
( ‥)逆に言うとこの銀河には
    かつて知的生物だった
    知性を二次的に失った生物が
    いっぱいいるって
    ことですかね?
 
  (‥ )ああ、それは
      見てみたいね
      それは興奮させられるな
 
 
 人類も、遠い未来、異様な捕食者や植物食動物になって、再生した地球を闊歩しているのかもしれぬ。それはそれで壮観だろう。
 
 

      

お母さんみたいなことを言われると立場がなくなるのです

 
 少なくともあれだ。
 
 自己責任だと見捨てるな。どんなことをしてでも助けろ!
 
 それを要求として政府に突きつけた時、
 
 じゃあ渡航の自由とか制限しますね
 
 こっから先は立ち入り禁止ですよ、入ったから逮捕しますね
 
 こういうことを政府が始めた時、これを否定することが出来なくなる。
 
 ∧∧
(‥ )少なくとも
\‐  否定した場合
    言葉に矛盾が生じるのは
    確かでしょうね
 
  (‥ )自己責任だと言って
      見捨てるな
      でもこれは俺の自由だから
      好きにさせろ
      これでは
      ただの我がままだからな
      言葉の正当性が
      無くなってしまう
 
 人間はお互いの利害関係で動き、相手を推し量り評価する。
 
 確かに世の中には、親や先生にプログラムされた理念や理想のままに動き、俺の主張は理念に沿っているからこれで良いのだ、そう傲然と胸を張る人間もいるだろう。
 
 しかし、理念はただの上っ面にすぎぬ。人間関係と利害関係という根本の上っ面が理念とか理想とか道徳とか社交だ。
 
 それゆえ、理念で物事を正当化しても、人間関係という点で駄目出しされたらそれで終わりだ。同類以外は誰も支持してくれない。そして世の中の大部分の人間は理念なんかで縛られた人々ではなく、教育というプログラムの通りに動く機械でもない。大部分の人間はもっと人間的である。
 
 そういう意味でいうと、
 
 危険地帯に入ったのだから、それはその人の自己責任だろ? 恥さらしだから見殺しにして良いよ
 
 という意見に対しては
 
 まあまあ、そうおっしゃらずに。彼らが持ってきた情報をあなたも知らぬうちに見ているわけですし、それで知ったこともあるのですよ。
 
 そう言うべきなのだろう。
 
 少なくとも、自己責任なんて主張は民意がなっていないだの、それは村八分の論理だの、そんなことを言う必要はない。その手の主張は、じゃあ個人は責任を取れないのですから皆さんの自由を規制しますね、そうやって統制が始まった時にうまく反論できない。
 
 あるいはこう言う人もいるだろう。
 
 そもそもああいう連中は金のためにいったんだろ? そんなの自業自得じゃんよ。
 
 これに対してならもっと具体的に答えることができよう。
 
 さよう、自業自得です。自分の業で自分が利益を得た。それは賭けであり、その対価が金であり、あるいは名誉でしょう。とはいえですな、金のことをおっしゃるが、金が手に入る。これは重大なことを示唆しているではありませんか? 例えば100万とかそれ以上で映像が買い取ってもらえたとしましょう。なぜ買い取ってもらえるか? それは売れるからで、売れるからには需要があるのです。つまりですな、あなた方も知らずに買ってこれらを消費しておるのですよ。知らぬからといって、そう無下に否定するのはいかがなものでしょうか? あなたも彼らが提供したものを楽しんで消費していたのですよ。
 
 ∧∧
( ‥)まあなんかあれですか
    こういう言い方なら
    おかしなことをする
    フリーランスな人間も
    皆と関わりがあって
    色々な話の供給者である
    それが分かってもらえますかね
 
  (‥ )少なくともだ
      なんでもいいから
      助けろとかさ
      そういうお母さんみたいな
      ことを言われると
      フリーランスの人間は
      立場がなくなるのよね
      そういう弁護よりは
      ましだと思うのだがな


 これはhilihiliのhilihili: 見捨てられる権利を奪われるのは困るの続き
 
 
 
 
 

2015年2月8日日曜日

見捨てられる権利を奪われるのは困る

 
 
 ∧∧
(‥ )なんか
\‐  フリーのカメラマンで
    シリア入りを予定していた人が
    旅券の返納を命じられたと
 
  (‥ )ほら
      自己責任でない世界では
      こういう干渉が行なわれる
      自己責任が通らない世界は
      困るんだよ
 
 こんなことなら、
 
 えっ? 危険地帯に入って捕まった? そんなの自己責任だろ? 見捨てろよ、馬鹿馬鹿しい
 
 皆にそう言われた方がずっと良い。
 
 ∧∧
(‥ )反対に自己責任論は不当だ!
\‐  この考えの延長には
    じゃあ個人は
    責任を取れないのだから
    個人の自由を奪おうね
    そういう対応が出てくる
 
  (‥ )自己責任論は不当だ!を
      言い出した人間は
      そんなつもりは
      ないのだろうが
      結果としてはそうなるのだ
 
 
 個人が自分の責任で賭けて破滅したこと、これを皆が笑うのはどうでも良いことである。

 そりゃ笑うだろう。
 
 だがしかし、ここで誰かが言い始める。その叫びの動機は理念かもしれないし、あるいは政治利用かもしれないが、彼らは叫ぶ
 
 笑うな、あの人を見捨てるな、みんなで助けろ、そのためにはどんなことでもしなければいけない! 
 
 言っていることは立派だ。だが、こんなことになったら、全員がちょっと待てよ、と思う。
 
 まず笑っていた人間は面白くない。助けるために自分たちの税金が投入される。つまり損をする。
 
 対応するべき人間も困る。普通でさえ困るのに、政治問題になるともっと困る。対応を厳しくしなければならない。
 
 ∧∧
( ‥)そりゃ旅券も
    取り上げるだろうと
 
  (‥ )今回のことが
      ポーズなのか
      見せしめなのか
      判断なのか
      あるいはこの場合は
      ちょっと困るので
      非常手段です、なのか
      どれなのかは
      知らんけどな
 
 とはいえ思うに、政治問題にされたら問題は発生しないようにしなければならない。そうなったら、そりゃあ自由を制限することになるだろう。
 
 ∧∧
(‥ )ほくそえむのは
\‐  政治問題にした人たちや
    自己責任論は不当だと
    言い出した人たちですかね
 
  (‥ )ある意味
      彼らの言い分も
      正論ではあるのだ
      個人では責任が
      取り切れない問題に
      なってしまうからな
 
 テロリストに捕まって全世界に公開されたら、自分一人の責任ではなくなってしまう。政府も官僚も動かなくてはいけない。自分一人で責任を取る、と言っても、取り切れなくなってしまう。
 
 ∧∧
( ‥)だから自己責任論は不当だ
    という主張はその意味では
    正論なのである
    一人で取り切れない責任は
    皆で助けないといけない
 
  ( ‥)でもさ、それを過剰に
    ‐□ 言い立てて
      やたらと政治問題にすると
      個人の自由は制限される
      統制されてしまうのだ
      当たり前だよね
      個人に責任が無いのなら
      自由なんてあるわけがない
 
 確かにもとからそういう制限はあろう。それゆえ例えば、救え、救えの大合唱がなかったとしても旅券は取り上げられたのかもしれぬ
 
 だがしかし
 
 自己責任だから見捨てるとは大声では言えないけれど、やっぱり自己責任だからね。それに助けようもないし、形だけの対応をするね
 
 という世界と
 
 自己責任ではすまされない。政府は何をしているのか? どんなことをしても助けろか....、助けようが無いが、そう言われてしまったら、面倒をこれ以上起こすわけにはいかないなあ
 
 という世界とでは判断にかかる圧力に違いがある。
 
 圧力の違いはずれを生む。そのずれは統制につながるだろう。
 
 ∧∧
(‥ )こんなことなら
\‐  自己責任だよねと
    見捨てる世界の方が
    自由があるし
    ありがたい
 
  (‥ )別に自分は
     戦場カメラマンじゃないけど
     フリーの立場からすれば
     自由と自己責任と
     見捨てられる権利を
     奪われるのは困る
     おまんまが食えなくなって
     しまうからなあ
 
 危険だけども実入りがあるからいくのである。実入りが金なのか名誉なのかは知らないが、少なくとも、それは自己責任だ。これはいわば賭け事である。
 
 自己責任とはギャンブラーにとっては頼もしい味方である。だがしかし、自己責任は自分を殺す死神でもある。かように自己責任は恐ろしい、だが必要だ。もちろん、賭け事をしている連中は超人ではない。失敗すれば泣くしわめくし、助けを請うが、それが無駄であることもまた、皆、承知の上だろう。
 
 それに対して、自己責任は不当だ! と言い立てる意見はむしろ困る。
 
 味方のように見えて彼らは、問題を無駄にでかくして、責任を公共の場に持ち込んで騒ぎ立てる。そうして結果的に賭場をつぶしてしまう、駄菓子屋が立ち入り禁止になってしまう。良かれと思ってやっているが子供の楽しみを奪う、無駄に元気で口うるさい視野狭窄な母親のようだ。
 
 これは規定の線路の上を走る人生から出てくる世界観だ。
 
 自己責任論は不当だ! と言い立てていた人がフリーであるとは思えない。
 
 
 これはhilihiliのhilihili: 自己責任論が無い世界では困りますの続き
 
 
 
 

理想論は条件に理想を要求するので挫折する

 
 ∧∧
( ‥)ようするに
 
  (‥ )理想論ってあれだろ?
      1日16時間仕事すれば
      〆切に間に合うとか
      今、3時間の仮眠をとって
      明日徹夜すれば
      間に合うはずだとか
      そういう理屈のことだろ?
 
 
 理想論は理想状態である時にのみ成立する。
 
 理想論を述べた時点で、理想を抱いた時点ですでに負けである。
 
 ∧∧
( ‥)そして実際
    理想論を叫ぶ人は
 
  (‥ )青筋立てて
      声を張り上げているだろ?
      もう負けてるんだよ
      負けているから
      努力と反復と大声と
      つまり精神論に逃げておる
 
 これはもう現実の操作じゃない。気力と言葉を累積させれば世の中が動くはずだ、という精神論であってオカルトだ。
 
 そして考えてもみれば、歴史も人生も経験も身の回りも、全部そうして青筋立ててがなりたたていた理想論者が次々に死んでいくことの繰り返しであった。
 
 それを見ていないとは言わせん。
 
 理想論はそれを成立させる条件、それ自体に理想を要求するので、必然的に挫折する。
 
 
 

冒険したら死んじゃうよ?

 
 ∧∧
( ‥)要するに原理というか
    動機は単純で
 
  ( ‥)人間は自分の利益を
    ‐□ 最大にしたいけど
      体の構造上
      一人では生きていけない
      だから皆で暮らすから
      他人との妥協を
      余儀なくされる
 
 
 というわけで、全員が不平不満だらけだ。
 
 これは口先では平和と理想を言い立てる連中も変わりない。というかむしろ不平不満は普通の人より強いであろう。
 
 不平不満があるから理想を述べるのか、あるいは理想があるから不平不満を述べるのか
 
 いずれにせよ、理想が強いからこそ、衆愚政治に走るこの愚民共! と絶望し、あるいは、僕のような天才が成熟した民主主義の旗手にならねばなるまい! とか鼻息が無駄に荒くなる。
 
 ∧∧
( ‥)やめとけと
 
  (‥ )プラトンの昔から
      そういう理想主義は
      全員が失敗している
      それゆえ
      当然失敗するわけよ
 
 つまるところ、僕には愚民共には分からない成熟した民主主義を実現する理想社会のプランがあるのだー! とか絵に描いたように駄目な評論家ぶりを発揮して口先だけの人生を送っていればよろしいのである。
 
 ∧∧
(‥ )実行したら死にますよ、と
\‐
 
  (‥ )死んだ連中はまだ
      いさぎよいだろうな
      自分の失敗した計画に
      殉じたわけだからね
 
 もっとも、死ぬ前に色々と騒動を引き起こすので、やはり、迷惑な人ではある。
 
 ∧∧
( ‥)そうしないなら
    口先だけにしておけと
 
  (‥ )事業の夢を熱く語りながら
      永久に起業しない
      奴のようにだな
      口先だけの人生が
      一番良いのだよ
 
 そういうわけ、熱き夢を語る諸君。今日も口先だけの理想論で平穏無事に、冒険無き人生を歩もうではないか。
 
 だって、君、冒険したら死んじゃうよ?
 
 人生は脱力系に限る。
 
 

2015年2月7日土曜日

自己責任論が無い世界では困ります

 
 ∧∧
(‥ )あなたとしては
\‐  自己責任論の方が
    まっとうですよ、と
 
  (‥ )自己責任だから
      自由や無法が
      できるのでな
      それが無いと言われたら
      窮屈で困るのよねえ
      
 
 自己責任がない世界では、これはしてはいけません、ここは危険だから入るな、入ったら逮捕します、この人生を歩まなくてはいけません、言われた通りにしなさい、こう発言しないと駄目です。それができないのなら逮捕します、そうなるだろう。
 
 というか、そうでないといけないのだ。個人に責任が無い世界では自由なんてない。個人の責任でことを行なった人間を見捨ててくれるような社会でなければ自由はない。

 自己責任が否定された世界は国家のみが責任を持つことになるだろう。そこにあるのは絶対の統制だけである。
 
 ∧∧
( ‥)今の世界だと
    国家が出来ることは
    ”この地域は危険だから
    入らないでくださいね”
    そう口頭で言うだけだよね
 
  ( ‥)自己責任は不当だ
    ‐□ そう主張すると
      じゃあ統制しようね
      そういう話に
      なっちまうからな
      それを考えれば
      口頭で言いました
      テロリストの主張は
      聞きません
      やれることはほとんど無い
      これはまっとうな対応だし
      そうでないと困る
 
 
 もちろん、自己責任は不当だ、と言っている人はそんなことを言いたい訳ではないのかもしれない。単に、危険地帯にわざわざ自分からいったのだから助ける必要なんてなくね? という突き放した意見が気に食わないだけなのかもしれぬ。
 
 しかし、それだったら、まあそう邪険に突き放すな。ああいう人たちが書いた記事をお前も知らずに読んで利用しているのだよ、難しいこと抜きに面白いだろう? そう言えばすむ話である。
 
 ∧∧
(‥ )でもそうじゃなくて
\‐  自己責任は不当だ不正だ!
    そう強行に主張する人もいる
 
  (‥ )ほら
      自己責任は理不尽だ
      そう主張する
      ご本人たちが
      率先して統制に走っている
 
 
 自己責任などという言葉を使うな、そういう態度を示すな。それは統制に他ならない。
 
 確かに矛盾はないのだ。自己責任の無い世界に自由はあってはならぬ、混沌も無法もあってはならぬ。あるべきは、これをすべきである、この言葉を使うべきである、この言葉は使うべきではない、こういう態度を示すべきである、あるいはべきではない。べき、べき、これだけが折り重なった、いかれた教育ママのような統制だ。
 
 理想論者は政敵をファシストとののしるが、実際には自分以外の理想を弾圧しているだけで、その根本は相手以上の統制と独裁である。そこに自由と無法はない。

 そしてそんな世界はつまらんのだ。
 
 
 
 
 
 

空を飛べたのは理念のおかげではありません

 
 
 危険地帯に入り込んだのは自業自得だ、心ない人はそう言うが、このような自己責任論は村八分の論理であり不正である。民主主義国家の人間とは思えない発言だ。
 
 ∧∧
(‥ )...以上のようなご意見が
\‐  世の中にはありますよ、と
 
  (‥ )この手の意見には
      色々突っ込みどころが
      あるけども
      ここで考えるべきは
      ”その意見は現実を
       説明できていないよね”
       という点かなあ
 
 自己責任論は不正である。
 
 そうはおっしゃるが、とはいえしかし、世の中の人の反応は平均化するともう少し複雑であろう。 
 
 例えば捕虜になってしまったヨルダンのパイロットに、自己責任で自業自得だ、なんて言う奴はいない。いたとしてもそんなもの、ノイズのようなもので無視できるレベル。
 
 ∧∧
(‥ )国家と責務に殉じた人に
\‐  自己責任を押しつける人は
    そうはいないのだと
 
  (‥ )人間がどう考えて
      どう行動しているのか
      それが分かるだろ?
 
 リスクを負って栄誉を手に入れる。同じことをしてもフリーのジャーナリストは自己責任と言われ、これに対し、軍人はそう言われない。
 
 ∧∧
( ‥)違いは
    社会に貢献するか否か?
 
 (‥ )ぶっちゃけた話
     自分に利益を
     還元してくれるかどうかだね
 
 社会に利益を還元してくれるのなら、彼を見送り、栄誉を与え、彼に侮辱的な死が加えられたら怒り、国家が報復を開始し、それを人々は是と見なす。
 
 これがフリーであると自己責任だ。
 
 フリーであれば、自分一人でリスクを負い、それゆえに栄誉は独り占めできる。つまり自業自得である。フリーとはそういうものだ。しかし賭けに負けたら、皆は、それはお前の選択肢であり、その結果である、責任を取れ、そうやって突っぱねられる。つまりやはり自業自得である。
 
 人々はフリーの人間とそうでない人間を明らかに識別している。
 
 皆は自分自身の行動を口ではうまく説明できないかもしれないが、行動を見れば以上は明らかだろう。
 
 ∧∧
(‥ )人々の態度の違いを見ると
\‐  人々の行動原理が
    見えてくるであろう
 
  (‥ )話を戻せば
      自己責任論は不正である
      この主張は
      理念を主張しているだけで
      この現実を説明できて
      いないのだ
 
 現実を説明できない論に未来はない。幾ら高邁な理念であっても行き着く先は挫折の道である。
 
 ∧∧
(‥ )そう言うとあれだね
\‐  そうやって現実に妥協するから
    世の中はいつまでも
    不正なんだ
    そう言う人が必ず
    出てくるけどね
 
  (‥ )その手の論はあれよな
 
 力学から考えて人間は自力では空を飛べない

 あなたがたは力学なんてもので自然に妥協するからいけないのです。だからいつまでたっても人は鳥になれないです

 そう言うのと同じであろう。
 
 ∧∧
( ‥)現実を説明できる理論こそが
    現実を変えうる
 
  (‥ )力学の延長線で
      飛行機を作ったようにな
 
 空を飛べない人が空を飛べるようになったのは、現実を見据えたからだ。理念はエンジンと翼を作る役には立たん。ましてや現実を説明できないような理念では話にならないだろう。
 
 
 ∧∧
( ‥)事実として

 (‥ )実際、この手の人たちは
     理念を語り現実を批判し
     そして絶望していないかい?
 
 
 それは要するに失敗したってことだよね。それもこれも、その高邁な理念とやらに説明能力や操作能力が無いせいだ。ポンコツな理論では現実の操作は不可能。動かない車でドライブすることはできまい。
 
 
      
 

2015年2月6日金曜日

40年、50年生きているとやばい局面はあるでしょ


 
 人間、40年、50年と生きていると、1回か2回ぐらい、やばいことに触れることがある。もちろんやばさは人それぞれ、事例それぞれで違うだろう。
 
 ∧∧
(‥ )そのやばい事柄に
\‐  手を出すかどうか、ですか?
 
  (‥ )それがだな
      気づいた時には
      もう避けられない
      そういうこともあってね
      気をつけて毎日を送れば
      この手の危険を
      避けられるかというと
      実はそうではないね
 
 気をつければ良いじゃん、とか言っている奴は阿呆だろう。あるいは視野が狭すぎる。
 
 やばい! これはまずい、今これを取らないといけない。だがしかし、これを取って失敗したら自分の人生が終わるかもしれない、というか死ぬんじゃね?
 
 40年、50年も生きていれば、そういう局面のひとつやふたつもあろう。

 とはいえ、以上のようなことは不可避の事故とは違う。対向車線からコンマ2秒で突っ込んでくるダンプカーとは違う。土壇場で危険を回避すること、これ自体は出来ると言えば出来る。つまり、なんだかんだ理屈をつけて逃げてしまえば良いのだ。
 
 だが逃げると面子と義理が立たぬ。しかし危険を取ったら最悪の場合、マジで死ぬかもしれない。

 この時、どうするのか? 後は本人の決断だ。
 
 そしてあるいは、危険があれば往々にして利益が手に入る。この時、利益が金である必然性はない。金が手に入るよりも面子を保ち、義理を通す事の方が重要だったということもある。
 
 あるいは普通に金の場合もあろう。あるいはそれが金と名誉である場合もあろう。金と名誉は何よりも代え難い。これを笑って馬鹿にする事は出来ぬ。
 
 だがしかし、安全圏に閉じこもっている人間はそういう事態に直面した人間の心情や判断を理解できない。というか想像もしない。この手の頭でっかちは、相手の判断を推し量るどころか、正常化バイアスだの、知ったようなようなことを言って賢し気に論評するだけである。
 
 危険を取った人間を頭ごなしに否定する人間もそうだし、それとは反対、”見捨ててはいけない、自己責任論は村八分の理論で不当である”、そう弁護を言い立てる連中もどうも怪しい。彼らとて、単に、人を救わねばならぬ、そういうプログラムに沿ってしゃべっているにすぎぬのではないのか。
 
 ∧∧
( ‥)でも本人にしてみれば
    意味も理由もあれば
    止むなしであったのだと
 
  ( ‥)そして失敗すると
    ‐□ どうしても言われるのだ
       自己責任と自業自得
 
 こればっかりはしょうがない。危ないことをする時、なぜしたのか? と問われたら理由を述べることはできる。だがしかし、
 
 理由も動機も分かった。言わんとすることは分かる。だけど決断してその結果を得たからには、それは自業自得ではないのか? 
 
 そう言われたら、そうだね、としか答えようが無い。
 
 ∧∧
(‥ )みんなリスクをしょって
\‐  賭けに出て
    名誉と金を掴み
    しかし時々、死んでしまう
 
  (‥ )投資やギャンブルと同じよ
      理由も動機も説明できるが
      でも責任は自分で
      負わねばならぬ
 
 実際、ギャンブルや投資で金を吹っ飛ばしてしまった時、本人以外、誰も責任を取れない。取りようが無い。
 
 代わりに、ギャンブルや投資で得た利益は本人のものだ。それは本人がリスクを負って手にした正当な対価であり、利益である。
 
 自らの業で自ら利益を得た。これは正当。
 
 ∧∧
( ‥)それは誰も否定しないのだよね
  
  (‥ )否定しないね
      代わりに賭けで破滅しても
      それはやはり同じこと
      それもまた
      自らの業で得た結果
      つまり
      自業自得だろ? と
      誰もが肩をすくめて
      見捨てるだけだな
 
 実際、救おうにも救えないのだからどうにもならない。
 
 ∧∧
(‥ )どうしたものでしょうね
\‐
 
 (‥ )国家官僚や政治家は
     義務を果たすだけだな
     助けられない
     それが分かっていても
     やらねばならないことがある
     それこそ面子と義理なんだが
     政治ってそういうもの
     だからね
     そしていつもそうなのだ
     これからもそうである
      
 ∧∧
( ‥)それ以外の人は?
 
  (‥ )ご本人の愚痴を
      聞いてあげる
      やれることって
      それくらいじゃね?
 
  
 

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