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2014年8月2日土曜日

現実は設定であり、これに勝負を挑まねば物語と言えども...

 
 他人には言わぬままに永々と自分だけのSSを書き綴る人がいる
 
 この話=>hilihiliのhilihili: 自分好みの百合に救われる
 
 
 ∧∧
(‥ )自分好みの百合を
\‐  永々と書き綴る人がいる
 
  (‥ )でもさ
      物語にどう決着を
      つけるつもりだろうな?
 
 男女なら話は単純だ。それが結婚なのか、告白なのか、いずれにせよ、それを書けば終わりである。
 
 ∧∧
( ‥)本当はそこからが
    本番なんですけどね...
 
  ( ‥)おかしなものだけどね
    ‐□ あるいはあれかな
      こっから先は
      ”お前らの問題だ”
      そこで物語は沈黙する
      そういうことかもね
 
 恋愛というものは結婚や告白でその夢の時間が終わる。そこから先は現実の開始である。そこに物語が踏み込む隙間はもはやない。そういうことやもしれぬ。
 
 *物語がこれ以降に踏み込むこと、それ自体は可能ではあるし、事実としてあるが、もはや内容が別物になるぞ、という意味。
 
 ∧∧
(‥ )でも百合だとそうはいかんと
\‐
 
  (‥ )現実との接触
      あるいは衝突が
      男女のカップリングより
      ずっと早いのだよな
      夢から覚める時間が
      早すぎると言うべきかもね

 
 男女のカップリングだと単純に結婚します、子供ができるでしょう、おしまい、となるが、百合となると法的にも生物学的にも、そうはいかない。
 
 ∧∧
(‥ )どう...したものでしょうね
\‐
 
  (‥ )結婚はまだともかく
      子供に関して言うとだ
      魔法や未来技術を
      使うのでなければ
      養子をもらう
      男性から精子だけを
      わけてもらう
      そういうことに
      なるわけでね
 
 確かに、人の快感も幸せも、それは突き詰めれば脳内の出来事である。
 
 ∧∧
( ‥)百合でもなんでも
    幸せならそれで良いのだと
 
  (‥ )女性同士だから不幸になる
      男女だから幸福になる
      そんなことは
      あり得ない
 
 脳内の出来事だというのなら、相手が二次元でも問題ないことにもなる。
 
 だから、幸せに関しては問題ない。
 
 
 ∧∧
( ‥)でも? 子孫を残す
    という点において
    百合の不利は否めないと
 
  ( ‥)同じ男性の精子で
    ‐□ お互いに受精を行う
      そういう手はあるな
 
 まあ、違う男性でも良い。少なくとも生まれるお互いの子供は、好きな相手の半分から構成されているわけだ。お互いの子供を大事にする理由のひとつになる。
 
  (‥ )だがこれをさらに
      向上させる方法がある
 
 ∧∧
( ‥)ほう?
 
 
 互いの父親の精子で受精を行った場合、生まれるお互いの子供は腹違いの妹、あるいは弟となる。それゆえ相手の子供の4分の1は自分と同じであり、事実として血縁が生じる。そして2分の1は愛するパートナーと同じものから構成されている。一方、自分の子供はパートナーの4分の1であり、自分の2分の1でもある。相手の子供と自分の子供は、いまや非常に近い存在だ。識別することに意味があるのかどうかすらもよく分からない。
 
  (‥ )どうよ!
 
 ∧∧
(‥ )...理屈は正しいけど
\‐  それをするとなったら
    話運びに
    無理あり過ぎでしょ
    物語が破綻するんじゃね?
 
    
 
  ( ‥)駄目か
 
 ∧∧
( ‥)正しさだけを追求すると
    世の中と正面衝突する
    事例だよね
 
 それにしても思う。百合にせよ、あるいはホモのカップリングにせよ。異性愛を行う人がそういうカップリングを妄想することは、同性愛者を搾取することではないのか? という見解。
 
 ∧∧
(‥ )その見解がどうで
\‐   それをどう見るのかは
     ともかくとして
     当人たちの苦労や苦しみを
     実感出来ない”部外者”が
     好き放題に一方的に
     ”めでている”というのは
     正しいでしょうね
 
  (‥ )もっともそれは絶えず
      あらゆるところで
      起きることだがな
 
 アイドルに恋するのも同じだし、そもそも恋愛自体がある程度はそういうものだとも言える。人は恋をした時、相手の現実と苦しみに無頓着であり、自分の好きな人はこうあるべし、と思い込んでいるのだ。そういうことで別れたり、離婚したり、あるいは殺人にまで発展するのは誰もがよく知るところである。
 
 そしてなんにせよ
 
 ∧∧
( ‥)百合SSを書き綴っている
    その人もいずれこの現実に
    直面するだろうと
    百合のゴールはどこに
    設定すれば良いのかと
 
  ( ‥)悲劇に終わった彼女たちを
    ‐□ 救いたいのだ
      幸せな彼女たちを描いて
      描いている自分自身も
      救済しているのだ
      それが始まりだったのだ
      ならば行き着くはずだろう
 
 妄想だろうがなんだろうが、幸せが脳内の現象に帰結するというのなら、悲劇に終わった彼女たちの百合物語を描く、というのは色々な意味で幸せことなんだろう。それは気晴らしである一方で、それ自体が恋に近いのかもしれない。
 
 だが、現実が接近する。
 
 現実はこの世界を統べる”設定”である。我々自身の脳がこの設定に適合している。それがゆえ、この枠組みを逸脱しすぎた物語を脳は拒否する。
 
 ∧∧
( ‥)つまり、物語を楽しむには
    現実という設定に
    勝負を挑み
    勝利しなければならない
 
  (‥ )さあ、どう出るかな?
 
 
 
 
 これは以下へと続く=>hilihiliのhilihili: 百合戦争
 
 

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