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2015年10月9日金曜日

2015.10.09の金星と三日月

 
 今朝は金星と月がすぐ近くにあった。
















 
 画面左にぽつんと見えている青っぽい星は、しし座のα星レグルス
 
 今の金星は非常に明るい。朝の8:30になってすっかり太陽は昇り、青い空が広がっても、薄っすらと三日月が見えている。
 
   金星も見えるかな?
 ∧∧
( ‥)
 ‐( ‥)そういえば昼間に金星を
     見た事って一度も無いな....

 
 マイナス5等近くまで明るくなる金星は、昼間でも見える。見逃すのは明るい空で光点を見つけるのが大変だからだ。幸い、金星は月のすぐ近くだ。月は金星よりも運行が速いけども、まだ近くにあるはず。目をこらすと、あっさり見つかった。天空にぽつんと輝く光の点。













 
 画面の左上に小さく見えている光点が金星。ちなみに望遠鏡でみると月よりもぎらぎら輝いていることが分かる。この画像でも、単位面積で比べれば月より明るいことは明白だろう。月は青い空にかすんでいるのに、金星ははっきりとした点だ。
 
 ∧∧
(‥ )金星の雲は
\‐  月の岩石よりもはるかに
⊥   反射率が高いから
    昼間の空でもぎらついて見える
    そういうことですかね
 
  (‥ )昼間でもくっきり見える
      もんだな


 望遠鏡だと、半月になっている様子もちゃんと分かる。
 
 

合理的な図書館は下種下劣である

 
 ∧∧
(‥ )なんか図書館を民営化して
\‐  企業にまかせたら
    貴重な資料を廃棄したり
    価値の無い本を
    納品したり
    本の分類や配置を
    訳分からん並びにしたり...
    ぼろくそに言われてますね
 
  (‥ )まあ人間の大部分は
      人生これまで
      本を読んだ事が無いからな
      委任でも自主的でもなんでも
      いきなり
      本の管理をまかされても
      どうにもならないよね

 いや、俺たちは本を読んでいるぞ!! と言う人間は多いけども、まあ、そういうのはビジネス本かどうでもいいようなものばかりである。
 
 そういう本の何がいけないって、オカルトめいてこそはいるものの、内容は実のところ合理的であることがいけないのだ。
 
 ∧∧
( ‥)合理的な人間は
    もはや人間とはいえない
 
  (‥ )合理性を
      追求する人間なんて
      そんなものただの動物だよ
      人間などとは呼べん
 
 
 確かに150年前の江戸時代までなら合理主義でもよかったのだ。だが列強がひしめくこの世界はそうはいかない。

 国民は全員資源である。しかしどれが有望な資源になるのかあらかじめ分からない。だから一律に教育をする。
 
 国民は資源である。能力の劣った人間と言えども教育は強制しなければならない。能力において劣っていても、知識があれば最低限度な歯車になれる。最低限度な歯車の品質を全体的に向上すれば、その国家は機械として他の列強よりも優勢になる。
 
 列強の世界はあまりに露骨な生存競争の世界だ。人類の大半がこれ以上は無理と、過労死する限度まで品質の向上は追求される。
 
 人間は個体でばらばらの利益を追求するエゴな存在であるはずなのに、そのエゴを満たすために全員が義務を負わされた。これが江戸時代後に訪れた列強世界の実態。もはや地球に逃げ場はない。
 
 ∧∧
(‥ )それを考えると
\‐  江戸時代に戻りたいと言う人が
    いるのは当たり前だよね
 
  (‥ )あの時代の方が
      今よりも楽だからな
      逃げたくなるのは道理
      江戸しぐさとかいう
      妄想が捏造されるのも
      道理よ
   
 現在があまりにも過酷すぎるのである。だから皆が逃げようとするのだ。
 
 ∧∧
( ‥)そして図書館とは列強世界で
    国家が生き延びる知識を
    伝達保存する場である
 
  ( ‥)そして皮肉なるかな
    ‐/ 列強世界の生き残りで
       必要不可欠な
       科学と技術は
       合理性からは
       誕生しないのだ
 
 科学の歴史は非合理で満ちている。考えてみれば当たり前だ。合理性と論理では、前提という偏見があらかじめ含んでいたものしか出力できない。
 
 しかるに新地平は人の偏見の外にある。つまり、科学の進歩は非合理で大いなる無駄から導きだされる。
 
 例えばの話、

 スーパーコンピューターが何の役に立つのですか? こんなもの無駄じゃないんですか? 2番じゃだめなんですか?
 
 合理主義者はそう言って無駄を無くそうとする。
 
 そうだスーパーコンピューターなど無駄でしかない。
 
 ところが現実世界では、スーパーコンピューターで計算して次世代の火薬の構造式を求めたりする。これが列強ひしめく世界でどんな意味を持つのか、それは考えるまでもない。
 
 スーパーコンピューターは無駄である。しかし、無駄だからこそ、かように次の勝利への鍵となる。
 
 ∧∧
( ‥)反対にいえば
    合理性は人と国家を
    滅ぼすものである
 
  (‥ )国家と言うのが
      国家主義的でいやだと
      言うのなら
      共同体だな
      人は共同体を作るのだ
      共同体には無駄が必要だ
      世界は大いなる遊戯ぞ
      
 
 そもそも合理的というのなら、定年退職したものは全員死刑にするべきだし、身体障害者も病人も全員死刑だろう。合理主義者の世界に過労死は存在しないし、鬱病も無いだろう。全員処刑してしまうはずだから。そして、それこそが合理主義というものだ。

 かように考えれば合理主義者というものの正体と方向性、よく把握することができよう。
 
 合理主義者が図書館を破壊してしまうのは当然である。
 
 ∧∧
(‥ )そして図書館の破壊は
\‐  共同体を敗北へと
    導いてしまうだろう
 
  (‥ )もしもだな
      図書館の半分を
      漫画喫茶にして
      客からばんばん金を
      ふんだくって
      その金で貴重な資料を
      維持管理購入する
      そういうのなら
      ありなんだがな
 
 ∧∧
(‥ )図書館を民営化した企業に
\‐  そういう発想はないみたいね
 
  (‥ )そこがだ
      合理主義者の浅ましい
      ところよ
      そして人間から
      浮いている部分であるねえ
 
 狂える合理主義者と違って、大部分の人間は無駄が大好きだ。無駄なことに金を使う。例えば合理的に言えばiPhonなんか売れるような代物ではないだろう。画面は露出しているし、無駄に大きいし、落とせば割れる。こんなもの合理的に考えれば売れるわけがない。
 
 ∧∧
( ‥)ところがどっこい
    大ブーム
 
   (‥ )合理主義じゃ勝てない
       人間は合理主義では
       動かない
       人間と競争の根幹は
       無駄にこそある
       大事なのはここよここ
 
 反対に言うと合理主義者が図書館を合理化した時、それに皆が不快感を感じるのはまさにそれが合理的な所行であるからだ。
 
 人間は合理性など評価しない。評価するどころか、浅ましい下種下劣と軽蔑するだけである。   
 
 
      

2015年10月8日木曜日

2015.10.08の金星と木星と月 そして火星

 
 今、明け方になるとオリオン座は天高く上がり、春の星座しし座も東の地平線から姿を見せる。
 
 そして並ぶは金星、火星、木星
 
 さらに今は中秋の名月を過ぎて三日月がしし座へ向かっているところ














 上は三日月。その斜め下にある強烈に輝く星が金星。その左脇に小さく輝くのはしし座のα星レグルス。火星と木星は月と金星を結んだ線の延長にある二つの明るい星だ。上の暗い方が火星。その下の明るい方が木星。
 
 ∧∧
(‥ )火星は今レグルスよりも
\‐  暗いから分かりにくいかもね
 
  (‥ )2等星のアルギェバと
      ほぼ同じ明るさなんだよな
      
 ちなみに火星の少し右上にはもう少しくらい星3.8等のρ星があるので、写真だとどっちが火星なんだか余計に混乱するかもしれない。火星の赤みは写真では微妙である。

 *ただし、肉眼で見れば間違えることはないだろう。なお、都市部の空で見えるのは金星と木星で、レグルス、アルギェバ、火星は慣れないと見つけられないように思う。
 
 ∧∧
(‥ )東の空に火星が見える
\‐  つまり今
    火星さんは太陽をはさんで
    地球とほぼ正反対の方向に
    あるわけだね
 
  (‥ )距離が離れているから
      暗く見えるわけだ
 
 これから地球は火星に追いつこうとするところだ。火星の運行はこれよりじょじょに遅くなり。そしてついには逆行を開始する。
 
 
 
 



2015年10月7日水曜日

20151007 20:30の流星

 
 公園に散歩へいってぼんやり空を見上げていると、視界のすみに非常に明るい流星が流れるのが見えた。
 
 慌ててベンチから立ち上がり、二三歩走りながらふりむくと、その流星はアンドロメダ座のΦ星付近からカシオペア座を越えて、砕けるように光点をまき散らしつつ消えた。
 
 流れた角度は腕を伸ばして手を広げたよりも大きい(つまり600:200以上である)。
 
    ひさしぶりに明るく
 ∧∧  大きな物だったね
(‥ )
 ‐( ‥)良い良い
     今日は良き日だ
 
 時刻は20:30ぐらいである。
 
 
 
 *600:200。つまり眼球から腕先までの長さをおよそ600mmとした場合、手を広げた幅がおよそ200mmであった時、その割合は0.3333...。三角法で言うとそれはタンジェントで角度18度16分に該当する。つまり流星の流れた幅は18度以上であった、ということ。
 
 
 

不満度5の中で不満度10を述べてしまうそこのあなた!

 
 物事を理解する時、人は前提を使用する。
 
 ∧∧
( ‥)あなたが人の行動を
    理解する時に
    前提するのは何?
 
  (‥ )恨みだな
 
 恨みとはこの場合、
 
 俺は本来、もっと評価されてしかるべきだ、俺の社会的地位はこんなものではないはずだ
 
 という想いを指す。
 
 それが家庭内であれ、会社内であれ、地域内であれ、社会、国家の内部におけるものであれ、人は”俺の社会的地位はこんなものではないはずだ”という満たされなかった想いと渇望で行動する。
 
 ∧∧
(‥ )まあ大概その想いは
\‐  満たされないわけ
    ですけどね
 
  (‥ )人間の地位ってのはな
      実際には
      今が精一杯なんだよ
 
 皆がそれなりに努力(投資)を傾注し合う中で現在の均衡状態がある。なれば、その人の今の立ち位置は、彼の熱き想いとは裏腹に、今のそこが限界であると言って良い。
 
 ∧∧
( ‥)例外はいくらだって
    ありえるだろうけど
 
  (‥ )例外をいくら列挙しても
      自分が例外であることには
      ならんな
 
 不当に地位を剥奪された例外を並び立てて、

 ”かような例があるように、私が今のこの低い地位にあること、これもまた事例と同様に不当なのだ。私の立ち位置はもっと上にあるべきだ! ”

 とか
 
 ”悪いのは私を評価しない家族である、学校である、会社である、地域である、社会である、日本である、日本人である、人類である!”
 
 そう熱い想いを叫び立てる。

 ∧∧
(‥ )こうやって怒る人は多い
\‐  
 
  (‥ )だがな例外を
      いくら列挙しても
      自分が例外であることには
      ならない
      だからこれは逃げなんだよ
      つまり
      例外を上げている時点で
      負け組みなんだよな
 
 人は今の地位に満足できない。
 
 だが、実際には今の地位は過去の自分の延長だ。

 過去の自分の実力が不十分だから今の地位があるのだ。

 つまりそれはもって生まれたものであって、結局のところ今の地位は自分の精一杯である。何もかも、生まれた時に決まっていたのだ。
 
 いや、父親の精子と母親の卵子が複合して遺伝子の組み合わせが決定された受精の瞬間に、今のお前の立ち位置はすでに決まっていた。そう言うべきか。
 
 ∧∧
( ‥)でも? 人はこれを
    認めることができない
 
  (‥ )だから恨みを持つ
      まあ向上心とも言うな
      皆が全員向上心を持つから
      状況は均衡して安定する
      向上心があるから
      差し引きゼロですむ
      だから向上心と恨みは
      生きていく上では
      必要なのだ
 
 全員が現状に対する不満を持ち、それを恨みとする。それは向上心となる。しかし全員が向上心を持つから状況は均衡する。
 
 これを逆に言うと、向上心と現状への不満を無くした瞬間に、つまり恨みを持たなくなった瞬間に、人は均衡状態から外れて滑落するということでもある。
 
 ∧∧
(‥ )ゼロどころか
\‐  マイナスへ滑落するのである
 
  (‥ )世界が
     恨みつらみだらけなのは
     そう考えると当然だろ?
 
 恨みを持たないと滑落する。ようするに、恨みを失ったものは観測の範囲外へ消えたってことだ。
 
 ∧∧
( ‥)残るのは恨みつらみと
    不満を抱えた人々だけになる
 
  (‥ )家庭が悪い
      会社が悪い
      社会が悪い
      日本人が悪い
      日本が悪い
      人類が悪い
      そんな言葉ばっかだろ?
 
 だが良い、良い。
 
 それで良い。

 恨みが現状への不満なら、それは向上心だ。向上心は差し引きゼロにしかならないが、マイナスに比べればプラスである。人は恨みを持たなければ現状維持すらできぬ。
 
 そしてそういう人々の恨みのはけ口を売って儲けるのがジャーナリズムと出版界でございます。
 
 ∧∧
(‥ )いやな話だな
\‐
 
  (‥ )でも本当に
      いやな奴ってのは
      人並み以上に不満を持つ
      人間のことだがな
 
 自分の実力以上に、分不相応に社会に不満を持ち、社会が悪い、日本が悪いとか言い出すと、皆から軽蔑されることになる。
 
 なぜって、皆よりも大きな不満を抱いて、家庭が、会社が、社会が、日本が、人間がと言い出すと、それは周囲に対する攻撃になってしまうからだ。
 
 ∧∧
( ‥)全員周囲の悪口を
    言っているじゃないか! と
    釈明を試みても
    この場合
    意味はないのである
 
  (‥ )みなが不満を5
      言っている時に
      自分だけ10言ったら
      自分だけがプラス5に
      なってしまう
      これに対して
      周囲は相対的にはゼロ
      だからな
 
 不満度5の中で不満度10を述べることは犯罪である。
 
 確かに、不平不満が向上心である以上、不平不満と満たされぬ恨みは持たなければならない。さもないと自分の向上力だけがマイナスになって周囲から滑落する。

 さりとて向上心を人並み以上に持って、周囲以上に不平不満を露わにすると、どうなるか? それは周囲への攻撃と見なされる。

 つまり、不平不満を持つ事は義務であるが、それと同時に不満の量は人並み、平均であることも求められている。ここんところを見誤ると、人生、ろくなものにならない。
 
 ∧∧
(‥ )まあでも活動家になって
\‐  仲間と一緒につるむという
    手もありますよねえ
 
  (‥ )不満度が平均5の
      集団の中にいるから
      不満度10の自分が
      目立つ
      それなら不満度10の
      小集団の中にいけば
      良いわけよ
 
 あるいはそういう人たち相手に商売をするという手もある。つまり不満度5ではなく、不満度10のコアな顧客相手に世の中、こんなに間違っているという商品を売りつけるのだ。
 
 ∧∧
( ‥)...そういう仕事も
   出版界には存在するよね
 
  ( ‥)だから言うのだ
      おいでよ諸君!

 
 人並み以上に恨みを持ったそこの君


 毎日毎日、日本が悪い、社会が悪いと怒ってばかりのそこのあなた!


 会社なんて辞めちまいな。ライターに転職すれば。うまくいけば大金持ちだ!
 
 ∧∧
(‥ )実際にはそうはうまく
\‐  いかないし
    のたれ死にはほぼ確実
    仮に成功したところで
    世界は1ミリだって
    動きませんけどね
 
  (‥ )いやいや
      あやつらは世界を
      変えようなんて
      本気では思っちゃいないよ
      だから大丈夫さ
 
 彼らは単に自分の話を聞いて欲しいだけである。人は恨みで行動する。自分の恨みを受け入れてくれる顧客が見つかった時、彼は晴れやかな顔で成仏し、天に召されるだろう。
    
 
 
 

メロスは激怒した

 
 メロスは激怒した!
 
 ∧∧
( ‥)メロスは激怒したー
 
  ( ‥)ふぎゃっ@SL0eラ%
      #mG9'!zv¥*ags!!
 
 ∧∧
( ‥)ネコの喧嘩かよ
 
  (‥ )あれなんて言ってるの?
 
 
 ∧∧
( ‥)だいたい分かるだろ?
 
  (‥ )まあね
 
 

2015年10月6日火曜日

最悪の政治とは不死者の政治

 
 ∧∧
(‥ )最良の君主制と
\‐  最悪の民主制
    どちらがましか?
 
  (‥ )どっちも同じだろ?
      ぶっ殺せばいい
 
 ∧∧
(‥ )最悪のリーダーは
\‐  殺される
    最良のリーダーも
    殺される
 
  (‥ )最悪も最良も
      そんなこと
      どうでもいいんだよ
      必要なくなれば
      みんなが為政者を
      殺すのだ
      為政者とはなにか?
      彼らは殺されるために
      いるのだ
      それはなぜか?
      手を打ったかどうか
      その手が結果として
      プラスになったのか
      マイナスなったのか
      評価すべきはそこだけ
      だからだ
 
 ∧∧
( ‥)政治的な解決は
    解探索の過程である
    それは試行錯誤である
    やってみる
    結果を見る
    必要な動作はそれだけである
 
  (‥ )手数を増やすには
      どうすればいいか?
      交代すればいい
      交代するには
      どうすれば良いか?
      任期を決めるか殺すかだ
      独裁制も民主制も
      その点では同じだな
 
 すなわち、為政者は何らかの形で殺されるためだけに存在している。そうでなければならない。失脚した時にお疲れさま、とねぎらわれるだけですむのか、あるいは目をえぐり出されるのか、あるいは殺されるのか。いずれにせよ、引導を渡されるのである
 
 こう考えると、最良の君主制と最悪の民主制のどっちがましか? それは多分、設問が間違っているということが分かる。殺せるのならどっちでも良いし、殺せないならどっちの政体でも駄目だ。
 
 ∧∧
(‥ )それを考えると
\‐  最悪の政治体制とは
    不死者の支配だね
 
  (‥ )不死というのは
      許されざる犯罪なのだ
      不死とは
      死そのものであると
      言っても良い
 
 不死者は絶対的な老害である。不死者は解探索の過程を破壊する。どんな知恵ものでも世界のすべてを含んでいない。なれば、本人がいかに、私にはバグが無いと申し述べても、それはたわ言だ。私にバグがなくても世界と整合した時、矛盾とバグが生じるだろう。
 
 それゆえ、不死者がいたら確実に絶対的に殺さねばならない。首を切り落とし、心臓をえぐり出し、切り刻んで炎で焼いて灰をまき散らさねばならない。例え彼がどんな人格者であり、いかに聡明であろうともだ。死なない、それだけで罪状は十分である。そんな人間に生きている価値などない。
 
 
 ∧∧
(‥ )まあ幸いなるかな
\‐   たとえ不死になっても
     人間はガンで個体性を
     喪失して
     死んじゃうけどね
 
  (‥ )肉体は永遠の存在ではない
      というよりも
      我々人間は個体としても
      集団としても実在しない
      実在しなかったものは
      不死になどなれない
      我々は実在しないからこそ
      不死になれないのだ
      不死者というのは
      個体が実在するという
      認識論的な誤謬が
      生み出した幻
      そういうことだな
 
 
 個体は実在しない。かくて不死者も実在しない。全員死ぬのだ。これは幸いなるかな。
 
 
 
 

ここでトレパクですよ 皆さん

 
 ∧∧
( ‥)時間がないぞ
 
  (;‥)ぬおー!
    −/ どーしよー
 
 とっ、ここでずるい手を考えた。パクリだ、トレスだ、上描きわっしょい!
 
 ∧∧
( ‥)またそういうことを
    言ったり
    やったりする…
 
  ( ‥)ばれなきゃ問題に
    −/ ならねーんだよ
 
 
 と言いつつ、がりがり描くと原型は消えたぞ、これならトレパクだとは分かるまい状態。
 
 
 ∧∧
(‥ )トレスした輪郭は
\−  残っているけどね
 
  (‥ )まあ楕円だけどな
 
 
 元は木星である。
 
 
 ∧∧
( ‥)あなたが他に
    トレパクしたものはー?
 
  (‥ )アンモナーイト!
 
 
 仕事とは、いかに手を抜くかと見つけたり。
 
 

いつか機能を喪失する時がくる

 
 
  ( ‥)そういえば
    −/ ガンを民間療法で
       直そうとして
       芸能人が一人
       亡くなったよな
 
 ∧∧
( ‥)川島なお美さんでしたっけ?
    難しいガンだったし
    女優業への復帰を考えて
    手術や抗がん剤よりも
    金で体をころころする方を
    選んだとか
 
 
 人には判断がある。判断は個人の問題でそれは各論だ。
 
 ∧∧
( ‥)各論から離れると
    なんと?
 
  ( ‥)金を使った民間療法か...
    −/ 俺にこういう本は
       書けないよなあ
 
 ∧∧
( ‥)つまりあなたは
    消費者の需要に応じることが
    できないのである
 
  (‥ )消費者の需要に応じることが
      できない
      つまり消費者の心理を
      シミュレートできないのだな
      日本語で言えば
      心理の模倣や予測
      心理の再現ができない
      そういうことだよね
 
 ∧∧
(‥ )...あなたは
\−  安保反対デモは消費者の需要を
    見誤っていると言ったけども
    あなた自身も人のことは
    いえないわけだね
 
  (‥ )だからああいうのを見ると
      落ち着かなくなるのだ
      自分の不適応を
      つきつけられる気分に
      なってしまう
      実際、俺の職業は
      一応は物書きだよね?
      物書きが
      他人の心理の模倣や予測
      再現ができない
      その能力が不完全である
      これは
      職業的に致命的だ
 
 本当に良いライターというのは、皆が望む嘘を書く人のことである。皆が望み欲するのは現実ではない。望みとは現実ではない。望みはむしろ現実の否定だ。皆が望む非現実、それはつまり誤謬と嘘だ。誤謬と嘘を書くことが真の物書きであり、それこそがジャーナリストなのだ。
 
 皆、現実に疲れているのだ。こんな現実世界で妥当性など一体誰が求めようか?

 
 ∧∧
(‥ )あなたも自分の望みのままの
\−  答えが得られると喜ぶわけだし
    別に客観的な立場で
    物事を判定しているわけでは
    ないよね
 
  (‥ )ガン細胞とはなにか?
     これは要するに進化じゃね?
     そう思って文献を調べて
     それが出てきた時は
     世界は素晴らしい
     そう思ったからな
     確かに妥当性は追求するが
     俺の立場は主観的よ
     当たり前だがな
     探査とは予測と検証で
     その動機は主観だ
 
 体内の細胞間で起こる生存競争と自然淘汰で進化が起こる。安全装置を無効化するあらゆる変異が有利となり、変異が起こるたびに進化が加速する。ついに細胞は区画内に限られていた制限を打倒し、その繁殖を最大に発揮しはじめる。つまり転移だ。全身にガン細胞が移動し、定着し、移動し、定着し。もし時間が十分にあれば、ガン細胞は吸血昆虫を媒介とした寄生生物へと進化を遂げ、人から異なる種へと到達するだろう。
 
 だが、残念。ガン細胞にその時間はない。自身は不死化を達成したのに、自らの増殖が個体の崩壊をまねくので彼らの進化はそこで途切れる。
 
 ∧∧
( ‥)それが何度も
    個別に繰り返される
    細胞の集合体である人間は
    遅かれ早かれ
    その統制を喪失して
    存在が消失する
 
  (‥ )個体は連続体の一部で
      実体ではない
      我々は実在しないのだ
      これがこの宇宙の
      素晴らしき事実

 ああ、かつて個体の実在を信じ、個体こそが進化の単位だと強行に主張した研究者は、自らがガンに倒れた。なんという皮肉。彼が実在を信じた個体、その個体の不確実性、それ自体によってに彼自らが足下をすくわれるとはなんという巡り合わせか。
 
 この宇宙は悪意に満ちている。人間を引き潰す巨大な歯車の世界。この姿に覚えるは畏怖だ。
 
 ∧∧
(‥ )こんな宇宙ですからね
\−  夢を見るのが当然ですか
 
  (‥ )そして皆の望みを書くのが
      物書きだ
      しかし自分がそれを
      やりきれないとしたら
      さてどうしたものかな?
 
 
 ∧∧
( ‥)そういえば僕のモデルになった
    猫ちゃんもガンで亡くなった
    そうですが
 
  (‥ )脳まで転移が広がってな
      機能を喪失したそうだよ
 
 
 

2015年10月5日月曜日

イエスマンはぶち殺せ

 
 安保反対のデモは消費者の需要を考えていなかった。
 
 さらにおそらくは、
 
 デモは民主的である
 民主制は価値がある
 ゆえにデモにも価値がある
 価値があるのだから皆も買うはずだ
 
 多分、こんなような誤謬を犯した。意義と価値と需要と売値をごちゃまぜにしたので、販売に失敗した。販売に失敗した商品は流通せず。当然、価値が出ること無く、打ち捨てられる。さらに言えば、価値の無いものに拘泥する人間は、以後、奇妙な人としか思われない。
 
 ∧∧
(‥ )でもこの失敗は
\−  人がしばしば犯すもの
    である
 
  (‥ )価値があるから
      需要に応じている
      人はそう考えがちだ
      だが実際には
      むしろ反対
      需要に応じているから
      価値、あるいは価格が
      設定されるわけよ
      
 
 つまり
 
 価値がある=需要に応じている
 
 は間違いで
 
 価値がある⊆需要に応じている
 
 なんだが、人間は以上の二つの区別が良く出来ていない。そういうことになる。
 
 *A⊆BはAはBの部分集合である、の意味。
 
 ∧∧
( ‥)でもこの識別失敗は
    致命的である
 
  (‥ )価値があるから
      需要があるはずだ
      こんなことを考えていると
      需要が無いものを
      一生懸命に売ることに
      なって
      生存に必要なカロリーが
      大出血状態になる
      場合によっては冗談抜きで
      死ぬからな
 
 というか、実際に死んだ人を見たことがある。別にそれ自体はなんてことのない話だが、やはりあまり気分のいいものじゃない。
 
 ∧∧
(‥ )こういう誤謬を人が
\−  やりがちなことを考えると
    末路を見るだけでもそれは
    不吉ですからね
 
  (‥ )だが同時にそれは
      見るべきものだという
      ことにもなろうな
 
 ライオンに食われる仲間を見るインパラやガゼルのように、危険を認識し、観察することは重大だ。
 
 これを踏まえれば次のことが言える。価値があるから需要があるはずだ。そう考えて売れもしないものを売り続けて一心不乱に消耗し、死んでいく人間を観察することには価値がある。
 
 ∧∧
( ‥)あなたが実例を見て
    学んだことって何?
 
  (‥ )会社を辞めるな
      夢を見るな
      イエスマンは殺せ

 
 ∧∧
(‥ )その人
\−  どんな最後だったの?
 
  (‥ )知らん
      ただ2週間前にたまたま
      会っているから
      本当に急死だな
 
 そうなると、死因などほとんど二つしかないであろう。ガンでないというのなら、そして、死因が明らかにされなかったというのなら、それだけでもほぼ確定ではないのか?
 
 自分に賛同するイエスマンは殺せ。奴らはお前のことなど考えちゃいねえ。あいつらは葬式の場で可哀想にと涙ぐむだけだ。
 
 
 

失敗したデモはマーケティングに失敗していたのだ

 
 マーケティング(Marketing):直訳すれば、市場する、販路する、需要する。
 
 ∧∧
(‥ )調査、流通、広告、製造
\−  販売に至るまでの全過程を
    指す言葉であると
 
  (‥ )需要把握実践発売
      ってところかな

 端的に言うと、安保法案反対デモはマーケティングがなっていなかった。そう言えば良い。
 
 *つまりこの話hilihiliのhilihili: 痛い踊りは売れませんの続きである
 
 ∧∧
(‥ )だから安保反対デモは
\−  売れなかったのだと
 
  (‥ )マーケティングって
      言葉には
      消費者の需要を確かめる
      そういう意味合いも
      あるそうだな
 
 それを踏まえて考えると、
 
 若者がデモにいって政治的な態度を表明する。素晴らしい! これが真の民主主義だ!
 
 安保反対デモの賛同者はそういってデモを讃えた。しかし多分、この絶賛それ自体がそもそもの敗因。
 
 ∧∧
( ‥)なんでかと申しますに
 
  (‥ )これでは
     ”これを販売するのは
     素晴らしい!
     これには意義がある
     意義があるなら価値がある
     価値があるなら
     買うべきだ!
     買わないのは損だよ!”
     そう言ってるのと
     同じなんよね
     消費者の需要をまったく
     考えてないから
     こういう言葉が出てくる
 

 売り手側が、消費者が何を望んでいるか分かっていない。そもそもそんなことどうでも良いと思っている、考えている。これでは売れるわけがない。売れなければ当然敗北だ。
 
 ∧∧
(‥ )たとえ売れなくても
\−  販売すること自体は
    問題ではないんだけどね
 
  (‥ )好きだからやってる〜
      そう言って
      売れもしない同人誌を
      作って10部がはけた
      もっと売れればうれしいが
      売れただけも満足満足
      これはこれで
      ありなんだ
 
 問題があるとしたら、

 民主制においてデモは認められているし、デモを支持するのが民主制であり、だからデモは正義であり、これを支持しない人はおかしい。

 こんなような付加価値を自らつけ始めた点にあろう。

 さながらそれは、同人誌を出すこと自体がコミケの意義なのだから、コミケで出されたこの同人誌を買わない奴はおかしい、みたいな主張である。これはかなり痛い主張だ。
 
 ∧∧
(‥ )意義があるから
\−  意義分の価値はありますよ
    それは正しい
    しかし
    意義があるから
    価値もあるはずだから買え
    これは間違っている
 
  (‥ )つまりあのデモは
      マーケティングにも
      失敗したし
      自分たちが販売する
      商品の価値についても
      見誤ったのだよなあ
 
 もちろん、世の中には、正義や思想を商品と見なすとは何事か! と怒り狂う人がいるのは事実であろう。
 
 だがしかし、正義や思想とはまぎれも無い商品なのだ。皆が価値を認めて、皆が買って、そうして流通しないと意味が無い。
 
 ∧∧
(‥ )より正確に言うと
\−  通貨に近いかもしれないね
 
  (‥ )とはいえ同じこと
      通貨が流通するには
      皆が欲するものでないと
      駄目なのだ
      失敗した通貨は
      マーケティングに失敗した
      通貨なのだとも言えるよね
 
 同様に、失敗したデモはマーケティングに失敗した商品であり、価値を認められずに流通に失敗した通貨なのだとも言える。
 
 それもこれも、デモ自体の素晴らしさで良しとした、その中途半端な世界観に問題があろう。

 デモ自体に価値があるのだから、このデモは広く認められるべきだ! この主張は、
 
 売ること自体に価値があるのだから、どんなものでも売り出せば必ず高い価格がつく
 
 そう言うに等しい。もちろんこれは明らかに間違いである。
 
 ∧∧
(‥ )でも、こういう失敗って
\−  普通にあるよね
 
  (‥ )というか世の中の
      販売戦略の失敗で
      一番典型的な例だよな
      ありがちありがち
 
 考えてみれば、自分だって似たようなことをしたことがあるし、身の回りでもっと手ひどい失敗を見たことがある。ちなみにその人はおそらくはそれがもとで死んだ。
 
 確かに、やることに意義がある。これは正しい。

 しかし、意義の価値があるのだから売れるはずだ。これはまったく正しくない。
 
 ∧∧
( ‥)馬鹿みたいな間違いなんだけど
 
  
  (‥ )なぜか俺たち人間は
      これをやっちゃうのだ
      
 

2015年10月4日日曜日

ピーナッツバターは何からできる?

 
 
  ( ‥)柿ピーのピーナッツは
    −° 好きになれないのだよな
 
 ∧∧
( ‥)まあ人それぞれだよね
 
 
  ( ‥)ピーナッツバターは
    −° 好きなんだがな
      ピーナッツはどうもなあ
      ところが
      だがしかしだ
 ∧∧
( ‥)何か発見でも?
 
 
 
  (‥ )ピーナッツをずーっと
      噛んでると
      ピーナッツバターの味が
      してくるのよ
 
 ∧∧
( - -)なにを言うかと思えば

 
 

 
 
 

痛い踊りは売れません

 
 もはや過去の話であるが、安保反対で国会前でデモ。学生もデモ。
 
 これに有頂天になる人と、冷たい醒めた目で見る人たち。人の反応は様々だ
 
 ∧∧
(‥ )デモはルールの枠内で
\−  して良いことになって
    いますからね
 
  (‥ )俺たちはあらかじめ
      どれが正解か分からない
      だから現実に確認する前に
      これが正解だと
      他人に押し付けるわけには
      いかないのだ
      そんなことをしたら
      全滅だからな
      正解の可能性を保持する
      このために異なる見解を
      維持するのだ
 
 
 デモも自由もそのためにある。言い換えればそれ以上の意味は無い。

 デモをするから高尚だとか、表現の自由を行使するから偉いとか、そう考える人もいるが、そんなものは迷信的な価値で、実際には意味などない。現実とその結果がすべてだ。


 しかし、それがどんなデモであれ、色々な方向へのぼせ上がる人が出てくる。これは世の常。
 
 幸か不幸か、国民の安保への関心はあんまり高いようには見えなかった。大多数の人にとって安保などどうでも良いのである。むしろデモの方が浮いているようであった。
 
 もちろん、こういう冷ややかな目に対して憤る人もいる。
 
 デモに参加するのはいてもたってもいられないからです。これは踊るのと同じですよ! と
 
 ∧∧
(‥ )踊る阿呆に見る阿呆
\−  どうせ阿呆なら
    踊らにゃそんそん…ですか?
 
  (‥ )ずいぶんひさしぶりに
      聞いた表現よなあ
  
 いずれにせよ、以上の言い様で返すのなら、熱心な安保反対支持者に対する世間の醒めた目というのは、
 
 踊るのは自由だけども、そんな踊りじゃ誰も参加してくれないよ?
 
 という、たしなめの意見だとも言える。
 
 ∧∧
( ‥)マニアックな踊りを踊って
    なぜ参加しない!!?? と
    憤られても
    皆さん困るのであると
 
  (‥ )ここがなあ
      安保反対デモの限界だなあ
 
 どうも彼らは
 
 誰でも踊る自由はあるのだ!

 ということと、

 皆さんに踊ってもらうには、皆さんが踊れるような踊りでないと駄目ですね

 ということの区別がついていない。
 
 いや、むしろ、
 
 俺は踊る自由を行使している
 俺の踊りは自由のための踊りである(はずだ)
 だからお前も踊るべきだ! 
 なぜ踊らない!
 ははーん? お前たちは馬鹿なんだな??
 
 彼らが内心はそう考えていることが、はからずも露呈してしまったと見るべきなんだろう。オタ芸が他の客からひんしゅくを買って引かれるような痛さが、ここにある。


 ∧∧
(‥ )ものを売るって難しいよね
\−  
 
  (‥ )デモと言っても
      所詮は
      マーケティングと
      同じなんだよねえ
      ここを見誤ると
      消費者は馬鹿だ! と
      見当はずれな
      恨みの涙を流して
      終わっちゃうんよな
 
 それもこれも、デモに参加する自由、それ自体が高尚であると誤認したことが原因であろう。参加は高尚なのではない。参加は選択肢の担保でしかない。ましてや参加したからその意見と選択肢が正しいとか、そういうことはありえない。そう考えるとしたら、それは現実よりも自分の認識論が上位であるというあからさまな誤謬だ。
 
 
 
 
  

2015年10月3日土曜日

小説とはただの檻である

 
 ∧∧
(‥ )ロシアがシリアのアサド政権を
\−  支援するために政権の敵を空爆
    ロシアはISISだけでなく
    反アサド勢力を広く
    空爆していると
    アメリカ、オバマ大統領は批判
 
 (‥ )アサド政権はアラウィー派
     アリーをあがめる点では
     シーア派と似てるかなあ…
     そして
     シーア派の大国イランは
     アサド政権を支えてる
 
 
 アラウィー派は実際にはイスラームとは言えない。もはや別の宗教。
 
 しかしそれを言えばシーア派だって同じようなもの。あれは、いつか再臨されるササン朝ペルシャの代理として現世を統治する、そういう世界観だと考えるべきであろうし。
 
 ロシアがアサド政権を支えるのも、伝統的な南下政策と考えれば特に目新しいものでもない。ロシアの南下先は黒海の先のトルコであったり、地中海であったり、あるいはイランであったり、アフガニスタンであったり、極東の満州であったり日本の千島列島であったりするわけで。
 
 ∧∧
(‥ )イランは反米政権だし
\−  今のところは反ロシアには
    ならないし
    アサド政権を地中海への
    足がかりにしたい点では
    イランもロシアも利害は
    一致するだろう
 
  (‥ )結局さ
      イラク戦争前にあらかじめ
      言われていた問題の
      延長なんだよな
 
 イラクを支配するフセイン政権はここでは少数のスンニ派。イラク国民で多いのはシーア派。そして反米政権のイランはシーア派。フセイン政権を倒したら、反米勢力が勢力を拡大するはず。なぜにアメリカは自ら自分の敵を増やすようなことをわざわざするのか?
 
 ∧∧
(‥ )そういう意見を無視ぶっこいて
\−  攻め込んで
    尻尾巻いて逃げ出して
    シーア派とロシアは
    影響力を拡大し
    スンニ派からは
    反欧米の過激派ISISが出現し
    今やアメリカになすすべなし
 
  (‥ )民主主義を宗教とする
      国家の大失政よな
      絵に描いた馬鹿とは
      まさにこのこと
 
 民主国家にできるのは破壊と虐殺、先住民の奴隷化のみ。民主国家に帝国統治は無理と知るべし。
 
 ∧∧
( ‥)でもそうは思わなかったから
    ああいうことを
    やっちゃったわけだよね
 
  (‥ )人間ってさ
      自分の信念という
      既存の枠組みから
      外れることが
      出来ないんだ
      
 
 例えば冷戦が終わった時、これでスパイ小説は終わりだ、と言った人がいた。なぜなら二つの超大国の対立が消滅したからである。
 
 ∧∧
(‥ )現実にはKGB上がりの
\−  プーチン大統領が
    弁護士上がりのオバマ大統領を
    翻弄してますけどね
 
  (‥ )超大国が消滅すれば
      かつてのような
      列強諸国の対立に戻る
      スパイ活動は
      冷戦時代よりも
      複雑になるはずなんだがな
      だがそうは
      思わなかったわけだよ
      なぜだと思う?
 
 それは単純に、冷戦、という枠組みだけで思考や論理や論法や理解や表現を作り上げていたからだろう。
 
 ∧∧
( ‥)冷戦という枠組みが
    壊れれば
    そのすべてが瓦解して
    途方に暮れてしまう
    現実は冷酷に次の相へ
    移行していくのに
    作家はそれについていけない
    アメリカも冷戦後の世界に
    ついていけなかったようにね
 
  ( ‥)本を読むと自由になるとか
    −/ 言うけどさ
       そんなの嘘だよね
       作家は枠組みの中でしか
       歩き回れない
       飼いならされた
       存在なのだ
       作品を読むとは
       作家がすんでいる檻に
       入ることと同じこと
 
 そして、作家は檻が破壊されると途方に暮れるのである。かごから出された鳥が空を飛べないようなもの。
 
 そういえば先日、人とこんな話になった。
 
 その人曰く、創竜伝は完結させて欲しいよね。
 
 ∧∧
(‥ )ああ銀河英雄伝説を書いた
\−  作家さんの小説だよね
    竜の血脈の兄弟が
    舌鋒鋭く現在を批判するという
 
  (‥ )でもあれ
      冷戦時代の小説であり
      冷戦時代の批判なんだよな
 
 それは冷戦時代の舌鋒鋭いでもあった。
 
 冷戦時代の政権批判、日米批判というのは、アメリカと日本の政治家によってあてがわれた、平和という檻に閉じ込められた引きこもりの理想論でしかない。
 
 そして冷戦が終わると、列強の時代が戻ってきた。
 
 自分を養ってくれる口うるさい親を理想論で批判できた時代は終わったのだ。引きこもりは部屋から出て、アルバイトをしなければいけない。
 
 さて、では、冷戦終了後の世界で、創竜伝はどうなるであろうか? 当時、そんな話を知り合いとした時に出た意見が
 
 ∧∧
( ‥)ギャグに走る
 
  (‥ )良い手だろ?
      現実逃避するには
      笑いに走るべきだ
 
 小説は虚構でしかないが、小説は世界でもある。その世界から自由になりたくば、走るが良い、ギャグの世界へ。

 そんなことを話していた後に出た続編で、甲冑をまとって高笑いするおばちゃんの登場を見た時、予測は確信となった。
 
 そうだ、それで良いのだ。部屋から出るすべが無いのなら、笑いに走るのが正解。
 
 ∧∧
(‥ )すべては予測のままに
\−  ですか
 
  (‥ )そうだすべては
      予測から一歩も外へ出ない
      小説で自由になるなんて
      ただの嘘っぱちだよ
      小説は檻さ
 
 
 しかし、本には無数の種類がございます。つまり無数の檻があるのです。皆様が望む檻はどれでしょうか? 人間には自分の檻を選ぶ自由がございます。
      
 ∧∧
( ‥)そして現実の前に
    自分の信念の檻が壊れても
    その檻から出ない自由が
    人にはあるのだと
 
  (‥ )それが笑いだよ
 
 これを思うに、押し寄せる現実に押しつぶされそうなオバマ大統領がやるべきは明瞭ではなかろうか?
 
 彼がやるべきは乾坤一擲、渾身、捨て身のギャグ。
 
 
 
    

2015年10月2日金曜日

因果律は決せり

 
 ドイツに次々と押し寄せるシリア難民たち。
 
 ∧∧
(‥ )ドイツはギリシャではなく
\−  難民たちに黒字を使うことに
    決めた…と言う評価も
    ありますね
 
  (‥ )誰が言ったか知らんけど
      言い得て妙だな
 
 ギリシャが破綻するとドイツもEUもただではすまむ。そのギリシャに金を使わずに、難民に金を使う。

 つまり、人道抜きに機械的に考えた時、ギリシャではなく、難民に金を使う選択肢は破滅に他ならぬ。
 
 ∧∧
(‥ )でもドイツとギリシャは
\−  関係がこじれたからねえ
 
  (‥ )金に困ったギリシャが
      ナチスの賠償にかこつけて
      ドイツにたかろうとして
      ドイツが切れた
      文化が違いすぎるというか
      心が違いすぎるというか
      なんというか
      ギリシャとゲルマン
      仲悪いよなあ
 
 
 夷狄をもって、夷狄を制す。かつてギリシャは国家を守ったゲルマンたちを、気に入らないという理由で皆殺しにした。ギリシャからすればゲルマンは人間ではない。彼らは動物の一種に過ぎぬ。娯楽で面白半分に殺して良い動物、それが本来のゲルマンだ。今でもギリシャからすればゲルマン諸国は成り上がりの青二才、くそったれな蛮族でしかなかろう。少なくともそう思っていても不思議じゃない。両者の歴史にはそれだけの差がある。だいたいゲルマン諸国は日本から見てすら若いのだ。
 
 ∧∧
(‥ )そしてあれね
\−  ギリシャに押し寄せた難民を
    ギリシャはドイツにせっせと
    送ってるとか言うね
    地図まで与える
    サービスぶりとか...
    本当かねえ
 
  (‥ )本当だったらすごいよな
      以前、おいらは
      カメノス国防相を
      笑ったけども
      それが本当なら
      ごめんねカメノス
      やっぱギリシャは
      予想の斜め上
      そーれギリシャ!
      ギリシャ! だな
 
 
 *カメノス国防相を笑った:ギリシャのカメノス国防相は、ギリシャを援助してくれないのなら、ドイツにISISのテロリストが紛れ込んだシリア難民をわんさか送るぞ! と恫喝まがいの発言をして物議をかもした。しかし難民はギリシャを素通りしてドイツになだれ込む始末。送り込むも何も、ギリシャ、ガン無視ですがな、という笑い。

 のはずが
 
 ∧∧
(‥ )ところがどっこい
\−   ギリシャが率先して
     せっせと送り込んでいたなら
     やはりギリシャですよ
 
  (‥ )さすがギリシャ
      やることが汚い 汚い
      やっぱ文明が長い連中は
      すりきれちまって
      蛮族には思いもつかない
      ことをやってくれるぜ
      そこにしびれる憧れる

 
 **実際のところはどうだかしらない。本当だとしても、難民が行きたいのはドイツである。それにギリシャには余力などない。望みをかなえているだけであるし、当然というか必然でしかないんだろう。

 ∧∧
(‥ )でもどっちにしても
\−  ギリシャとドイツの
    こういうどうでもいい
    確執で
    ドイツとEUの運命は
    決してしまったのだと
 
  (‥ )とはいえだ
      離婚もそうだけども
      感情的なすれ違いって
      重大事項なんだよな
      だからこれは
      どうでもよいことではなく
      真剣な結果でもあろうなあ
 
 
 一世代後、ドイツ人とEUのゲルマンたちは、これを一体なんと振り返るであろうか?
 
 
 
 
      

股間と胸のパクリは致命的ではないだろうか?

 
 写真を参考に描く。
 
 複数の写真を結合するとそれはコラージュになる。
 
 100年前のエルンストの時代はいざしらず、コラージュは、今では認めがたいものだろう。
 
 それなら先に構図を決めてから探せばどうか? 決めてから、参考になる写真や画像を探し描く。
 
 筋肉はどうなっているか、ふくらみやへこみはどうなっているか?
 
 先に決まっているのなら、すべては後付けの参考である。つまりトレスは回避される。

 たまたま非常に都合の良い写真があったとする。これをこのまま描いたらもろパクリだ。では複数の写真を参考にして、それらをつなげたら?
 
 ∧∧
(‥ )当然、二つの写真
\−  そのままでは
    くっつかないのが
    普通だよね
 
  (‥ )つまり
      くっつくように
      写真の視点を
      変える必要がある
 
 写真は立体をある視点から見て投影した二次元である。視点が一致しない限り、同じものを撮影した写真であってさえも接合は難しい。
 
 複数の写真を結合するには脳内で把握した立体を動かし、調整しないといけない。当然、そのためには写真のまま描いても意味はない。元写真に似てはいるが、違うものを描いてから接合するのだ。
 
 ∧∧
( ‥)この時点で写真から
    逸脱するわけだ
 
  (‥ )反対に
      写真を
      そのままトレスして
      イラストにする
      さらにオリジナル感を
      出すために
      複数のトレスを結合する
      これは実のところ
      むしろ難しいからな

 
 骨組みはこうだからこう結合しなければならない。するとこうなるはずだ。だからこのままでは駄目だ。さらに視点を調整しよう。

 こうやって出来上がるものは、参考にした写真ともはや別物だ。トレスにはならない。実際、トレスしていない。当然、コラージュでもない。
 
 ∧∧
(‥ )でも世の中には
\−  トレスしたあげくに
    うまく接合しちゃう人も
    いるよね
 
  (‥ )あれはかなり器用で
      根気づよいと
      思うのだけどな
      当てはまる
      都合の良い
      写真やイラストが
      見つかるまで
      ひたすら探すのかな

 例えば古くからアイドルの顔とヌード写真を切り貼りするというものがあった。これはちょっと考えれば分かるように、非常に難しい。パソコンの登場で画像加工は大変な進歩を遂げたが、技が必要である点では昔と変わりない。
 
 だが、今でもそっちの方で技を発揮する人はいるのである。さっき見た事例は、このイラストはキメラだ! といってネットで取り上げられていた女性キャラであった。それはどうやら、名の通ったイラストレーター、有名なアニメ、あるいはちょっとマイナーなゲーム、それらの女性キャラの部分部分をうまい具合に結合したものである。
 
 ∧∧
( ‥)気づく人も気づく人だけど
    トレスしちゃう
    その人も器用なもんですね
 
  ( ‥)...んー
    −/ 股間と胸をぱくったのが
       致命的だったのかな?
 
 ∧∧
( ‥)なにゆえ?
 
  (‥ )男性が女性キャラを見る時
      一番注目する部分だろ?
      ここでぴんと来たら
      後は芋づる式だよな
 

 
 
    

丸め込み屋

 
 ∧∧
( ‥)パクリやトレスをした
    人たちの気持ちって
    分かる?
 
  (‥ )そりゃあ分かりますよ
    −/
 
 本でも雑誌でも論文のイラストでも良いし、ネットに転がる様々な写真でも良い。それらを見比べて独自のものを作り出す。
 
 こんなの簡単。複数の画像を接合すれば独自なイラストになるはず…

 
 なのだが、これが簡単なようでいて非常に難しい。
 
 ∧∧
(‥ )ところがトレスすれば
\−  一発ですむ
 
 
  (‥ )何度描いても
      うまくいかない
      あらゆる組み合わせ
      を試しても
      出来上がってくるのは
      ”これじゃない感”
      時間はない
      〆切が近づく
      あせる疲れる諦める
      そりゃもう
      トレスしたくもなる
 
 とはいえ、この”複数の画像をうまく接合できない問題”、実は骨格や形が良くわかっていないことが原因であったりする。
 
 ∧∧
( ‥)骨格を理解できていないのでは
    そりゃあ
    うまく接合できませんわな
 
  ( ‥)だからさ
    −/ トレスしたのに
       出来上がったものが
       おかしいってことも
       起こるのだよな
 
 トレスなのだから、なぞれば良いのだろ? と思ってしまうが、実際はそうではない。この部分はこの部分である。この線とこの線がつながっているように見えるのはたまたまで、実際には全然別の線である。こういうことは写真において普通に起こる。

 骨組みを理解しないままトレスすると、ここで誤謬を起こす。つなげてはいけない線をつなげてしまう。たとえトレスであっても、そこには描き手の理解が出てしまうのだ。理解が不十分だとトレスといえどもおかしくなる。
 
 ∧∧
(‥ )トレスしたのに
\−  出来上がりがおかしくなる
    それはこうして起こる
 
  (‥ )接合がうまくできない奴は
      トレスだって
      うまく出来ない
      そういうことなんだよな
 
 逆に言えばこうである。複数の写真やイラストを自在に接合できる人間はトレスもうまい。
 
 ∧∧
( ‥)それでもトレスした方が
    楽だからみんなトレスする
 
  (‥ )でもそれだと問題の根本は
      解決できないんだよな
      そこが我ら全員の
      悩みどころってものよ
 
 さて、今回はどう接合しようか。
 
 ∧∧
(‥ )あなたは複数の写真を
\−  結合魔改造することが
    多いよね
 
  (‥ )丸め込み屋と
      呼んでくれたまえ


 昨日、結合したものはインドリとオランウータンとテングザルとトラとスフィンクス(猫の品種)とシカであった。
 
 

 
 

2015年10月1日木曜日

世間の怒りには流されないぞー自慢

 
 ∧∧
( ‥)人間の行動を
    論理や心で
    理解してはいけない
 
  (‥ )論理は人の認識
      そして認識も心も
      脳神経が生み出すもの
      それらは影で
      人の本体そのものじゃ
      ないからな
      論理や心で人を
      理解するなど愚かなこと
 
 確かに論理も心も行動に影響は与えるが、しょせんは影。論理と心よりも前に本体が動いている。
 
 そして悲しいかな、論理も心も無知である。彼らは自分の本体である脳神経と肉体が持つ動機を理解してはいない。
 
 ∧∧
(‥ )人間の行動は
\−  金と名誉と社会的地位に
    よって理解されるべきである
 
  (‥ )あと無駄自慢な
 
 人間は無駄自慢することで社会的地位を誇示する。

 
 そう考えると宗教家が時として禁欲主義者なのは分かりやすい。
 
 ∧∧
( ‥)なに? じゃあ禁欲主義は
    我慢大会か?
 
  (‥ )そんな程度の理解で
      良いと思うけどな
 
 禁欲主義者が困ったちゃんなのは、自分の無駄自慢を人に押し付ける点であろうか? 
 
 ∧∧
(‥ )俺様は女人不犯なのに
\−  なぜお前たちは俺を
    認めずに
    あまつさえ肉欲に走るのか?
    とかですかね...
 
  (‥ )無駄自慢なのだから
      我は我なり! と
      孤高を貫けば良いのだが
      なんというかな
      無駄自慢だけにな
      どうしても
      自慢したくなるし
      自慢する以上は
      俺様を認めろと
      自分と同じ価値観を
      押し付けよる
 
 平和主義者もそうであろうし、ヘイトスピーチ禁止を言っている人間もそうであろう。
 
 ∧∧
( ‥)平和自慢?
 
  (‥ )感情的な周囲に流されない
      冷静な俺すげー自慢だろ?
 
 
 ただし、これは彼の基準による自慢でしかない。

 それゆえ、世間の流れとは違う怒りや憎しみには簡単に染まるのである。

 なぜって、彼らの冷静自慢は、あくまでも”世間と同じ感情の流れには流されないぞ!”自慢でしかないからである。

 そうである以上、自分が抱いた怒りが世間の感情と違う怒りであるのなら、それを爆発させても問題ないし、事実、爆発させておる。

 ヘイトスピーチ反対の叫びが、言葉と裏腹に憎しみで満ちあふれているのはそのせいだろう。
 
 ∧∧
(‥ )端から見ると
\−  自分勝手に怒っている少数派に
    見えちゃいそうですけどね
 
  (‥ )というか
      実際にそう見られてるべ

 
 人間の行動のほとんどは、無駄自慢で説明できる。私たちに素晴らしさなどほとんど無い。
    
 
  

口語にすれば分かりやすい、は間違いだろう

 
 学校図書館の司書の先生と話して曰く、最近の子供は読解力が落ちたと。
 
 
 ∧∧
(‥ )少なくともその人の
\−  感想では本を読む力が
    衰えているのだと
 
  (‥ )その通りだとしても
      衰える理由が
      ちょっと
      見当たらないなあ…
 
 ここ最近で読解力に影響を与えるような社会的な変化って、あったっけ?
 
 ∧∧
(‥ )Lineとかネットでの
\−  やり取りは増えたよね
    近年の変化というと
    これだよね
    でも
    表示が機械である以上
    活字は読んでいるわけだよね
 
  (‥ )それでも読解力が
      落ちるとしたら
      単純に文化の違いかね?
 
 
 ネットでの書き言葉は口語だ。それに対して書籍の書き言葉はなんだかんだいって、文語である。
 
 ∧∧
(‥ )単純にこの違いですかね?
\−
 
  (‥ )例えばだ
      話すように書けば
      分かりやすいですよ♡
      という
      アドバイスは以前から
      あったわけだ
      つまり
      文語の壁はこれまでも
      存在したことが分かる
 
 近年は本で活字に触れるよりも、口語を機械表示した活字(より適切にはフォント)に触れることが顕著になった。今の若者は口語を読むことに慣れているから、文語の壁が以前よりも高くなった。それだけのことかもしれぬ。
 
 同じ人間なのだから脳が持つ読解力が急激に落ちるということはありえない。急激に変わるとしたら、文化だろう。文化の壁は理解不能を生み出す。
 
 ∧∧
( ‥)それじゃあ
    これからは
    話すように本を書きますか?
 
  (‥ )話し言葉で書けば
      分かりやすいですよ♡
      か….
      あれをドヤ顔で言う奴は
      たいがいは
      文章を書いたことが
      無い奴だけどな
 
 というか、会話を理解していないのだとも言える。
 
 口語が会話なら、文語は会話たり得ない。
 
 確かに書籍とは著者が読者に説明するものではある。
 
 だがしかし、書籍において、書き手は読者の目の前にいるわけではない。つまり一対一の対話ではない。ここにはやり取りが無い。

 当然、やり取りによる返答と、聞き手の理解に合わせた現在進行形の調整は、書籍には存在しない。
 
 ∧∧
(‥ )話し言葉による説明は
\−  実のところ
    特定の聞き手相手に
    特別にその場で調整された
    その場限りの説明なのである
    分かりやすいのは当たり前
 
  (‥ )だから
      会話は意思疎通の手段に
      なるのだがな
      でもこれ
      言い換えればだ
      話し言葉は書き言葉に
      なりえないということ
      だよね


 特定の相手の理解に合わせて、質疑応答しながらする説明。それが話し言葉であり、口語。だからこそ分かりやすい。
 
 そうだとするのなら、文語調を口語調にしたから本が読みやすくなるなどということはない。
 
 口語が分かりやすいのは、口語だからではない。現在進行形で説明を調整するからだ。むしろ現在進行形で調整を進める時に使うのが口語である。そう言った方が良いかもしれない。

 だから、文語を口語に書き改めれば本は分かりやすくなる、というのが本当なら、書き改めた瞬間に、読者個人個人の理解に合わせて本の説明が各自随時適切に現在進行形で変わらなければならない。だが、当たり前だがそんなことはない。
 
 つまり口語にすれば分かりやすくなる、ということはありえない。
 
 文語は口語にすれば分かりやすくなりますよ、という考えは、属性の帰属を勘違いした例なのかもしれない。

 本当なら、”分かりやすい会話”の属性として口語があると理解すべきなのだ。
 
 だが、多くの人は反対に勘違いした。口語には”分かりやすい”という属性があると思い込んだ。

 だから文語を口語にすると分かりやすいと結論してしまう。

 もちろんこれは間違いである。口語には”分かりやすい”という属性はない。無いものをいくら累積させても0は0である。分かりやすくはならない。
 
 そもそも、話し言葉にすれば分かりやすいというのなら、対談本は話の内容が分かりやすいはずだ。
 
 ∧∧
(‥ )でも残念
\−  対談本は
    よく分からないよね
 
  (‥ )対談する人たちは
      対談する相手に合わせた
      会話を
      しているだけでな
      第三者の読者は
      置き去りだからね
      分かりやすくは
      ならないよね
 
 ならないどころか、対談本には話についていけない読者のために、編集の注が入る有様である。
 
 
 ∧∧
( ‥)キャラ同士の対話で進むという
    形式の本もあるけどね
 
  (‥ )ガリレオの天文対話とかな
      でもその手の本が
      馬鹿売れしているか
      というと
      そんなことないよね
 
 そもそも、それで分かりやすくなって馬鹿売れするのなら、出版界がそれを放っておくことなどありえないのである。もちろん、そういう本もあることはある。だが、広まっていない時点で、結果はすでに明らかなのだ。
 
 ∧∧
(‥ )さて? ではどうします
\−  分かりやすさと口語体で
    唯一成功したと言えるのは
    萌えと漫画で解説ぐらいでしょ
 
  (‥ )あれだな
      分かりやすさに必要なのは
      口語でもなく対話でもなく
      話すように語るでもない
      必要なのは感情移入できる
      キャラと顔なのかも
      しれないな
 
  
 

2015年9月30日水曜日

正しい生き方とは許されざる罪である

 
 東京オリンピックのエンブレムがパクり疑惑
 
 ∧∧
(‥ )自主的に撤回したから
\−  もう旬を過ぎた話題だよ?
 
  (‥ )だからするのさ
 
 エンブレムさん。大手で下積みをして、ニャンマゲ様をデザインして。独立して、事務所を構えて、大きくして、部下を抱えて、仕事を自動生産するとことにまでこぎつけて…
 
 
 ∧∧
(‥ )あんなの身内同士で
\−  公募と参加と審査を繰り返す
    出来レースじゃないかwww
    と揶揄する意見もありましたよね
 
  (‥ )いいんだよ
      出来レースでも
      身内同士のなれ合いでも
      それで仕事が進めば
      それでいいんだ
 
 ∧∧
(‥ )あんなのパクリじゃないか
\−  そういう声
 
  (‥ )いいんだよ
      デザインでも創作でも
      絵でも曲でも全部は
      なにかしらのパクリだ
      それに
      パクリもセンスが
      なかなかに良いじゃないか
      良いものをパクっとる
 
 
 ∧∧
(‥ )致命的だったのは
\−  ネット画像の無断引用だった
    わけだけどね
 
  (‥ )こればっかりは失政だな
      部下を十分に
      監督できなかった
 
 でも部下を抱えて自分の名前で仕事をさせるというやり方は正しい。漫画でも、事務所化、プロダクション化によって、とっくの昔に作品は漫画家本人の手から離れ、漫画家が死んでも問題なく連載が進行するということはよくあることだ。
 
 もちろん、世間体はあるから、目だけは先生が描いています! とか、公式な嘘をつくことを忘れてはならぬ。
 
 ∧∧
(‥ )つまりエンブレムさんは
\−  決して間違った生き方を
    していたわけじゃ
    ないんだよね
 
  (‥ )下積み、独立、事務所化
      隙があったのは確かだが
      生き方は間違っちゃいない
      というかむしろ正統だし
      正しい生き方だ
 
 だが、彼は失脚した。ここから次のことが分かる。
 
 正しい生き方は全く評価されない。
 
 だがしかし、多くのデザイナーがエンブレムさんを擁護したし、素人丸出しなデザイン乱立やパクリ狩りを批判したのであった。
 
 これらすべて、正しい生き方をして何がいけないのか? 一体何が問題なのか? そういう正当な叫びであったと受け取るべき。
 
 ∧∧
( ‥)でもね
    この擁護のせいで
    むしろ大炎上ですよ
 
  (‥ )それはなぜか?
      今や答えは簡単だな
 
 それは正しい生き方だから批判されるのである。

 正しい生き方をして何がいけないのか? この怒りが正当であるにも関わらず愚かである理由はここにある。それは現実を見れば明らかではないか。

 正しい生き方とは許されざる罪なのだ。
 
 
 
 さてもさても
 
 ∧∧
(‥ )あなたは正しくない生き方を
\−  している割に
    成功してないのはなぜよ?
 
 
  (‥ )正しい正しくないと
      成功するしないは
      関係ないからな
 
 もちろん、評価するしない、評価されるされない、とも関係ない。
 
 ∧∧
( ‥)残念ながら?
 
  (‥ )残念ながらね
 
 
 
 

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