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2015年2月6日金曜日

すべての村八分が不正であるという前提

 
 ∧∧
(‥ )自己責任って
\‐  所詮は自業自得と村八分
    そういう村の理論じゃないか!
    そう怒っている人が
    幾人もいますよね
 
  (‥ )それは村に対する
      不当な差別かい?
 
 まあ、差別とか権利とか自由とか、そういう言葉を使うと話があらぬ方向へそれるので、こう言えばどう?
 
 自己責任論は村八分と同じだから不当である。この主張はすべての村八分が不当であるという前提が無いと成立しないが、この前提はそもそも正しいのだろうか?
 
 ∧∧
(‥ )この村であの人が
    村八分なのはなぜですか?
 
  (‥ )村の10歳の童に
      手を出したので
      若い衆でリンチした後
      でもお父さんは立派だし
      こいつの父ちゃんには
      世話になったし
      殺すのはあんまりなので
      半殺しの後
      村八分で妥協したのです
 
 ∧∧
( ‥)正当な理由がある場合も
    ありうるでしょうと
 
  ( ‥)そもそもだ
    ‐□ 村八分と同じだから
      不当である
      この理屈の建て方では
      根拠は不明に
      なってしまう
 
 村八分は不当である
 自己責任論は村八分である
 ゆえに自己責任論は不当である

 これは、不当であるから不当なのだ、と言っているだけで、そのルールを破ったものに制裁が加えられること、これにどんな正当性があるのか? あるいはないのか? という議論がすっぽり抜けている。
 
 ∧∧
(‥ )これは不当なのだから
\‐  不当なのだ
    こう言うと
    循環論法的で
    根拠が行方不明になる
 
  (‥ )それじゃあ何も
      言っていないのと
      同じなんだよね
 
 多分、状況はもっと単純なのである。
 
 危険地帯にいこうとする人がいる。それには理由があろう。理由は賭けでもあろう。
 
 ∧∧
( ‥)それを止めるすべはない
 
  (‥ )人間には自由がある
      国や官僚に出来るのは
      口頭で意見を申し述べる
      ぐらいだな
 
 それで賭けに勝ったら御の字である。場合によるが経験を得て、あるいは名誉や金を手に入れることになろう。
 
 ∧∧
(‥ )でもその人が賭けに負けたら
\‐  国は責務を果たさなければ
    ならないだろう
 
  (‥ )義務だからな
      それでせっかくの休暇が
      吹っ飛ぶ人間だって
      いるだろうけどね
 
 もちろん、だからこそ国家に関わる人間は高給をもらっているのだとも言える。とはいえ、愚痴ぐらいはこぼしたくもなるだろう。
 
 つまりどっちを取っても支払いがあり、利益がある。
 
 賭けと義務、支払いと利益、どちらも単純にそれだけの話だってことになる。しかめっつらしく、理念を振りかざして語ってもしょうがない。
 
 それにしても、人によっては言うのである。救うのが義務だ。お前たち官僚の休暇や家族サービスなんか知るか、だから高給取りなんじゃねえのか? 義務を果たせ税金泥棒と。
 
 ∧∧
(‥ )でもこれはこれで
\‐  自己責任論を
    伝家の宝刀的に
    振りかざしているってことに
    なりますかね
 
  (‥ )自己責任論は不当だ!
      と言いつつ
      こういうことを
      二枚舌的に言う人は
      意外と多いみたいよね
 
 

2015年2月5日木曜日

需要があるとは供給が足りないことを....

 
 人間の発想は論理的ではない。むしろ論理では正当化できない発想から逆算するような形でお話を組み上げる。
 
 例:タクシー乗り場で並ぶ人は馬鹿に違いない。なぜなら他の場所でタクシーをすぐ拾えるはずだからである。つまり馬鹿だし、なぜ馬鹿かというと並ぶのが好きだし、並ぶ事、それ自体が目的化しているのであろう。
 
 もちろん、これだけではお話だ。お話はいくら理路整然と述べられていても、現実と照らし合わせないと正しさが分からない。それには証拠が、あるいは反証があるか確認する必要がある。
 
 例えば以上に対する反証:タクシー乗り場の近くでは、乗り場以外でタクシーを拾う事はできないよ? まさかそんなことも知らないで皆を馬鹿だとか、そういう悪口を言っていたの? 
 
 これはこの話=>hilihiliのhilihili: 根拠の無い思いつきを理路整然と述べる
 
 
 ∧∧
(‥ )以上は単純な反証で
\‐  論破されてしまった
    悪い例だけども
 
  (‥ )まあ人間の思考は
      ほとんど全部これなので
      こういう動作
      これ自体を否定することは
      できないのよね
 
 主張の展開が論理的か非論理的かどうか、それはあまり重要ではない。検証しているかどうか、それが問題だ
 
 ∧∧
( ‥)では、あなたは
    根拠の無い思いつきで
    何を述べます?
 
  ( ‥)課長島耕作は
    ‐□ 大人のラノベだ
 
 聞けば、島耕作は離婚したという。しかし彼の娘は彼になついている設定だという。ある人がこれを評して曰く、仕事さえしていれば娘が自分を受け入れてくれる。なんともご都合主義であると。
 
 だかしかし、ラノベというものは小説のような小難しい無駄自慢とは違う。もっと素直で需要に応じたものだ。
 
 課長島耕作が大人のラノベであるとした場合、これは作者ではなく、読者に合わせたご都合主義ではないだろうか?
 
 
 ∧∧
( ‥)つまり?
 
  (‥ )皆さん、
     仕事をしている自分を
     認めて欲しがっている
 
 しかし、”娘に認められている主人公”、が求められている、とは現実世界では、このような需要に対して供給が無いという事を示している。
 
 ∧∧
( ‥)つまり?
 
  (‥ )みんな
      仕事で頑張る俺を
      家族は評価してくれない
      それを不満に思っている
      そういうことじゃね?
 
 離婚したが娘には認めて欲しい。
 
 確かに妻からの評価は放棄しても良い。妻は所詮は赤の他人だ。だが、血のつながった娘には自分を認めて欲しい。
 
 娘だけには! 娘だけには!
 
 だが以上から考えると、現実はそうではない
 
 ∧∧
(‥ )なんか嫌な話になってきたな
\‐ 
 
  (‥ )話を続けるとだな
 
 平均的な努力を平均的努力から見ると、それは自分と同じく平均的なので、努力しているようには見えない。同じ速度である人間はお互いに止まって見えるのと同じ。
 
 つまり自分の努力は他人から見ると存在しないわけで、これを踏まえると、自分は頑張っているという自己評価は他人から見た場合....
     

 

根拠の無い思いつきを理路整然と述べる

 
 こんな話
 
 タクシー乗り場で行列を作る奴は馬鹿だ。道の向こうへいけば良いだけの話じゃないか。きっと行列を作って安心したいだけなんだね。
 
 これに対する回答
 
 タクシーはタクシー乗り場以外では人を乗せないよ? 知らないの?
 
 ∧∧
(‥ )タクシー乗り場近辺では
\‐  そういうものですよね
    
 
  (‥ )みんなで客の奪い合いを
      しても良いけど
      そうしない
      まあ紳士協定みたいな
      ものなのかな?
      秩序があった方が
      混乱もしないしね
      だから
      まずタクシーが並ぶ
      ゆえに客も並ぶ
      それだけの話だな
 
 とはいえ、ここから分かることがある。
 
:タクシー乗り場に行列がある
 
 これは現実であり、現実の観測だ
 
:道の向こうへいけばタクシーはすぐ捕まえられるじゃん
 
 これは疑問である
 
:つまりみんな行列を作りたいのだ
 
 自分の疑問に対して、自分が思いついた答えを言っている
 
:きっと行列を作りたいだけなんだね?
 
 これは思いついた答えを説明できる説明を思いついたということ
 
 ∧∧
(‥ )つまり仮説発見ですね
\‐
 
  (‥ )タクシー乗り場の行列は
      行列を作って
      安心したいから
      出来るのである
      だから
      彼らは馬鹿なのである
      こんな説明は
      演繹や帰納では
      正当化できない
      だろうからな
 
 仮説発見とは物事を説明する答えを何の根拠もなくいきなりどっかから持ってくることだ。
 
 ∧∧
(‥ )頭が狂ったような
\‐  いかれた動作なんだけど
    人間の思考や動作や判断の
    大部分ってこれなんだよね
 
  (‥ )後は思いついた答えを
      理路整然と申し述べる
      世間の人が言う論理って
      大概はこういうの
      なんだよな
 
 行列を作るのは非合理だ
 行列を作るのは安心したいからに違いない
 行列をつくる奴は馬鹿だ
 
 思いつきを理路整然と言っているだけで、実は根拠はどこにもない。
 
 ∧∧
( ‥)そして実際には
    タクシー乗り場の近辺で
    乗り場以外の場所で
    タクシーを拾おうとすると
    並んでくださいって言われるよ
    そういう現実の証言や
    体験がございます
 
  (‥ )つまり
      タクシー乗り場で
      行列を作るのは馬鹿だ仮説
      この仮説は
      反証によって
      破壊されたわけだな
 
 タクシー乗り場で行列を作るのは皆が馬鹿だから仮説、これは検証を怠った安易な動作なのだとも言える。
 
 ∧∧
(‥ )言い換えれば世の中にある
\‐  論理とか
    ロジカル・シンキングとは
    検証を行なわない
    安易な思いつきなのだと
    根拠の無い思いつきを
    理路整然と書くことで
    ドヤ顔しているだけだと
 
  (‥ )そう見えるよな
 
 少なくともそういう事例がある以上、無下に否定できまい。
 
 推論の過程で思いつきは大事なのだ。しかし以上で見たように、思いつき、それだけでは意味がない。
 
 そして思いつきは理路整然と述べることで価値を増したりしない。思いつきの価値が増すのは、それが正しいことを支持する証拠が十分にあるかないか、それ次第である。
 
 論理を重視する姿勢は、見た目は格好よいが、実のところ肝心なこの部分をおろそかにしている。
 
 
 
 
 

2015年2月4日水曜日

空気が変ることがある

 
 公園へいって資料を読んでいると、老人たちの話す声が聞こえた。老人は孤独である。そして暇である。運動不足を解消しようと足を運ぶ先の公園で、自然とお互いに会話を求めるものだ。
 
 老人が言う
 
 あれが宗教の恐ろしさ
 
   ああ、イスラム国の
 ∧∧ ことだね
(‥ )
 ‐( ‥)ヨルダンのパイロットを
   ‐□  生きたまま焼いて
      動画をアップしたからな
 

   イスラームだと
   人を焼くのは 
 ∧∧ 良くないのだよね
( ‥)
 ‐( ‥)以前、一時だけども
   ‐□ イランの人が日本に
     たくさん出稼ぎに来たことが
     あって
 
 休みともなると大勢のイラン人が代々木公園に集まったので、リトル・テヘランと言われた時であった。
 
 90年代の話である。
 
 ともあれ、それだけたくさんの人が来ると日本で亡くなる人も出る。自治体は普通に火葬するのだが、これにイラン大使館は抗議した。
 
 人は曰く。不法就労の人を、それでも荼毘に付したのに、なぜ抗議をするのか?
 
 だがそれはむしろ次のように考えるべきなのだろう
 
 法のグレーゾーンだかなんだかを使って日本で不法就労していた。とはいえ、その遺体を焼かれてしまったら、国家として抗議しないと国民に顔向けできぬ。
 
   人を焼くってのは
   そのぐらい
 ∧∧ ひどいことなんだよね
(‥ )
 ‐( ‥)しかも今度の事は
     生きた人だろ?
     日本人から見ても
     おいちょっと待てよ
     という話だ
 
 日本は切腹と介錯の文化だ。その日本人からしても人を生きたまま焼いて処刑するというのは、恐ろしい以前に不愉快である。
 
 ましてやイスラームの人々はこれをどう思うか。
 
 イスラム国もおしまいか。
 

   イスラム国って
   使って欲しくない 
 ∧∧ そうですけどね
( ‥)
 ‐( ‥)そりゃそうだろうなあ
 
  
 公園の老人たちは言っている。
 
 ああいうのは断固として...
 
 やはり不快感は同じらしい。
 
 そういえば世の中にはこういう空気を読めぬ人間も多い。聞けば、テレビのニュース番組では、こんな事態や相手にも関わらず、文化人やら知識人やらが、安倍首相がいけないのだ、とか口を尖らせ、お前はテロリストの広報部なのか? ともとれる発言をしているそうだ。
 
 どこまで本当は分からぬが、しかしそういえば、彼らはしばしば
 
 空気を読めとはどういうことか??! 
 
 と不満を述べる。ネットは空気を押しつける相互監視社会だと苦言を述べる。
 
 言い換えると、ご本人たちが、空気を読めない奴、というレッテルを貼られて難儀したことがあるのだろう。
 
 ∧∧ 空気を読めない人たち
(‥ )
 ‐( ‥)親の命令や
   ‐□ 理念に固執する人間は
     必然的に空気を読めない
     でも周囲の白い眼は
     認識できてしまう
 
 あの連中が言論の自由に固執するのも当然だろう。本当は、言論とは自由ではなく、混沌でなければならぬ。
 
 だがしかし、彼らは反対だ。彼らは”これが真の自由だ”という自由の理想型に固執して、そうして統制に走るのである。
 
 残念ながら自由は女神であって顔がある。整った顔を持つものが自由であるわけがない。所詮、女神なんてものはあばずれだ。
 
 真と可能性は顔無き混沌の中にあり。
 
 しかしそれでも固執する人間は自由と女神に固執する。
 
 これも空気を読めぬ人間の必然ということだろうか。
 
 
   でもそれも
   今回の件で
 ∧∧ 終わりですかね
( ‥)
 ‐( ‥)空気の読める一般人は
     知識人のようには考えぬ
     それは公園で耳をすませれば
     分かること
 
 なれば行き着く先も定まっているだろう。
 
 彼らは口をつぐみ、そして彼らは滅びへ向かうこととなるのだろう。たとえ100万言を積み上げて自己弁護しようが、空気とはそういうものだろう。
 

 

論理的な言語で罵詈雑言

 
 
 ∧∧
(‥ )英語は論理的な言語だ
\‐  そう言う人は多いよね
 
  (‥ )でもそれはあくまでも
      上っ面の話だろ?
 
 
 英語を使えば思考が論理的になるとか言い出す人もいる。
 
 だがしかし、人間の推論や思考の大部分は論理的にはまったく正当化できない飛躍で行なわれている。つまりだ、思考が論理的になるとは、日常の動作が全部フリーズするということであって、それは要するに、死ね、と言っているに等しい。
 
 ∧∧
( ‥)そもそもですよ
 
  (‥ )英語を使えば
      思考が論理的になるって
      この発想これ自体が
      非論理的だと思うがな
 
 というか、これではただのオカルトである。
 
 それにだ、英国人ときたら、非常に丁寧なお悔やみを申し上げる文面でもって、
 
 こんな馬鹿は死んで良かったんだ、事故でぺちゃんこだってさ、ざまーみやがれ、ぷっぷー
 
 みたいなことを書いたりする人々だ。
 
 ∧∧
(‥ )言語が論理的に出来ていても
\‐  そういう表現がちゃんと
    出来る訳だね
 
  (‥ )人間って
      可能性に満ちてるよな
 
 
  
 

2015年2月3日火曜日

人工衛星だとすると反射面がでかい?

 
 昨晩、19時少し過ぎに見たあの光はなんだったのか?
 
 気づいた時、それはアンドロメダ座γ星アルマクの北西で輝き、最初は1等級に、そうしてみるみる減光して10秒程度で暗い星のようになり、そして見えなくなった。ISS、つまり国際宇宙ステーションかと最初は思ったが、動いてはいなかった。少なくとも動いていると即座に判断できるような速さでは移動していない。
 
 つまりこの話=>hilihiliのhilihili: 19:15より少し前の光
 
 ∧∧
(‥ )自然現象ではない
\‐  ですよね...
 
  (‥ )自然現象なら
      動くか時間がかかるか
      どっちかだよな
 
 
 流星なら動く、遠くの恒星なら光度の変化には時間がかかるはず。
 
 小さいものが輝くには地球の大気に突入する流星のように、運動エネルギーを熱と光に変換することになろう。必然的に動くことになる。
 
 恒星のように遠くのもので、しかも通常は眼で見えないような暗いものがいきなり増光する場合なら、大変なエネルギーがいる。そんな巨大な自然現象が秒単位で変化するとは、いくらなんでも無茶な仮定だ。
 
 確かに5等級ぐらいいきなり増光するような星もあるけど、それは赤色矮星で、非常に暗く、増光しても肉眼で見えるようなものじゃないし、減光も数十分とか数時間かけて起こる。
 
 そもそもそんな自然現象があるのならもうとっくに知られているはずだ。
 
 ∧∧
( ‥)つまり人工物だろう
    そして
    動いて見えないとしたら
    飛行機ではない
    
 
  (‥ )飛行機が一見すると
      動いて見えない時もあるが
      それは遠くにある場合で
      必然的に見かけの高度は
      低くなるからな
 
 例えば夕暮れの光を浴びて輝く旅客機。あるいはサーチライトのように照明をつけて接近してくる軍用機。これらは遠くにいると動いているようには見えない。一見すると星に見えることもある。だけど、距離が離れているからあまり高い場所では見えない。高い場所で飛行機が見える時、それはもうこちらに接近している時で、その場合はちゃんと動いているのが分かる。
 
 それに点滅もしないし、減光するというのが意味不明だ。サーチライトはああいうのではないし、飛行機は警告灯などを点滅させている。
 
 とはいえ、減光の様子自体は、夕暮れの旅客機に似ていた。
 
 物体が移動すると、物体に反射された光が照らす位置もずれる。つまり定点から見ると、急激に輝き、そうして暗くなる。
 
 例えば夕暮れに飛ぶ飛行機は一時、輝く光点になって、そうして急激に減光することがある=>hilihiliのhilihili: 飛びゆく飛行機、去りゆくUFO
 
 
 ∧∧
(‥ )でも時刻は19時
\‐  もはや夕暮れではないね
    
  (‥ )太陽光が届く高度を
      飛べるのは
      人工衛星だけだよな
 
 しかしISSのようなものではないだろう。ISSは1等級以上に輝くが、高度が300キロぐらい。遠くにあって地平線にごく近く見えるような時は動いて見えないが、見上げるようなところまで来ると明らかに動いて見える。
 
 ∧∧
( ‥)つまり昨晩のものは
    高度が非常に高い
    人工衛星?
 
  (‥ )だとしても妙なんだよな
 
 ISSは100メートルはあるようなしろものだ。ISSよりもずっと高く、一見すると動いて見えないほど高い軌道を飛びながら、ISSに匹敵するほど太陽光を反射する物体とはなんだろうか?
 
 ∧∧
(‥ )非常に大きな
\‐  反射面を持っている
    そういうことですか
 
  (‥ )急激に減光して
      見えなくなる
      それと整合的では
      あるよな
 
 人工衛星には変光するものもある。時にはフラッシュのように輝くものや、明滅をゆっくりと繰り返すものもある。複雑な形の物体が太陽の光をそれぞれの面で反射させているので、変光して見えるのだろう。それは飛行機の警告灯とはまるで違う明滅である。だが、飛行機の反射光だとこれに近いことが起こる。夕暮れの飛行機を眺めると、一回輝き、それから時間を置いて再び明るく見えることがある。

 人工衛星の中には、変光の様子が激しすぎて、ぴかっ! といきなり光っただけで終わりに見えることもある。天空でいきなりフラッシュがたかれてそれっきりなので、一見すると謎現象だ。
 
 ∧∧
( ‥)だが実は肉眼では見るのが
    厳しいほど暗くなっただけ
    お空の条件が良いと
    動いていくのが見えたよね
 
  ( ‥)2014年の4月10日に
    ‐□ 書いているね

=>hilihiliのhilihili: 明るい灰色の空に天の川を見た
 
 
 だが、あれも動いて見えたのである。しかも減光は急激だ。
 
 ∧∧
(‥ )昨晩の事例は
\‐  高い高度を非常にゆっくり
    移動するから
    反射した光がこちらを
    照らさなくなるまで
    時間がかかる
    だから減光に10秒はかかった
    そういうこと...ですかね
 
  (‥ )そして
      その高度でありながら
      ISSに匹敵する輝きを持つ
      確かにISSは-4とか-2等級
      昨晩のものは
      それより暗い1等級だ
      だがこれだけ明るい
      人工天体はISS以外には
      まずお目にかかれない
      あの明るさを
      そんな距離で実現するほど
      巨大な反射面を持つ
      人工衛星とは
      一体なんだろうな?
  
 打ち上げのことを考えると、反射の正体は人工衛星本体ではなく、なにか折り畳んだものを薄く広く展開したのではないかと思われるけども、それってなんだろうか?
 
 
 ちなみにネットで検索しても、これを見た、という人がいないようなので、やはり光の反射であると考えるのが無難であるように思われる。鏡で照らせば分かることだが、光の反射は一部の地域でしか観測できない。上を見上げて夜道を歩く暇人は、そう多くはないはずだ。だとすればほとんど誰も気がつかないだろう。
 
 
 

2日のラブジョイ彗星とアルマク


 ラブジョイ彗星(C/2014 Q2)はおひつじ座を抜けてアンドロメダ座を移動中。まもなくアンドロメダ座γ星アルマクの近くを通過する頃合い。


 20時にもなるとアンドロメダ座は西の地平へ傾くので、それに沿って星座の写真とラブジョイ彗星のおおまかな位置を図示するとこんな感じ。













 
 1月23日の位置と、日付が変ってすでに昨日、2月2日の位置はスケッチで確認済み。2月20日の位置は予報されているおおまかな位置。
 
 ∧∧
(‥ )...ちょっと見にくい画像だね
\‐  暗いしよく分からない
 
  (‥ )でもさ都市部で見る空って
      こんな程度しか
      見えないんだよなあ

 
 この画像で根を上げていたら、実際の星空はもっと分からないだろう。都市周辺では、眼をこらすとカシオペア座とおひつじ座が見えて、そうしてアンドロメダ座のアルマクが暗く輝くのが分かる。そんな感じである。
 
 そしてラブジョイ彗星もずいぶん暗くなった。さらに1日当たりに動く速度が小さくなっている=>Untitled Document
 
 ∧∧
(‥ )地球から遠ざかって
\‐  いるからね
 
  (‥ )1月の上旬までは
      スケッチすると
      A4のボードに
      3日分しか
      描けなかったけど
      今だと一週間分ぐらい
      描けそうだよ
 
 暫定的に31日、1日、2日の位置を示すと以下のような感じである。ちなみにこのスケッチの左上にある一番明るい光点がアルマク。











 予報では5日頃、アルマクに接近するそうである(残念ながら天気は悪く見れない予測だが)。
 
 ∧∧
(‥ )とはいえスケッチから
\‐  予測しても
    5日に通過するだろう
    そんな感じだよね
    きちんと予報できるのだね
 
  (‥ )天体現象の運行を
      予測する計算力
      人間はここに至るまで
      本当に大量の努力を
      支払ったのだ

 
 ちなみに、以上のスケッチで描かれた領域、角度にして2度ぐらいの領域なのだけども、ここにはアルマクも含めて二重星が三つある。なかなかにきれいな星たちだ。
 
 
 *2015.02.15以下追記
 
 ラブジョイ彗星2014 Q2は2月15日の時点でアンドロメダ座51番星の近くを通過中。速度は遅くなり、予報は2月21日ぐらいにペルセウスφ星(下のスケッチでは左にある星)の近くに至る模様

 *2015.02.18追記と訂正
 より正確には18日、φ星の脇を通過。これは実際に確認済み。20時の時点で、φ星から半度の位置にあった。また、予報をより正確に言うと、20日、21日にφ星の左(望遠鏡で見た場合でのこと)にある星と、本来はそこの近辺に見える惑星状星雲M76に最も近づくとのこと。つまり近隣を通過する。ただし、関東など空が明るい場所ではM76は見えない。
 










 ペルセウス座φ(ファイ)星の相対的な位置はこちらが分かりやすい、ただし、今の季節、夜のアンドロメダ座は西の地平にかかり、向きは上下逆になっている=>Untitled Document

 

2015年2月2日月曜日

19:15より少し前の光

 
 帰る途中、今日もラブジョイ彗星を見よう。今、アンドロメダ座はどのあたりであろうか? ふと空を見上げたら明るい星があった。
 
 アンドロメダ座のγ星アルマクからやや北西、光度は1等級ほど。ベテルギウスやプロキオンぐらいだろうか。色はオレンジがかかったにぶい黄色である。
 
 はて、あんなところにあんなに明るい星があったっけ? ISSかな? そう思って見ても動かない。そう思う間に、みるみる減光して、10秒もするとそれはかすかになり、そうして見えなくなった。
 
 ∧∧ なにあれ?
( ‥)
 ‐( ‥)なんだろうな?
     こんなのは初めてだが...

 
 飛行機なら警告灯を点滅させる。そして動く。
 
 人工衛星なら、急に明るくなる、そして消える。これは見たことがある。
 
 しかし数秒以上かかって減光しつつ、少なくとも動いては見えない、これは初めてであった。
 
 望遠鏡で眺めても分からない。時刻は19:15より少し前だ。
 
 なんだか分からん。
 
 
 
 以下へ続く=>hilihiliのhilihili: 人工衛星だとすると反射面がでかい?
 

給料がなぜこの金額なのか、老人は理解していなかった

 
 今の若者はなぜ消費をしないのか? 無欲なのか?? 馬鹿なのか??
 
 ∧∧
(‥ )お金がないだけでしょ
\‐
 
  (‥ )収入と支出で人間は
      行動します
 
 今の若者はなぜ世界に羽ばたかないのか? 馬鹿なの? 向上心がないの??
 
 ∧∧
(‥ )日本より良い場所が
\‐  どこにも見当たらないから
    それだけだよね
 
  (‥ )あったらとっくに
      移住してるよな
 
 そしてこれも収入と支出の話である。
 
 ここから分かることがある。若者批判をする老人、現在の若者の動向を理解出来ない老人たちは、実のところ収入と支出が理解できていないと。
 
 ∧∧
( ‥)....馬鹿?
 
  (‥ )率直に言うと
      そうなんだけどね
      実はそうではないな
 
 当たり前な話なんだが、馬鹿な老人も慎重な若者も、遺伝的には同じなのだ。というか、両親の世代の遺伝子を混ぜたものが子供の世代である。だとすると親が生まれつき馬鹿ということは平均的にはありえない。
 
 ∧∧
(‥ )ということは
\‐  馬鹿は馬鹿なんじゃなくて
    馬鹿になっちゃった
    それだけだと
 
  (‥ )収入と支出で物事を
      具体的に計算することが
      人生の中でなかった
      だからそのまま
      神経が固定されてしまって
      収入と支出を
      理解できない
      しようとも思わない
      というか
      そもそも認識できない
      そういうことだな
 
 いや、俺は収入と支出を計算したぞ、家を建てた時にローンを組んだ、というのなら、つまりこうである。
 
 給料からローンを組むことは、計算と言えるようなレベルではありませんでした。
 
 ∧∧
(‥ )少なくとも収入と支出
\‐  それらが具体的に何であるのか
    それを計算する立場ではない
 
  (‥ )端的に言うとな
      どうしてこの金額の給料が
      自分に
      支払われているのか?
      その原理を把握しないと
      駄目なんだね
      するとつまりそれが
      分かっていなかった
      そういうことだろうね
 
 要するにである。老人たちは単に金をもらって、単にそれを使った、それだけの話で、この金額がなぜ生じるのか、なぜこの金額を自分がもらうことができるのか、そういうことを長い人生の間で、一回も理解しようとしなかったし、それを理解する立場にもならなかった。それだけのことだろう。
 
 収入と支出で人間が判断することを理解できないとは、そういうことであろう。
 
 ∧∧
( ‥)つまり?
    若者がなぜ消費をしないのか
    それが理解できない老人は
    これまでの人生で
    考え無しに給料をもらって
    考え無しに給料を使っていた
    それだけであって
    会社がなにをして金を儲けて
    どうやって
    自分に給料を払っているのか
    そんなこと考えもしなかったと
 
  (‥ )そういうことだべ
 
 人間はそういうものなのだ。みんな自分の給料がどうしてもらえるのか分かっていなかったのだ。多分、金が空から降ってくると思っていたのだろう。少なくともそんな程度の理解だったのである。だから収入と支出で人間が行動することを、給料の低い若者は必然的に消費を押さえることを、こんな単純なことを老人は理解できないのだ。
 
 嘘だと思うのならスーパーへいって見ると良い。何を買って良いかも分からず、ただただ奥さんの後をついていって買い物かごをレジから運ぶ以外、何も出来ない定年老人をいくらでも見ることができよう。
 
 やったことがないし、こんな簡単なことすら理解できないのだ。だがここにあるのは収入と支出である。
 
 そして、若者は給料が低いので消費しない、この問題は以上の夕食よりも複雑な問題である。そもそも夕食とは若者の消費の一部である。夕食より若者の1日の方が複雑であることは必定。なれば夕食の用意すら計算できぬ定年老人が若者を理解することなど絶対的に不可能。あり得ない。
 
 人間の生きている世界はごく小さくて、そこから一歩出るともう何も分からない。
 
 デスクの上では無敵でも、会社の他の部署のことさえ理解できていないし、自分が毎日食べるものが何から出来ているのかすらも分かっていない。
 
 老人は、今の若者はネットで世界を知った気になると嘆くが、以上を踏まえれば実態は老人も同じであること明白だ。彼らはデスクの上だけで世界を知って、人生と仕事の奥義を究めたと勘違いしておる。
 
 ∧∧
(‥ )でも晩ご飯を作れない
\‐
 
  (‥ )なっ?
      笑える冗談だろ?
 
 困ったことにほぼ全員がそうなったということは、自分もそうなるということである。遺伝的に等価の存在である彼らがそうなったとは、そういうことだ。
 
 ∧∧
( ‥)どうします?
 
  (‥ )思いつかん
 
 
 走れ、としか言えないが、だがしかし、走ったところで一体どこへたどり着くのだろうか?
 
 
 
 

知的生物は存在しない あるいはまれにいてもそれは馬鹿

 
 こんな残忍で野蛮なことをする。人間は真の意味で知的生物であるなどとは言えません!
 
 
 ∧∧
(‥ )どこかにまだ見ぬ
\‐  理想の相手がいると仮定し
    見たことも無い
    空想上のそれと
    相手を比較して
    現実の方を罵倒する人
 
  (‥ )これってさ
      処女で巨乳で幼なじみで
      お母さんみたいに
      包容力があるのが
      真の女の子
      お前はそうじゃないから
      お前は女の子じゃない
      だから死ね!
      そう罵るのと同じなのよね
 
 だがしかし、処女で巨乳で幼なじみで以下省略、と言うと
 
 ∧∧
(‥ )なんかものすごく駄目っぽい
\‐  人だよね
 
  (‥ )ところが
      人間は残忍だから
      知的生物とは言えない!
      というと
      この場合はそこまでは
      思われないのよな
 
 まあ、ちょっと残念な人かなー? とは思われるだろうが、処女で巨乳で...とか言うのに比べたら残念度が低くはないだろう。
 
 ∧∧
( ‥)奇妙な非対称だね
    なぜだろうね?
 
  (‥ )むしろこれが知性の正体
      なんじゃないか?
 
 思うにこうではなかろうか?
 
 処女で巨乳でお母さんみたいに包容力のある女の子でないと嫌だ!
 
 という主張は、無能っぽく聞こえるのである。
 
 つまり、繁殖という、いわば戦場において、こいつは駄目な奴だ、足手まといだ、一緒にいたら俺まで巻き添えを食う、周囲にそう判断されているのではなかろうか?
 
 ∧∧
(‥ )でも穏やかで冷静なのが
\‐  知性なのです
    そういう絵空事を述べると
    主張内容自体は
    処女のお母さんでないと嫌だ
    というのと変わりないのに
    評価されうる
 
  (‥ )つまり知性の評価基準とは
      訳分からん
      現実的でない
      ありもしない思いつきを
      とうとうとしゃべる
      そこにあるってことだ
 
 つまり繁殖の場が生きるか死ぬか、実利一辺倒の戦場だとすると、知性における勝負の場は、大ほら吹き大会に近いということなのではなかろうか?
 
 ∧∧
( ‥)つまり知性というのは
    その根本が
    馬鹿で阿呆でほら吹きで
    実用目的がまるでない
    無用の産物であると
 
  ( ‥)実際さ
    ‐□ 知性が有用なものだったら
      人間だけが
      知的生物になるなんて
      ありえないんだよな
 
 ある日、肉食動物の走る速さが少し速くなった。草食獣の犠牲者が増えるが、当たり前だけども、もともと少しだけ足の速い草食獣は生き残る。こうして自然と対抗できるように進化が起こる。
 
 つまり競合している種族同士がいる世界で、一方的に片方だけがどんどんエスカレートする、なんてことは原理上ありえない。
 
 チーターのように高速走行に特化したようなものがいるにしても、それは速く走れる面々の中の、無理をしてさらに速く走れるようになった人、という立ち位置だ。無敵でもなんでもない。事実、チーター以外の草食獣や他の肉食獣の全員がのろまなままではないし、原理上、そんなことは起こりえない。全員がある均衡状態の中にいるはずだし、現実はそうであるように見える。
 
 ∧∧
(‥ )ところが知性の場合
\‐  人間だけが突出してしまった
 
  (‥ )均衡状態にないとは
      知性や知能には
      有意義な効果がなかった
      だから対抗策として
      他の動物が
      知性を向上させることも
      起こらなかった
      人間の知性とは本来
      意味も有用性もない
      そういうものだ
      その証拠なのかもな
 
 
 そして思うに、冒頭のような主張をする人は考えてみればはるか昔からいたのだろう。神を人間の理想とする人はいたようであるし、現在ではどこかにいるだろう宇宙人がその役割を担っている。事実、そういう映画やSFは実際にある。作者は見たことも無い宇宙人や知的生物を勝手に想像して、それを使って現実を否定するのである。
 
 つまり、この手の人間は有史以来、ありもしない空想上の存在を物差しにして現実を評価し、そして罵倒してきたのだ。
 
 だがしかし、このこと自体が、知性とは無意味なほら吹き能力であるということを論証しているように見える。
 
 だとすればこうではなかろうか?
 
 この宇宙に生物はいるのだろうが、知的生物は人類の他に存在しない。いてもごくまれで、そして彼らは人間と同様、馬鹿でほら吹きで、支離滅裂なことを言っているだろう。
 
 ∧∧
( ‥)気が合いそうだね
 
  (‥ )近親憎悪という言葉が
      あってだな
 
 
 これはhilihiliのhilihili: こんなものが知的生物と言えるか! とはかなりの馬鹿発言の続き
 
 
 *進化が適者生存であることを考えると、肉食獣は必ず草食獣の足の速さに追いつくはずだ。だがそうではなく絶えず草食獣がわずかに速い。つまり生存競争など起こっていないのではないか? 進化は嘘ではないか? と主張する人がいるので一応、書いておくと、これは間違いである。理由は色々とあるが、例えばの話、夕食にされたらそれで終わりの草食獣と、夕食を逃したらお腹すいたなー、になる肉食獣とではかかってくる淘汰と、その圧力が違う。進化が淘汰の圧力で進むものである以上、圧力が違えば結果は異なる。草食獣の足の速さに肉食獣が追いつく理由はない。
 
 

2015年2月1日日曜日

論理キャラが感情的な人間と友情をはぐくむ

 
 ミスタースポックやデータ少佐のように、論理一辺倒のキャラが感情的な人間と交流し、友情を持つようになるドラマを楽しむ。そんなアメリカ社会が日本社会よりも論理的だと思われているってどういうことよ?
 
 ∧∧
( ‥)どういうことよ?
 
  (‥ )さあ?
      迷信じゃねえか?
 
 あるいは単純に、日本のように歴史が長い社会ではしきたりが出来る。そのしきたりが理解できないので、しきたりや礼を非論理的と言っているだけなのかもしれない。
 
 単に自分に不都合なことを非論理的、非合理と言っている可能性もあろう。
 
 ともあれ確実に言えるのは
 
 ∧∧
(‥ )論理的に言えることで
\‐  確実なものは
    実は否定だけである
 
  (‥ )カラスは黒い
      これは論理的には
      正当化できないのだ
 
 すべてのカラスを見たわけではないのに、なぜカラスが黒いと言えるのか?
 
 カラスは黒い鳥である、という主張は論理的には正当化できないし、飛躍である。理屈が破綻しているのだ。
 
 だがしかし白いカラスを見た時、論理は次のことを確実に保証してくれる。
 
 カラスが黒いという主張は間違いであった
 
 ∧∧
( ‥)カラスが黒いとは
    論理的に正当化できないけど
    すべてのカラスが
    黒いわけではない
    これは論理的に正しい
 
  ( ‥)まあなんだ
    ‐□ 論理ってこんなことしか
      言えないのだよね
 
 これが実のところかなり役立たずであることは明白だろう。
 
 カラスが黒いとは言い切れない。
 
 こんなことを論理的に言われても、ほとんどのカラスが黒いという事実は変らない。そしてそう考えている我々は、そう考えて生き延びて来れたのだ。これはそれなりに正解であったということである。

 つまり、人間社会も人間の認識も判断も、論理的でない行為の積み重ねであるし、それで十分なのだ。
 
 ∧∧
(‥ )それを考えると
\‐  アメリカが論理的な社会だ
    というのは
    かなりトンチンカンな
    主張なんでしょうね
 
  (‥ )たぶん主張している人は
      論理を分かってないよね
      つまり非論理的な根拠で
      アメリカ社会は論理的だ
      そう言い立てているの
      だろうな
 
 まあ、これは論理的に確実であろう。

 
 
 

マルクス主義は最後にして最高の論理と知性であった

 
 すべての人は死ぬ
 ソクラテスは人である
 ゆえにソクラテスは死ぬ
 
 ∧∧
(‥ )これが演繹
\‐  しかし
    演繹の根底にも
    論理的飛躍がある
 
  (‥ )厳密に言うと
      演繹そのものではなく
      前提が飛躍なんだよね
 
 すべての人は死ぬ
 
 すべての人間の死を観測したわけでもないのに、すべての人が死ぬとどうして言えるのか?
 
 ∧∧
( ‥)これは実は帰納で
    演繹が使う前提は
    演繹では正当化できない
    論理的飛躍である
 
  (‥ )まあそういうわけでな
      論理的っていうのは
      論理では正当化できない
      飛躍や思いつきを
      理路整然と述べましたよ
      という程度のものなのだ

 
 つまり、論理ってのは根本から自己矛盾で馬鹿っぽいのである。ロジカルシンキングとは無自覚で理路整然と述べられた馬鹿思考ということだ。
 
 そしてまた、進化が解探索そのものであり、そこに原理はあっても論理などないように、解を探索するという実作業において論理は必要ない。
 
 この世界に論理は必要ないし、知性も必要ないのだ。
 
 しかしおかしなもので、論理的な人間や知性的な人間はこのことに長く気づかなかった。
 
 ∧∧
(‥ )気づかれたのは
\‐  ダーウィンさんからだから
    例えば1859年以後だね
 
  (‥ )まあなんだ
      1859年というのは
      人間の理解の分岐点だな
 
 そういう意味で言えば論理や知性を重んじるというのは、19世紀以前の世界観だとも言える。もうカビが生えた骨董品で、今や使えるような代物じゃないし、真面目に考えるようなものでもない。
 
 だがしかし、プラトンの時代からそうであったように、知性と論理には人気がある。そして多分、その最後のものがマルクス主義だろう。
 
 もちろん知性主義や論理主義に終わりはこない。しかし、1859年の転換点、それとは無縁に、それを理解することもなく、そして皮肉にもほぼ時を同じくして誕生したマルクス主義は古典時代最後の知性ということになる。そしてそれゆえ、それは最後にして最高峰の論理ともなろう。
 
 ∧∧
( ‥)でっ?
    大失敗したと
 
  (‥ )だから失敗した
      むしろそう言うべき
      だろうな
 
 論理だの知性だの、そんなもので自分の人生や世界を動かせると、本気で思ったのか?
 
 プラトンからして失敗したわけだし、知性と論理の最後にして最高峰であるマルクス主義に成功する道理などどこにもない。そして知性主義者と論理主義者はこれからも、これまでと同様、失敗し続け、挫折で世界を埋め尽くすだろう。なぜなら知性も論理もまったく無用な存在であるからだ。
 
 
 これはhilihiliのhilihili: ロジカルシンキングとは死者の服飾の続き
 
 
 
 



2015年1月31日土曜日

ロジカルシンキングとは死者の服飾

 
 人は死ぬ
 ソクラテスは人である
 ゆえにソクラテスは死ぬ
 
 ∧∧
(‥ )単純な演繹の例だね
\‐ 
 
  (‥ )論理とは本来
      こういうものだな
 
 BはAである
 CはBである
 ゆえにCはAである
 
 よりよく言えばこう
 
 BはAに含まれる
 CはBに含まれる
 そうである以上、CはAに含まれる
 
 ∧∧
(‥ )問題はこれだと
\‐  経験的な事柄を
    まったく導きだせない
 
  (‥ )昨日も今日も朝が来た
      ゆえに明日も朝が来る
      論理では
      こんなことは言えないのだ
 
 昨日、太陽が上り朝が来た
 しかるに
 昨日は明日を含まない
 そうである以上
 明日、朝が来るとは言えない
 
 ∧∧
( ‥)論理は明日の朝のことすら
    述べることができません
 
  ( ‥)そこで登場するのが
    ‐□ 帰納だな
 
 昨日、朝が来た
 今日も朝が来た
 ゆえに明日も朝が来るだろう
 
 これまでの経験を一般化して、これまで経験したことが無い事柄までその延長線で語ってしまう
 
 これが帰納
 
 ∧∧
(‥ )この推論は論理的には
\‐  まったく正当化できない
 
  (‥ )まあめちゃくちゃだね
 
 
 言い換えれば、論理は必要ではあるが、論理的に生活する、というのは無理だということでもある。演繹では明日、朝が来ることすら結論できないのだ。これでは生活など不可能だ。
 
 つまり以上から明らかなように、日常生活でも、ビジネスの世界でも演繹と帰納、この両方を使うことが必要なのです。つまり、論理とロジックとは経験と知性の複合です。演繹と帰納を縦横無尽変幻自在に....
 
 ∧∧
(‥ )などというのは
\‐  いかにも浅はかな結論で
 
  (‥ )演繹と帰納だけでは
      やはり
      話にならんのよね
      例えばだ
      資料と書籍、
      遺跡などからすると
      ナポレオンは実在した
      この推論は
      帰納でも演繹でも
      正当化できない

 こんなことすら帰納と演繹では扱えないのだ。
 
 いや、正当化はできるのかもしれない。
 
 この本に書いてあることは事実である
 この本はナポレンについて言及している
 ゆえにナポレオンは事実である
 
 ∧∧
( ‥)それって論理的に
    表現しただけで
    ナポレオンの実在を
    証明したわけじゃ
    ないんじゃね?
 
  ( ‥)困ったことに
    ‐□ 本に書いてあることが
      すべて事実ではない
      これは
      経験的に確かでな
 
 そうである以上、以上の論理は採用されないだろう。
 
 そして帰納法でもナポレオンの存在は正当化できまい。帰納法ではおそらく、この世界の本はナポレオンに言及している、と主張できるだけだ。いや...実際には、ナポレオンについて書いた本も中にはありました、という程度のことしか言えないだろう。
 
 これは実在の論証になっていない。
 
 演繹も帰納もナポレオンが存在したことを論証できない。では論証するにはどうすれば良いのか?
 
 ∧∧
(‥ )実のところ私たちは
\‐  帰納でも演繹でもない
    なんかおかしな手法で
    理解を手にしているらしい
 
  (‥ )それが仮説発見だ
 
 資料からするとナポレオンってこんな人でしょ?
 
 ごく単純な動作である。当たり前な発想だ。だがしかし、この推論は帰納でも演繹でもない。実は論理的には全く正当化できない突飛な飛躍である。
 
 演繹からみれば無謀な飛躍に見える帰納から見てさえも、仮説発見の結論は顔色が青ざめるような飛躍である。もはや異次元への旅だと言えば良い。
 

 以上を踏まえると、ロジカルシンキングというのがいかにも馬鹿っぽく聞こえてくる。
 
 彼らの言うロジックとは一体なんだろうか?
 
 演繹か? だとしたら明日のことすら分からない
 
 帰納か? だったらそのロジックとは論理的な飛躍だ
 
 仮説発見か? それは方法論ではあるが論理ではない 
 
 ロジカルシンキングとか言うけども、一体全体、どこになんのロジックがあるのか?
 
 あるいはこうである
 
 お前の言うロジックって具体的に何よ? ちゃんと言えるの?
 
 そもそもである。ロジックなんてものは、判断において必須でないのである。
 
 ∧∧
( ‥)ロジックも思考も
    知性がなくても
    解探索は可能
    そしてそれが進化
    確かにロジックは必要ないね
 
  (‥ )それはだな
      漫画を見れば分かるのだ
 
 ラノベでも良い。みんながあれやこれやでめちゃくちゃした結果から出てきたのが、あれらである。漫画やラノベ業界から見たらブラック企業なんか笑い話だ。ブラック企業が人間を燃料にして燃やしているというのなら、漫画やラノベは人生に点火して吹っ飛ばして粉みじんにしては次に点火している。
 
 ∧∧
(‥ )でもその狂気のさたから
\‐  宝石が誕生してくる
 
  (‥ )ロジカルシンキング?
      笑える冗談よな
      漫画やラノベの
      足下に及ばぬひ弱な
      死に損ないよ
 
 ロジカルシンキングと言っているようでは、なにひとつとして生み出せないであろう。
 
 だが、ここまで来て気がつくことがある。
 
 論理では正当化できぬ飛躍を、ひとつどころか無数に重ねることでついに新しいものを作り出す。
 
 それを見た以上、次のことは言える。

 論理では新しいものを生み出せない。
 
 つまり、論理的に言えば、ロジカルシンキングはなにひとつとして生み出せぬ。
 
 ∧∧
( ‥)だがこれは大いなる
    ヒントである
 
  (‥ )何も生み出せない
      いや
      何かを
      生み出してはいけない
      そういう領域がある
 
 それは安定的で巨大な組織
 
 組織は新しいことを一切してはいけない。新しいことはリスクである。皆にリスクを負わせてはいけない。事実、人生を焼き尽くして消費して燃料にするようなことを彼らはしていない。してはいけないからだ。彼らは豊かで安定的で勝ち組の人生だ。だがしかし、だからこそ彼らは何一つとして新しいものを生み出せない。
 
 いや、一切、新しいことをしてはならぬ。
 
 そしてこの事実は、何も生み出せないロジカルシンキングというあり方と極めて整合的だ。
 
 ∧∧
( ‥)つまりロジカルシンキングとは
    なに一つとして
    新しいことをしない人のための
    ものなのだと?
 
  (‥ )たぶんファッションだろ?
 
 飛躍の無い世界。
 
 いや、飛躍が許されない世界。
 
 そんな世界で何か仕事するにはどうすれば良い?
 
 毒の無いプレゼンを画期的に見せることが望ましい時、どうすれば良い?
 
 何一つとして新しいリスクを起こしてはいけない世界で、ライバルたちと競い合うにはどうすれば良い?
 
 どんなファッションを着れば良い?
 
 上司と居酒屋にいったり、カラオケにいくのは飽きた。もっとスマートに生きたいなと思った人は、さてどうすれば良い?
 
 ∧∧
(‥ )それがおそらく
\‐  ロジカルシンキングだと
 
  (‥ )暇人が窮屈な世界で
      スマートに生きるための
      ごまかしだろ?
 
 確かに確かに、組織が大きければ漫画やラノベのアイデアをパクって加工して、横取りして、それを売って大儲けできるであろう。そして事実としてそれを悪びれもせずにやっている
 
 彼ら自身は新しいものを生み出せぬ。人生を爆破して消耗するには莫大な人件費がいる。そんなものを企業は支えられない。そうである以上、新しいアイデアを生み出しては”いけない”のだ。パクって加工するのが唯一、許された道である。
 
 では? パクって加工する時に、退屈なプレゼンを画期的にしなければならぬ。どうしたら良い?
 
 ∧∧
( ‥)そういう時に着こなす
    ファッションが
    ロジカルシンキング
 
  (‥ )まあでかいと
      安泰なんでな
      そういうことにだけ
      傾注してしまうものよ
      他に出来ることも
      ないしな
 
 もちろん、安泰=無限ではない。遅かれ早かれ、組織ゆえの重みで自壊するだろう。その道はじわじわと進行する死の道だ。
 
 だがしかし、先を見据えて新たなことをすれば死の可能性はもっと高まる。改革をしてはいけない。することもできない。自分は勝ち逃げ出来る、それを信じて眼をつむるしかあるまい。
 
 そしてロジカルシンキングは原理的に新しいものを生み出せぬ。ゆえに、それが必要とされる場は、必然、新しいことが許されぬ、すべてが固定された場所となるだろう。なればそれを着こなせ。ロジカルシンキングをばっちり決めて、勝ち逃げの人生を信じて眼をつむってスマートに生きるべきだ。
 
 つまるところロジカルシンキングとは死者の服装である。人生を賭けた生者が着るようなものではない。
 
 
 

2015年1月30日金曜日

平均寿命までを1日と換算すると一月は

 
 ∧∧
(‥ )今年も30日目
\‐  明日で1月も終了
    12分の1が経過です
 
  (‥ )自分の今の年齢から
      平均寿命までの時間を
      1日24時間に
      例えて換算すると
      一ヶ月経過は
      3分30秒に該当するな
 
 ∧∧
(‥ )あまりたいしたことは
\‐  出来なかったねえ
 
 (‥ )今日は魚とフクロオオカミで
     1日が終わったよ
 
  
 
 

客観的なデータは存在しないし、ロジックは役に立たない

 
 客観的なデータとロジックを重んじる精神が企業を...
 
 ∧∧
(‥ )どう思います?
\‐
 
  (‥ )客観的なデータなど
      ありえないし
      データから
      結論を出すことを
      ロジックとは言わん
 
 ∧∧
( ‥)つまり?
 
  (‥ )絵に描いたような
      典型的な馬鹿じゃね?
 

*データというものは、こうではないか? という思いつきがあって収集するもので、客観的なものなどありえないし、客観的なものでは役に立たない。そもそも主観的な意図が無いと収集できない。
 
**データの傾向をデータから読み取る過程で必要なのは仮説発見であって演繹ではない。論理ではグラフを描けないし、グラフを描くことを論理で正当化することはできない。論理は必要ではあるが、推論の過程の多くでほぼ役立たずである。

***ロジカルシンキングとは思い込みを文法的に述べました以上のことを申し述べてはいない。つまり、ほぼ意味がない。それでもロジカルシンキングを重んずる人がいるのは、単に仲間内で格好よく思われるからだろう。飲み会やカラオケで親睦を深めようと誘う人と動機は多分同じ。
 
****同じだったら楽しい方が良くね?
 
 
 
 
 

だって他に道がないもの

 
 考えてみればなぜこう言えなかったのか?
 
 助けは必要ない。だが補助が必要だ。

 介助ではない。機械を作ってくれ。
 
 それを作ってくれるのならお金を出そう。なに、皆さんからいただいた年金だ。それを再び還元し、戻すだけだ。
 
 機械だ。崩れ落ちる体を支える機械。必要なのは助けじゃない、機械だ。
 
 薬物だ。崩壊しそうになる神経を、短絡してしまう神経を制御する薬物だ。
 
 動くのだ、自立して動くのだ。死ぬ最後のその時まで、私は私自身で働き、動き、そして死のう。
 
 ∧∧
(‥ )これができませんでしたと
\‐
 
  (‥ )言うことすらなかったな
 
 このことから分かることがある。
 
 会社のために、社会のために汗水垂らして働く。
 
 彼ら自身が自分たちにも他人にも言い聞かせたこの言葉はまったくの嘘である。実際にはこうだ
 
 働いたのだから社会は見返りをよこせ、俺たちを養え。楽させろ。やっとこれでいまいましい仕事から開放される。もう働かなくて良いのだ、ひゃっはー
 
 ∧∧
( ‥)当然ですけどね
 
  (‥ )当然ではあるな
 
 しかし老人たちは自分たちのエゴを社会正義に言い換えた。
 
 ∧∧
(‥ )まあ社会正義に言い換えないと
\‐  欲望を主張できないからね
 
  (‥ )だが本当にこれを
      信じている
 
 欲望は罪にあらず。しかし己の嘘を嘘と気づかぬ愚かさ、それは罪なり。
 
 人は最後まで自立して死ぬべし。 
 
 
 ∧∧
( ‥)たとえ機械と薬物で
    無理矢理動いているだけ
    だとしてもですか
 
  (‥ )だって他に道がないもの
 
 
 
 
 

道徳とは村八分とリンチのことである

 
 以前、新宿の駅で電車を待つために並んでいたことがある。
 
 新宿には幾つかそこが始発の路線がある。その日はそれで使うために並んでいたのだ。
 
 どこでもそうだが、始発の駅だと座れる。でもすでに並んでいる人がいる場合、次発の電車に乗るための列に並ぶ必要がある。
 
 実際、その路線のそのホームには、先発の列はここ、次発の列はここ、と列を作るべき場所が表示されている。
 
 並んでいると、外国人のおじさんとおばさんが列に割り込んだ。まあ、おじさんおばさんと言っても40代ぐらいだろう。西欧系という風ではない、少なくともゲルマン系にはあまり見えなかった。ラテン系ではないだろうか? 南米の方かもしれないなとは思ったが、実際のところは分からない。
 
 二人が、特におばさんの方が列に割り込むから、列に並んでいた日本人のおばさんが怒って文句を言った。こうしなきゃだめと彼女の体を押した。
 
 外国人のおばさんは、はあ? という顔である。
 
 おじさんの方は少し困った様子だ。
 
 自分のすぐ隣なので、一応、説明を試みたのだが、自分の英語が駄目なのかもしれないし、そもそも彼らが英語圏の人間ではないのかもしれないし、通じたのかどうかは分からなかった。

 とはいえ、おじさんはおばさんに何事か言っていた。英語ではどうもない。
 
 ホームに電車が入って扉が開くと、外国人のおばさんは並んでいる列を無視してさらに割り込んでいった。とはいえ、結局、席には座れなかった。
 
 おじさんは、こっちを見て、困りました...という顔をして、後から自分も列車に乗り込んだ。これは正当である。
 
 周囲の人たちの反応を見るに、列を無視して割り込み、乗り込んだ外国人のおばさんに対しては、全員が不快感を感じたらしい。文句の声が上がったし、小突いたりもしていた。
 
 ∧∧
( ‥)ここから分かることは
    明白である
 
  (‥ )ルールを守らないよそ者は
      徹底的に排除しなければ
      ならない
 
 以上はまれな事例だ。だがもし、この先このようにルールを守らない人間が増えれば、列を作って行儀良く待つことで得られる利益の保証はなくなる。保証が無い以上、ルールを守るものは誰もいなくなるだろう。守っても意味がないからだ。
 
 結果的に、全員が損をすることになる。
 
 それを防ぐためにはどうすれば良いか?
 
 ルールを守らない人間は排除し、抹殺せよだ。
 
 ∧∧
(‥ )日本の秩序は
\‐  村八分のルールで
    運営されている
    そう吐き捨てる人もいるけど
 
  (‥ )秩序というものは
      もともとそういうものだ
      吐き捨てる連中は
      それが分かって
      いないのだね

 
 倫理とか道徳というものが、もともとそういうものなのだ。
 
 倫理と道徳は、裏切り者を村八分にしてリンチして排除して、吊るし上げて殺すことで初めて成立する。
 
 人間はプログラム通りに行動する機械ではないし、社会を構成する部品でもない。利害関係がばらばらな個人の集合でしかない。
 
 人間は人間なのだ。機械じゃない。
 
 それをまとめるものこそが、利益と協定と遵守と排除と暴力だ。
 
 ∧∧
( ‥)ろくでもない仕組みだけどね
 
  (‥ )他にやりようがないのだよ
 
 というか、実のところこれは人間だけの仕組みではどうもないらしい。例えばミツバチは群れを作る利益がもはやあまり無いという。より正確に言うと、母親である女王の子供、つまり働き蜂から見ると自分の妹を育てる意味があまり無い。これは女王蜂が乱交に近い交尾をすることで生じてしまうことなのだが、その結果、働き蜂たちはむしろ自分で産卵して子供を育てる方が良い。
 
 *働き蜂は交尾をしていないが、雄なら産める。
 
 ∧∧
(‥ )実際、それをするものもいる
\‐
 
  (‥ )だけどみんなから
      ボコられちゃうのだよね
      生んだ卵も発見次第
      全て殺される
 
 つまり、全員がズルをしたい
 
 しかし、他人がズルをすると自分が割を食ってしまう
 
 それゆえ、自分はズルしたいのだけど他人のズルは許せない
 
 それゆえ全員が抜け駆け出来なくなっている
 
 相互監視と制裁でズルが許されないのなら、母親である女王蜂が産む卵を育てることで妥協しよう
 
 ∧∧
( ‥)道徳の正体とはこれだと
 
  (‥ )仲間を遵守せよ
      しかし裏切り者は殺せだ
 
 外国人労働者や移民を増やせという経団連などの主張は、それが進行したらある時点で全員の怒りを買うことになるだろう。行列に並んでいたのにそれをよそ者に無視された。それがたびたび起これば全員がこれまで得ていた利益を奪われることになる。利益を奪われれば怒りだすこと必至。共通の怒りを持てば、その怒りをぶつけることは正当となる。法律は人間に入力されたプログラムではない、至上命令でもない。法律とは、全員の賛意があって成立している約束事でしかない。つまり法律とは株券だ。それに価値を与えるのは全員の認識だ。認識が変れば法律の価値は暴落し、法律は紙くずになる。そうして別の見えざる法律が暫定的な通貨として流通しだす。
 
 つまり暴力が正当化されるのだ。移民推進の言い出しっぺたちは群集によって家から引きずり出される。首に縄をかけられて死ぬまで道路を引きずり回される。そうして建物から吊るされ、油をかけられて焼かれることになるだろう。
 
 それこそが道徳であり倫理というものだ。
 
 あの小さなトラブルでさえ声を上げる人がいた。もっと多くなれば怒る人は多くなる。それが臨界に達したら集団は別のフェーズへ移行する。超法規的な手段が全員の賛意で承認される。裏切り者狩りが始まり、抹殺が開始される。これは必然。
 
 ∧∧
(‥ )日本は移民に頼らず
\‐  自力で状況を
    打開しなければいけない
    そういうことですかね
 
  (‥ )言い換えるとあれな
      僕の考えた理想の移民が
      最強の労働者だ
      今の若者は駄目だ
      そう言っている老人たちは
      実際には
      自力で問題を
      解決することを
      拒否したのだな
 
 たんに過去の遺産にすがりついて、これが減ってしまうのは嫌だ嫌だ、と泣きわめいている、歩くことも出来ぬほどに太った近視眼のデブでしかない。
 
 彼らはすべてをあきらめて、自由意志を放棄して空想の世界に逃げ込んでいるに過ぎぬ。
 
 これが老いというものだ。老いるとは悲しいものだ。
 
 そして一方、日本社会は村八分で成り立っていると吐き捨てる人は、実のところ人間を機械だと考えているのだろう。プログラムされた道徳に沿ってただ行動するだけの機械。彼らは人間をそう思っている。そうでなければ、人間が示す本来の姿を見て絶望したりはしない。
 
 ∧∧
( ‥)あるいは
    村八分と吐き捨てる人は
 
  (‥ )彼ら自身が
      プログラム通りに
      頑迷に行動する
      人工知能のような存在だ
      そういうことだろうな
 
 

2015年1月29日木曜日

熟慮に頼ると多分、死ぬ

 
 集合知と衆愚は結果論でしかない。
 
 いや、考えることをあきらめなかったのが集合知、あきらめたのが衆愚。
 
 ∧∧
(‥ )というやり取りがあった
\‐  みたいでね
 
  (‥ )考えて出した結論も
      それが実際に
      妥当かどうかは
      結論を走らせてみないと
      分からん
 
 ∧∧
( ‥)それを考えると
 
  (‥ )やっぱ結果論だろうな
 
 
 つまり、
 
 これは皆で考えた集合知! と讃えるのも
 
 こんなものは考えることを放棄した衆愚だ! と切って捨てるのも
 
 どちらも結果から遡及した論点先取でしかないし、意味はないし、何も語っていない。その主張は正しいのだろう。
 
 
 ∧∧
(‥ )考えない蟻さんも
\‐  ちゃんと結論を出して
    結果を出すからね
 
  (‥ )頭を使っても
      実行しなければ
      意味が無いし
      最後まで諦めずに
      考えたけども
      結果を見れば
      全然駄目だった
      そういうことあるからな
 
 そういや、これ自体は個人の話だが、テストがそうだ。最後まであきらめずに頑張ろうが何をしようが、駄目なものは駄目であった。
 
 考えることは結論の妥当性を保証しない。そもそも考えなくても妥当な解は出る。進化がそういうものであるし、そうである以上、熟慮と正しさに相関関係はない。あっても無視できるレベル。
 
 それゆえ、熟慮に頼ると、多分、死ぬ。
 
 
 

こんなものが知的生物と言えるか! とはかなりの馬鹿発言

 
 人間はどうしてこうも暴力的なのだ? こんなものが知的生物と言えるか!
 
 ∧∧
(‥ )でも僕らが知っている
\‐  知的生物って
    人類だけなんだよね
 
  (‥ )つまり冒頭の発言者は
      僕ちゃんの考えた
      最強の知的生物
      という
      ありもしない事例を
      持ち出して
      断じているわけだ
 
 そんな中二病丸出しのような恥ずかしい妄言で世界を語ってドヤ顔されても困る。
 
 ∧∧
( ‥)そうではなく
    人類こそが知的生物の
    事例であるのだから
    その行動とその原理を
    解明することで
    初めて知性が理解できる
    認知心理学とか
    進化心理学が行なっている
    分野ですか
 
  ( ‥)それを考えると
    ‐□ 知性って
      かなり馬鹿っぽいよね
 
 
 実際、冒頭の事例のように、見るべき現実の知性を無視して、ありもしない僕の考えた最強の知性とかを持ち出して、この世界は間違っていると語りだす人間がいるのである。人間の知性というものがかなり馬鹿っぽいものであること、かように明白だろう。
 
 
 
 
      

天空にかかる家の夢

 
 
  ( ‥)そういえば先日
      妙な夢を見たな
 
 ∧∧
( ‥)夜の夢でしたっけ?
 
 自分のいる部屋は砂の中だった。どうも砂丘を掘って、くりぬいてつくったらしい。砂の天井、砂の壁、砂の階段、そんなものがどうして崩れないのか理解に苦しむ部屋だ。
 
 机などはあった。しかしどれも半ば砂に埋もれている。
 
 窓もあった。砂丘のぎりぎり。部屋は砂丘を掘られて出来ているから、床は人間の背丈ほど掘り下げられていて、窓はちょうど外の地面と同じ高さだった。
 
 そして、見える景色は真っ暗。
 
 外に出てみると、そこはなだらかな勾配の砂浜だった。海が見えるが、波の音がしない、波が砕ける様子も見えない。静かな世界だ。本当に海だったのかも分からない。しかし水面の向こうは水平線が広がるのみで、なにも見えぬ。広大であることは間違いない。
 
 星も見えぬ真っ暗な空。波もたてぬ果てしない水面。かすかに分かる灰色の砂浜。
 
 空にはしかし妙なものが浮いていた。どういうわけか家である。なかば逆さまになって、かしがった姿勢でじっと天空にかかっている。まるで自分がこの世界の月であると言わんばかりだ。
 
 ただ、でかい。空の四分の一あまりを覆っている。そしてなぜなのか、どうしてなのか、家には二つの眼があった。
 
  (‥ )死んだ後の世界って
      あんなもんかな?
 ∧∧
( ‥)死んだ後には
    何も無いでしょ?
 
 死は感覚の喪失だ。そこには何も無い。
 
 ∧∧
(‥ )小説の言葉だよね
\‐
 
  (‥ )とはいえだ
      星が見えて
      望遠鏡があるのなら
      あの夜の世界でも
      いいかもしれん
 
 いや...永劫の夜は飽きるだろう。昼が無いというのは、飽き飽きするに違いない。というか、あの無駄にでかい家は夜空の邪魔である。
 
 あるいはしかし、夜の世界なのに砂丘には植物が生えていた。あの世界は昼が来るのかもしれない。それとも単純に夢の舞台装置として、脳が設定しただけだろうか? 確かに、以前みた夢の夜空には星があったが、星座がおかしかった。ペガサス座とカシオペア座の位置関係が間違っていたし、ペガサス座の大きさも変だったのだ。かように夢の世界とは現実が再現しきれていない。
 
 それにしても、なんで自分の脳は天空にかかる巨大な家を作り出したのであろう?
 
 ∧∧
( ‥)先日、星を見るために
    夜の海にいったし
    引っ越しもしたいから
    そんな夢を見たんじゃない?
 
  ( ‥)かもしれないな
    ‐□ 人間いつ死ぬか分からんが
      死ぬにはまだ早いし
      まだやらねばならんことが
      あるからな
 
 しかし、仕事は進行こそしているが、なかなか進まないのである。
 
 
 

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