自己紹介

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2014年8月11日月曜日

理系・文系・体育会系

 
 ∧∧
(‥ )...どう思います?
\‐
 
  (‥ )体育会系は戦争できる
      文系は大虐殺できる
      理系は人類を滅ぼせる
 
 ∧∧
( ‥)逆もまたしかりだけどね
 
  ( ‥)まあそういうこっちゃな
    ‐□
 
 
 

2014年8月10日日曜日

それは絶望の叫び

 
 ∧∧
(‥ )強迫観念にかられて
\‐  生きたくはないと...
 
  (‥ )...ああ、言われれば
      そうだな
 
 というか、表面的以上にこれは重大な指摘なのかもしれぬ。そうも思う。
 
 
 ∧∧
( ‥)というか、
    これが指摘していることは
    人間とは強迫観念を持って
    生きる動物だ
    そういうことだよね...
 
  ( ‥)そう思えるよな
    ‐/
 
 
 強迫観念にかられて生きたくない、という叫びは、私たちの普段の行動、それ自体が合理的には説明できない、何かに関する非常に強い拘泥に基づいていること、これを示唆しているように聞こえる。
 
 ∧∧
( ‥)ひょっとしたら
    これこそが宗教を信じる
    特異な霊長類
    人類の本質かもしれぬと?
 
  (‥ )自分たち自身のことには
      無自覚なのだ
      自分たち自身では
      自分がよく理解できない
      だから思うな
      この叫びから
      気づけることがあると

 
 
 人類は宗教を信じる猿だ、というと、俺は神を信じていないぞ、そう、うそぶく者がいる。

 だがしかし、強迫観念にかられている猿、そう表現すればどうだ?
 
 ∧∧
( ‥)より普遍的
    かつ
    根源的になると
    無宗教であるとうそぶけても
    強迫観念を持たぬ人間など
    いないのだと

 
  ( ‥)投槍器ってさ
    ‐/ 構造は簡単だけど
       結構難しいのだよな

 アフリカから出たホモ・サピエンスは、ユーラシアの南からオーストラリアまではすみやかに到達できたけども、北へはいけなかった。
 
 ∧∧
(‥ )北方にいる
\‐  ネアンデルタール人に
    進出を妨げられた
    という解釈も
    あるのだと
 
  (‥ )接近戦において
      ネアンデルタール人は
      ホモ・サピエンスを
      圧倒出来るというからね
 
 これを打倒したのは槍をより遠くにとばすテコとして動作する道具、投槍器の発明だと言う人もいる。確かに、ホモ・サピエンスの北方進出開始とネアンデルタール人の絶滅はその発明以後だ。
 
 ∧∧
( ‥)投槍器は、構造自体は
    単純なんだけどね
 
  ( ‥)でもさ、これが扱うの
    ‐/ 難しいんだよな
 
 作るのも簡単なんだけども、それがちゃんと飛ばせるものになっているのか、ちゃんと飛ばすにはどうすれば良いのか、そこには試行錯誤と訓練が必要だ。しかしそれ以上に
 
 ∧∧
( ‥)こんなことに時間を
    かけるのは
    強迫観念にかられた奴
    だけだと
 
  (‥ )あの発明は
      合理性だけでは
      説明できないと
      思うのだけどね

 
 
 人類の大きな発明、弓と針も、合理性で到達できる発明なのか疑わしいように思える。そもそも枝に蔓を張って、それでものを飛ばそう、それを実用的な用途にかなうものにしよう、というのは発想も執着もかなりいかれているのではないだろうか。実際、あんなものを発明したのはホモ・サピエンスだけである。
 
 石器は人類以外の動物が道具を使うことの延長に見えるが、弓や投槍器はそうじゃないだろう。
 
 ∧∧
(‥ )想像力をたくましくすれば
\‐  人類の歴史とは
    進化の過程で
    強迫観念を持つにいたった
    あなたがた
    ホモ・サピエンス種が
    強迫観念を持たない
    他の人類を抹殺した歴史
    なのかもしれない
 
  (‥ )というかだな
      我々自身の歴史
      我々自身の日常が
      そうではないのか?
 
 強迫観念、という言葉が何を意味するのか、という問題は絶えずある。しかし、合理性では説明できない勝手な思い込みや価値観や強い執着で邁進する人々が周囲に多大な迷惑をかけること、これはよく遭遇することだ。
 
 そしてあるいは大きな発明や業績を成し遂げること、あるいは大戦争と大征服と大虐殺を引き起こす事、歴史を動かすこと、これらはまったくの事実だろう。
 
 強迫観念にかられて生きたくないという叫び自体が、私たちが強迫観念にかられて邁進する得体の知れない動物であり、それを放棄することが出来ないことを示唆しているように見える。
 
 ∧∧
( ‥)強迫観念にかられて
    自滅する人も多いけど
 
  (‥ )だがしかし誰もが
      多かれ少なかれ
      強迫観念を武器に使う
      それを武器に
      襲ってくる人々を相手に
      いやだいやだと言っても
      強迫観念を手にして
      戦い抜くしか無い
      この世界は
      そういう世界だと思えば
      どうよ?
 
 つまり、強迫観念にかられて生きたくない、とはまさに絶望の叫び。そこにあるのは、分かっているのに決してたどり着けない平穏、安らかな世界を全否定する現実という名を持つ永劫の地獄。


 
 
 

同じ大問題でも成功体験になることがある、ならば次に彼らは

 
 日本軍は補給を軽視し、人命を軽く見て敗北したと世に言う。
 
 ∧∧
(‥ )でも、ソヴィエトやロシアの
\‐   補給と人命軽視も
     そりゃあひどいものだった
     そう聞きますけどね
 
  (‥ )対独戦では
      銃が無くても突撃しろ
      死んだ奴の銃使え
      逃げる奴は後ろから機関銃
      近年のチェチェン紛争でも
      物資不足でずいぶんな
      犠牲者が出たとかなんとか
 
 人によってはいわく、日本は負けたから補給と人命軽視に問題ありと見た。だがしかし、
 
 ∧∧
( ‥)ロシアは人命軽視や
    補給の軽視で勝ちを得た
    それこそが
    彼らの成功体験だ
 
  ( ‥)少なくとも人によっては
    ‐□ そう言うのだよな
 
 この見解がどの程度妥当なのか? 
 
 とはいえしかし、こう言える。
 
 これがもしも正しく、これこそが正当体験であるとする。そしてそれが必要であり、可能な条件が整う限り、”それ”は実行すべきことであり、そして実行可能な事なのだと。
 
 

 
 

セミクッキング

 
 もはや日付が変わった昨日、土曜日は、どうも自分はなにも分かっていない、そう考えさせられる1日だった。
 
 そして雨上がりの曇り空の下、新大阪から新横浜まで新幹線で帰る。途中、ところどころで激しい降雨に遭遇したが、それは比較的短い範囲であり、小降りであったり、雨が降っていない場所もあった。
 

   台風11号が関西に
 ∧∧ 接近中だからね
(‥ )
 ‐( ‥)米原あたりと
      名古屋近辺が
      強烈だったかな
 
 台風と雲の構造を突き抜ける電車の旅。多分、今の空は同心円状だ、そんな感覚。
 
 疲れたので帰って一眠りすると夢を見た。誰かが激しく言い争っていて、相手の人間性や知性を疑うような揶揄と言い合いと罵倒の応酬だ。しかし、その議論の争点たるや、
 
筒の中にどんな割合で仕切りを入れるべきか?
 
というものである。激しい言い合いは聞くに堪えないレベルにまでエスカレートしていったが、突然、前触れも無く風景がぶちぶちとテレビが切れるように消え始めた。すべてが空白になっていく中で、遠く小さくなる筒だけが見える。しかし、それも仕切られた区画ごとにぶちぶち消えて、ついにはすべての視界が消滅した。そして目の前には照明を消した自分の部屋と暗い天井。
 
 さて
 
 買い物をして帰る途中、もはや飛べなくなったアブラゼミを見つけて、拾って帰る。
 
 ∧∧
( ‥)蟻さんたちの
    餌にしようと
 
  ( ‥)新鮮な生きているうちに
    ‐□ 解体だー!
 
 
 ばらしかたが分からん
 
 ∧∧
( ‥)...まあ、何度かやれば
    要領がつかめるでしょう
 
  ( ‥)魚のさばきと同じよな
    ‐□ それにしても
      節足動物は神経が
      分散しているせいか
      あれよね
      頭をはずしても
      ばらしても動いてるから
      やりずれーな
 
 ロブスターやイセエビを調理する料理人が、でかい包丁で、ばつんっ! とエビの体を縦切り真っ二つにしても、エビはわさわさ動いている。そんな状況に近似。
 
 さて、ともあれ、蟻んこたちの分はそんなに多くなくて良い。
 
 ∧∧
( ‥)四分の1は蟻さん用で
    残りはどうします?
 
  ( ‥)んー
    ‐° 食ってみるか
 
生で食うのはなんなので、フライパンを用いて油でいためることに。

見た目は...悪くもないが良くもない

半分におろした胸部と、はずした腹部











ちなみに、胸部も腹部も背腹が逆さまである。なんか一部の組織が緑色なのが気になるところ




 







キッチンペーパーに乗せて白背景で撮影しても、なんか微妙に生焼け感が漂うが、時間は感覚的に言って十分なはず。










 
 ∧∧
( ‥)ちゃんと火は通ってる?
 
  ( ‥)んー、あっ、通ってるね
    ‐° 殻ごと食えるわ
 
 食感は、炒めたエビだ。

 というかエビの殻?
 
 ∧∧
( ‥)味は?
 
  ( ‥)少なくとも胸部は
    ‐° 特に味しないなあ...
      だから余計に
      殻感がするというか
 
 セミの胸部には飛行に使う筋肉がつまっている。他の器官はどこにあるの? と違和感を持つほどだ。しかも生で見た時、鳥の胸肉に似た感じにも見える。それゆえに良い味と充実感がするのではないかと期待したのだけども、残念、これといった肉の味はしなかった。
 
 量が少ないからかもしれないが、ともかくよく分からない。調味料自体を使っていないからだけども、なんというか、エビが持つ海のしょっぱさ、隠し味の塩味をうばったような感じ。
 
 それを考えればである。この味は油で揚げたテナガエビに、つまり淡水のエビの揚げ物に近いと言える。ただし泥臭さはない。
 
 昆虫のキチン質の外皮は基本、エビと同じだ。それを炒めたら、かりかりのエビの殻と同じになるのは道理。翅も同様。かりかりのエビの殻と同じだった。
 
 つまり、炒めたアブラゼミの胸部は、豚肉の脂身をエビの殻に入れて揚げた、そんなような味と感触だと言えば良いか。脂身っぽく感じるのも、単に使用したサラダオイルの味なんだろう。だとすると良くもないが悪くもない内容だと言える。
 
 ∧∧
( ‥)腹部はどう?
 
  ( ‥)このセミは雄でなあ
    ‐° 腹部には
      鳴き声を出す板を
      振動させる
      貝柱みたいな
      筋肉があるから
      期待したんだがね
 
 残念ながら、貝柱のような感触はなかった。これも揚げたエビである...のはずなんだが、妙に青臭い。
 
  (‥ )これ、エンドウマメを
      すごく青臭くした
      感じだ
 
 ∧∧
( ‥)樹液吸っているから
    ですかね?
 
 
 一匹を食しただけにすぎないが、結論から言うと、アブラゼミは
 
 ”油で揚げたテナガエビとエンドウマメの青臭さが大丈夫なら翅ごと食べられる”

 そんな感想。
 
 びっくりするほどうまいわけではないが、まずいわけでもない。
 
 
 ∧∧
(‥ )考えてみれば
\‐  びっくりするほど
    おいしかったら
    とっくに食用になって
    いるはずだからね
 
  (‥ )さりとて拒否するような
      味でもないわけだ
      単純にあれだな
      大量に集められないから
      食用にならないんだな
 
 食用にされる昆虫、イナゴなどは大量に集めやすい。農薬による駆除さえなければ普通に田んぼにいるというだけではない。彼らが成虫になる秋は昼夜の寒暖差がある。変温動物であるイナゴは明け方は動きがにぶく、捕まえやすい。体温を上げるために日光を浴びようとするのか、田んぼの縁の稲にむらがっていることもある。あぜ道を歩けば容易に大量に集めることが可能。
 
 ∧∧
( ‥)でもセミさんは
    そうじゃないからね
 
  ( ‥)イナゴはなんていうかな
    ‐° 独特な匂いがするの
      だよね
      だけど食用なんだよな
 
 イナゴの匂いは表現が難しい。稲やススキなどの葉っぱの匂いを極端に濃集させたもののように思えるが、あれはイナゴ臭としか言い様がない。佃煮にされても残っているし、生きている時からあれはする。
 
 それに比べればアブラゼミは食品としてはイナゴより上かもしれない。
 
 ∧∧
( ‥)でもイナゴは食べるけど
    セミ食べなーい
 
  (‥ )考えてみれば
      人間が食べる節足動物は
      どれもこれも
      大量に集められるものか
      大きくて罠にかかる
      ものだよね
 
 
 
 
 
*同日、2014.08.10 19:30に以下追記
 
 結果的に言うと蟻さんたちはアブラゼミの肉には見向きもしなかった(らしい)。
 
 ∧∧
(‥ )少なくとも放置されてるね
\‐  量が変っているけど
    これは...乾いてひからびた
    だけだよねえ
 
  (‥ )なんでだろうな?
 
 アブラゼミの肉がお気に召さなかったのか? 
 
 あるいは今はタンパク質に興味ありませんとかそういうことなのか、不明である
 
 ∧∧
( ‥)まあ、色々と試してみますか
 
  ( ‥)バッタが良いのかなあ?
    ‐□
 
 
  
 
 
 

2014年8月8日金曜日

何も知らんとはこういうこと

 
 ∧∧
( ‥)4行書くのに
    2時間ですか
 
  ( ‥)何も知らんことも
    ‐□ さることながら
       資料を読む速度が
       落ちてきているんだな
 
 ようするに、一般的に維管束植物だとされるこれが、本当に維管束植物なのか問題がある。維管束植物だとしても分類なり系統に問題があるから、ひとつの発見を一律に適用できないだろう...

 
 ∧∧
(‥ )ということですね
\‐
 
  (‥ )まあ、そういうことだね
 
 
 ∧∧
( ‥)こんなことに2時間ですか
 
  ( ‥)何も知らんとは
    ‐□ こういうことさ

 

その一手が絶望的に遠い

 
 せっかくネットがあるのに、なぜ同じ趣味、同じ趣向の人同士で集まって世界を閉ざすのか?
 
 ∧∧
(‥ )ありがちだよね
\‐  というかむしろ普通?
 
  (‥ )個人HP全盛の時代
      絵を描いていた人の
      リンクは
      それぞれ塊を作って
      いたようにね
 
 クラスターを作っていたと言えば良いか。萌えの絵を描く人ならそのHPのリンクにあるのはほとんどが萌えであり、リアル系ならリアル系、病んでる系なら病んでる系で相互にリンクを張り合い、塊を形成していた。
 
 ∧∧
( ‥)そりゃ自分の好みを
    変えろってわけにも
    いきませんからね
 
  ( ‥)そもそも現実世界が
    ‐□ そういうものなんだよね
 
 クラスでは似たもの同士が集まり、町は秋葉原、渋谷、神保町を見るまでもなく、相互に異なる世界を作り上げている。
 
 そしてそうである以上
 
 ∧∧
( ‥)本もまたそうであると
 
  (‥ )いつもの話であるな
      自分が分かる本を読む
      自分が好きな本を読む
      たったこれだけの動作で
      書棚に並ぶ膨大な本は
      隔絶され隔離された
      小さな分割された世界に
      変ってしまうのだ
 
 この状況では、たとえ100万冊の本を読んだとしても、まったく無意味となる。量が多くても読んでいる本の全てが同じである以上、結果はそういうことだ。
 
 もちろんこれを一概に悪いと言うことはできないんだろう。秋葉原にゲームとパソコンと同人誌の店が集まるのは不適切だから分散しましょう、渋谷を解体しよう、神保町の古書店を拡散しよう。こんな主張をする人はいないし、いたら頭がいかれてる。
 
 ∧∧
(‥ )問題はいつもの話
\‐  ”分かった”ですか
 
  (‥ )分かったは趣味という
      くだらない世界を
      まるで価値あるもので
      あるかのように
      偽装してしまうからな
 
 これは極めて危険な話である。
 
 例えばの話、
 
 自分の理解できる医療と自分の好きな医療を望む。それだけを選択し続けて、この医療こそが正しいのだと思い込む。そしてこれこそが”分かった”である。
 
 そう言えばどうか?
 
 ∧∧
( ‥)極めて危険
    これは死へ向かう道である
 
  ( ‥)人の知識は容易に
    ‐□ 断絶してしまうのだ
 
 例えば、科学が好きな人は科学の本を読む。だが、自分が分かる科学の本を読むのだ。
 
 ∧∧
( ‥)つまり極めて致命的
 
  (‥ )進化論に関しては
      これが露骨に出るのだよね
 
 例えばの話、科学の本が好きな人は、ダーウィンの進化論は画期的だったが今は否定されている、そう思い込んでいることが意外と多い。
 
 やれ、中立説で否定された。逆転写酵素でセントラルドグマがゆらいだ以上、獲得遺伝がある。断続平衡説は今西進化論の現代的な焼き直しであり、今西錦司はかなり良い線をいっていた。大進化が起こるのは、遺伝子に未知の変化が発生するからに違いない、などなど。
 
 これ、科学の本が好きな人が思い込んでいるだけではない。そう思い込んでいるサイエンスライターもいるんである。
 
 ∧∧
(‥ )でも論文と教科書の
\‐   世界に入ると
     がらりと様相が変ってしまう
 
  (‥ )ダーウィンの基礎理論
      メンデル遺伝
      フィッシャーの統計学
      木村資生の中立説
      性淘汰と血縁淘汰
      生存競争と淘汰圧
      つまりようするに
      ネオダーウィニズムだ
 
 ネオダーウィニズム:遺伝の仕組みが解明される前にダーウィンが理論を作ってしまったので、後から発見されたメンデル遺伝と統計学を20世紀に組み込んだもの、と思えば良い。
 
 つまり、科学の本が好きな人と、実際の科学と研究者の有様はまるで乖離しているのである。絶望的に乖離しているのだ。両者の間にはまったく全然、これっぽちも交流がない。しかも、それぞれの本自体は同じ書棚に並んでいたりするのだ。それにも関わらず、まるで断絶している。
 
 ∧∧
( ‥)これも好きな本だけを
    選び続けた結果だと
 
  ( ‥)本を読んで自慢げに
    ‐□ blogにアップする連中も
      教科書と見比べたら
      化けの皮がはがれる
      読めば
      あんたの読書は
      まったく無意味、
      投資した時間も手間も
      人生も
      そのすべてが全部無駄
      そういう状態だからね
 
 同じ書棚に本がある。手を伸ばせば手に取れる。時間さえかければ読むこともできる。参考文献を追跡すれば論文にもたどり着ける。
 
 だが、その一手が絶望的に遠いのだ。
 
 好きな本を読むべきではないんだろう、必要な本を読むべきなのだ。
 
 あるいは好きな本を読んだというのなら、語る事を沈黙するべきなんだろう。
 
 少なくとも、理解を語ってはいけない。
 
 しかし、それにもかかわらず人は理解を語る。ここに誤りがある。
 
 
 

2014年8月7日木曜日

蟻:弔いの日

 
 試験管をよく見てみると
 
 ∧∧
(‥ )蟻さんが死んでるよ?
 
  (‥ )ほへ?
 
 一匹、お亡くなりになっておる









 
 
 他の蟻は問題ないらしい
 











 
 ∧∧
(‥ )寿命にしちゃあ
\‐  いくらなんでも短すぎですよね
 
  (‥ )働き蟻の最初の誕生が
      7月24日
      =>働くお母さん
      そこから考えると
      最長でも2週間の命
      だったわけだからなあ
 
 はて? なにか問題のあるものを食わせたのだろうか、バッタに毒物が含まれていたとか? それとも病気か? しかし、コロニー自体は現状、順調に見える。












 
 そういえば、働き蟻の中でいつも一匹、餌探しにひたすら走り回っている奴がいたよなあ...
 
 ∧∧
( ‥)過労死?
 
  ( ‥)どうだろうね
    ‐□ 同じ個体とは
      限らないしね
 
死体はさっそく、仲間によって放棄される












 
 ∧∧
(‥ )葬式というセレモニーがある
\‐  人間からすれば気の毒だけど
    合理的だよね
 
  (‥ )幼虫を育てる保育所に
      痛んでいく死体を残しておく
      わけにはいかんからな
 
 とはいえ、食って処理するわけでもないらしい。
 
 ∧∧
( ‥)死んだら仲間を食べちゃえ
    という行動は
    仲間の識別に問題を
    引き起こす
    だから食って処理するのは
    無しなのだ
    とかですかね?
 
  ( ‥)食い尽くしたバッタの
    ‐□ 残りかすとかよりも
      仲間の死体の
      捨て方の方が
      入念なんだよな
      そういうことかも
      しれないね
 
 バッタの残りかすは、ぞんざいにチューブに放りっぱなしだ。













 
 仲間の死体はもっと遠くに放棄されている。これに意味があるというのなら、単に合理的で機械的な行動でも、まあそれなりに弔いだと言えるのかもしれない。
 
 ∧∧
(‥ )別に死者を悼んでいる
\‐  わけではないけどね
 
  (‥ )死者を悼むなんて
      そんなどうでも良い機能を
      蟻は搭載していない
      だろうからね

 




僕の考えた最強の...

 
 国家とはこうあるべし
 
 福祉とはこうあるべし
 
 民主主義とはこうあるべし
 
 自由とはこうあるべし
 
 ∧∧
( ‥)これでは駄目だと
 
  ( ‥)これはあれよな
    ‐□ 
 
 僕の考えた最強のガンダム、と言っているのと変らない。
 
 ∧∧
(‥ )最強のモビルスーツという
\‐  言い様もあるよね
 
  (‥ )どっちも同じ
      機械の仕組みを
      無視して自分の計画と立案は
      うまくいく、
      そういう主張だからな
 
 アニメだろうが、空想だろうが、機械は機械だ。機関の出力や、装甲、重量、機動性、搭載出来る燃料、扱える武器、そういう制限がどうしても出てくる。
 
 ∧∧
( ‥)まあ、空想だから
    そういう制限を
    無視することは
    できるのだけどね
 
  ( ‥)でもそうなると
    ‐□ 視聴者がついてこれなく
       なるんだよな
 
 人間の脳は現実に一応は対応している。あまりに嘘っぽいと、夢を夢として受け入れることすらできなくなる。
 
 ∧∧
(‥ )そもそもモビルスーツなんて
\‐  実現不可能な機械でしょう
    けどもね
 
  (‥ )人型兵器の有効性
      うんぬん以前に
      あんなに大きくて重くて
      部品に負荷がかかる作りで
      しかも関節だらけ
      動かしてもあっという間に
      壊れちゃうだろうな
 
 それを考えれば、民主主義とは国家とはかくあるべし、という提案。これをより現実的に例えると、あなたが言ってる事は、僕の考えた戦艦最強、と同じレベルだよ、と言えば良いのだろうか。
 
 ∧∧
( ‥)高速移動できる駆逐艦に
    戦艦の大砲を乗っければ
    これ最強、みたいな
 
  ( ‥)物事の仕組みや配分を
    ‐□ 理解しないとさ
      多かれ少なかれ
      そういう素っ頓狂な
      発想をするものだからね
 
 駆逐艦に戦艦の大砲、なんていうのは極端で分かりやすい話だけども、多分、私たちはもっと微妙なレベルでこれと同列な誤謬を犯しているのだろう。そしてそれはしばしば致命的である。
 
 ∧∧
(‥ )現場を知らないとどうしてもね
\‐
 
  (‥ )間抜けな政治家や社長が
      現場無視の
      素っ頓狂なことを
      する一方で
      僕らもまた彼らの
      立ち位置や現実を知らずに
      ”間抜け”、と
      批判するからねえ
 
 実際、間抜けに見えるのは事実だし、確かにそれが正しいこともありえよう。
 
 ∧∧
( ‥)でもどうにもならない事情が
    ある場合もありますよ、と
 
  ( ‥)予算も無駄も有り余るほど
    ‐□ あるだろうwww
      そう鼻息荒く乗り込んで
      玉砕した民主党を見ると
      それはあからさまよな
 
 べし、や、べきは現実ではなく理想の計画だ。しかし理想的な計画が起動するには、その計画それ自体に現実を支配する重大な要素がきちんと組み込まれていなければならない。
 
 困ったことに、べし、や、べき、はそれをまったく保証してくれない。そしてそういう計画は大概の場合、僕の考えた最強のモビルスーツと同列である。役に立たない。口先だけだ。
 
 


 

幼虫の体内が緑色に染まる

 
 蟻を飼う。
 
 ∧∧
(‥ )卵黄、蜂蜜
\‐  昆虫ゼリー
 
  (‥ )たまには虫でも
      与えてみるか
 
 なるべく柔らかそうな小さなバッタを捕まえる。ツチイナゴの幼虫だろうか、緑色の小さな個体だ。
 
 ∧∧
( ‥)かわいそうだけど
    殺します
 
  ( ‥)そりゃ殺さんと
    ‐° 食えないからな
 
 持ち運びやすいようにハサミで適当な大きさに切る
 
 ∧∧
( ‥)まあ、しょうがないね
  
 
  ( ‥)牛も豚もばらばらに
    ‐° 切っているわけだからな
 
 餌場に放置。
 
 ∧∧
(‥ )運んでるね
 
  (‥ )チューブの中を運ぶ時にさ
      一度、荷物を置いて
      進行方向へいって戻って
      また運ぶのだよな

 
 荷物の大きさと進路の幅を確認しながら運搬する、そういうことだろうか?
 
 ともあれ、無事、運び込むことに成功
 










 
 ∧∧
(‥ )これって食べているんだよね?

 
  (‥ )頭を突っ込んで
      なにやらやってるな

 *どういうわけか、近場にあった繭まで中に突っ込まれてしまっているのはご愛嬌だ。もちろん、これはたまたまなんだろう。繭が餌を食うわけないし。
 
 さて
 
 見ると、幼虫の体内も緑色に染まっているらしい












 
 ∧∧
( ‥)画像が荒いけど
    あれですか?
    働き蟻がバッタを食べて
    それからはき戻しで
    幼虫に与えるのですかね?
 
  ( ‥)なんかそう見えるね


 
 運び込まれたバッタの胴体はすでにすっからかんのようである。




夏のアンドロメダ

 
 
 6日の夜も更けて日付が変わり7日午前2時を過ぎる
 
 ∧∧ 夜行性
( ‥)
 ‐( ‥)まあそうだね
     朝も昼も動いて
     いるんだけどね
 
   昼夜関係なく
 ∧∧ 寝ちゃうからね
(‥ )
 ‐( ‥)やっぱこの高温の
      せいかなあ
 
 
 室温は26度とか27度程度に保っているのだけども、照りつける日差しで壁が熱くなり、それが室内に伝わってくるのである。そのせいか、妙に疲れたり、眠くなったりする。
 
 
 一方、昼間は強風で過ごしやすかった天気も、夜になって風は止んだ。そのせいか、空の状態は昨晩ほどではなく、やや霞がかっている。
 
 アンドロメダ座












 
 
 そしてアンドロメダ大星雲。一応、ポケットサイズのデジカメでも写っている。














 
 ∧∧
(‥ )にじんでかすんだ
\‐  星みたいに見えるね
 
  (‥ )まあ、まさに
      星雲ってことかな
 
 
 


2014年8月6日水曜日

季節はすでにめぐりゆく


 
 昨晩、5日の夜は月がきれいだった。
 
 ∧∧
( ‥)でも風が強くて
    気流は最悪ですか
 
  ( ‥)んー月のクレーターさえも
    ‐// よく分からん
     ⊥
 
 仕事もあるし、これではどうにもならぬ。スケッチはあきらめた
 
 風の強い一日だった。南の海上からきれいな空気がやってくるせいだろうか? 空の状態自体は良かった。このあたりではかなり澄んだ空である。

 太陽が西に傾いた時の空は青く


 
 









 
 そして日付が変って6日。夜が短い季節だ、2時をすぎれば夜明けは近くなり、天頂には秋の星座、ペガサス座とアンドロメダ座がかかっている時刻。













 
 上の四辺形がペガサス座の胴体にあたる部分。その下に続くのがアンドロメダ座。
 
 *一応、アンドロメダ大星雲も写っているのだけども、知っていないと分からない。左下には母親であるカシオペア座が、さらにその下に、アンドロメダ姫を救った英雄ペルセウスの星座が半分写っている。
 













 
 ペルセウス座の画面右には”すばる”ことプレアデス星団がすでに上がっていて、さらにその下にある五角形は冬の星座、ぎょしゃ座とそのα星カペラだ。
 
 夜が開ける前に、オリオン座と、そして昇り始めたふたご座を確認する。
 
   太陽は夏至のふたご座を過ぎ
 ∧∧ 秋分点へ移動中
(‥ )
 ‐( ‥)夏は今こそが本番だが
      季節はすでにめぐるのだ
 
 
 
 

2014年8月5日火曜日

百合戦争

 
 ∧∧
(‥ )ジブリもディズニーも
\‐  どちらも女の子二人の
    お話を作って
    アナと雪の女王が
    一人勝ちだと
 
  (‥ )第一回百合戦争は
      ディズニーの勝利
      ジブリ敗北ということか
 
 ∧∧
(‥ )ディズニーの方の二人は
\‐  姉妹なんですね
 
  (‥ )ほう、姉妹とな!
      つまり
      カップルになった場合
      お互いの子供が
      自分の姪や甥であると
      なるほどこういう
      百合カップリングも
      こういう最終解決も
      あるということか
 
 つまり姉妹の百合夫婦の場合、相手が生んだ子供は自分と血縁関係が実際にある事になる。
 
 むう、このような最終解決を出されては、正攻法で勝つこと容易ではあるまい。
 
 ∧∧
( ‥)...そういう話じゃ
    ないと思うけどね
 
  ( ‥)だが人は可能性を
    ‐□ 模索するものだ
      それこそが
      人間というものよ
      だから問われるのだ
      お前は
      可能性を模索したか?
      その結果がこれか?
      絶えずそれが
      問われるのだ
 
 百合戦争のこの局面においてジブリはなんと出る?
 
 待て、次回。
 
 
 これはhilihiliのhilihili: 現実は設定であり、これに勝負を挑まねば物語と言えども...の続き
 
 
 
 

比較的澄んだ夜空

 
 外へ出てみると雲はあったが、空自体は暗く澄んでいた。
 
 ∧∧ 散歩へいきますか
( ‥)
 ‐( ‥)ひさしぶりに見える
      星空〜♪
 
 
 まあ、きれいな空といっても大都市に周囲を囲まれるここだ。町の灯で空は明るい。それでも星座はそれなりに分かった。
 
 時刻は午前2時過ぎ。気温は高いが、湿度はやや低めで、比較的過ごしやすい状況である。*家に帰って測ると気温28度、湿度80%だった。多分、アスファルトのない公園はもっと涼しかっただろう。
 
 
   もうカペラと
 ∧∧ アルデバランが見えるね
(‥ )
 ‐( ‥)ぎょしゃ座は上がり
      おうし座も完全に
      地平線の上だ
 
 オリオン座もあがりつつある。もう冬の星座の登場だ。ぼんやり眺めていると、天頂にあるペガサス座を切るように、流れ星が流れた。
 
 帰り際、オリオン座のベテルギウスとリゲルが上がるのを確認する。そして間もなく夜明けである。街灯を朝と勘違いした蝉が鳴いていた。
 
 
 

プライドを取り戻せ

 
 ∧∧
(‥ )その子が約束を
\‐  守らなかったから
    怒っているのだと
 
  (‥ )...まあ、そりゃあ
      そうだろうね
 
 約束したのにそれを破った。それは怒らねばならぬ出来事。
 
 ∧∧
( ‥)でも怒るわけにも
    いきませんよと?
 
  ( ‥)そうだなあ
    ‐□ 例えばこう問われたら
      どうするね?
 
 彼女が約束を破った? ああ、それは相手があなたのことを好きでもなんでもなかったんじゃねーの?
 
 あるいはこうである
 
 好きでも約束を破るってことはありうる。だがしかし、そんな彼女は頭がおかしいよね? そんな女の子を好きになったあなたもおかしくね?
 
 
 ∧∧
(‥ )どうしろって
\‐  言うんですか?
 
  (‥ )怒るに怒れないから
      黙って別れろ
      そう言うしかないし
      そういうことに
      なるんじゃねーか?
 
 
 しかしながら、
 
 以上二つの評論は、要約すれば
 
 お前何勘違いしてるの?
 お前無能じゃね?
 
 という内容だ。
 
 これは評論する人の言い様がきついとかの問題ではない。評論されないと分からないことでもない。なぜならこれは単なる事実だからだ。言葉にならないにしても人はこういうことを自分自身で考える。
 
 そしてこれは別れれば解決するかというと、そんなことはない。だから怒り狂う。

 
 ∧∧
( ‥)約束を破った人とは
    いわば自分の黒歴史の
    具現化である
 
  (‥ )それが目の前を
      歩いているわけだ
      どうする?
      どうするよ?
 
 ああ、殺すよね? 殺すよな?
 
 ∧∧
(‥ )人を殺すと
\‐  道徳という名の
    自動報復システムが
    起動しちゃうけどね
 
  (‥ )相互監視と報復
      これが道徳というものだ
 
 弁護士が胡散臭い目で見られるのも、以前あった大津市のいじめ自殺問題で教育委員会などに強烈な疑惑の目が向けられて、ついには傷害事件に発展したのもこれが理由なんだろう。殺したものを殺せ。こういう自動報復システムの運用を邪魔したり、それを担うべき人々が業務を果たさないとなると、道徳はリンチという、その本来の姿を顕現させる。
 
 ∧∧
( ‥)でも? 自分の奪われた
    プライドを取り戻すために
    危険を犯して報復へ
    打って出る人もいるのだと
 
  ( ‥)プライドとは
    ‐□ 社会的地位にも
      関連しているのだ
      死活問題だでな
      それを考えると
      当然だよねえ
 
 この話、別に彼女だなんだとは限らない。男女ともに起こる事だ。そして確かに、相手に踏みにじられた自分のプライドを取り返すために殺人にまで及ぶ事例は多いようである。
 
 
 

2014年8月4日月曜日

よろしい ならば二次元だ

 
 ∧∧
( ‥)つまり
 
  ( ‥)そうねえ
    ‐□ もともとはだ
 
 ネットによってエロが氾濫する今の時代、エロはメディアを普及させる起爆剤にはなりえない...
 
 ∧∧
( ‥)という主張は
    おかしいだろうと
 
  (‥ )そもそも某社の
      電子書籍で一番良い成績を
      収めているのが
      女性向けのエロだ
      という話を聞いたから
      そう思うのだけども
 
 そして考えるにだ
 
 少なくともネットにおいて、三次元のエロは物語を欠いているように思える。
 
 ∧∧
(‥ )二次元のエロは
\‐  そもそも同人的なものが
    多いがために
    物語や
    キャラクターの性格付けが
    なされている

 
  (‥ )それを考慮するとだよ
      三次元のエロってさ
      ネットの時代において
      致命的だよな
 
 考えてみれば、ネットでエロが氾濫するからメディアの起爆剤になれない、とは、エロビデオやエロDVD、そしてビデオレコーダーとDVDレコーダーの普及を念頭に置いたもののように思える。確かにそれは三次元なのだ。
 
 ∧∧
( ‥)よろしいならば二次元だ
 
  (‥ )あるいは活字だな
 
 
 少なくとも、この理論、”二次元のエロは物語があるがゆえにこの状況においてもなお集客力があるぞ仮説”、は三次元エロの衰退とエロ電子書籍の健闘を同時に説明できる。
 
  ( ‥)この点において私の仮説は
      すぐれていると
      自画自賛します
 
 ∧∧
( ‥)はいはい
 
 
 *何年も前、エロで有名な某出版社が潰れた時、とうとうこういう事態になったか...と感慨にふけったものだった。だが、それでもなお女性向けエロ小説が健闘している状況がある。これに直面した時、これらの矛盾、あるいは不整合は説明されねばならぬ。状況は説明し、対応するためにあるものだ。
 
 
 
 これはhilihiliのhilihili: あなたの欲しいエロはそこにありましたか?の続き
 

2014.08.04 1:13の流星

 
 夜の公園で考え事
 
 ∧∧ まとまりませんか
( ‥)
 ‐( ‥)んーどうにもなあ
 
 ふと空を見上げていると、南南西の方角から流星が流れるのが見えた。”みなみのうお座”よりも上の方。空は薄曇りだが、その雲を透かしてもなお、金星や国際宇宙ステーションのように明るい。
 
 すぐ消えるかと思ったらそうではない。あまり速くないのだ。空を切るようにではなく、空を滑るように、長く、長く、長く。
 
 色は黄色、中心は明るい白色で、薄曇りの中、淡く金色の後光をまとって鋭い尾を引いた。
 
 天頂付近を通過する時には、ぱらぱらと、薬が水に溶けるように輝く小片が砕けていくのが見えた。北北東の厚い雲に遮られるまで見えた。
 
 角度にして90度ぐらいを流れる、長い流星。時刻は2014年の8月4日、午前1時13分。
 
 
 ∧∧ 人工衛星の可能性も
(‥ )
 ‐( ‥)うん、人工衛星が
     大気圏に突入して崩壊し
     流星になった可能性も
     あるだろうね
 
 
 考え事は、忘れた。
 


 
 
 

2014年8月3日日曜日

本は引用の結節点

 
 なぜ本を読む人間は、その一冊の本を読んだけで、その本のことを分かった気になれるのか?
 
 ∧∧
( ‥)謎だと
 
  ( ‥)一冊の本は
    ‐□ ごく短い内容しか
      持っていないのだ
 
 1ページ1000文字で200ページでも、わずか20万文字にしかなれない。こんな短い内容で物事を説明するのは無茶も良いところだろう。それは抜粋にしかならない。ましてや、普通の本はこれよりもっと内容が薄いのだ。
 
 ∧∧
(‥ )言い換えれば
\‐  本というものは
    すべからく要約であると
 
  (‥ )本は引用の集合体だ
     一冊の本を作るためには
      膨大な積み重ねがある
 
 言うなれば、一冊の本とは果てしない引用と、それが織りなすことで出来たネットワークの一部、単なるひとつの結節点でしかない。その結節点を見ればその有様が分かるようでいて、しかしそれは分かったとは言わない。新宿駅だけを見ても新宿駅のことなど何も分からん。それと同じ。
 
 それにしても、一冊の本を読んでその本のことを分かったと思い込む連中が、これほどまでにうじゃうじゃいるのはなぜか?
 
 ははーん、多分、あれだ、小説という消費者向けに単独で完結した物語を読んでばかりいるうちに、読書家って連中は頭がぼけたんだな?
 
 ∧∧
( ‥)そんなことあるわけないじゃ
    ないですか
 
  ( ‥)小説も
    ‐□ 引用の集合体だからな
 
 小説もパクリの連鎖だと思えばいい。引用し、織りなし、そして本人の独自性が入って作られた何か。そしてまた前の作品の影響を受けて作られたネットワークの一部。
 
 それゆえ、一冊の小説を読んで、それを論評するなど、これまた愚の骨頂。
 
 ∧∧
(‥ )まあ、でも楽だからね
\‐
 
  (‥ )楽なことをするのは
      当然だけど
      楽なことばっかりすると
      知らんうちに
      頭がぼけちゃうぞ
 
 
 というか、使っている部分が偏りすぎて、どんなことをしても同じ手続きでこなすようになってしまうと言えば良いか。こういう場合、なんでも分かるが実は何一つ分かっていない、という状況になるだろう。
 
 
 

読書家の正体見たり

 
 書評をしている人の書き込みを見て不思議に思うのが
 
 ∧∧
( ‥)その本を読んで
    その本の書評をして
    どうするのか? と
 
  ( ‥)その本を読んで
    ‐□ その本を分かった
      これは奇妙な世界観でな


 
 例えば、この本にはこういうことが書いていない、なぜだろう? という書評を見たことがある。それを見た時に真っ先に思ったのが、
 
 いや、その作者さんは前の本(1997年)でそれをすでに書いてるよ? あんた、なんで知らんの?
 
 ∧∧
( ‥)読んでないからでしょ
 
  (‥ )読まなきゃだめだよ
 
 というか
 
 なんで書いてないの?
 
 とか疑問に思ったのなら、なぜ調べない?
 
 ∧∧
(‥ )疑問を調べないのが
\‐  読書だ、ということですかね?
 
  (‥ )正体見たり
 
 
 つまり読書とは、自分の”分かった”が正しいかどうかを確かめない行為。
 自分が分かったのだから、そうである以上、それが正しいと無批判に思う行為
 これは信仰であり、そしてあからさまな狂気である
 
 
 

2014年8月2日土曜日

人はエロのみで生きるにあらず(力説)

 
 Tumblr それは情報を切り貼りし、それがリンクを作りリンクを生む。個人が作る、個別な切り抜き雑誌が織りなす巨大なネットワーク
 
 エロ画像だけのものもあれば、文字とエロ、文字だけのもの、二次元、三次元、政治的なものから電波系まで色々だ。
 
 でっ思うに
 
  
  (‥ )純粋にエロ画像だけを
      収集しているTumblrって
      更新が止まるように
      見えるんだけどね?
      気のせいかな?
      気のせいでないのなら
      なぜだろうね?
      耐えられなくなるのかな?
 
 ∧∧
( ‥)...飽きちゃう、とかですか?
 
 ネットのエロは、無尽蔵である一方で、妙に画一的でもある。
 
 あるいは口当たりの良い売れるエロが圧倒的な数を占めてしまうので、自動的に他が埋没してしまっているのかもしれない。
 
 あるいは、元々、エロ画像とはそういうものだと言うことはできる。それに圧倒されたのだろうか?

 しかし考えるに、ネットの画像はコピー可能だ。平均的に一番刺激を与える画像がコピーによって数を増やすとしたら、平均的なエロが数を過大に増幅させるは必然。しかし、平均はあくまでも平均だ。それに、好みのつぼを押した総数で判断した時、一番良いエロ画像が最良か、というとどうだろう。総合点では順位が低いが、芸術点が高いものが良い場合もあるだろう。ましてや人の好みは芸術なんていう気取った枠組みには収まりきれないものである。

 
 ∧∧
(‥ )ネットのエロ画像は
\‐  ラーメン店だけになった
    商店街みたいな感じですかね
 
  (‥ )時々、思うのだ
      更新が停止したり
      あるいは消滅した
      エロ画像のみのtumblr
      これはどうしたのか、と
 
 tumblrが自分だけの切り抜き雑誌というのなら、ひたすらエロを集めていたのに、ある日、更新が止まり、あるいは消えてしまった人たち。彼らは一体どうしたのか?
 
 ∧∧
( ‥)もしかしたら
    ネットの大味で画一的な
    エロに飽きてしまって
    自分が本当に望むエロを
    探す旅に出かけたとか
 
  ( ‥)そうだったら...
    ‐□ いいよなあ
 
 
 あるいはこうも言えるのかもしれぬ。エロ画像だけを集めるのは精神に負荷がかかる。それよりは文章とかも気楽にreblogしたほうが健康に良いのかもしれぬ。考えてみれば、エロ雑誌がそもそもそういう作りであったではないか。プレイボーイなんかその典型。
 
 
  (‥ )人はエロのみで
      生きるにあらず!
 
 ∧∧
(‥ )まあ、全然別なことが
\‐  理由なのかもしれないけどね
    知らないけども規約とか
 
 でもそれにしては、日付を見ると、ぷつっと更新が止まったままのtumblrとかの説明がつきずらい。
 
 ネットのエロは最大公約数化したせいか、あまりにも単調に見える。だから例えばの話、毎日、カレーとラーメンとハンバーグだけを食べていたら、おかしくもなろう。

 
これはhilihiliのhilihili: あなたの欲しいエロはそこにありましたか?の続き
 
 
 

現実は設定であり、これに勝負を挑まねば物語と言えども...

 
 他人には言わぬままに永々と自分だけのSSを書き綴る人がいる
 
 この話=>hilihiliのhilihili: 自分好みの百合に救われる
 
 
 ∧∧
(‥ )自分好みの百合を
\‐  永々と書き綴る人がいる
 
  (‥ )でもさ
      物語にどう決着を
      つけるつもりだろうな?
 
 男女なら話は単純だ。それが結婚なのか、告白なのか、いずれにせよ、それを書けば終わりである。
 
 ∧∧
( ‥)本当はそこからが
    本番なんですけどね...
 
  ( ‥)おかしなものだけどね
    ‐□ あるいはあれかな
      こっから先は
      ”お前らの問題だ”
      そこで物語は沈黙する
      そういうことかもね
 
 恋愛というものは結婚や告白でその夢の時間が終わる。そこから先は現実の開始である。そこに物語が踏み込む隙間はもはやない。そういうことやもしれぬ。
 
 *物語がこれ以降に踏み込むこと、それ自体は可能ではあるし、事実としてあるが、もはや内容が別物になるぞ、という意味。
 
 ∧∧
(‥ )でも百合だとそうはいかんと
\‐
 
  (‥ )現実との接触
      あるいは衝突が
      男女のカップリングより
      ずっと早いのだよな
      夢から覚める時間が
      早すぎると言うべきかもね

 
 男女のカップリングだと単純に結婚します、子供ができるでしょう、おしまい、となるが、百合となると法的にも生物学的にも、そうはいかない。
 
 ∧∧
(‥ )どう...したものでしょうね
\‐
 
  (‥ )結婚はまだともかく
      子供に関して言うとだ
      魔法や未来技術を
      使うのでなければ
      養子をもらう
      男性から精子だけを
      わけてもらう
      そういうことに
      なるわけでね
 
 確かに、人の快感も幸せも、それは突き詰めれば脳内の出来事である。
 
 ∧∧
( ‥)百合でもなんでも
    幸せならそれで良いのだと
 
  (‥ )女性同士だから不幸になる
      男女だから幸福になる
      そんなことは
      あり得ない
 
 脳内の出来事だというのなら、相手が二次元でも問題ないことにもなる。
 
 だから、幸せに関しては問題ない。
 
 
 ∧∧
( ‥)でも? 子孫を残す
    という点において
    百合の不利は否めないと
 
  ( ‥)同じ男性の精子で
    ‐□ お互いに受精を行う
      そういう手はあるな
 
 まあ、違う男性でも良い。少なくとも生まれるお互いの子供は、好きな相手の半分から構成されているわけだ。お互いの子供を大事にする理由のひとつになる。
 
  (‥ )だがこれをさらに
      向上させる方法がある
 
 ∧∧
( ‥)ほう?
 
 
 互いの父親の精子で受精を行った場合、生まれるお互いの子供は腹違いの妹、あるいは弟となる。それゆえ相手の子供の4分の1は自分と同じであり、事実として血縁が生じる。そして2分の1は愛するパートナーと同じものから構成されている。一方、自分の子供はパートナーの4分の1であり、自分の2分の1でもある。相手の子供と自分の子供は、いまや非常に近い存在だ。識別することに意味があるのかどうかすらもよく分からない。
 
  (‥ )どうよ!
 
 ∧∧
(‥ )...理屈は正しいけど
\‐  それをするとなったら
    話運びに
    無理あり過ぎでしょ
    物語が破綻するんじゃね?
 
    
 
  ( ‥)駄目か
 
 ∧∧
( ‥)正しさだけを追求すると
    世の中と正面衝突する
    事例だよね
 
 それにしても思う。百合にせよ、あるいはホモのカップリングにせよ。異性愛を行う人がそういうカップリングを妄想することは、同性愛者を搾取することではないのか? という見解。
 
 ∧∧
(‥ )その見解がどうで
\‐   それをどう見るのかは
     ともかくとして
     当人たちの苦労や苦しみを
     実感出来ない”部外者”が
     好き放題に一方的に
     ”めでている”というのは
     正しいでしょうね
 
  (‥ )もっともそれは絶えず
      あらゆるところで
      起きることだがな
 
 アイドルに恋するのも同じだし、そもそも恋愛自体がある程度はそういうものだとも言える。人は恋をした時、相手の現実と苦しみに無頓着であり、自分の好きな人はこうあるべし、と思い込んでいるのだ。そういうことで別れたり、離婚したり、あるいは殺人にまで発展するのは誰もがよく知るところである。
 
 そしてなんにせよ
 
 ∧∧
( ‥)百合SSを書き綴っている
    その人もいずれこの現実に
    直面するだろうと
    百合のゴールはどこに
    設定すれば良いのかと
 
  ( ‥)悲劇に終わった彼女たちを
    ‐□ 救いたいのだ
      幸せな彼女たちを描いて
      描いている自分自身も
      救済しているのだ
      それが始まりだったのだ
      ならば行き着くはずだろう
 
 妄想だろうがなんだろうが、幸せが脳内の現象に帰結するというのなら、悲劇に終わった彼女たちの百合物語を描く、というのは色々な意味で幸せことなんだろう。それは気晴らしである一方で、それ自体が恋に近いのかもしれない。
 
 だが、現実が接近する。
 
 現実はこの世界を統べる”設定”である。我々自身の脳がこの設定に適合している。それがゆえ、この枠組みを逸脱しすぎた物語を脳は拒否する。
 
 ∧∧
( ‥)つまり、物語を楽しむには
    現実という設定に
    勝負を挑み
    勝利しなければならない
 
  (‥ )さあ、どう出るかな?
 
 
 
 
 これは以下へと続く=>hilihiliのhilihili: 百合戦争
 
 

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