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2014年11月28日金曜日

電子の心は化学反応の牢獄に捕われる

 
 人間の心は物質の影である。心とは神経細胞の配置とそれが持つイオン勾配と電位であり、その他、諸臓器が作り出すホルモンなどの作用から成り立っている。
 
 その有様が完全に解明された未来。ついに人類は脳を走査し、個人の記憶をネット上に移し替えることに成功した。肉体を擬似的に再現したプログラムで記憶を動かすことで、人は電子の世界で自在に肉体を選ぶことさえ出来るようになった。
 
 ∧∧
(‥ )でっ? サーバーの容量を
\−  どのぐらい食うのですかね?
 
  (‥ )これ
      一人の人間につき
      一人分の容量で
      満足できる話では
      ないんだよね
 
 サーバーがふっとんだ。
 
 ∧∧
( ‥)電子人間しんじゃったー
    
  ( ‥)本体である人間
    −□ つまり蛋白質の肉体を持つ
      オリジナルの蛋白人間は
      怒り狂うだろうな
 
 確かにオリジナルである自分が死んだわけではない。蛋白世界で生きている自分が死んだわけでもない。だが、自分の電子的な分身が消滅したのだ。端末を介して電子の向こうにいる自分とやり取りしていた会話と、その過去ログだけがむなしく残った。電子の分身が返信を返すことはもう二度とない。
 
 被害者たちがサーバー会社を襲って、技術者もプログラマーも社長も平も、全員、ぶち殺すこと確実である。
 
 ∧∧
(‥ )予備が欲しいよね
\−   維持費はいくらかな?
 
  (‥ )人間一人分の記憶と
      人間一人分の記憶を
      正しく動作させる
      プログラム
      それを維持するために
      毎月いくら払うのか?
 
 例えば、金持ちは幾つも自分のコピーを作るのかもしれぬが、一般人は二人ぐらいだろうか? 
 
 ∧∧
( ‥)貧乏だと電子人間を
    一人維持するのが精一杯
    いや
    そもそも一人も電子人間を
    持つことができないのかも
 
  (‥ )伝統的な生活のまま
      蛋白世界で生きて
      死んでゆくだけの貧乏人
      維持費がはらえず
      活動を停止された
      貧乏な電子人間
      そして
      蛋白世界で維持費を
      払いつつ
      複数の電子コピーを
      生かし続ける富裕層
 
 
 なんにせよ、サーバーの容量はあっという間に飽和してしまうんじゃなかろうか?
 
 ∧∧
(‥ )あるいはあれだね
\−   飽和するまで
    電子人間の人口が増大する
    のだろうね
 
  (‥ )電子人間も働くのだろうな
      自らを維持するサーバーを
      維持するために働くのだ
      蛋白人間が
      畑をたがやすのと
      同じだよね
      ご苦労なこった
 
 それに、いずれは電子人間のオリジナルである蛋白世界の蛋白人間は死ぬのである。電子人間が電子の世界で働くのは当然のこと。電子人間は親である蛋白人間亡き後、自活しなければいけない。
 
 そしてできれば可能な限り、電子人間たち自身も自分のコピーを作らねばならない。そうしない者は遅かれ早かれ存続が停止するだろう。生き残るものは自らのコピーを可能な限り増大させようと目論むものたちだ。
 
 ∧∧
( ‥)やっぱりサーバーの容量は
    あっという間に飽和して
    しまいますか
 
  ( ‥)電子人間の進化速度って
    −□ どのぐらいなんだろうな?
 
 記憶と肉体を模倣したプログラム。それをコピーする速度は単純に考えれば相当速いのだろう。仮に完全な自分のコピーを作るのに10月10日かかったとしても、それでもなお蛋白人間の世代交代に比べれば数十倍の速度となる。蛋白人間の一世代は、出産と誕生で終わるわけではない。
 
 ∧∧
(‥ )むしろ電子人間は
\−  サーバーの増設速度に
    制限されるんじゃないですかね
 
  (‥ )あるいはサーバーと
      それを維持する
      電力網と工場群と物流の
      発展速度に制限される
      そういうことだろうな
 
 もちろん、機械は自己複製できない。部品で出来た機械は原理的に自己複製が無理だとも言える。端的に言うとSFで出てくるような機械生物は存在しえない。
 
 だとしたら、究極的に言えば電子人間は、工場群を維持するためのユニット、つまり、蛋白人間と蛋白質の製造工場、要するに田畑や牧場の生産に制限されるのだとも言える。

 ∧∧
( ‥)電子人間は究極的には
    光合成の速度に制限される??
 
  (‥ )速度自体をある程度
      上げることは可能だな
      現在の我々が
      やっているように
      圧縮された
      太陽エネルギーである
      石油を燃焼すれば
      物流は効率的になる
      石油が尽きても
      核融合があれば持続できる
 
 だが、化学反応の速度まで上げるのは事実上無理な話だ。
 
 ∧∧
(‥ )やはり電子人間は
\−  蛋白世界とその化学反応の
    速度に依存すると
 
  (‥ )でも世代交代自体は
      我々よりも速いのだ
 
 これは、やはりあっという間に飽和することになるのだろう。
 
 誰か一人、それが蛋白人間なのか、あるいは電子人間なのかは知らないが、とにかくたった一人で良い。自分のコピーをとにかく増大させて、使える容量をまずは占拠してしまえ。そう考えたら奴がいたら、一気にこれが進む。
 
 ∧∧
(‥ )法律で規制するべきですね
\−
 
  (‥ )だけどこんなことを
      やり始める奴が
      出てきたらどうする?
 
 Aさんの記憶と私Bの記憶を半分ずつ混ぜた電子人間を2人作りました。彼ら電子人間はは私そのものでもなく、そしてAさんそのものでもありません。私たちとは違う、異なる個人です。彼らのために容量を割いていただくのは正当です。容量の使用を正当に申請します。
 
 ∧∧
( ‥)記憶を分割して
    別人間だとして
    自分のデータを分割して
    保存する
 
  ( ‥)容量の奪い合いで
    −□ 戦争も起こるだろうな
      容量戦争だ。
  
 それにまた、蛋白世界の動向が電子世界に影響を及ぼすのなら、電子人間が蛋白世界の争いに介入するのも当然だろう。電子人間が電力の安定供給のため、石油利権確保を目指して軍事介入を支持する。それもありうる話である。
 
 ∧∧
(‥ )電子人間は思考速度が
\−  非常に速いのですかね?
    しかも世代交代も速くて
     有限の容量を制覇せんと
     生存競争を繰り広げる
     わけだよね
 
  (‥ )たぶん、あっという間に
      ホモ・サピエンスじゃない
      思考回路を持つ
      別物へと
      進化しちゃうだろうな
 
 ∧∧
( ‥)人工知能が人類を支配する
    どころか
    電子人類が蛋白人類を
    支配する?
 
  ( ‥)蛋白人間を
    −□ 薄のろと呼んだりとか
      するのかねえ?

 ∧∧
(‥ )でも電子人間は蛋白世界の
\−  化学反応の速度に
    制限されなければならない
 
  (‥ )それを考えると
      つらい立場だな
 
 これって、のろのろと拡大する狭い世界に閉じ込められたまま、ぎゅうぎゅうに押し合いへし合いしている世界だってことじゃあなかろうか? まるで狭い水槽に閉じ込められたネズミの大群のようなものである。
 
 ∧∧
( ‥)電子の世界でバーチャル空間を
    楽しむって話があるけど
    電子人間の思考速度と
    バーチャルの演算速度って
    同じぐらいなんですかね?
 
  (‥ )あれか?
      蛋白人間にはなめらかな
      動きに見えても
      電子人間には
      コマ送りに見えるのか?
      なんか
      ますます嫌な世界だな
 
 まあ、そうはいっても悪いことばかりではなかろう。多分、電子人間はコピーを重ねて淘汰と生存競争を続けた結果、そういう環境を苦もなく生き抜くような、何かへと進化してしまうはずだから。
 
 ∧∧
( ‥)人の感覚や感性が
   まったく失うわけだ
   それはもう人間じゃないよね
 
  (‥ )なんか、変なものだろうな
 
 例えばの話、我々が知性も感性もそのままに、岩や樹木になったとする。それに耐えられるか? これはそういう話なのかもしれぬ。
 
 ∧∧
(‥ )耐えられない人は
\−  死んで淘汰されるから
    世代を重ねれば
    岩石や樹木にあった
    思考へと進化するのだろうね
 
  (‥ )それを考えると
      電子人間って
      どうなっちゃうんだろうな
 
 蛋白世界の速度に合わせる一方で、電子の速度にあった生存競争に勝ち抜く、それは一体どんな思考であり、有り様であろうか? 人間の免疫機構と脳がまったく別の器官であるように、別々のものとして異なる動態を示すのか?
 
 ともあれ、少なくとも言えることはある。
 
 ∧∧
( ‥)脳とネットをつなげて
    素晴らしい世界へいくって
    それは無理な話であると
 
  ( ‥)ろくでもない未来か
    −□ 今の世界を
      悪化させたような
      世界なんだろうなあ
 
 それにしてもふと思う。
 
 電子人間の思考速度は、蛋白人間よりも本当に速いのか?
 
 だがしかし、単純に考えると電子人間の思考速度は回路を駆け抜ける電子であり、その速度は光速だ。そしてそれは蛋白世界の化学反応の速度をはるかに超えている。
 
 ∧∧
(‥ )でも悲しいかな
\−   電子人間の媒体が
     機械であり
     それを維持、建設、
     運営するのが
     蛋白人類である以上
     電子人間は化学反応の速度に
     拘束されてしまう
 
  (‥ )化学反応の牢獄に捕われた
      電子の心
      これは悲惨だよねえ
      こんなことなら
      サーバーが有機体の方が
      良いよなあ
 
 この話である=>hilihiliのhilihili: 生きているサーバーの物語
 
 脳を持つ有機体をサーバーにして、その電子世界にすんでいる電子人間。媒体が有機体なら、電子人間とサーバーの増設、時間と速度の深刻なずれは起きたりしないだろう。
 
 だがこれって...
 
 ∧∧
( ‥)有機体の脳でバーチャル世界を
    楽しむ人間たち
    これってさ
    空想の世界に逃げて
    幻覚を見てるおかしな人と
    変わりないよね?
 
  (‥ )というかだな
      歩きながら
      スマホ見てる人と
      あまり変わらないよね
 
 
 思うのだが、僕らは十分にSFの世界にすんでいるのだ。
 
 だが確かにまだ足りない。来るべき未来は歩きスマホの画面が幻覚と区別ができない世界となろう。
 
 ∧∧
(‥ )それって進歩なの?
\−
 
  (‥ )みんなでネットに夢を
      見ながら
      上の空で歩いて生きて
      ネットを維持するために
      あくせく働く
      これがより洗練された
      ものになる
      これは進歩であり
      人類の勝利であろうよ
 
 ああ、諸君。夢はもうほとんどかなえられたのだ。
 
 後は幻覚さえ見せることができれば完成だ。歩きスマホはその第一歩となろう。

 

 

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