自己紹介
- 北村雄一(北村@)
- イラストレーター兼ライター 詳しくはhttp://www5b.biglobe.ne.jp/~hilihili あるいは詳細プロフィール表示のウェブページ情報をクリック
2014年2月3日月曜日
濃霧の夜 深海の眼球 透明な世界
夕方、丘から眺める沈みゆく太陽と景色はもやがかかって、遠くの山並みはかすんで見えなくなっていた。
そして夜も更けて一仕事終わり、外へ出てみると
∧∧
(‥ )霧だね、それもすごく濃いね
(‥ )ああ、すごいねえ
ひさしぶりの濃霧だ。一段落したのだし、気晴らしに散歩へいこう。
とはいえ
∧∧ …なんか夢みたいだね
( ‥)
‐( ‥)そうねえ、なんかこう
見えているけど
見えていない
どよーんとした感じで
つかみ所がない
夢の風景みたいだな
200メートル先にある街灯や自動車のヘッドライトが見えないんである。音はすれども車は見えず、かすかに小さい豆球のような灯りを見て、ああ、あれが車か、と分かるありさま。
歩いて歩いて踏切までやってきたところで立ち往生。ちょうど遮断機が降りたところなんだが、電車がちっともやってこない。
∧∧ 来たと思ったら
( ‥)
‐( ‥)おう、もうすぐ近く
じゃないか
考えてみれば当たり前なのだ。自動車のヘッドライトでさえ200メートルを貫通できないような状態なんである。あれが電車のライトかい? そう思えるかすかに光る豆電球。ほとんど切れかかった電池がともすような小さく赤みがかった光は、実はほんの200メートルばかり先のもので、みるみるうちに近づき、明るくなって、ゆっくりと目の前を通り過ぎていく。
∧∧ でも踏切あがらなーい
(‥ )
‐( ‥)電車の運行速度が
落ちているんだな
次々に電車が通るのにのろのろ運行なので、ちっとも遮断機は上がらず、カンカンカンという音が止む事もない。この霧の中、高速を出すなんていうのは電車でも危険なことで、止むなしか
通り過ぎても通り過ぎても、遮断機は上がらず、向かい側では電車待ちの車で進路を塞がれた、直交車線の乗用車が、俺を通らせろ! と、ばうんばうんとエンジンをふかして煽り、ぱふーぱふうーーーーっとクラクションをならすありさま。気持ちは分かるがうるさい。
そこではたと気がつく。確か、この線路を越える抜け道があったじゃないか。
∧∧ 普段はここまでこないからね
( ‥)
‐( ‥)たしかーこっちだよね
何台かの自動車も続く。分かっている人は分かっているのだ。ただ、狭い。もちろん、こっちは徒歩だから関係ない。抜け道を抜けて、いそいそと公園へ向かう。それにしても、勝手知ったる夜道のはずだのに、霧があるとこんなにも印象が違うものなのか。
∧∧ 霧の反射で明るいように見えて
(‥ )
‐( ‥)見通しが効かないから
むしろ暗く感じるなあ
いつもは街灯と街の灯で明るく感じる空と夜道は、どんよりとした灰色で、明るいようでいて、なにもかもが沈み込んでぼんやりとしており、輪郭は不明瞭で、見えてはいるが、よく分からない。
暗く、100メートル程度しか見通しが効かない世界
人造の強烈な照明でさえ200メートル先では切れかかった電池と豆球のようにかすむ世界
すべての光が散乱して減衰する世界
ああ、これは
∧∧ 深海だね
( ‥)
‐( ‥)そうか、こういう
世界なのか
深海生物最高の視程を誇るダイオウイカでも、せいぜい120メートルしか見通せない世界。それが水中であり、それが深海という世界。
まあ、ダイオウイカさんは
∧∧ 発光生物を見るわけだけど
( ‥)
‐( ‥)確かに違いはあるな
本当は青と闇の世界だし
発光もホタルみたいな
ものだからね
でも、この見通しの
効かない世界は…
いざ経験してみると
インパクトがあるねえ
暗く、光が乏しく、見通しは効かず、しかし、もし、発光するのなら、近くであればはっきりと見える。
確かにこのような環境では眼の退化もありうるし、眼の発達もありうるのだろう。実際、深海生物にはその両極端が同じ場所で混在している。
そんなことを考えつつ、空を見上げると、かすかに星が見えた、たったひとつだけ。
∧∧ 上は薄い?
( ‥)
‐( ‥)星が見えるくらいだ
霧の厚みは100メートルも
ないよね。
10メートルなのか
20メートルなのか
50メートルなのかは
知らないけども、
薄いのは確かだよね
なんの星だろう? と考えていると、だんだんともっとよく見えるようになってきた。それはふたご座にある木星だった。木星とホタル、どっちがどう明るいかと比べるのは難しいが、ごく近い距離ではないと”この世界”では見えない、ということは分かる。
これを見て考えるに、ダイオウイカが必死で眼を巨大化させた理由が分かろうというものだ。史上最大の眼球を持つダイオウイカの進化には、猛烈な自然淘汰がかかったことが予測されている。
帰り道、霧はますます薄くなった。電車は速やかに走り去るようになり、先ほどごった返していた遮断機には、もう1台の車もなかった。家に帰り着く頃には霧はすっかり消えて、どこまでも見通せる透明な世界にめまいがした。
空気とはこんなにも透き通っているものだったのか
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