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2014年2月12日水曜日

帰り道の話と証言を取る話

 
 帰り際、平日の退社前の時間、午後を過ぎた頃で電車は空いていた。
 
 うとうとしていると急ブレーキがかかって、電車は止まり、そうして
 
    人身事故の
 ∧∧  アナウンスです
( ‥)
 ‐( - -)事情があって昨晩から
      何も食べてないの
      だけどな…
      困ったな
 
 それにしても、はて? 衝撃はなかったし、どすんっというような音もなかったし。
 
 先頭車両であることを良いことに、席を立って覗きにいってみるも、なにも見当たらず。
 
   でも電車の人たちが
 ∧∧ 慌ただしく動いてるね
(‥ )
 ‐( ‥)警察、消防のゼッケンを
     背負った人々が動き
     救出作業のアナウンス
     事故があったのは
     確かだけど、
     なんか実感わかないな
 
 ”救出”すべき人は、ずいぶん後ろの方へいってしまっている、そういう可能性だろうか。
 
 ここは先頭車両だ。だから運転室から人が出て、すいません、事故の直前に警笛があったかブレーキをかけたか、そのことについて証言していただけませんか? と乗客に声がかかり、近くの人がそれに答えていた。
 
 ∧∧ 警笛あった?
( ‥)
 ‐( - -)おらあ寝てたし、
      腹ぺこ以前に
      例の事情で
      朦朧としてるから
      当てにならんよ
 
 ともあれ、電車を動かすにはまず”救出”が必要であり、そして迅速に証言を取らねばならないことは分かった。
 
 ∧∧ そして点検だね
(‥ )
 ‐( - -)人間みたいなものを
      巻き込んだり
      当たったりして
      万一にも機械に
      支障が出たらやばいものな
 
 点検作業、そして実際に前後に揺するような動き、それから、20分か30分だろうか、その程度の遅れで運行再開。
 
 事故った区間は周囲が壁に囲まれたような場所であった。なんらかの覚悟なり意図の結果、ここを選んだということなのかどうなのか。あるいは単に迷い込んだだけなのか。周囲の民家や道に野次馬がいることもなく、降りたときに電車の前を一応見てみたが、傷や汚れなどは一切なかった。
 
 
 *20140213追記:事故が起きたのは2014年2月12日、報道によれば相鉄線の下り 鶴ヶ峰ー二俣川間 13:20頃 線路に立ち入ったのは年配の男性で死亡したそうである。
 
 **朦朧としているから、というのは徹夜明けで胃カメラを呑んで鎮痛剤の影響があったから。
 
 ***追記:2014年3月6日、散歩から帰る途中、下りた遮断機のそばにいると、その数百メートル向こう、駅に止まっていると思われた電車が、よく見ると回送であるらしい。乗客がいればついているはずの灯りもなく、車体は暗く、それでいて、駅を少し過ぎたところで止まっているらしかった。明らかに通常の運行ではない。踏切から線路沿いに駅まで歩いていくと、駅員が担架を持って走り、カメラを持った職員がストロボを装着させながら歩き、そして警察らしき人物。皆、しかるべき作業を、手慣れた、とまでは言わないが、次々にこなしていく。誰もが制服で、警察官と一緒に歩く男性だけが私服だ。彼はどうやら駅で電車を待っていた乗客だったらしい。眼鏡をかけた彼だけがやや愕然としているように見えた。
 
 止めようとしたけど
 
 飛び込んで
 
 証言を聞いていた警察官が、運転士さん、待合室のこの当たりから飛び込んだと? 確認をとると、作業を次々に行っていく運転士の人が、ええ、そうです、あの辺り、と答えていた。
 
 ∧∧ 飛び込みですか
(‥ )
 ‐( ‥)歩道橋から
      のぞいてみるかい?
 
 線路の間に、なにかあった、正直、血がにじんだ布団をぐにゃっと置いただけのようで、なんだかよく分からない。ただ、手、らしきものは分かった。血の循環が止まるとはこういうことなのか、マネキンのようだが、マネキンほど白くもなく硬質感も無いなにかだった。
 
 歩道橋から下りる時、もっとはっきり見えた。もう片方の腕だ。頭は、よく分からない。ないように見えたが、体が激しく曲がって配置がおかしくなっているだけなのかもしれない。全体として人でありながら人のように思えないのはそのためだろうか。理解しがたい形だ。男なのか、女なのかも分からない。服はシャツしか着ていないように見えたが、この寒い季節、それはそれでおかしい。衝撃でどうかなってしまうのだろうか? いや、多分、見えないようになにかをかけたのではないか? なにがどうなっているのか、何もかも理解しがたかった。
 
 ∧∧ 電車にも特に痕跡なかったね
(‥ )
 ‐( ‥)電車は巨大で重く
     大きな運動エネルギーを
     持っている
     
 待合室のあたりから飛び込んだというのなら、位置からすると、その人は1両分と少し、だいたい30メートルは吹き飛ばされたことになる。一方、電車は比較的すぐ止まったということなんだろう。確かに最後尾さえも現場をとっくに通り越していたが、それでも電車の後部は駅の構内にあった。回送電車はそんなにスピードを出さないものだ。すぐに止まる。
 
 ∧∧ でも亡くなってしまう
( ‥)
 ‐( ‥)運動エネルギーの前では
     人体なんてもろいものだな
     かすったり
     ぶつかったり
     それでも致命的なんだろう
     2月12日の事故も
     こんな感じだったのだろうな
 
 あの時も、上では書いていないが、あーっ! という運転士の声を聞いた記憶がある。飛び込みは一瞬で、運転士はただちに反応し、止まるのもあっという間だった。急ブレーキではあったが、体が投げ出されるようなものではなかったが、それでもたちまち電車は止まる。だがしかし、人体は後方に置き去りにされてしまう。
  
 ∧∧
(‥ )近所の人もなにも
    気づいていないようでした
 
  (‥ )夜遅いってこともあるけど
      別に大きな音がする
      わけでもない
      誰もが異常を感じないまま
      法的に適切に処理されて
      すみやかに復旧される
      わけだな
 
 野次馬は誰一人としていなかった。2月12日の事例も、人身事故の割にはだれもいなかったのは、ひとつにはこのせいかもしれない。あるいは後ろに置き去りにされて、そちらに野次馬が集まったのかもしれないが。ともあれ、自分以外、誰もいない夜だった。確かに歩道橋を降りる時、後ろからもうひとりの人が来たが、線路を眺めるこちらを奇異な眼で見ていたことからすると、あの彼は別に現場を見ようとして歩道橋を渡ったわけじゃないのかもしれない。誰もほとんど気づいていないのだ。
 
 ∧∧
( ‥)あの歩道橋、以前、
    すぐ近くで火事があった時
    すごい野次馬でしたけどね
 
  ( ‥)気づけば集まる
    ‐□ だが、気づかないと
      当然、誰も集まらない
      電車の中にいた時だって
      音も衝撃も感じなかった
      からなあ 


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