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2009年3月28日土曜日

神学

 
 ∧∧
(‥ )さる人のブログに曰く
\-   大学の生協にID論の本があったそうです

    (‥ )まあ、本屋ってのは売り物の内容にまで
        介入しないからね

 本は食べ物と違って体に良い/悪いがはっきり分からない。

    ( ‥)だから本屋は自身の判断を保留して商品を
        消費者に丸投げするし、それができる分野なんだよな
 ∧∧
( ‥)本というのは現実というよりは
    バーチャルなものだってことですね


 少なくとも、本屋はスーパーよりもバーチャル。本は野菜よりも浮世離れしている。

 もちろん、いくら本屋が混交して売ったとしても、ID論と進化理論は同列の品物なんかではなくて、使い勝手さに違いがある。例えばの話、本日、すでに過ぎ去った過去の天気は神様理論でも気象学でも説明できるが、天気予報をしようとすると違いがはっきり出てくる。

 それと同様、ID論と進化理論は既存のすでにある知識を説明する段階では(”説明しましたよ”という非常にゆるい基準だけではおそらく)区別がつかないが(だからひっかかる人が多い)、自然をこれからさらに理解しようと予測し検証する時点では等価たり得ない。

 ∧∧
( ‥)実際にはID論の本って既存の知識に関する説明も
    かなりゆるいですけどね。

    (‥ )まあ、それは彼らの努力が足りないからで
        理論のせいではないな。

 それはともかく、

    ( ‥)ID論は実際には相当に深刻な状態だと思うけども
 ∧∧
( ‥)データからグラフを描く段階がおかしいってやつですね

 過去の既存の知識は説明できるが、未来予想が全然できない。あるいはできるのだが予測がまったく当たらない(おみくじ状態/あるいはデータから適切なグラフを引けないので検証が不可能)。これは現実世界を生きる上で不便であることこの上ない。

    (‥ )例えばの話、天気予報を使う時は
        神様理論を採用しないが、
        日常生活から一歩離れた
       (実際には日常から逸脱などしていないけど)
        科学の世界では理論採用の基準を
        変えているわけだ。
 ∧∧
( ‥)ダブルスタンダードですよね

 これは真面目に考えるとかなり深刻。宗教的には神の作った秩序正しい世界を推し量る時に、まったく違う基準を用いていることに他ならない。

 ∧∧
( ‥)楽園追放で魂が汚れたのだ
   といっても

    (‥ )神の作った秩序に従う時、
        ダブルスタンダードな立場をとっているという
        矛盾はそれでは解消されないだろうなあ。

 なぜ神は我々に自身の存在を否定する知性を与えたもうたのか?

 それは魂がけがれたからである。そう答えたとしても、

 ではなぜ神が与えた知性に沿って世界を推し量る時、我々は生延びることができるのか? 我々の知性と世界がフィットしているのはなぜなのか? それは神が我々の世界と我々とを整合的に論理的に創りたもうたからではないのか? 世界と我々はより高次な知性で創られた、それがあなた方の意見ではないのか?

 それはしかり

 ではなぜ、その知性で推論する時、神の存在は肯定できなくなってしまうのか?

    (‥ )このような問いを投げかけた場合、なんとする?
 ∧∧
( ‥)神学的にはどうなんでしょうね?

 神学的にはよく分からない。答えることは可能。しかし、神学は矛盾のない体系ではあるかもしれないけども、それ以上ではないすっからかんなものなのかもしれない。だけど、もう少し別のものかもしれない。

 ∧∧
( ‥)トマス・アクイナスの
  -□ 神学大全でも読みます?

    ( ‥)長いんだよなあ、あれ。
 
 しかし個人的に一番、ID論に、というかID論者に失望したのは、三位一体説を否定する人々、つまり単性論者のキリスト教徒がいるってことを知らなかったことで。

 ∧∧
( ‥)あらびっくり

    (‥ )ID論者ってそもそもキリスト教自身のことを
        知っているのかねえ?

 個人的には三位一体説はどうも容認できそうにない。無限なる神が有限の個人イエスに宿るとはこれいかに?

 ∧∧
( ‥)奇跡でしょ?

    (‥ )そりゃあ、それで説明にはなるけどさ。

 
 

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