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2014年8月22日金曜日

アシナガバチな日々

 
 スイレンは水生植物だ。バケツに水を張り、そこにスイレンの鉢を沈める。そのバケツをふと見ると
 
 ∧∧
(‥ )ハチさんが来ているね
 
  (‥ )おう
      アシナガバチだなあ
 
 見ているとひっきりなしにやってくる。
 
 気がついたのは昨日21日だけども、今朝になり日が上がって撮影するとこう。












 飛んでくるとスイレンの茎を伝って水面まで降りる












そうして頭を水面につけては、何事かをしている。水を飲んでいるのだろうし、腹部がヒクヒクと動くのが見える。
 
 そうして、しばらくすると飛んでいくのだ。
 











 
 ∧∧
(‥ )見ていると数分置きに
°    やってくるね
 
  (‥ )2分置きぐらいだな
      のどが乾いたとかじゃ
      なくて
      水は巣を冷やすのに
      使うのだろうなあ

 
 暑いとき、アシナガバチは水を採取して、それを巣につけて、さらに羽ばたくことで送風し、巣を冷やす。そうしないとこの暑い季節だ。子供たちが死んでしまうのだろう。
 
 ∧∧
( ‥)近くに巣があるんだね
 
  ( ‥)でもスイレンの水には
    ‐□ もうボウフラが
       湧いてるよ
       後で捨てて
       水を入れ替えて
       退治しないといけないな

 
 カの発生源になってはたまったものではないのだから。
 
 ∧∧
(‥ )夜に交換しましょうか
 □‐
 
  (‥ )まあ、今は使っている人が
      いるわけだからね

 
 *飛んでいくアシナガバチの行き先を調べたら、数十メートル先の民家の軒先に巣があった。手の大きさ、つまり”手のひら+指の長さ分”はあろうかという立派な円い巣だ。しかし、高い場所にあるし、羽音もしないので、誰も気がつかないだろう。
 
 


長いから一国では無理だよねえ

 
 シーレーン、つまり海上交通路は長過ぎるがゆえ、これを一国で防衛することは不可能。
 
 ∧∧
(‥ )まあ、そうでしょうね
\‐  アメリカは例外かもだけど
    それでも単独の防衛は
    無茶だよね
 
  (‥ )つまり中国に勝ち目は
      ないわけだな
 
 それを考えるに、なぜにああまで中国は周辺諸国に対して衝突と軋轢を頻発させてしまうのか、なんとも不思議ではある。
 
 
 ∧∧
( ‥)しかもインドとか
    ベトナムとか
    海上交通路の要所
    あるいはその近辺にある
    国に対して派手に衝突
 
  ( ‥)元々陸軍国だし
    ‐□ そうなればお隣と
      喧嘩するし
      そもそも
      海外貿易とかの考えが
      希薄だったからかな
 
 あるいは、陸軍国として喧嘩したお隣のベトナムやインドが、実はユーラシアの縁辺で、海洋交通に干渉出来る位置にあったという結果論かもしれぬ。中国は事実上、内陸の国であったというのが巡り合わせの悪さというべきなのか。
 
 
 

 

2014年8月21日木曜日

なかなかに鼻息が荒いじゃないか

 
 私は傷つくのです。これは悲惨な出来事だから。しかし一見するとそうは思えない。だからだろうか、邪魔しやがってと吐き捨てる人もいる。でも、それは普通の人間じゃない、ただの馬鹿だ。普通の人はその悲惨を感じ取ってひっそりと傷ついているものなのです。
 
 ∧∧
(‥ )...だそうです
\‐
 
  (‥ )うはっ、今すぐにでも
      人間の選別を始めて
      ガス室送りにしようって
      勢いだな
 
 それは普通じゃない
 馬鹿だ
 普通の人ならこうだ
 俺がそうだ
 
 ここまであからさまに自分の価値観の正しさを歌い上げ、そうでないものを一方的に唾棄出来る。
 
 ここまで来たのだ、ここから人間の選別、そしてガス室まではそんなに遠くない。少なくとも狂気の根幹は共通しているだろう。
 
 
 ∧∧
( ‥)理想は拘泥であり
    型を求めることであり
    それは必ず人間の選別と
    抹殺を開始する
 
  ( ‥)理想的な理想とは
    ‐□ ガス室のことなのだ
      理想など歌い上げる
      ものではないよ
 
 理想を歌い上げる詩人は、死体とあまりにも簡単にダンスを踊りすぎる。
 
 
 
 
 

20日のうねった雲:そして彼は記憶力が良かった

 
 もう日付も変った昨日20日、夕方近く、急激に西空へ広がった雲は、底面がうねっていた







 






 
 さて
 


 ∧∧
(‥ )...その人は、記憶力が
\‐  良かったと
 
  (‥ )危険な兆候であった
 
 
 見聞きしたことをそのまま覚えることが出来るのなら、問題ないだろう。
 
 ∧∧
( ‥)でも、そんな人は
    まあいないでしょうね
    
  ( ‥)つまり危険な兆候である
    ‐□
 
 記憶する、とは、記憶しやすいように脳内で物事を配置している可能性がある。
 
 というか、そうだろう。
 
 ∧∧
( ‥)図書館の本のようにね
 
  (‥ )問題は、
      図書館の本とその配置は
      理解そのものではない
      ということだ
 
 当たり前だ、図書館の本は整理整頓でしかない。それは知識の便宜的な配置であって、それは理解ではない。
 
 ∧∧
(‥ )でも理解したと思い込む
\‐
 
  (‥ )覚えている
      整理している
      自在に取り出せる
      操作できている
      この感覚ゆえに
      私は理解できている
      そう誤解するのだな
 
 もちろん、その理解はあからさまな間違いだ。そもそも自分の外部に存在する知識が、自分が覚えやすいようにあらかじめ配置されているわけがないのだから。
 
 その配置は便宜であり、その配置は虚構である
 
 彼の膨大な知識は実はからっぽなのだ
 
 ∧∧
( ‥)つまり記憶が良い
    たくさんのことを知っている
    自在に答えられるとは
 
  (‥ )危険な兆候だねえ
 
 仮に、それぞれの知識自体は虚偽ではないとしよう。しかしそれでも全体は壮大な嘘になる。
 
 そして現実の話をすると、知識の中にはあからさまな勘違いがあるのだ。
 
 壮大な嘘に勘違いと間違いが混ざっている。記憶力が良いとはそういうことではないのか?
 
 
 

2014年8月20日水曜日

スイレンの中で倒れる

 
 スケッチのために買って来た青いスイレン。この手のものは熱帯種らしい。
 
 スケッチしようと覗いてみると...

 ∧∧
(‥ )ハチさんが花の中で
    倒れているよ
 
  (‥ )えっ? なぜに?
 











スケッチする前にちょこちょこ訪花していたハチだと思うけどもなにゆえか、今はスイレンの花の中でぴくりとも動かない











 
 ∧∧
( ‥)スイレンの花に毒とか
    ないよね?
 
  ( ‥)誘引する花にそんな
    ‐□ 機能があるとは
      思えないけどな
 
 暑い日だけども、別に暑さのせいでもあるまい。虫は炎天下でも皆さん元気である。
 
 とはいえ暑かった。13:00に出かける前、36度をやや越えていたが、15:00に帰ってきたら、外に置いた温度計によると気温は37度、湿度55%だった。

 スイレンは午後になると花を閉じ始める。最後に見た時も、ハチはほとんど閉じかけた花の奥、ライトの光に照らされて、そのまま転がっていた。
 
 


コンクリートから人へ

 
 コンクリートから人へ
 
 このスローガンが馬鹿げているとしたら、他の国はどうだか知らんけど日本のように自然災害の多い国では、コンクリートがなければ人命を守り、保持することすらできない、そういう事実であった。
 
 大震災はそれを私たちに突きつけた。
 
 ∧∧
(‥ )と言えば良いですかね
\‐
 
  (‥ )でっかい堤防を作ることに
      意味があるのかどうか
      そういう問題以前に
      業者と機材と
      人員が維持されていないと
      災害後の復旧が
      そもそもできないからな
 
 
 災害復旧と復興は別だ、復旧はしたが復興はしていないではないか、そう激怒する人もいるだろうが、復興は復旧がないとどうにもならない。 

 そして復旧を可能ならしめるには常日頃から土木関係の業界を大規模に維持することが必要だ。そういうことになるんだろう。
 
 
 ∧∧
( ‥)まあ、そのせいで
   ”公狂事業”なんて揶揄される
    ようなことも
     起こるのだろうけどね
 
  ( ‥)とんでもない場所に
    ‐□ 意味不明なものが
      建設されている場面は
      田舎へいくとよく見る
      光景だからなあ
 
 もちろん、これとてなんの能力もない田舎と地方自治体を維持する”無駄”である場合もあるわけで、無下に否定して良いかどうか。
 
 ∧∧
(‥ )筋トレは普段から
\‐  しておきなさい
    ですかね
 
  (‥ )冒頭のスローガンを言った
      民主党は
      ”筋トレはやめて
      自堕落に遊ぼうぜ
      楽しくデブになろうよ”
      と言ったようなものかもな
 
 
 
 

2014年8月19日火曜日

あっ、すげー! って思うん

 
 ∧∧
( ‥)つまり?
 
  (‥ )科学論文ってさ
      ”私、こんな検証方法を
      思いつきましたー!
      どやあ”
      という内容だよね
 
 まあ、別にそういうのだけではないし、そういうのだけになるはずもないんだけども、そんな感じだよなあ。
 
 ∧∧
(‥ )少なくとも
\‐  アプローチの仕方で
    勝負をかける人や論文は
    時々見かけますよね
 
  (‥ )それ見てみんな
      あっ、すげー!
      って思うん
 
 
 議論だけしている連中は、こういう驚きを感じた事がないんだろう。
 
 
 これはhilihiliのhilihili: 議論をしている時、お前は何から逃げたのだ?の続き
 
 
 
 

議論をしている時、お前は何から逃げたのだ?

 
 下手の考え休むに似たり
 
 ∧∧
(‥ )会議をしても意味は
\‐  ありません
 
  (‥ )考えるな
      議論するな
      馬鹿なら調べろ
      そして試せ


 考える、というのは当たりをつけることだとも言える。
 
 私たちは世界を観察して、これはこうだと思う。
 
 だがしかし、それは解釈でしかない。その解釈が正しいのかどうか? それを実際に確認すること。これこそが重要だ。
 
 これで良いはずだ、矛盾はない、これは解釈だ。
 
 ∧∧
( ‥)だからこそ
    下手の考え休むに似たり
    まあ、この場合は
    考えるは休むに似たり
    というべきですかね
 
  ( ‥)考えること自体は
    ‐□ 当たりをつけることだ
      それは良い
      考えは仮説を作る上で
      重要ではある
      だがしかしだ
      それゆえにこそ
      考えたことで
      満足しては意味がない

 
 実際、分かったこうだ! そう思い込んで予習問題の答え合わせをしなければ、テストで赤点を取ること必定。
 
 つまり、考えるとは確認作業があってこそ初めて意味が出てくるし、それがなければ考えることに意味はない。
 
 だがしかし、人は考えたことで満足する。意見を戦わせたことで満足してしまう。そればかりか考えるという動作は、しばしば”調べないこと”の言い訳となる。
 
 ∧∧
(‥ )会議をしても意味はなし
\‐
 
  (‥ )会議ってのは往々にして
      責任逃れや
      あるいは自分の地位を
      誇示するための場になる
      それでは意味がない
      そういうことだね

 
 ああ、どこぞの掲示板で議論とやらをしている馬鹿を見れば分かるというものだ。議論に夢中になっているだけで調べていない。そんな議論自体に意味などない。
 
 議論も会議も逃げ場になる。自分は考えたから十分なのだ。そう言って確認作業を怠る逃げ口上となる。
 
 議論をしている時、お前は一体全体、何から逃げ出したのだ?
 
 
      
 
 

接近する木星と金星とイモムシの話

 
 ああ、そうか、今の明け方の空は金星と木星が接近して見えるのか
 
 ∧∧ 撮影にいきましょう
( ‥)
 ‐( ‥)今朝、神奈川の中央は
   ‐□ よい天気であるからして
 
 夏至はもう2ヶ月も前にすぎて、昼はじょじょに短く、夜は少しずつ長くなってきている。朝の4時には本が読めるような明るさだった季節は過ぎて、今はようやく夜が明け始める時間。
 
 東の地平にお目当ての金星と木星を見る。下の明るい星が金星、上の星が木星。













 
こちらは画面左下が金星と木星。上に写っているのがふたご座のポルックス。右下の星はこいぬ座のプロキオン。












 
 ∧∧ もう冬の大三角も見えるね
(‥ )
 ‐( ‥)さーて帰るか
   ‐□
 
 さてはて
 
 以前見たこんな文章。
 
 カバが絶滅したら、あの長い牙から肉食動物だと思われるだろう。

 ∧∧
(‥ )そんなわけないと
\‐
 
  (‥ )あの歯と骨を見て
      そんな推理する奴は
      いないからな
 
 この話=>hilihiliのhilihili: カバの話 ゾウの話 問題提起の話
 
 あるいは曰く
 
 昆虫の幼虫と成虫を見たら、それぞれ別の生物だとされると
 
 ∧∧
( ‥)それ自体はありえる
    わけですよね
 
  ( ‥)現代の生物でも
    ‐□ 親子で別々の学名を
      つけられていた例は
      色々あるからね
 
 もちろん、そういう事柄もデータが増えるに従って親子関係が判明し、是正されていくのである。子供と大人の写真がそれぞれ1枚ずつしかないと分からないが、もっと多くの写真がそろうと、実は同一人物の子供時代と大人時代を撮影したものであることが分かる。そんな感じだ。
 
 ∧∧
(‥ )
\‐  化石になって残る生物は
    ごくわずかだから
    例えばチョウの幼虫と成虫を
    別物と見る可能性は
    大いにあるでしょうね
    というか根拠も無く
    一緒にしたらそれこそ
    大問題だよね
 
  (‥ )とはいえだ
      なんか変だぞ?
      と気づく人はいると
      思うのだけどね
 
 例えばの話である。チョウの化石が見つかったとする。昆虫が変態するということを知らない、最低限、完全変態昆虫を知らない未来人でも、これは明らかにおかしいと気がつくだろう。
 
 ∧∧
(‥ )例えばチョウなら
\‐  ある定まった大きさでしか
    存在しない
 
  (‥ )子供が見当たらないわけだ
 
 子供から親へと成長する連続を描けない。生物が持つ、本来あるべき成長の曲線が眼前でぷっつりと途絶えている。
 
 ∧∧
( ‥)子供と大人の間に
    断絶があることは
    明らかであり
    しかし子供が見つからない
 
  ( ‥)もちろんイモムシの化石が
    ‐□ 残っていたとしても
      それがチョウの子供だとは
      すぐには思わないよね
      多分、別の学名をつけて
      いるはずだ
      だけどチョウには
      どこかに子供がいるはずだ
      そこには気づくわけだ

 
 
 一方では、イモムシに関してもそのおかしさに気がつくだろう。
 
 ∧∧
( ‥)例えばイモムシさんの
    あの足
 
  (‥ )短すぎるよな
 
 足自体は3対ある。すると昆虫だろう、ということは分かる。しかしあの足だ。活動的に動くような造りじゃない。それゆえ、あまり動き回らず、周囲に豊富にある餌を食う動物だということは推論できるだろう。
 
 例えば寄生虫ではないか?
 
 ∧∧
(‥ )でもあの頭部は
\‐  寄生する事に向いた
    器官とは思えないよね
 
  (‥ )突き刺して
      体液を吸うような
      そういう顎じゃないな
 
 だとすると、例えば植物の上で生活する動物だ、これは分かるだろう。ではあれが成体なのか?
 
 ∧∧
( ‥)成体なら交配相手を
    探すはずだよね
 
  (‥ )しかしだ
      あの足では探せないな
 
 イモムシの姿は交配相手を探して分散したり移動したりするような姿ではない。
 
 ∧∧
(‥ )そもそも交尾器官が
\‐  見当たらないよね
    雌雄の違いもないし
    性的装飾もない
 
  (‥ )ペニスや産卵管が
      見当たらないのだ
      
 
 確かに明瞭なペニスや産卵管のようなものを持たない動物もいるが、それにしてもここまで証拠がそろうと怪しさは倍増だろう。だいたい、運動器官に対して他の器官。例えば内臓が詰まっているであろう腹部が妙にでかいのだ。
 
 この動物は変動する環境で移動し、交尾し、生殖して子供を残すような形をしていない。このイモムシというものは移動と繁殖を考慮した構造ではない。ゆえに成体ではありえない。むしろ成長に特化した何かの幼体ではないだろうか?
 
 未来人もこのことに気づくだろう。少なくともあの形を見て疑問を抱く奴はいるはずだ。
 
 ∧∧
( ‥)ただ、チョウとイモムシを
    関連づける明白な証拠が
    無い限りは
    これ以上の推論は
    冒険だよね
 
  ( ‥)でもさ、形を見れば
    ‐□ ここまでの推論は
      出来るはずなんだよな
 
 そして
 
 大きいだけで幼体が見当たらないものがいる。
 
 もう一方には成体とはとうてい思えない奇怪な幼体らしきものがいる。
 
 明瞭ではないにせよ、疑う状況はそろっているだろう。


 ∧∧
(‥ )まあ、そもそも
\‐  こういう推論を可能にするほど
    化石が見つかってくれるか
    という問題がありますけどね
 
  (‥ )とはいえだ
      これは言えないかね?
 
 先の話、チョウとイモムシの化石を見たとき、未来人はそれを別の動物だと思うだろう。この推論はあまりにも早く物事をあきらめすぎだと。
 
 
 たわむれに検索をかけてみるとこんな=>https://www.google.co.jp/search?q=caterpillar+amber+fossil&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=f5DyU4nFMoKNuAS95YKQBw&ved=0CAYQ_AUoAQ&biw=1117&bih=7… 
 
 *ちなみに類似の話でオタマジャクシとカエルの例え話もあるのだけど、これに関しては実際に変態の過程を追える化石が見つかっている。

 

2014年8月18日月曜日

2014.08.18 気温35度 湿度60%

 
 神奈川県中央部は
 
 ∧∧
(‥ )13:30の時点で
\‐  気温35度 湿度60%
 
  (‥ )36度とか7度とかに
      比べたらましだけど
      なんか室内にいても
      疲れちゃうよなあ...
 
 熱が外部から浸透してくるこの感覚。
 
 

アンモナイトラビリンス

 
  ( ‥)俺はアンモナイトのことを
    ‐□ 何も知らん
 
 ∧∧
( ‥)あれは種類が多いからね
 
 というか貝殻から手に入れられる特徴はかなり限られている。少なくとも、脊椎動物のように数百個のパーツからなる骨とは比べ物にならない。
 
 ∧∧
(‥ )アンモナイトさんの骨格は
 °‐  この貝殻ただひとつ
    だからね
 
  (‥ )内部構造があるから
      ひとつの骨よりは
      情報があるんだがな
      いかんせんこれではな
 
 識別はできるのだ。特徴に限りがあっても、その組み合わせが無限に近いほど多くなることがある。なれば、組み合わせさえ見れば識別出来るは道理なり。
 
 ∧∧
( ‥)順列組み合わせみたいな
    ものですかね
 
  ( ‥)まあ、そうなると
    ‐□ 系統解析は無理になるな
      あらゆる形質が別々の
      系統を支持して
      多分岐になってしまって
      解析不可能になる
 
 それ自体は良い。残念なことではあるが、状況は分かる。
 
 ∧∧
(‥ )むしろ
\‐  これは順列組み合わせである
    そう断じて良いのか?
    という問題ですか
 
  (‥ )系統解析が
      多分岐してしまうという
      ことからすれば
      それに近似だと言って
      良いのかも知れんけどね
      
 
 問題はそれをちゃんと言えるほどに自分はアンモナイトを見たか、知ったか、文献と論文を読んだか? ここなんだろう。そういって良いよ。それは良い。では具体的にこうである、そう言えるか? 言えない。言うほど知っていないから。
 
 ∧∧
( ‥)そしてしかも、この状況下でも
    アンモナイトの
    系統に関する議論は
    すでになされている
    これはどう考えるべきか?
    その論証はどう
    評価されるべきなのか
    そこがまるで分からないと
 
  ( ‥)例えばアンモナイトが
    ‐□ バクトリテスから由来する
      というのは
      分かりやすい話であるね
 
 確かに根拠があるから。少なくとも素人目にもそう見える。
 
 ∧∧
(‥ )でもなんかアンモナイトじゃ
\‐  ないんだけど
    例えばの話
    オウムガイって系統が
    良くわかっていない
    みたいな感じだね
 
  (‥ )オウムガイは...
      なんていうかな
      顕著な派生形質が
      無いって言うのかな?
      過去へ向かって系統を
      追跡すると
      起源に近い辺りで
      よく分からなくなる
      っぽいのだけど...
 
 これ、意外と困った話なんだと言える。オウムガイとアンモナイトをどう区別すれば良いのか? それは例えば体管の特徴であり、あるいは縫合線の複雑さである。しかし、アンモナイト絶滅後の新生代にいたオウムガイには、縫合線の特徴が初期のアンモナイトに少し似たものがいた。
 
 ∧∧
(‥ )でも殻を貫通する管は
\‐  オウムガイなんだよね?
 
  (‥ )まあそうだね
 
 でもその一方では通常のアンモナイトから逸脱した管の配置を示したアンモナイトも実在する。
 
 ∧∧
( ‥)それをアンモナイトと判断した
    その論証と根拠は何か?
    それをオウムガイと判断した
    その論証と根拠は何か?
    
 
  ( ‥)俺は何も知らんのな
    ‐□ まあ、調べれば良い
       だけの話なんだが
 
 把握するには論証を把握しなければならぬ。
 
 しかし、論証が同定であった場合、その同定が正しいかだけではない、その同定がどんな意味を持ちうるものなのかを考えなければならぬ。
 
 ∧∧
( ‥)そこで途方に暮れている
    わけですか
 
  ( ‥)ちょっと頭がパンク状態
    ‐□ なんだな
      少し休むか

 
 

ここではないどこか、とは遠き夢

 
 日本は島国です。日本人の思考は島国根性なのです。外にはもっと広い世界があります。アメリカを見てください。こんな素晴らしい...
 
 ∧∧
(‥ )この手の意見って
\‐  どう思います?
 
  (‥ )典型的な島国の発想だろ?
      というかだな
      ここではないどこかに
      自分の理想の世界がある
      これは
      傷ついた引きこもりが
      理想の恋人やお母さんや
      理想のクラスメートを
      想像するようなものだよね
      あるいは
      引きこもりが外へ出たら
      有頂天になりました
      そういう痛い世界観だよな
 
 ああ、しかしだ。ここではないどこかへ行ったところで、そこにあるのは人間の社会だ。ここには無い何かがあるが、別の何かがあるだけだ。
 
 ∧∧
( ‥)ここにはない自由がある
 
  ( ‥)だがここにある自由が無い
    ‐□ そういうことは
      ありがちだ
      というか必然だな
 
 例えば曰く、ここでは本音でしゃべることができます。
 
 ああ、そんなことは人間である以上ありえない。狩猟採集民ですら本音を言えずにストレスに苦しんだり、酒を知って本音を言ってしまって大喧嘩や殺人に発展すると言うのだ。本音を言える社会など、この工業世界でありうるはずがない。本音を言う社会とは殺人が横行する社会のことだ。嘘だというのなら上司や同僚や部下や、あるいは妻や夫や親や子供や、あるいは友人や恋人に自分の”本音”とやらを語ってみるがいい。
 
 ∧∧
(‥ )本音が言える社会とは
\‐  建前上、本音を言っている
    ことにする社会であると
 
  (‥ )本音が言える社会
      こんな上っ面の建前を
      信じるのは
      底抜けの馬鹿だけだよ
      むしろだな
      うっかり本音をしゃべって
      ぶち殺されないように
      僕らは注意するべきさね
      いつどんな世界に
      いこうともね

 
 社会も組織も、それぞれ造りが違う。自由のあり方が違う。そこからどんな利益を受け取れるのかも違う。そこにはこちらには無い自由がある。ではこちらにあった自由と可能性がそこにあるのかというと、そんな保証はない。
 
 ∧∧
(‥ )外国へいって
\‐  日本を悪く言う人も
    いますよね
 
  (‥ )反対の人もいるけどな
      まあ、
      分かりやすい反応だよね
 
 つきあってみたら良い人だった(とその時は思った)。それならのろけ話を四六時中吹聴し、前の恋人の悪口を言い続けるだろう。
 
 でもやっぱり嫌な人だった(結局そう思った)。実家に戻って、ひたすら悪口と憎悪を言い立てるだろう。
 
 ∧∧
( ‥)それが人間だと
 
  ( ‥)こうでなければ
    ‐□ 人間とは言えんからね
      正気を保つために
      人がとる防衛行動だよ
      
 
 移民したとか移住したとかは結婚のようなものだ。実際、結婚はしばしば移住である。当然、この結婚は幸せだったと言い続ける人もいれば、正反対の人もいるだろう。
 
 ∧∧
(‥ )いやでも同化しないと
\‐   いけないからね
 
  (‥ )同化しないと
      失敗した移民政策のように
      移民は侵略者になる
      後は排撃されるのみ
      では反対に
      同化しようとすれば
      今度は自分の出自を
      ひたすら否定しなければ
      いけないわけだ
 
 現地の悪口を言い続けるか、さもなければ母国の悪口を言い続けるか。どっちかに振れる。やはり結婚のようなものだ。
 
 ∧∧
( ‥)でもしょせんはよそ者だと
 
  ( ‥)同化をアピールし
    ‐□ 母国の悪口を
      言い続けてきた
      皆に受け入れてもらった
      それでもいきなり失脚して
      よそ者として
      処刑されることが
      事実としてあるからね
 
 つまりである。どうあがこうがお前はギロチン台にかけられた囚人なのだ。人間に自由などない。少なくとも人から自由になれず、出自からも周囲の圧力からも自由にはなれない。どこまでいっても物理的な圧力がそこにあり、自由などしょせんは遠き夢。では君なら、あるいは自分なら、どこへ逃げて、どんな死をとげようか?
 


 
 
 

おっさんの人生がすっからかんであるように

 
 気弱になった集団の多数意見は往々にして誤る
 
 ∧∧
(‥ )元は南極観測隊の人が
\‐  申し述べた言葉だとか
 
  (‥ )でも下に天声人語って
      ついているんだよな
      それでreblogされて
      いるから
      どういうこっちゃ? と
      思ってみたら
      朝日新聞のコラム
      天声人語に引用されて
      それがさらに引用されて
      いたのな

 
 朝日新聞というと、先日、慰安婦問題の火付けネタは我が社の誤報です、というか捏造? そんな告白をちっちゃく認めて大ひんしゅくを買ったメディアだけども。
 
 ∧∧
( ‥)気弱になってる?
 
  ( ‥)今はそうだよね
    ‐□ 図体はでかいのに
      か細くひ弱で
      取り繕っておる
      でもやった当時は
      強気で誤報をし
      強気で捏造をしたって
      ことになるんだろうなあ


 強気で捏造したことが時の経過と共にばれてくる。つまり強気でも誤るってことなのだ。しかし、彼ら自身が今そうであるように、そして引用してみせたように、気弱になった集団の意見が誤るとは、先の言葉ですでに示されたこと。強気で捏造、弱気で破滅。だとすると、もはや何もかもどうでも良いことのように思えてくる。引用された言葉が本来持っていたであろう重みが、雲散霧消して空の彼方へ飛んでいってしまいそうな軽薄感。これが朝日新聞クオリティー。
 
 捏造であろうが誤報であろうが、その時にすべきことを果たせない。それはこういうことである。
 
 ∧∧
(‥ )そういえば天声人語を
\‐  書き写すノートがあるよ
    そんな広告を駅のホームで
    見かけたことがあったよね
 
  (‥ )あれを見たときは
      写経かよ?
      ジャーナリズムとやらは
      宗教になったのか...
      ずいぶんと
      堕落したものだな
      そう思ったけど

 
 これは本来的な意味におけるジャーナリズムとしては致命的なことだ。ここには文言を真実であるとして、これをコピーせよ、という指示がある。
 
 ∧∧
( ‥)ジャーナリズムは検証では
    ないのか?
 
  ( ‥)残念ながら
    ‐□ ここから分かることは
      ジャーナリズムとは
      真実だと自分が思った
      事柄を吹聴する行為だ
      そういう現実だろうね
      ジャーナリズムとは
      妥当性とか検証とか
      そんな動作ではないわけだ
 
 そして、だからこそ、あの誤報なり捏造なんだろ? そう言うと確かに整合的なのである。
 
 ∧∧
(‥ )...まあ、でも気持ちは
\‐  分かりますよと
 
  (‥ )あらかじめある物語に
      合わせて取材する
      これが真実だと思い込む
      捏造でもこれが道徳的に
      正しいことだから
      これで良いのだと言い張る
      こういう動作はねえ
      記事を書くときに
      楽なんだよね
  
 
 データを恣意的に配置するだけである。ごくわずかなデータで十分なのだ。取材する必要はないし、検証するという手間もいらない。というか、そもそも検証できないのだ。検証とは、集めたデータを整合性とか最節約とかそういうアルゴリズムで解析する場合でないと成り立たない。お話に合わせてみました、という方法論では検証が原理的に不可能になる。


 しかし、検証する必要がない、とは実に都合の良いことである。その分、手間がはぶけるからこんな楽なことはない。ジャーナリズムといっても、しょせんは時間に追われる会社員でしかない。余計なことなどしていられない。そして何よりこれは楽なのだ。あらかじめ頭の中で考えたお話に合わせているだけなのだから。こんなことなら馬鹿でも出来る。誰でもできる。


 真実の追求。つまるところこれは都合の良い愚劣な言葉だと言える。真実は終着であって検証足りえない。これは検証の放棄というに等しい。つまりジャーナリストが口にする使命感は手抜きの口実になる、それだけの話。
 
 真実とは頭の死なんだとも言える。真実は仕事と思考を楽にする頭脳の終着点。
 
 ∧∧
(‥ )仕事が楽になる
\‐  この誘惑には耐えられないよね
 
  (‥ )というかな
      人生が楽になるのよ
      おっさん見れば分かるだろ
      おっさんはなぜ固まるか?
      おっさんは体力ないからな
      もう、ぼーっと
      同じことを繰り返すしか
      ないんだよね
 
 頑固になれば、楽だ。
 
 頑固とは、私は同じことしかしたくありません、であって、私は同じことしかできません、である。
 
 そして真実とは固いのである。頑固なおっさんが頑迷に真実にしがみつくのには理由がある。ただし、真実とは固いだけで中身は空っぽだ。おっさんの人生がすっからかんであるように。



 
 

2014年8月17日日曜日

お前のしていることはただのダブルスタンダードだ

 
 WW2における日本軍の特攻は、日本では国を守るための自己犠牲として敬意を評される。しかし敵国であったアメリカ人からすれば、こんな馬鹿なことをする連中は獣に違いない。原爆を落としても良いのだ、そう考えたのである。
 
 ∧∧
(‥ )嘘か本当か
\‐  そういう見解があるそうで
    これ、どう思います?
 
  (‥ )ああ、それは
      典型的な人間の意見だろ?


 
 ダーウィンのビーグル号航海記にこんな話がある。1832年。南米に到着して調査を始めた若き日のダーウィン。当時の南米は征服者である白人、白人と現地人の混血、抵抗するインディオ、アフリカから奴隷として連れてこられた黒人。これらが相争い、あるいは脱走し、あるいは虐げられる世界だった。今と同じと言えば同じかもしれないが、わずか200年あまり前、奴隷制度と人買い、人狩り、大量虐殺が堂々と行われていた時代であった。
 
 ダーウィンは途中、花崗岩の丘を通過した。聞けばここは以前。脱走した奴隷たちが隠れ住んだ場所だという。しかし、兵士が送られ脱走奴隷たちは次々に捕まった。最後の一人は老いた黒人の女性だった。彼女は奴隷生活に戻ることを拒否して、丘の頂上から身を投げて死んだ。
 
 ダーウィンはこれを次のように書いている。
 
 もしこれがローマの女性であれば自由を愛するがゆえの尊い行為であると言われただろう。だがこれが、老いた黒人の女性のこととなると、手に負えない強情な奴だと言われるだけなのだ。
 
 ∧∧
(‥ )ビーグル号航海記
\‐  第2章の冒頭で出てくる
    話だよね
 
  (‥ )ダーウィンの言いたい事は
      明らかよな
      お前たちが言っている事は
      ダブルスタンダードだ
      そういう批判だよね

 
 
 だが、人間は、こういうダブルスタンダードを平気で行うし、無神経に申し述べる。拷問で悲鳴を上げないインディオを見て、ああこいつらには神経が無いんだな、そう信じ込んだ白人征服者のように。
 
 これは古代人でも同じであったらしい
 
 ∧∧
(‥ )今読んでいる本だと
\‐  4世紀のローマ貴族
    シュンマクスは
    息子の祝いで殺し合いを
    させようと
    ゲルマン人を連れてきた
    だけど彼らが自殺してしまう
 
  (‥ )公衆の面前で
      仲間同士の殺し合いを
      強制されるくらいなら
      互いを絞め殺す自殺を
      彼らは選んだ
      そういう話なんだそうだな

 
 これは自分たちの名誉を守る行為だろう。そして、ローマ人だって同じような名誉は持っているはずだけども、シュンマクスはそういうことを全然感じなかった、むしろ不愉快な奴らだと思った。そういう話。
 
 *「ローマ帝国の崩壊 文明が終わるということ」ブライアン・ウォード=パーキンズ 白水社 pp51より
 
 **端的に言うと、当時のローマ人にとって現代ヨーロッパ人の源流でもあるゲルマン人こそが、殺しても構わない劣等な動物扱いだったし、名誉の自殺も馬鹿にされ、軽蔑された、ということでもある。
 
 ∧∧
( ‥)まあ人間はしばしば
    自分たちが所属する
    集団以外の人々を
    人間とは扱いませんから
    
 
  ( ‥)特攻するのは獣だ
    ‐□ 獣には原爆を
      落として良い
      その発想は
      ただの人間だよ
      ただの普通の人間だ
      しかしだな、
      だとすると
      相手も同じことを
      考えるはずなんだよな
 
 例えばの話である。アメリカは勢力を拡大しすぎて、ついに工業社会とか国民国家というものが無い、文明の縁辺部とでも言うべきところにまで拡張してしまったように見える。つまり敵は今や部族社会だ。そうである以上、部族社会との戦争を今後も続けなければいけないだろう。部族社会はばらばらゆえに交渉というものが成立しない。すると戦争は自動的に永久に継続されることになる。そして多分、部族社会の方が息が長い。それに対して組織化され、工業化された国は強大ではあるが社会を支える重大な動線がやられたら、崩壊してしまう。そして崩壊が始まったら再建まで時間がかかる。
 
 ∧∧
( ‥)部族社会と戦争をするとは
    そういうことである
    戦争は無限に続き
    ついには防衛線を突破される
 
  (‥ )部族社会の人々に
      攻め込まれたアメリカ人は
      何をすると思う?
      特攻でもなんでもするよな
 
 というか、ある意味ではすでにしたのだ。アメリカで同時多発テロがあった時、占拠された旅客機のうち少なくとも一機について言われているのは、この旅客機とテロリストたちもまた体当たり攻撃をしかけるつもりだ、このままでは私たちが死ぬだけじゃない、他の人々まで道連れにしてしまう。どうせ死ぬなら、せめて身をもって体当たりを阻止しよう、そう自発的に動いた乗客たちの決断であると。
 
 ∧∧
(‥ )つまり広義の意味における
\‐  自殺攻撃であると
 
  (‥ )テロリストはカミカゼと
      罵倒されるが
      乗客の自己犠牲は
      奉られるわけだ
      それ自体は当然なのだけどね
 
 味方の犠牲を弔い賞賛する。これは当然。敵を否定する。これも当然。
 
 しかし、これ自体が当然であるのなら、では? 予測するに部族社会の軍勢に攻め込まれた未来のアメリカ人ならどうするだろう?
 
 ∧∧
( ‥)決死隊、自殺攻撃、自爆、特攻
    妻や子供を守るために
    なんでもするだろうね
 
  ( ‥)でも、部族社会の人々は
    ‐□ なんだこいつら? と
      思って軽蔑するだろうな
      彼らは言うのではないか?
      300年前、アメリカ人は
      我々の祖先を殺した
      これは敵討ちである
      だがしかしそれ以上に
      こんな卑怯な獣共は
      皆殺しにしてしまえ
      そう言うだろうね
 
 人間は共同体に所属する生き物である。味方と敵で価値観を切り替えて、ダブルスタンダードなことをするのは当然だ。だがしかし、これを分からずに無邪気に言い立てるようではまだ青い。冒頭の話はあまりにも若いのだ。
 
 
 
 

2014年8月16日土曜日

考えてみれば僕らは判断を外注している

 
 例えばこの薬には効果がある、ということを示すには統計的な調査をしないといけない。
 
 ∧∧
(‥ )たまたま効いたり
\‐  たまたま効かなかったり
    するからね
 
  (‥ )こういうのは論理では
      どうにもならないのだよな
      効いたから効くはずだ
      効かなかったから
      効かないはずだ
      そういうことには
      ならないのだ
      論理では扱い切れない
      領域なのだ
 
 言い換えれば人間は、個人個人では論理の徒であって、それができない。だから、効いたから効くはずだ、効かなかったから効かないはずだ、としか判断できない。そういうことでもある。
 
 ∧∧
(‥ )統計的な効果の有る無しは
\‐  個人ではなく
    集団が判断することである
 
  (‥ )失敗した者は数を減らし
      成功した者が数を増やす
      進化的な過程は
      個人が行うものではない
      集団が行うのだ
 
 端的にいうと、集団が統計的な判断を下す以上、個人がこのような判断能力を持つ必要は本来無かった、そういうことになる。
 
 つまり、人間にそんな能力は本来、必要なかった。そういうことになる。
 
 ∧∧
( ‥)統計的な判断は
    むしろ個人の外へ
    外注されている
    人間個人には
    統計処理をするような
    能力は
    本来実装されていない
 
 ( ‥)政治家が漫画を規制しよう
   ‐□ そう言い出すのも
      多分そのせいだろうな
 
 彼らはただの一人の人間だ。人間には統計的な因果関係を判断する能力がそもそも無いし、そのような必要性もなかった。だとするのなら、彼らが”あるに違いない”、”そうでなければならない”と考えて、まるで機械のように信念に基づいた行動を愚直に反復するのは人として当然だと言える。
 
 機械的に反復する。それが私たちだ。それは知的な行為かもしれないが、判断ではなかったのだ。
 
 ∧∧
(‥ )進化的なアルゴリズムが
\‐  個体には実装されていない
    だとすると
    解探索を行うことさえ
    個人には無理だ
    そういうことだよね
 
  (‥ )これは極論ではあるな
      人間は個人でも
      試行錯誤できるからね
 
 とはいえ、限度があるのは否めない。だから近似的な意味として、こう言えばどう?
 
 人間個人に出来ることは思いつきに固執して、自滅するか生き延びるか、そのどちらかを選ぶのみであると。
 
 人間個人では統計的な判断や解探索さえも不可能であると。
 
 近似的にはそうなのであると。

 そしてこの近似解から個人が逃れることは、ほとんど無理であると。
 
 ∧∧
( ‥)これが人間が持つ
    最大の弱点ですかね?
 
  ( ‥)組織が持つ最大の
    ‐□ 弱点かもしれないな
      組織はひとつの集合だけど
      組織化されているだけに
      ひとつの意思を持った
      一つの存在として
      振る舞う事を強制されて
      いるからね
 
 内部で派閥抗争があっても、組織は組織だ。
 
 組織は、個人の集合体であるにも関わらず、効果の有無や妥当な選択肢を見つける解探索さえも出来ない、そう見るべきなんだろう。
 
 実際、会社という存在がどはずれて馬鹿っぽく見えるのはこのせいではなかろうか?
 
 何が正しいのか、何が効果的なのか、どれを選ぶべきなのか? それを見つける能力が会社には本来備わっていない。そう考えれば、会社が見せる、どはずれた馬鹿さ加減も理解できようというものだ。
 
 あれは人が愚かなのではない。人だから、組織だから、組織化されているから、ひとつの存在だからこその限界かもしれぬ。
 
 会社が馬鹿なのではない。会社であるからこその限界だ。
 
 ∧∧
(‥ )エリートの集合体である
\‐  国家官僚でさえ
    そうなのでしょうね
 
  (‥ )国家官僚となるとなあ
      税金を使ってるからな
      書類と組織化と
      手続きが必要なのだ
      そうでなければ
      いけないんだよね
 
 クールジャパンにプロデューサーという顔を据えてしまうのもそのせいなんだろう。AKBを使うのもそのせいだろう。顔を据えなければいけないし、何か具体的な存在を示す固有名詞が必要なのだ。それがプロデューサーでありAKBである。そうでなければいけないのだ。書類とはそういうものであり、血税を使う責任とはそういうものだ。たとえ結果的に税金の無駄になってしまうとしても、税金を使うとはそうであらねばならぬ。
 
 ∧∧
( ‥)でも、だからこそ
    クールジャパンなんて
    うまくいくわけがない
 
  ( ‥)プロデューサー
    ‐□ AKBという個物
      残念だけど
      それは個体なんだよね
      個体である以上
      なにが有効か
      なにが効果的か
      どの解が正しいか
      そういう判断は無理だ
 
 そうだ。個人である私たちは自分の信念と一緒に自殺することしか出来ない、それを念頭に置くべきなのだ。人間は演算素子でしかない。演算素子は演算に参加こそしているが、自分一人では計算することができないのである。そして僕らはオンオフで計算に参加しなければならぬ。生き残るか、あるいは死ぬか。演算に参加した私たち、唯一の義務がここにある。
 
 これはhilihiliのhilihili: 演算完了のためには死んでもらわないと困りますの続き
      
    
 

2014年8月15日金曜日

演算完了のためには死んでもらわないと困ります

 
 人間は何か信念を持ち、これが正しいのだと確信した上で、それに向かって邁進する。熱狂的に。
 
 ∧∧
(‥ )物事に執着する猿
\‐  それが人間
 
  (‥ )だが、ここには
      大事な要素が
      あからさまに
      欠けているのだ
      統計的な論証が
      まるでないんだよね
 
成功した、とは言っても、それはたまたまかもしれない。
その成功は必然ではないのかもしれない
邁進したのは確かに信念のなせる技である
しかし成功がその信念を保証してくれることはない
成功が必然を保証しない以上、成功が信念を保証することもまたない
つまりである
私の信念が成功を導いたのだと信念することはできる
しかしそれは勝手な幻想だ
そこには一切、何も無い
 
 ∧∧
( ‥)では因果関係を見極めるには
    どうすれば良いか?
    それには統計的な
    確率的な検証が必要である
 
  ( ‥)それさ
    ‐□ ぶっちゃけた話
      個人では不可能なんだよね
 
 これには大量のデータと結果が必要だ。そうである以上、確かに個人でも可能ではあるが、個人では不可能なのだ。
 
 ∧∧
( ‥)そりゃあみんなでやること
    だからね
    膨大な結果を個人で集めて
    解析すること
    それ自体はできるけど
    データになるそれぞれの
    結果自体を個人一人で
    出力することは不可能だよね
  
  (‥ )つまりさ人間っていうのは
      統計的な動作を
      自分の外へ
      外注しているのだよな
 
 人間は、我々は、私たち一人一人は、単なる演算素子のひとつでしかない。結論を出すのは個人じゃない。集合体全体、私たちを部品とする演算機械が答えを出すのだ。
 
 ∧∧
(‥ )つまり因果関係の
\‐  演算を行うのは
    人間という集合であって
    個人個人は計算には
    参加しているけども
    参加しているだけだ
    ということ
 
  (‥ )つまり
      僕らは因果関係
      統計的な関係
      統計的な論証
      これらの計算を
      自分の外に外注したわけだ
 
 言い換えればである。人間個人個人は己の信念に従って、勝手に死んだり死なせたりしていれば良い、そういうことになる。
 
 ∧∧
( ‥)つまりあんたたちお猿さんは
    統計的な論証なんかしないで
    勝手なことをやれば良い
    そういうことだね
 
  ( ‥)阿呆な政治家や
    ‐□ ちょっと成り上がった
      企業経営者とかが
      訳分からん哲学を
      発明するのは...
      そのせいだろうな
 
 これは言い換えればである。政治家が失脚したり、ちょっと時流が変って企業経営者が首にされたり会社をつぶしてしまったのなら、何も言い訳せずに、死ね、自害しろ、ということでもある。
 
 ∧∧
( ‥)そうでないといけない?
 
  (‥ )そうでないと
      ”これは失敗でした”が
      きちんとカウント
      されないだろう?
 
 死ね
 自害せよ
 
 失敗したら、一心不乱に死ねば良い。自分の成功を勘違いして今の若者はたるんどるとかたわ言をほざいてきたのだ。失敗は断固たる死をもってつぐなわねばならぬ。それが演算というものだ。ご大層に吹聴してきた己の信念に殉じて燃えてしまえば良いではないか。
 
 
 ∧∧
(‥ )本当は逆もまた真で
\‐  失敗したから
    それが失敗であるとは
    限らないのだけどね
 
  (‥ )だから人は
      何度でも立ち上がることを
      推奨されるわけだがな

 
 その結果がどうなるのか、それはまあ、見てのお楽しみだ。僕らはそれを延々と見せ続けられている。死ぬ必要はないとも言えるが、死ぬ事さえ許されないとも言える。だがしかし、いずれにせよ轢きつぶされる運命ではあるのだ。
 
 
 
 
 

本は偏食が推奨されるろくでもない文化なので

 
 進化学において重要なものとは何か?
 
 例えば人によっては曰く
 
 それは分子遺伝学であり分子系統学です。分子遺伝に基づいた系統解析を見てご覧なさい。と。
 
 ∧∧
(‥ )それに比べれば
\‐  古生物学はあまり
    貢献しませんよ、と
    そういう見解を持つ
    人もいるんですね
 
  (‥ )それはあれよね
      古生物学と
      化石のデータ抜きで
      系統解析すると
      素っ頓狂な結論が出てくる
      そういう話を知らんの
      だろうな
 
 例えばの話、化石のデータがないと、哺乳類がワニよりもトカゲに近いことになる。というやつ。
 
 ∧∧
( ‥)まあ、遺伝子を用いた
    系統解析なら
    化石抜きでも同じ結論へは
    至れるのですけどね
 
  ( ‥)ところがさ
    ‐□ それだけだと
      やっぱり
      分からないことが
      一杯出てくるのだよな
 
 植物の進化なんかがそうである。被子植物が単系統であることはまず確実なんだけども、他が分からない。そもそも種子が一回だけ進化したのか、実は複数回なのか? そういう問題が出てくる。同じことは脊椎動物に関しても結局のところ同様だ。哺乳類よりトカゲがワニに近いことが分かっても、それだけの話である。
 
 というか、そもそも、形態をデータにしようが、遺伝子の塩基配列をデータにしようが、それを使って出してきた分岐図や最尤系統樹に時間という概念があるのか? という問題。
 
 ∧∧
(‥ )そのままではデータの
\‐  分布を可視化している
    だけではないのか?
    という問題ですかね
 
  (‥ )そのままでは
      進化の論証には
      ならないんだよな
      というか
      そのままでは
      系統樹というのは
      血縁関係も示さんよ
 
 これは、そもそも進化論の成り立ちから考えれば、明白ではなかろうか? ダーウィンは論証を行う際に、当時は今のような系統解析というものがないから分類体系を用いたのだけども。
 
 ∧∧
( ‥)ダーウィンさんの論証は
   ”進化を前提すると形質の
   分布パターンをより積極的に
   説明できる”
   というものなんだよね
 
  (‥ )言い換えるならば
      形質の分布パターン
      そのものは
      必ずしも
      進化という結論を
      示すものでは
      ないんだよね
      分布パターン自体には
      時間という概念が
      ないから当然なんだがな
 
 あるいは例えば、ダーウィンがガラパゴスの動物相を論証に用いた時、ここは新しく成立した火山島だから、という論点を使ったことを忘れるわけにはいかないだろう。ここにはあからさまに時間という概念の導入がある。生物と形質の分布パターンを説明する際に、地質学という学問で扱っていた”時間”という概念を用いた、そう考えるのが妥当。
 
 無視されがちだけども、ダーウィンという人は、本来は地質学者であるということを忘れてはいかんだろう。
 
 ∧∧
(‥ )まあ、当時はナチュラリストで
\‐   一括されてて
    細分化もされていない
    わけだけどね
 
  (‥ )だけどな、
      ダーウィンのスタートは
      地質学であった
      これは重要だよ
      そもそも進化論自体が
      地質学の応用だからな
      そして化石は
      示準化石として
      地質学の重要な鍵なのだ
 
 つまり例の話である。チャールズ・ダーウィンという人を生物学者と考えるのはむしろ誤りであると。
 
 そして翻れば、分類どころ系統樹でさえも形質の分布パターンを示すにすぎない、ということを考慮すると、進化という、時間を加味した世界観が分子系統樹や分岐図だけで成り立つわけが無い。これは明白ではなかろうか?
 
 そもそも人間の系統樹はあの人の子供が誰々である、という記述から編まれていることを考えるべきなのだろう。つまり、具体的な親子関係から描かれた人間の系統樹と、系統学が出力する”系統樹”はまるっきりな別物だ。少なくとも無邪気に同じだと考えるわけにはいかない。
 
 ∧∧
(‥ )でも、たぶん冒頭の人は
\‐  同じだと考えているのだと
 
  (‥ )邪推をするとだな
      本を読み過ぎじゃ
      ねえかな
 
 本を読むと馬鹿になるとはよく言ったものだ。実際、本というのは肝心なことについてまるで書いていない、上っ面の集積体なのだから。
 
 ∧∧
( ‥)でも?
    見てくれの美しさに
    夢中になって
    そればっかりを読む
 
  ( ‥)食い物だと
    ‐□ そういう偏りの
      悪影響がすぐに
      指摘されるけど
      本だとなあ
      どういうわけか
      見過ごされちゃうの
      だよね
 
 本とか読書には、文学だの文化だの知的だのという馬鹿げた厚化粧が塗りたくられている。読む者もそれを安易に鵜呑みにしすぎる。
 
 こういう虚構を蹴飛ばして、肝心なことをしなければならぬ。そうでないから私たちの理解は化粧品まみれの嘘となるのだ。
 
 
 

2014年8月14日木曜日

散財は駄目だろう

 
 婚活は夢を売る商売
 
 草食系男子は言い訳を売る商品
 
 
 ∧∧
(‥ )夢を買うか
\‐  言い訳を買うか
 
  (‥ )夢や言い訳は商品には
      なるんだけどね
      手元に残らないから
      基本的に散財にしか
      ならないんだよな
 
 ∧∧
( ‥)買っちゃいかんと?
 
  ( ‥)買うな、とは言わんけど
    ‐□ 何事も度が過ぎたらね
      駄目だからね
 
 もちろん、その散財は経済を回す事になり、誰かの糧となる。その意味では有意義ではあるのだが、我と我が身を生け贄にささげるような行為はいかがなものか。
 
 
 

大人の戦い

 
 物作りを続けていると、どうしても玄人向けなものを作ってしまう。
 
 ∧∧
(‥ )というか以前のものより
\‐   作品を改良する以上
    どうしても玄人向けに
    なってしまうと
 
  (‥ )まあ、玄人向け
      という表現もあれだ
      むしろ
      物を作り続けていると
      次に作り上げるものは
      以前よりも複雑になる
      あるいは
      以前よりも派生的に
      なってしまう
      そう言うべきかなあ
      でもそうなると
      売れなくなるんだよね
 
 物語なら、展開を広げてひねりを効かせ続けているうちに、ついに物語がねじ切れる、みたいな
 
 ∧∧
( ‥)物語じゃないけど
    あなたも本作りでは
    困ってしまうと
 
  ( ‥)一番単純なのが
    ‐□ 一番初心者向けで
      それが客層として
      一番大きいから
      それが一番売れるのだ
 
 しかし、受けるがゆえに売れるものを作る。これではいつまでたっても同じものを作らなければいけない。そしてこれが辛い。というか、くだらないのだ。
 
 ∧∧
(‥ )そりゃあ作る側からすれば
\‐  飽きるからね
 
  (‥ )それに科学の本で
      そういうことをするとね
      いつまでたっても
      次の肝心なことへ
      話が進まないのだよ
      見てくれのよい
      上っ面を反復するだけで
      理解の基礎や
      理解の拡張へは
      向かえないままなのだ


 
 例えばの話
 
 二酸化炭素と炭酸、堆積物の膠結作用の話が退屈で難しい?? だけどお前、これを把握しないとオルドビス紀末期の大量絶滅は理解できないよ? そもそもビッグファイブの詳細を知りたいって言い出したのはお前だろ? 知りたいのに理解したくないって、どういうことよ? えっ? そんな話は聞きたくないから結論を聞かせろ? だからこの結論を把握するためにはだな 
 
 ∧∧
( ‥)まあ、そういうことに
    なりますよと
 
  ( ‥)実際退屈だからな
    ‐□ 文句が出ること自体は
      当然だろうね
      人間は必要なことでも
      そこから目を逸らす
      これもまた
      当たり前ではある
      ...正しいことでは
       ないけどな
 
 人間は神経が命じる好きなことしかできない。カッパエビセンとポテトチップを口にすればそれがよく分かる。
 
 人間は物事を直視する能力がない。直視する体力がないのだ。目の前の困難から目を逸らすどころじゃない、見えているはずなのに見ていないことすらある。脳が認識を拒否しているのだ。
 
 ∧∧
(‥ )どうしたものですかね?
\‐  
 
  (‥ )そういう
      みんなが目をそらす
      退屈な基礎や
      応用を解説した本でも
      売る事自体は可能なのだ
 
 図書館向けの本にすれば良い。図書館向けの本とは、読者のことをあまり考えてない本でもある。それは、”図書館になんで漫画が置いていないのー?”、とか、”図書館にもラノベを置いてよ”、という声を聞けば分かる事。
 
 実際には図書館にだって漫画もあればラノベもある。しかし、図書館の本というものが概して”読みたい本”ではなく、”読ませたい本”であるという事実は変らない。読者を無視しているわけではないが、読者を向き切ってもいない、それが図書館であるし、それが図書館の役割のひとつなのだ。
 
 ∧∧
( ‥)でも図書館向けの本だけを
    書いているわけにも
    いきませんよと
 
  ( ‥)図書館向けの本は
    ‐□ 手堅いし
      安定的な需要を
      見込めるのだけどね
      それだけだと
      仕事が限られてしまう
      図書館向けだけに
      特化するのは難しいかなあ

 ∧∧
(‥ )非常にマニアックで
\‐  玄人受けする本が売れるって
    こともあるんですけど

  (‥ )問題はねえ
      マニアック=正しい
      ではないってことだね
 
 マニアックな語り口で分かりやすいと評判のサイエンスライターがかつていたが、実は中身が全部間違い、ということがあった。
 
 さる院生の人は、彼の文章を引用して曰く、”この文章の中から正しい箇所を述べよ”と。
 
 この評価は手厳しいが、まったく正しい。確かにその文章の内部に正しい箇所なんて何一つとして無かったのだから。
 
 ∧∧
( ‥)知っている人からみれば
    正しい部分がないこの文章
    ところがどっこい
    一般の科学好き読者には
    これが分かりやすく思えた
 
  ( ‥)分かりやすい
    ‐□ とか
      分かりやすいから売れる
      とか
      これら自体が
      本に取ってはリスクである
      そういうことなのだな
 
 つまり、今、必要とされていることは、
 
 正しい内容であること
 なおかつ退屈な基礎であること
 あるいは難解で派生的な理解について述べていること
 これらの文章を一般向けに売れ
 それは図書館向けでも構わない
 だが、可能な限り図書館以外でもこれを実行せよ
 
 ということになる。
 
 ∧∧
( ‥)めちゃくちゃだよね
    どうするんです?
 
  (‥ )さてねえ
      どうしたものかねえ
 
 例えば、内容をものすごく薄くする、という手がありうるが、やったことがないので効果は不明だ。
 
 言い換えれば、やったことがないのならそれをやれよ、ということでもある。
 
 ∧∧
(‥ )内容をものすごく薄くね...
\‐
 
  (‥ )人間の把握能力は
      ぎょっとするぐらい低いのだ
      自分を読書家と
      うぬぼれている連中も
      レベルは小学生よ
      水に近いスープにしないと
      飲めないし消化もできん
 
 そして、飲めないものを注文する客はいないのだ。確かに内容自体は理解に必要不可欠でなければならぬ。読者がいやがろうがなんだろうが、内容とはそういうものだ。しかしそれは可能な限り薄める必要があろう。確かに確かに、カルピスを原液で出す店は無い。カルピスというものは、水と氷で可能な限り薄めるものだ。
 
 ∧∧
( ‥)でも薄すぎると
    読者は
    俺たちを馬鹿にするなと
    怒りだすんじゃね?
 
  ( ‥)というかだな
    ‐□ 露骨に子供扱いされると
      プライドが傷ついて
      大人は泣き出すのだ
      大人ってそういうものさ
 
 ラノベを毛嫌いする連中を見れば、これがよく分かるというものだ。彼らは自分の社会的ステータスを守りたいだけだし、守らなければならない。
 
 否! 社会的ステータスとは死守しなければいけないものなのだ。
 
 それこそが大人というものだ。大人はこれを恥じる必要はない。やせ我慢こそが大人の根源であり、これこそが大人の戦いなのだから。
 
 ∧∧
(‥ )中身は子供でもね
\‐
 
  (‥ )無理矢理背伸びすることを
      強制されて
      今にも泣きそうなのが
      大人というものだよ
      自分たちを見れば分かるさ
      さもなければ
      風俗へいってまで愚痴など
      こぼすものかよ
 
 本という存在は、大人のこのような有様にねじ込みをするものでなければならぬ。
 
 ∧∧
( ‥)そのひとつの解が
    可能な限り薄く
    ですか
 
  ( ‥)やってみないと
    ‐□ 分からんがね
 
 それを考えると、「失楽園」とか「愛の流刑地」とか、あれは本当に偉大な一歩だったのだろう。なんといっても内容はハーレムラノベなのに、大人の自尊心を満たしてくれる体裁を整えて見事に成功したのだから。読む側が、私はラノベを読んでいるのではありません、文学を読んでいるのです、そう言い訳できるようにしたのだから。今にも泣きそうで崩れ落ちそうな大人たちの社会的ステータスを下げることもないままに、大いなる至福を彼らに与えたのだから。それを考えれば、あれらとその作者は歴史に残る価値がある。
 
 ∧∧
(‥ )あなたはハーレムラノベを
\‐  書くのが仕事ではないけどね
 
  (‥ )方向性もまるで違うな
      だが置かれた状況は
      似たようなものだ
      少なくとも共通点は
      あるわけでね
      
 
 自分の平均余命は残り36年。活動限界はもっと早いはずだ。せいぜい30年ではないか? もう時間があまりない。打てる手の数は限られている。それゆえ、可能な限りのことをしないといけないだろう。
 
 そして、やったことがないから分からないというのなら、それをやれ。それだけの話。手を打つとはそういうものだ。
      
 
 
      

2014年8月13日水曜日

蟻んこランチ

 
 蟻んこたちは解体したアブラゼミを食べなかった=>hilihiliのhilihili: セミクッキング追記参照
 
 翌日(一昨日)、今度はバッタを与えたが
 
 ∧∧
(‥ )見向きもしませんね
\‐
 
  (‥ )今はタンパク質は
      お呼びでないってか?
 
というか、女王蟻を見ると、何日も前に与えたツチイナゴの幼虫の胸部をまだがりがりやっているらしい。

 これ自体は12日夕方のもの
 














 
日付変って13日、さっき見たところだけど、彼女はまだかじっている。











 
 ∧∧
(‥ )...食べる所があるの?
\‐
 
  (‥ )さてなあ?
      前に見た時はすでに
      中身が
      すっからかんだったし
      物自体が6日も前のもの
      なんだけどね
      食って大丈夫なのか??


与えたのは8月7日である=>hilihiliのhilihili: 幼虫の体内が緑色に染まる
 
 ハサミで切って与えたツチイナゴの体のうち、他はすでに捨てられたのだけども、腹部と胸部だけが残り、腹部はなめつくされた残骸が転がり、そして胸部は未だになにかされている模様。
 
 ∧∧
( ‥)言い換えれば
    タンパク質がある限り
    今はそんな餌の補充は
    必要ないのだと
 
  ( ‥)取りあえず
    ‐□ 蜂蜜や昆虫ゼリー
      少しだけ卵黄を与えて
      それでもなにか
      そわそわと探す時に
      昆虫を与えれば良い
      そういうことかな?
 
 

次にマルサスから逃げるのは誰だ?

 
 食料の増産よりも人間の繁殖力の方が大きい。
 
 ∧∧
(‥ )つまり人間は食料生産の
\‐   容量ぎりぎりまで
     数を増やしてしまう
 
  (‥ )そういうわけで
      貧乏が成立します
 
 人間は貧困問題を原理的に解決出来ない。まあ、マルサスがかつて指摘したことのひとつは、要するにそういうことだ。
 
 ∧∧
( ‥)あなたのこの要約が
    適切かどうかはともかく
 
  ( ‥)人間は原理的に
    ‐□ 貧困を克服できない
      このように表現すると
      見えてくるものがある
      それは事実
 
 かつてマルクス主義者はマルサスを目の敵にした。多分、今でもそうなのだろうが、それはなぜか?
 
 ∧∧
(‥ )...マルクス主義が
\‐  貧困の解決を謳ったことを
    考えると
    そりゃそうだろうね
 
  (‥ )正直な話
      連中がどうしてマルサスを
      目の敵にするのか
      理解不能だったけども
      こう考えると
      分かりやすいかもね
 
 楽園が来ます。実現できます。死後の世界の話じゃないんです。この計画に従って革命を起こせば貧困のない世界を実現できるんですよ!
 
 貧困を無くすって、それは原理的に不可能だよ。人間は食った分だけ増えるもの。貧乏はずーっと僕らについてくるよ。
 
 ∧∧
( ‥)...身も蓋もありませんな
 
  ( ‥)視点を変えれば
    ‐□ ルイセンコ主義者が
      農業の無限増産を
      言い立てたのも
      このせいだよな
 
 スターリン時代のソヴィエトロシアにルイセンコという男がいた。彼は作物はさらされた環境によって遺伝的性質が変ると主張した。いわゆる獲得形質である。ありがちな発想だが、あからさまな間違だ。だがしかし、ルイセンコは自分の発見はマルクス主義的である、反対派である遺伝学者たちはマルクス主義的ではない、とレッテル貼りをすることで粛清、失脚、沈黙、あるいは死へと追い込んだ。
 
 ∧∧
(‥ )そうしてソヴィエトロシアの
\‐  遺伝学を壊滅させ
    農業をめちゃくちゃにした
 
  (‥ )日本のマルクス主義者も
      ルイセンコの農法を
      奉って喧伝した
      それがルイセンコ主義
      かつて日本で猛威を
      ふるった黒歴史だよ
 
 つまり、ルイセンコ主義とはマルクス主義者が採用した農法のことである。しかし、その理論的根拠はごく単純だ。
 
 曰く、これによって農業は無限に増産できると
 
 曰く、無限に増産出来る農業こそがマルクス主義的であり、それゆえに正しいと
 
 ここには実験的な検証がまるでなく、バラ色の未来だから良い、それだけの主張でしかない。
 
 ∧∧
( ‥)めちゃくちゃですね
 
  ( ‥)だが、言わんとすることは
    ‐□ 分かるよな
 
 1人の人間が耕せる畑の面積は人口がどれだけ増加しても変らない。だが養うべき子供は1人以上生まれてくる。人口増加は農業生産に必ず追いつく。そして状況は絶対的に飽和する。
 
 ∧∧
( ‥)ここから逃れるには
    農業の生産効率を
    圧倒的に増大させるしか
    ないのである
 
  (‥ )マルクス主義者たちが
      ルイセンコのいかれた
      アイデアに飛びついたのは
      当然なのだろうな
 
 考えてみれば、人はマルサスが指摘した状況から逃げようと必死なのだ。その必死さは無様としか言い様がない。
 
 ∧∧
(‥ )スターリンの農業集団化
\‐   毛沢東主席の大躍進
 
  (‥ )中国の大躍進では
      密植栽培ってのが
      あったよな
 
 面積あたりに植える作物を2倍にすれば2倍の収量が上がるはずだ、というトンデモ農法なんだが、当時は、密植してたわわに実った麦だか稲だかの上に板を乗せ、そこに子供が乗っても倒れない、という写真まで出回ったのであった。
 
 ∧∧
( ‥)捏造だったけどね
 
  ( ‥)農業集団化も
    ‐□ 大躍進も
      どっちも大失敗で
      大量の餓死者が出た
      わけなんだが
 
 マルサスの冷たい指摘を前に、大勢の理想主義者がそれを拒否し、あるいは農業の生産効率を上げようと、奇策に飛びついた。それがここ150年の歴史であったと言っても良い。
 
 ∧∧
(‥ )好意的に言えば
\‐  人々を食べさせるために
    必死だったのだけどね
 
  (‥ )動機は結果を
      正当化できなけどな
 
 みんな必死だったのだ。腹が減って目が回っていれば腐った肉にも飛びつくだろう。
 
 だが、結果は見ての通り、大失敗である。
 
 さて、思うに、次にマルサスから逃げようとするのは誰だろう? そして今度はどんな奇策を語りだすのだろうか?
 
 これはhilihiliのhilihili: 実はマルサスから一歩も出ていないの続き
 
 
 ∧∧
(‥ )そういえば
\‐  ルイセンコ農法を信奉した
    人たちは
    ルイセンコ失脚後に
    団体名称を変えたのだよね
 
  (‥ )どうも有機農法とかに
      鞍替えしたらしいの
      だよなあ
 
 別に有機農法をしているすべてがそそくさと名前を変えた連中だとは言わないが、これは示唆的な話でもある。
 
 ある人が曰く、左翼の人はスピリチュアルのような胡散臭い話に飛びつきたがると
 
 ∧∧
( ‥)というかむしろ
 
  (‥ )胡散臭い理想論に
      飛びつく手合いが
      選んだ主義
      それが
      マルクス主義なんだろな
 
 事実、彼らは貧困のない世界はありえない、という話に激怒し、理想郷が築けるという話に心酔したあげく、馬鹿な理論にひっかかって大量の餓死者を出した。そして今度はそれを無かったことにしたのである。これを胡散臭いと言う以外に、一体なんと呼べば良いのか?
 
 
 そして付け加えると、農業の生産性を向上させたのは、マルクス主義でもなくルイセンコ主義でもなく獲得形質でもなかった。
 
 その向上を実現せしめたのは農薬と化学肥料と石油と機械と、そしてかつてルイセンコ主義者たちが”マルクス主義的でない単なる観念論!”と罵声をあびせたメンデル遺伝とその応用である。理想論ではなく、現実を記述できる理論だけが世界を制御できるのだ。
 
 
 

2014年8月12日火曜日

実はマルサスから一歩も出ていない

 
 
 
 台風11号は過ぎ去り、昼間は青空、そして夜は曇り空だが風が強く、晴れ間も見えた
 
 ∧∧ 満月がきれーい
( ‥)
 ‐( ‥)散歩へいくか
 
 曇り空の方が面白い写真が撮れるのでやってみたけども、風が強くて動く雲と木の葉がぶれる。写真を見ると目が少し痛くなってくる。
 






















 
 流星を2つ見た。ひとつは緑色で非常に明るかった。流れた方角からして、13日に極大をむかえるペルセウス座流星群のものなんだろう。

 さて

 例えばこんな意見が曰く
 
 マルサスは人口論で、人口は幾何級数的に増えるが、食料は等差級数的にしか増えないと書いた。それゆえに食料危機が起こるというが、それは嘘だ。食料がないと人口は増えないのだから、食料より先に人口増加が起こるわけがない。ゆえに危機も起こらない。
 
 ∧∧
(‥ )だ、そうですが
\‐
 
  (‥ )いや、マルサスの指摘は
      そういう内容じゃ
      ないよなあ
 
 あの話はようするに、
 
 人間はねずみ算式に倍々で増えることも可能だ。しかし、2人が4人になっても8人になっても、たとえ全員が働けたとしても、一人が耕して管理できる畑の面積それ自体は変らない。つまり人口の増加は食料の増産よりも大きい。しかるに食料が支えられる人間の数には限りがある。
 

 
 ∧∧
( ‥)ということは
    畑が養える限界まで
    人口が増える
    我が家には耕作できる大人が
    2人いますが
    養うべき子供が8人いまして
    今やいっぱいいっぱい
 
  ( ‥)マルサスの言ってることは
    ‐□ 人間は永久に
      貧しさから抜け出せないよ
      ということなんだけども

 
 ひるがえれば、冒頭の話は、マルサスの指摘を、食料より”先に”人口増加が起こる、と解釈したのが間違いなのだ。そうではなくて、人口増加と食料増産は同時にレースしている。そして人口増加の方がスピードが速いから、食料増産に必然的に追いつく。そういうことである。
 
 ∧∧
( ‥)そして人口自体は
    食料の生産量に制限されるから
    食うや食わずやの人間に
    あふれることになる
 
  ( ‥)つまり人間は
    ‐□ 永久に貧乏です
 
 
 *冒頭の話は、速度の違いを時系列の違いに、つまり速度の話を順番だと勘違いして生じた誤解だと言える。
 
 
 ∧∧
(‥ )でも、これを打開する方法が
\‐   あるんだよね
 
  (‥ )農業生産の効率自体を
      高めれば良いのだ

 
 
 かつてのような世界。一人の労働で4人を支えるのが精一杯の世界から、化学肥料と農薬の使用、品種改良と機械化によってはるかに多くの人を支えることが可能になった。
 
 ∧∧
( ‥)これなら人口増加も
    怖くない
 
  ( ‥)例えば1人の労働で
    ‐□ 100人を支えられる場合
       家族が100人なんて
       ことはないわけで
       人口増加を緩衝できる
 
 より正確に言い換えればこうかもしれぬ。
 
 一人当たりの食料生産量が人間の繁殖可能な人数以上の人間を養えるようになった場合、この問題は解決すると
 
 ∧∧
(‥ )でも実際にはこれも
\‐   正しくはないですね
 
   (‥ )より正確にはあれだ
       もはや事は
       家族を養う問題ではない
       膨大な食料生産を
       可能にした
       そのインフラ
       これ自体を
       維持するだけの生産が
       農業になければならない
 
 化学肥料を作る工場とそこで働く人を、農薬を作る工場とその従業員、それらの機械を維持する工業群と従業員、それらを運ぶ運輸にたずさわる人々と、それを維持する機械と、それらを維持するための工場と、それを維持するための技術者、そして農業試験場とこれらすべてを維持するための人材を供給する学校と教育者
 
 ∧∧
( ‥)そして発電所と
    送電網と
    水路と水道と
    エンジンと
    道路と
    でも今や農業に必要なのは
    なによりも石油ですよ
 
   ( ‥)我々が直面する
     ‐□ 究極的な問題が
       ここにあるのだ
 
 
 人力よりも畜力よりもはるかに巨大な力を生み出す動力装置、畑を耕し、収穫し、そしてそれを運搬する。それを動かす石油。この石油を我々は猛烈な勢いで消費している。
 
 石油が植物プランクトンの成れの果てであり、数百万年以上に及ぶ光合成の産物であり、太陽エネルギーを化学エネルギーへ転換したものであるとすると、問題点はもはや明白だ。
 
 ∧∧
(‥ )今のあなたたちの
\‐  食料生産の根幹とは
    実は貯金の食いつぶし
    でしかない
 
  (‥ )数百万年以上の貯金を
      数百年で使い尽くす
      勢いなのでな
 
 つまり、我々の偉大なる成果とは、実はただの幻でしかない、ということでもある。これは他のことについても言える。地球の可能な耕作面積は無限ではないし、水の供給量の問題もある。地域によっては農業に使用している地下水は過去に蓄えられたもので、これもまた貯金の食いつぶしでしかない。問題を解決したわけではない。未来へ追いやっているだけなのだ。
 
 *つまり現在の農業の視点でマルサスを否定することは、これもまた正しくないだろう。
 
 ∧∧
( ‥)マルサスさんが指摘した
    限界から
    人類は一歩たりとも
    外へ出たことがない
    出たというのは
    ただの幻
 
  ( ‥)我々が直面する問題は
    ‐□ 物理的な制約でな
      これは覆しようが無い
      ものなのだ
 
 究極的には統制する、という選択肢もありうるんだろう。農業に従事する人間の割合を決め、それを維持するための工業力とそれに従事する人間の割合を決め、それらを調整する官僚たちの割合を決め、すべての子供たちをそれらの役割へと配分し、各自に義務を負わせる世界。
 
 ∧∧
( ‥)技術力が可能ならしめた
    農業の生産効率の拡大枠が
    以上の運営を可能にした場合
    帝国は維持が可能になる
 
  ( ‥)今の僕らの文明と違って
    ‐□ 貯金が無い世界だ
      その状況でこれを
      可能ならしめようと
      あらゆるところが
      統制されるだろうな
 
 人間が作るべき子供の数、人間が払うべき税金の金額、結婚と子育ては義務になり、それは強制されると同時に、数自体は指定されるだろう。少なくとも、推奨されること疑いない。
 
 ∧∧
(‥ )ここでさらに他国との
\‐  競合があるのだよね
 
  (‥ )これを考えるとさ
      後期ローマ帝国の
      軍人皇帝たちが
      本当は何と戦っていたのか
      それが見えてくるよね
 
 確かに敵は国境外のゲルマン人であり、あるいはペルシャ人であった。そしてそれこそが軍隊を維持しなければいけない理由なのだが、本当の問題はそこではなかったんだろう。
 
 ∧∧
(‥ )キリスト教徒の著述家は
\‐  迫害者であった
    ディオクレティアヌス帝を
    ”軍隊を過剰に増やした”と
    批判したよね
 
  (‥ )多分、今の僕らと
      同じだったんだろうな
 
 おそらく、今の私たちと同じで、最高指導者の立場など著述家は考えもしなかったんだろう。皇帝たちが直面した問題など考慮もしなかったんだろう。農業と農村とそれを維持する諸々を守るために必要な軍隊と、軍隊それ自身を維持するための農民の数と農業生産、そのバランスを計算したこともなかったんだろう。そしておそらく、自分の立場から見た愚痴と不満だけを正論にして批判したのだろう。そこにあるのは理想から現実を否定する行為であり、夢の国を信じる上から目線ではなかったか? 現実と苦闘した人々をそうして罵倒する行為ではなかったか?
 
 ∧∧
(‥ )愚痴と不満を言うのは
\‐  しかたないことですけどね
 
  (‥ )問題はそれを
      ”正論”だとすることよ
 
 
 
 

2014年8月11日月曜日

理系・文系・体育会系

 
 ∧∧
(‥ )...どう思います?
\‐
 
  (‥ )体育会系は戦争できる
      文系は大虐殺できる
      理系は人類を滅ぼせる
 
 ∧∧
( ‥)逆もまたしかりだけどね
 
  ( ‥)まあそういうこっちゃな
    ‐□
 
 
 

2014年8月10日日曜日

それは絶望の叫び

 
 ∧∧
(‥ )強迫観念にかられて
\‐  生きたくはないと...
 
  (‥ )...ああ、言われれば
      そうだな
 
 というか、表面的以上にこれは重大な指摘なのかもしれぬ。そうも思う。
 
 
 ∧∧
( ‥)というか、
    これが指摘していることは
    人間とは強迫観念を持って
    生きる動物だ
    そういうことだよね...
 
  ( ‥)そう思えるよな
    ‐/
 
 
 強迫観念にかられて生きたくない、という叫びは、私たちの普段の行動、それ自体が合理的には説明できない、何かに関する非常に強い拘泥に基づいていること、これを示唆しているように聞こえる。
 
 ∧∧
( ‥)ひょっとしたら
    これこそが宗教を信じる
    特異な霊長類
    人類の本質かもしれぬと?
 
  (‥ )自分たち自身のことには
      無自覚なのだ
      自分たち自身では
      自分がよく理解できない
      だから思うな
      この叫びから
      気づけることがあると

 
 
 人類は宗教を信じる猿だ、というと、俺は神を信じていないぞ、そう、うそぶく者がいる。

 だがしかし、強迫観念にかられている猿、そう表現すればどうだ?
 
 ∧∧
( ‥)より普遍的
    かつ
    根源的になると
    無宗教であるとうそぶけても
    強迫観念を持たぬ人間など
    いないのだと

 
  ( ‥)投槍器ってさ
    ‐/ 構造は簡単だけど
       結構難しいのだよな

 アフリカから出たホモ・サピエンスは、ユーラシアの南からオーストラリアまではすみやかに到達できたけども、北へはいけなかった。
 
 ∧∧
(‥ )北方にいる
\‐  ネアンデルタール人に
    進出を妨げられた
    という解釈も
    あるのだと
 
  (‥ )接近戦において
      ネアンデルタール人は
      ホモ・サピエンスを
      圧倒出来るというからね
 
 これを打倒したのは槍をより遠くにとばすテコとして動作する道具、投槍器の発明だと言う人もいる。確かに、ホモ・サピエンスの北方進出開始とネアンデルタール人の絶滅はその発明以後だ。
 
 ∧∧
( ‥)投槍器は、構造自体は
    単純なんだけどね
 
  ( ‥)でもさ、これが扱うの
    ‐/ 難しいんだよな
 
 作るのも簡単なんだけども、それがちゃんと飛ばせるものになっているのか、ちゃんと飛ばすにはどうすれば良いのか、そこには試行錯誤と訓練が必要だ。しかしそれ以上に
 
 ∧∧
( ‥)こんなことに時間を
    かけるのは
    強迫観念にかられた奴
    だけだと
 
  (‥ )あの発明は
      合理性だけでは
      説明できないと
      思うのだけどね

 
 
 人類の大きな発明、弓と針も、合理性で到達できる発明なのか疑わしいように思える。そもそも枝に蔓を張って、それでものを飛ばそう、それを実用的な用途にかなうものにしよう、というのは発想も執着もかなりいかれているのではないだろうか。実際、あんなものを発明したのはホモ・サピエンスだけである。
 
 石器は人類以外の動物が道具を使うことの延長に見えるが、弓や投槍器はそうじゃないだろう。
 
 ∧∧
(‥ )想像力をたくましくすれば
\‐  人類の歴史とは
    進化の過程で
    強迫観念を持つにいたった
    あなたがた
    ホモ・サピエンス種が
    強迫観念を持たない
    他の人類を抹殺した歴史
    なのかもしれない
 
  (‥ )というかだな
      我々自身の歴史
      我々自身の日常が
      そうではないのか?
 
 強迫観念、という言葉が何を意味するのか、という問題は絶えずある。しかし、合理性では説明できない勝手な思い込みや価値観や強い執着で邁進する人々が周囲に多大な迷惑をかけること、これはよく遭遇することだ。
 
 そしてあるいは大きな発明や業績を成し遂げること、あるいは大戦争と大征服と大虐殺を引き起こす事、歴史を動かすこと、これらはまったくの事実だろう。
 
 強迫観念にかられて生きたくないという叫び自体が、私たちが強迫観念にかられて邁進する得体の知れない動物であり、それを放棄することが出来ないことを示唆しているように見える。
 
 ∧∧
( ‥)強迫観念にかられて
    自滅する人も多いけど
 
  (‥ )だがしかし誰もが
      多かれ少なかれ
      強迫観念を武器に使う
      それを武器に
      襲ってくる人々を相手に
      いやだいやだと言っても
      強迫観念を手にして
      戦い抜くしか無い
      この世界は
      そういう世界だと思えば
      どうよ?
 
 つまり、強迫観念にかられて生きたくない、とはまさに絶望の叫び。そこにあるのは、分かっているのに決してたどり着けない平穏、安らかな世界を全否定する現実という名を持つ永劫の地獄。


 
 
 

同じ大問題でも成功体験になることがある、ならば次に彼らは

 
 日本軍は補給を軽視し、人命を軽く見て敗北したと世に言う。
 
 ∧∧
(‥ )でも、ソヴィエトやロシアの
\‐   補給と人命軽視も
     そりゃあひどいものだった
     そう聞きますけどね
 
  (‥ )対独戦では
      銃が無くても突撃しろ
      死んだ奴の銃使え
      逃げる奴は後ろから機関銃
      近年のチェチェン紛争でも
      物資不足でずいぶんな
      犠牲者が出たとかなんとか
 
 人によってはいわく、日本は負けたから補給と人命軽視に問題ありと見た。だがしかし、
 
 ∧∧
( ‥)ロシアは人命軽視や
    補給の軽視で勝ちを得た
    それこそが
    彼らの成功体験だ
 
  ( ‥)少なくとも人によっては
    ‐□ そう言うのだよな
 
 この見解がどの程度妥当なのか? 
 
 とはいえしかし、こう言える。
 
 これがもしも正しく、これこそが正当体験であるとする。そしてそれが必要であり、可能な条件が整う限り、”それ”は実行すべきことであり、そして実行可能な事なのだと。
 
 

 
 

セミクッキング

 
 もはや日付が変わった昨日、土曜日は、どうも自分はなにも分かっていない、そう考えさせられる1日だった。
 
 そして雨上がりの曇り空の下、新大阪から新横浜まで新幹線で帰る。途中、ところどころで激しい降雨に遭遇したが、それは比較的短い範囲であり、小降りであったり、雨が降っていない場所もあった。
 

   台風11号が関西に
 ∧∧ 接近中だからね
(‥ )
 ‐( ‥)米原あたりと
      名古屋近辺が
      強烈だったかな
 
 台風と雲の構造を突き抜ける電車の旅。多分、今の空は同心円状だ、そんな感覚。
 
 疲れたので帰って一眠りすると夢を見た。誰かが激しく言い争っていて、相手の人間性や知性を疑うような揶揄と言い合いと罵倒の応酬だ。しかし、その議論の争点たるや、
 
筒の中にどんな割合で仕切りを入れるべきか?
 
というものである。激しい言い合いは聞くに堪えないレベルにまでエスカレートしていったが、突然、前触れも無く風景がぶちぶちとテレビが切れるように消え始めた。すべてが空白になっていく中で、遠く小さくなる筒だけが見える。しかし、それも仕切られた区画ごとにぶちぶち消えて、ついにはすべての視界が消滅した。そして目の前には照明を消した自分の部屋と暗い天井。
 
 さて
 
 買い物をして帰る途中、もはや飛べなくなったアブラゼミを見つけて、拾って帰る。
 
 ∧∧
( ‥)蟻さんたちの
    餌にしようと
 
  ( ‥)新鮮な生きているうちに
    ‐□ 解体だー!
 
 
 ばらしかたが分からん
 
 ∧∧
( ‥)...まあ、何度かやれば
    要領がつかめるでしょう
 
  ( ‥)魚のさばきと同じよな
    ‐□ それにしても
      節足動物は神経が
      分散しているせいか
      あれよね
      頭をはずしても
      ばらしても動いてるから
      やりずれーな
 
 ロブスターやイセエビを調理する料理人が、でかい包丁で、ばつんっ! とエビの体を縦切り真っ二つにしても、エビはわさわさ動いている。そんな状況に近似。
 
 さて、ともあれ、蟻んこたちの分はそんなに多くなくて良い。
 
 ∧∧
( ‥)四分の1は蟻さん用で
    残りはどうします?
 
  ( ‥)んー
    ‐° 食ってみるか
 
生で食うのはなんなので、フライパンを用いて油でいためることに。

見た目は...悪くもないが良くもない

半分におろした胸部と、はずした腹部











ちなみに、胸部も腹部も背腹が逆さまである。なんか一部の組織が緑色なのが気になるところ




 







キッチンペーパーに乗せて白背景で撮影しても、なんか微妙に生焼け感が漂うが、時間は感覚的に言って十分なはず。










 
 ∧∧
( ‥)ちゃんと火は通ってる?
 
  ( ‥)んー、あっ、通ってるね
    ‐° 殻ごと食えるわ
 
 食感は、炒めたエビだ。

 というかエビの殻?
 
 ∧∧
( ‥)味は?
 
  ( ‥)少なくとも胸部は
    ‐° 特に味しないなあ...
      だから余計に
      殻感がするというか
 
 セミの胸部には飛行に使う筋肉がつまっている。他の器官はどこにあるの? と違和感を持つほどだ。しかも生で見た時、鳥の胸肉に似た感じにも見える。それゆえに良い味と充実感がするのではないかと期待したのだけども、残念、これといった肉の味はしなかった。
 
 量が少ないからかもしれないが、ともかくよく分からない。調味料自体を使っていないからだけども、なんというか、エビが持つ海のしょっぱさ、隠し味の塩味をうばったような感じ。
 
 それを考えればである。この味は油で揚げたテナガエビに、つまり淡水のエビの揚げ物に近いと言える。ただし泥臭さはない。
 
 昆虫のキチン質の外皮は基本、エビと同じだ。それを炒めたら、かりかりのエビの殻と同じになるのは道理。翅も同様。かりかりのエビの殻と同じだった。
 
 つまり、炒めたアブラゼミの胸部は、豚肉の脂身をエビの殻に入れて揚げた、そんなような味と感触だと言えば良いか。脂身っぽく感じるのも、単に使用したサラダオイルの味なんだろう。だとすると良くもないが悪くもない内容だと言える。
 
 ∧∧
( ‥)腹部はどう?
 
  ( ‥)このセミは雄でなあ
    ‐° 腹部には
      鳴き声を出す板を
      振動させる
      貝柱みたいな
      筋肉があるから
      期待したんだがね
 
 残念ながら、貝柱のような感触はなかった。これも揚げたエビである...のはずなんだが、妙に青臭い。
 
  (‥ )これ、エンドウマメを
      すごく青臭くした
      感じだ
 
 ∧∧
( ‥)樹液吸っているから
    ですかね?
 
 
 一匹を食しただけにすぎないが、結論から言うと、アブラゼミは
 
 ”油で揚げたテナガエビとエンドウマメの青臭さが大丈夫なら翅ごと食べられる”

 そんな感想。
 
 びっくりするほどうまいわけではないが、まずいわけでもない。
 
 
 ∧∧
(‥ )考えてみれば
\‐  びっくりするほど
    おいしかったら
    とっくに食用になって
    いるはずだからね
 
  (‥ )さりとて拒否するような
      味でもないわけだ
      単純にあれだな
      大量に集められないから
      食用にならないんだな
 
 食用にされる昆虫、イナゴなどは大量に集めやすい。農薬による駆除さえなければ普通に田んぼにいるというだけではない。彼らが成虫になる秋は昼夜の寒暖差がある。変温動物であるイナゴは明け方は動きがにぶく、捕まえやすい。体温を上げるために日光を浴びようとするのか、田んぼの縁の稲にむらがっていることもある。あぜ道を歩けば容易に大量に集めることが可能。
 
 ∧∧
( ‥)でもセミさんは
    そうじゃないからね
 
  ( ‥)イナゴはなんていうかな
    ‐° 独特な匂いがするの
      だよね
      だけど食用なんだよな
 
 イナゴの匂いは表現が難しい。稲やススキなどの葉っぱの匂いを極端に濃集させたもののように思えるが、あれはイナゴ臭としか言い様がない。佃煮にされても残っているし、生きている時からあれはする。
 
 それに比べればアブラゼミは食品としてはイナゴより上かもしれない。
 
 ∧∧
( ‥)でもイナゴは食べるけど
    セミ食べなーい
 
  (‥ )考えてみれば
      人間が食べる節足動物は
      どれもこれも
      大量に集められるものか
      大きくて罠にかかる
      ものだよね
 
 
 
 
 
*同日、2014.08.10 19:30に以下追記
 
 結果的に言うと蟻さんたちはアブラゼミの肉には見向きもしなかった(らしい)。
 
 ∧∧
(‥ )少なくとも放置されてるね
\‐  量が変っているけど
    これは...乾いてひからびた
    だけだよねえ
 
  (‥ )なんでだろうな?
 
 アブラゼミの肉がお気に召さなかったのか? 
 
 あるいは今はタンパク質に興味ありませんとかそういうことなのか、不明である
 
 ∧∧
( ‥)まあ、色々と試してみますか
 
  ( ‥)バッタが良いのかなあ?
    ‐□
 
 
  
 
 
 

2014年8月8日金曜日

何も知らんとはこういうこと

 
 ∧∧
( ‥)4行書くのに
    2時間ですか
 
  ( ‥)何も知らんことも
    ‐□ さることながら
       資料を読む速度が
       落ちてきているんだな
 
 ようするに、一般的に維管束植物だとされるこれが、本当に維管束植物なのか問題がある。維管束植物だとしても分類なり系統に問題があるから、ひとつの発見を一律に適用できないだろう...

 
 ∧∧
(‥ )ということですね
\‐
 
  (‥ )まあ、そういうことだね
 
 
 ∧∧
( ‥)こんなことに2時間ですか
 
  ( ‥)何も知らんとは
    ‐□ こういうことさ

 

その一手が絶望的に遠い

 
 せっかくネットがあるのに、なぜ同じ趣味、同じ趣向の人同士で集まって世界を閉ざすのか?
 
 ∧∧
(‥ )ありがちだよね
\‐  というかむしろ普通?
 
  (‥ )個人HP全盛の時代
      絵を描いていた人の
      リンクは
      それぞれ塊を作って
      いたようにね
 
 クラスターを作っていたと言えば良いか。萌えの絵を描く人ならそのHPのリンクにあるのはほとんどが萌えであり、リアル系ならリアル系、病んでる系なら病んでる系で相互にリンクを張り合い、塊を形成していた。
 
 ∧∧
( ‥)そりゃ自分の好みを
    変えろってわけにも
    いきませんからね
 
  ( ‥)そもそも現実世界が
    ‐□ そういうものなんだよね
 
 クラスでは似たもの同士が集まり、町は秋葉原、渋谷、神保町を見るまでもなく、相互に異なる世界を作り上げている。
 
 そしてそうである以上
 
 ∧∧
( ‥)本もまたそうであると
 
  (‥ )いつもの話であるな
      自分が分かる本を読む
      自分が好きな本を読む
      たったこれだけの動作で
      書棚に並ぶ膨大な本は
      隔絶され隔離された
      小さな分割された世界に
      変ってしまうのだ
 
 この状況では、たとえ100万冊の本を読んだとしても、まったく無意味となる。量が多くても読んでいる本の全てが同じである以上、結果はそういうことだ。
 
 もちろんこれを一概に悪いと言うことはできないんだろう。秋葉原にゲームとパソコンと同人誌の店が集まるのは不適切だから分散しましょう、渋谷を解体しよう、神保町の古書店を拡散しよう。こんな主張をする人はいないし、いたら頭がいかれてる。
 
 ∧∧
(‥ )問題はいつもの話
\‐  ”分かった”ですか
 
  (‥ )分かったは趣味という
      くだらない世界を
      まるで価値あるもので
      あるかのように
      偽装してしまうからな
 
 これは極めて危険な話である。
 
 例えばの話、
 
 自分の理解できる医療と自分の好きな医療を望む。それだけを選択し続けて、この医療こそが正しいのだと思い込む。そしてこれこそが”分かった”である。
 
 そう言えばどうか?
 
 ∧∧
( ‥)極めて危険
    これは死へ向かう道である
 
  ( ‥)人の知識は容易に
    ‐□ 断絶してしまうのだ
 
 例えば、科学が好きな人は科学の本を読む。だが、自分が分かる科学の本を読むのだ。
 
 ∧∧
( ‥)つまり極めて致命的
 
  (‥ )進化論に関しては
      これが露骨に出るのだよね
 
 例えばの話、科学の本が好きな人は、ダーウィンの進化論は画期的だったが今は否定されている、そう思い込んでいることが意外と多い。
 
 やれ、中立説で否定された。逆転写酵素でセントラルドグマがゆらいだ以上、獲得遺伝がある。断続平衡説は今西進化論の現代的な焼き直しであり、今西錦司はかなり良い線をいっていた。大進化が起こるのは、遺伝子に未知の変化が発生するからに違いない、などなど。
 
 これ、科学の本が好きな人が思い込んでいるだけではない。そう思い込んでいるサイエンスライターもいるんである。
 
 ∧∧
(‥ )でも論文と教科書の
\‐   世界に入ると
     がらりと様相が変ってしまう
 
  (‥ )ダーウィンの基礎理論
      メンデル遺伝
      フィッシャーの統計学
      木村資生の中立説
      性淘汰と血縁淘汰
      生存競争と淘汰圧
      つまりようするに
      ネオダーウィニズムだ
 
 ネオダーウィニズム:遺伝の仕組みが解明される前にダーウィンが理論を作ってしまったので、後から発見されたメンデル遺伝と統計学を20世紀に組み込んだもの、と思えば良い。
 
 つまり、科学の本が好きな人と、実際の科学と研究者の有様はまるで乖離しているのである。絶望的に乖離しているのだ。両者の間にはまったく全然、これっぽちも交流がない。しかも、それぞれの本自体は同じ書棚に並んでいたりするのだ。それにも関わらず、まるで断絶している。
 
 ∧∧
( ‥)これも好きな本だけを
    選び続けた結果だと
 
  ( ‥)本を読んで自慢げに
    ‐□ blogにアップする連中も
      教科書と見比べたら
      化けの皮がはがれる
      読めば
      あんたの読書は
      まったく無意味、
      投資した時間も手間も
      人生も
      そのすべてが全部無駄
      そういう状態だからね
 
 同じ書棚に本がある。手を伸ばせば手に取れる。時間さえかければ読むこともできる。参考文献を追跡すれば論文にもたどり着ける。
 
 だが、その一手が絶望的に遠いのだ。
 
 好きな本を読むべきではないんだろう、必要な本を読むべきなのだ。
 
 あるいは好きな本を読んだというのなら、語る事を沈黙するべきなんだろう。
 
 少なくとも、理解を語ってはいけない。
 
 しかし、それにもかかわらず人は理解を語る。ここに誤りがある。
 
 
 

2014年8月7日木曜日

蟻:弔いの日

 
 試験管をよく見てみると
 
 ∧∧
(‥ )蟻さんが死んでるよ?
 
  (‥ )ほへ?
 
 一匹、お亡くなりになっておる









 
 
 他の蟻は問題ないらしい
 











 
 ∧∧
(‥ )寿命にしちゃあ
\‐  いくらなんでも短すぎですよね
 
  (‥ )働き蟻の最初の誕生が
      7月24日
      =>働くお母さん
      そこから考えると
      最長でも2週間の命
      だったわけだからなあ
 
 はて? なにか問題のあるものを食わせたのだろうか、バッタに毒物が含まれていたとか? それとも病気か? しかし、コロニー自体は現状、順調に見える。












 
 そういえば、働き蟻の中でいつも一匹、餌探しにひたすら走り回っている奴がいたよなあ...
 
 ∧∧
( ‥)過労死?
 
  ( ‥)どうだろうね
    ‐□ 同じ個体とは
      限らないしね
 
死体はさっそく、仲間によって放棄される












 
 ∧∧
(‥ )葬式というセレモニーがある
\‐  人間からすれば気の毒だけど
    合理的だよね
 
  (‥ )幼虫を育てる保育所に
      痛んでいく死体を残しておく
      わけにはいかんからな
 
 とはいえ、食って処理するわけでもないらしい。
 
 ∧∧
( ‥)死んだら仲間を食べちゃえ
    という行動は
    仲間の識別に問題を
    引き起こす
    だから食って処理するのは
    無しなのだ
    とかですかね?
 
  ( ‥)食い尽くしたバッタの
    ‐□ 残りかすとかよりも
      仲間の死体の
      捨て方の方が
      入念なんだよな
      そういうことかも
      しれないね
 
 バッタの残りかすは、ぞんざいにチューブに放りっぱなしだ。













 
 仲間の死体はもっと遠くに放棄されている。これに意味があるというのなら、単に合理的で機械的な行動でも、まあそれなりに弔いだと言えるのかもしれない。
 
 ∧∧
(‥ )別に死者を悼んでいる
\‐  わけではないけどね
 
  (‥ )死者を悼むなんて
      そんなどうでも良い機能を
      蟻は搭載していない
      だろうからね

 




僕の考えた最強の...

 
 国家とはこうあるべし
 
 福祉とはこうあるべし
 
 民主主義とはこうあるべし
 
 自由とはこうあるべし
 
 ∧∧
( ‥)これでは駄目だと
 
  ( ‥)これはあれよな
    ‐□ 
 
 僕の考えた最強のガンダム、と言っているのと変らない。
 
 ∧∧
(‥ )最強のモビルスーツという
\‐  言い様もあるよね
 
  (‥ )どっちも同じ
      機械の仕組みを
      無視して自分の計画と立案は
      うまくいく、
      そういう主張だからな
 
 アニメだろうが、空想だろうが、機械は機械だ。機関の出力や、装甲、重量、機動性、搭載出来る燃料、扱える武器、そういう制限がどうしても出てくる。
 
 ∧∧
( ‥)まあ、空想だから
    そういう制限を
    無視することは
    できるのだけどね
 
  ( ‥)でもそうなると
    ‐□ 視聴者がついてこれなく
       なるんだよな
 
 人間の脳は現実に一応は対応している。あまりに嘘っぽいと、夢を夢として受け入れることすらできなくなる。
 
 ∧∧
(‥ )そもそもモビルスーツなんて
\‐  実現不可能な機械でしょう
    けどもね
 
  (‥ )人型兵器の有効性
      うんぬん以前に
      あんなに大きくて重くて
      部品に負荷がかかる作りで
      しかも関節だらけ
      動かしてもあっという間に
      壊れちゃうだろうな
 
 それを考えれば、民主主義とは国家とはかくあるべし、という提案。これをより現実的に例えると、あなたが言ってる事は、僕の考えた戦艦最強、と同じレベルだよ、と言えば良いのだろうか。
 
 ∧∧
( ‥)高速移動できる駆逐艦に
    戦艦の大砲を乗っければ
    これ最強、みたいな
 
  ( ‥)物事の仕組みや配分を
    ‐□ 理解しないとさ
      多かれ少なかれ
      そういう素っ頓狂な
      発想をするものだからね
 
 駆逐艦に戦艦の大砲、なんていうのは極端で分かりやすい話だけども、多分、私たちはもっと微妙なレベルでこれと同列な誤謬を犯しているのだろう。そしてそれはしばしば致命的である。
 
 ∧∧
(‥ )現場を知らないとどうしてもね
\‐
 
  (‥ )間抜けな政治家や社長が
      現場無視の
      素っ頓狂なことを
      する一方で
      僕らもまた彼らの
      立ち位置や現実を知らずに
      ”間抜け”、と
      批判するからねえ
 
 実際、間抜けに見えるのは事実だし、確かにそれが正しいこともありえよう。
 
 ∧∧
( ‥)でもどうにもならない事情が
    ある場合もありますよ、と
 
  ( ‥)予算も無駄も有り余るほど
    ‐□ あるだろうwww
      そう鼻息荒く乗り込んで
      玉砕した民主党を見ると
      それはあからさまよな
 
 べし、や、べきは現実ではなく理想の計画だ。しかし理想的な計画が起動するには、その計画それ自体に現実を支配する重大な要素がきちんと組み込まれていなければならない。
 
 困ったことに、べし、や、べき、はそれをまったく保証してくれない。そしてそういう計画は大概の場合、僕の考えた最強のモビルスーツと同列である。役に立たない。口先だけだ。
 
 


 

幼虫の体内が緑色に染まる

 
 蟻を飼う。
 
 ∧∧
(‥ )卵黄、蜂蜜
\‐  昆虫ゼリー
 
  (‥ )たまには虫でも
      与えてみるか
 
 なるべく柔らかそうな小さなバッタを捕まえる。ツチイナゴの幼虫だろうか、緑色の小さな個体だ。
 
 ∧∧
( ‥)かわいそうだけど
    殺します
 
  ( ‥)そりゃ殺さんと
    ‐° 食えないからな
 
 持ち運びやすいようにハサミで適当な大きさに切る
 
 ∧∧
( ‥)まあ、しょうがないね
  
 
  ( ‥)牛も豚もばらばらに
    ‐° 切っているわけだからな
 
 餌場に放置。
 
 ∧∧
(‥ )運んでるね
 
  (‥ )チューブの中を運ぶ時にさ
      一度、荷物を置いて
      進行方向へいって戻って
      また運ぶのだよな

 
 荷物の大きさと進路の幅を確認しながら運搬する、そういうことだろうか?
 
 ともあれ、無事、運び込むことに成功
 










 
 ∧∧
(‥ )これって食べているんだよね?

 
  (‥ )頭を突っ込んで
      なにやらやってるな

 *どういうわけか、近場にあった繭まで中に突っ込まれてしまっているのはご愛嬌だ。もちろん、これはたまたまなんだろう。繭が餌を食うわけないし。
 
 さて
 
 見ると、幼虫の体内も緑色に染まっているらしい












 
 ∧∧
( ‥)画像が荒いけど
    あれですか?
    働き蟻がバッタを食べて
    それからはき戻しで
    幼虫に与えるのですかね?
 
  ( ‥)なんかそう見えるね


 
 運び込まれたバッタの胴体はすでにすっからかんのようである。




夏のアンドロメダ

 
 
 6日の夜も更けて日付が変わり7日午前2時を過ぎる
 
 ∧∧ 夜行性
( ‥)
 ‐( ‥)まあそうだね
     朝も昼も動いて
     いるんだけどね
 
   昼夜関係なく
 ∧∧ 寝ちゃうからね
(‥ )
 ‐( ‥)やっぱこの高温の
      せいかなあ
 
 
 室温は26度とか27度程度に保っているのだけども、照りつける日差しで壁が熱くなり、それが室内に伝わってくるのである。そのせいか、妙に疲れたり、眠くなったりする。
 
 
 一方、昼間は強風で過ごしやすかった天気も、夜になって風は止んだ。そのせいか、空の状態は昨晩ほどではなく、やや霞がかっている。
 
 アンドロメダ座












 
 
 そしてアンドロメダ大星雲。一応、ポケットサイズのデジカメでも写っている。














 
 ∧∧
(‥ )にじんでかすんだ
\‐  星みたいに見えるね
 
  (‥ )まあ、まさに
      星雲ってことかな
 
 
 


2014年8月6日水曜日

季節はすでにめぐりゆく


 
 昨晩、5日の夜は月がきれいだった。
 
 ∧∧
( ‥)でも風が強くて
    気流は最悪ですか
 
  ( ‥)んー月のクレーターさえも
    ‐// よく分からん
     ⊥
 
 仕事もあるし、これではどうにもならぬ。スケッチはあきらめた
 
 風の強い一日だった。南の海上からきれいな空気がやってくるせいだろうか? 空の状態自体は良かった。このあたりではかなり澄んだ空である。

 太陽が西に傾いた時の空は青く


 
 









 
 そして日付が変って6日。夜が短い季節だ、2時をすぎれば夜明けは近くなり、天頂には秋の星座、ペガサス座とアンドロメダ座がかかっている時刻。













 
 上の四辺形がペガサス座の胴体にあたる部分。その下に続くのがアンドロメダ座。
 
 *一応、アンドロメダ大星雲も写っているのだけども、知っていないと分からない。左下には母親であるカシオペア座が、さらにその下に、アンドロメダ姫を救った英雄ペルセウスの星座が半分写っている。
 













 
 ペルセウス座の画面右には”すばる”ことプレアデス星団がすでに上がっていて、さらにその下にある五角形は冬の星座、ぎょしゃ座とそのα星カペラだ。
 
 夜が開ける前に、オリオン座と、そして昇り始めたふたご座を確認する。
 
   太陽は夏至のふたご座を過ぎ
 ∧∧ 秋分点へ移動中
(‥ )
 ‐( ‥)夏は今こそが本番だが
      季節はすでにめぐるのだ
 
 
 
 

2014年8月5日火曜日

百合戦争

 
 ∧∧
(‥ )ジブリもディズニーも
\‐  どちらも女の子二人の
    お話を作って
    アナと雪の女王が
    一人勝ちだと
 
  (‥ )第一回百合戦争は
      ディズニーの勝利
      ジブリ敗北ということか
 
 ∧∧
(‥ )ディズニーの方の二人は
\‐  姉妹なんですね
 
  (‥ )ほう、姉妹とな!
      つまり
      カップルになった場合
      お互いの子供が
      自分の姪や甥であると
      なるほどこういう
      百合カップリングも
      こういう最終解決も
      あるということか
 
 つまり姉妹の百合夫婦の場合、相手が生んだ子供は自分と血縁関係が実際にある事になる。
 
 むう、このような最終解決を出されては、正攻法で勝つこと容易ではあるまい。
 
 ∧∧
( ‥)...そういう話じゃ
    ないと思うけどね
 
  ( ‥)だが人は可能性を
    ‐□ 模索するものだ
      それこそが
      人間というものよ
      だから問われるのだ
      お前は
      可能性を模索したか?
      その結果がこれか?
      絶えずそれが
      問われるのだ
 
 百合戦争のこの局面においてジブリはなんと出る?
 
 待て、次回。
 
 
 これはhilihiliのhilihili: 現実は設定であり、これに勝負を挑まねば物語と言えども...の続き
 
 
 
 

比較的澄んだ夜空

 
 外へ出てみると雲はあったが、空自体は暗く澄んでいた。
 
 ∧∧ 散歩へいきますか
( ‥)
 ‐( ‥)ひさしぶりに見える
      星空〜♪
 
 
 まあ、きれいな空といっても大都市に周囲を囲まれるここだ。町の灯で空は明るい。それでも星座はそれなりに分かった。
 
 時刻は午前2時過ぎ。気温は高いが、湿度はやや低めで、比較的過ごしやすい状況である。*家に帰って測ると気温28度、湿度80%だった。多分、アスファルトのない公園はもっと涼しかっただろう。
 
 
   もうカペラと
 ∧∧ アルデバランが見えるね
(‥ )
 ‐( ‥)ぎょしゃ座は上がり
      おうし座も完全に
      地平線の上だ
 
 オリオン座もあがりつつある。もう冬の星座の登場だ。ぼんやり眺めていると、天頂にあるペガサス座を切るように、流れ星が流れた。
 
 帰り際、オリオン座のベテルギウスとリゲルが上がるのを確認する。そして間もなく夜明けである。街灯を朝と勘違いした蝉が鳴いていた。
 
 
 

プライドを取り戻せ

 
 ∧∧
(‥ )その子が約束を
\‐  守らなかったから
    怒っているのだと
 
  (‥ )...まあ、そりゃあ
      そうだろうね
 
 約束したのにそれを破った。それは怒らねばならぬ出来事。
 
 ∧∧
( ‥)でも怒るわけにも
    いきませんよと?
 
  ( ‥)そうだなあ
    ‐□ 例えばこう問われたら
      どうするね?
 
 彼女が約束を破った? ああ、それは相手があなたのことを好きでもなんでもなかったんじゃねーの?
 
 あるいはこうである
 
 好きでも約束を破るってことはありうる。だがしかし、そんな彼女は頭がおかしいよね? そんな女の子を好きになったあなたもおかしくね?
 
 
 ∧∧
(‥ )どうしろって
\‐  言うんですか?
 
  (‥ )怒るに怒れないから
      黙って別れろ
      そう言うしかないし
      そういうことに
      なるんじゃねーか?
 
 
 しかしながら、
 
 以上二つの評論は、要約すれば
 
 お前何勘違いしてるの?
 お前無能じゃね?
 
 という内容だ。
 
 これは評論する人の言い様がきついとかの問題ではない。評論されないと分からないことでもない。なぜならこれは単なる事実だからだ。言葉にならないにしても人はこういうことを自分自身で考える。
 
 そしてこれは別れれば解決するかというと、そんなことはない。だから怒り狂う。

 
 ∧∧
( ‥)約束を破った人とは
    いわば自分の黒歴史の
    具現化である
 
  (‥ )それが目の前を
      歩いているわけだ
      どうする?
      どうするよ?
 
 ああ、殺すよね? 殺すよな?
 
 ∧∧
(‥ )人を殺すと
\‐  道徳という名の
    自動報復システムが
    起動しちゃうけどね
 
  (‥ )相互監視と報復
      これが道徳というものだ
 
 弁護士が胡散臭い目で見られるのも、以前あった大津市のいじめ自殺問題で教育委員会などに強烈な疑惑の目が向けられて、ついには傷害事件に発展したのもこれが理由なんだろう。殺したものを殺せ。こういう自動報復システムの運用を邪魔したり、それを担うべき人々が業務を果たさないとなると、道徳はリンチという、その本来の姿を顕現させる。
 
 ∧∧
( ‥)でも? 自分の奪われた
    プライドを取り戻すために
    危険を犯して報復へ
    打って出る人もいるのだと
 
  ( ‥)プライドとは
    ‐□ 社会的地位にも
      関連しているのだ
      死活問題だでな
      それを考えると
      当然だよねえ
 
 この話、別に彼女だなんだとは限らない。男女ともに起こる事だ。そして確かに、相手に踏みにじられた自分のプライドを取り返すために殺人にまで及ぶ事例は多いようである。
 
 
 

2014年8月4日月曜日

よろしい ならば二次元だ

 
 ∧∧
( ‥)つまり
 
  ( ‥)そうねえ
    ‐□ もともとはだ
 
 ネットによってエロが氾濫する今の時代、エロはメディアを普及させる起爆剤にはなりえない...
 
 ∧∧
( ‥)という主張は
    おかしいだろうと
 
  (‥ )そもそも某社の
      電子書籍で一番良い成績を
      収めているのが
      女性向けのエロだ
      という話を聞いたから
      そう思うのだけども
 
 そして考えるにだ
 
 少なくともネットにおいて、三次元のエロは物語を欠いているように思える。
 
 ∧∧
(‥ )二次元のエロは
\‐  そもそも同人的なものが
    多いがために
    物語や
    キャラクターの性格付けが
    なされている

 
  (‥ )それを考慮するとだよ
      三次元のエロってさ
      ネットの時代において
      致命的だよな
 
 考えてみれば、ネットでエロが氾濫するからメディアの起爆剤になれない、とは、エロビデオやエロDVD、そしてビデオレコーダーとDVDレコーダーの普及を念頭に置いたもののように思える。確かにそれは三次元なのだ。
 
 ∧∧
( ‥)よろしいならば二次元だ
 
  (‥ )あるいは活字だな
 
 
 少なくとも、この理論、”二次元のエロは物語があるがゆえにこの状況においてもなお集客力があるぞ仮説”、は三次元エロの衰退とエロ電子書籍の健闘を同時に説明できる。
 
  ( ‥)この点において私の仮説は
      すぐれていると
      自画自賛します
 
 ∧∧
( ‥)はいはい
 
 
 *何年も前、エロで有名な某出版社が潰れた時、とうとうこういう事態になったか...と感慨にふけったものだった。だが、それでもなお女性向けエロ小説が健闘している状況がある。これに直面した時、これらの矛盾、あるいは不整合は説明されねばならぬ。状況は説明し、対応するためにあるものだ。
 
 
 
 これはhilihiliのhilihili: あなたの欲しいエロはそこにありましたか?の続き
 

2014.08.04 1:13の流星

 
 夜の公園で考え事
 
 ∧∧ まとまりませんか
( ‥)
 ‐( ‥)んーどうにもなあ
 
 ふと空を見上げていると、南南西の方角から流星が流れるのが見えた。”みなみのうお座”よりも上の方。空は薄曇りだが、その雲を透かしてもなお、金星や国際宇宙ステーションのように明るい。
 
 すぐ消えるかと思ったらそうではない。あまり速くないのだ。空を切るようにではなく、空を滑るように、長く、長く、長く。
 
 色は黄色、中心は明るい白色で、薄曇りの中、淡く金色の後光をまとって鋭い尾を引いた。
 
 天頂付近を通過する時には、ぱらぱらと、薬が水に溶けるように輝く小片が砕けていくのが見えた。北北東の厚い雲に遮られるまで見えた。
 
 角度にして90度ぐらいを流れる、長い流星。時刻は2014年の8月4日、午前1時13分。
 
 
 ∧∧ 人工衛星の可能性も
(‥ )
 ‐( ‥)うん、人工衛星が
     大気圏に突入して崩壊し
     流星になった可能性も
     あるだろうね
 
 
 考え事は、忘れた。
 


 
 
 

2014年8月3日日曜日

本は引用の結節点

 
 なぜ本を読む人間は、その一冊の本を読んだけで、その本のことを分かった気になれるのか?
 
 ∧∧
( ‥)謎だと
 
  ( ‥)一冊の本は
    ‐□ ごく短い内容しか
      持っていないのだ
 
 1ページ1000文字で200ページでも、わずか20万文字にしかなれない。こんな短い内容で物事を説明するのは無茶も良いところだろう。それは抜粋にしかならない。ましてや、普通の本はこれよりもっと内容が薄いのだ。
 
 ∧∧
(‥ )言い換えれば
\‐  本というものは
    すべからく要約であると
 
  (‥ )本は引用の集合体だ
     一冊の本を作るためには
      膨大な積み重ねがある
 
 言うなれば、一冊の本とは果てしない引用と、それが織りなすことで出来たネットワークの一部、単なるひとつの結節点でしかない。その結節点を見ればその有様が分かるようでいて、しかしそれは分かったとは言わない。新宿駅だけを見ても新宿駅のことなど何も分からん。それと同じ。
 
 それにしても、一冊の本を読んでその本のことを分かったと思い込む連中が、これほどまでにうじゃうじゃいるのはなぜか?
 
 ははーん、多分、あれだ、小説という消費者向けに単独で完結した物語を読んでばかりいるうちに、読書家って連中は頭がぼけたんだな?
 
 ∧∧
( ‥)そんなことあるわけないじゃ
    ないですか
 
  ( ‥)小説も
    ‐□ 引用の集合体だからな
 
 小説もパクリの連鎖だと思えばいい。引用し、織りなし、そして本人の独自性が入って作られた何か。そしてまた前の作品の影響を受けて作られたネットワークの一部。
 
 それゆえ、一冊の小説を読んで、それを論評するなど、これまた愚の骨頂。
 
 ∧∧
(‥ )まあ、でも楽だからね
\‐
 
  (‥ )楽なことをするのは
      当然だけど
      楽なことばっかりすると
      知らんうちに
      頭がぼけちゃうぞ
 
 
 というか、使っている部分が偏りすぎて、どんなことをしても同じ手続きでこなすようになってしまうと言えば良いか。こういう場合、なんでも分かるが実は何一つ分かっていない、という状況になるだろう。
 
 
 

読書家の正体見たり

 
 書評をしている人の書き込みを見て不思議に思うのが
 
 ∧∧
( ‥)その本を読んで
    その本の書評をして
    どうするのか? と
 
  ( ‥)その本を読んで
    ‐□ その本を分かった
      これは奇妙な世界観でな


 
 例えば、この本にはこういうことが書いていない、なぜだろう? という書評を見たことがある。それを見た時に真っ先に思ったのが、
 
 いや、その作者さんは前の本(1997年)でそれをすでに書いてるよ? あんた、なんで知らんの?
 
 ∧∧
( ‥)読んでないからでしょ
 
  (‥ )読まなきゃだめだよ
 
 というか
 
 なんで書いてないの?
 
 とか疑問に思ったのなら、なぜ調べない?
 
 ∧∧
(‥ )疑問を調べないのが
\‐  読書だ、ということですかね?
 
  (‥ )正体見たり
 
 
 つまり読書とは、自分の”分かった”が正しいかどうかを確かめない行為。
 自分が分かったのだから、そうである以上、それが正しいと無批判に思う行為
 これは信仰であり、そしてあからさまな狂気である
 
 
 

2014年8月2日土曜日

人はエロのみで生きるにあらず(力説)

 
 Tumblr それは情報を切り貼りし、それがリンクを作りリンクを生む。個人が作る、個別な切り抜き雑誌が織りなす巨大なネットワーク
 
 エロ画像だけのものもあれば、文字とエロ、文字だけのもの、二次元、三次元、政治的なものから電波系まで色々だ。
 
 でっ思うに
 
  
  (‥ )純粋にエロ画像だけを
      収集しているTumblrって
      更新が止まるように
      見えるんだけどね?
      気のせいかな?
      気のせいでないのなら
      なぜだろうね?
      耐えられなくなるのかな?
 
 ∧∧
( ‥)...飽きちゃう、とかですか?
 
 ネットのエロは、無尽蔵である一方で、妙に画一的でもある。
 
 あるいは口当たりの良い売れるエロが圧倒的な数を占めてしまうので、自動的に他が埋没してしまっているのかもしれない。
 
 あるいは、元々、エロ画像とはそういうものだと言うことはできる。それに圧倒されたのだろうか?

 しかし考えるに、ネットの画像はコピー可能だ。平均的に一番刺激を与える画像がコピーによって数を増やすとしたら、平均的なエロが数を過大に増幅させるは必然。しかし、平均はあくまでも平均だ。それに、好みのつぼを押した総数で判断した時、一番良いエロ画像が最良か、というとどうだろう。総合点では順位が低いが、芸術点が高いものが良い場合もあるだろう。ましてや人の好みは芸術なんていう気取った枠組みには収まりきれないものである。

 
 ∧∧
(‥ )ネットのエロ画像は
\‐  ラーメン店だけになった
    商店街みたいな感じですかね
 
  (‥ )時々、思うのだ
      更新が停止したり
      あるいは消滅した
      エロ画像のみのtumblr
      これはどうしたのか、と
 
 tumblrが自分だけの切り抜き雑誌というのなら、ひたすらエロを集めていたのに、ある日、更新が止まり、あるいは消えてしまった人たち。彼らは一体どうしたのか?
 
 ∧∧
( ‥)もしかしたら
    ネットの大味で画一的な
    エロに飽きてしまって
    自分が本当に望むエロを
    探す旅に出かけたとか
 
  ( ‥)そうだったら...
    ‐□ いいよなあ
 
 
 あるいはこうも言えるのかもしれぬ。エロ画像だけを集めるのは精神に負荷がかかる。それよりは文章とかも気楽にreblogしたほうが健康に良いのかもしれぬ。考えてみれば、エロ雑誌がそもそもそういう作りであったではないか。プレイボーイなんかその典型。
 
 
  (‥ )人はエロのみで
      生きるにあらず!
 
 ∧∧
(‥ )まあ、全然別なことが
\‐  理由なのかもしれないけどね
    知らないけども規約とか
 
 でもそれにしては、日付を見ると、ぷつっと更新が止まったままのtumblrとかの説明がつきずらい。
 
 ネットのエロは最大公約数化したせいか、あまりにも単調に見える。だから例えばの話、毎日、カレーとラーメンとハンバーグだけを食べていたら、おかしくもなろう。

 
これはhilihiliのhilihili: あなたの欲しいエロはそこにありましたか?の続き
 
 
 

現実は設定であり、これに勝負を挑まねば物語と言えども...

 
 他人には言わぬままに永々と自分だけのSSを書き綴る人がいる
 
 この話=>hilihiliのhilihili: 自分好みの百合に救われる
 
 
 ∧∧
(‥ )自分好みの百合を
\‐  永々と書き綴る人がいる
 
  (‥ )でもさ
      物語にどう決着を
      つけるつもりだろうな?
 
 男女なら話は単純だ。それが結婚なのか、告白なのか、いずれにせよ、それを書けば終わりである。
 
 ∧∧
( ‥)本当はそこからが
    本番なんですけどね...
 
  ( ‥)おかしなものだけどね
    ‐□ あるいはあれかな
      こっから先は
      ”お前らの問題だ”
      そこで物語は沈黙する
      そういうことかもね
 
 恋愛というものは結婚や告白でその夢の時間が終わる。そこから先は現実の開始である。そこに物語が踏み込む隙間はもはやない。そういうことやもしれぬ。
 
 *物語がこれ以降に踏み込むこと、それ自体は可能ではあるし、事実としてあるが、もはや内容が別物になるぞ、という意味。
 
 ∧∧
(‥ )でも百合だとそうはいかんと
\‐
 
  (‥ )現実との接触
      あるいは衝突が
      男女のカップリングより
      ずっと早いのだよな
      夢から覚める時間が
      早すぎると言うべきかもね

 
 男女のカップリングだと単純に結婚します、子供ができるでしょう、おしまい、となるが、百合となると法的にも生物学的にも、そうはいかない。
 
 ∧∧
(‥ )どう...したものでしょうね
\‐
 
  (‥ )結婚はまだともかく
      子供に関して言うとだ
      魔法や未来技術を
      使うのでなければ
      養子をもらう
      男性から精子だけを
      わけてもらう
      そういうことに
      なるわけでね
 
 確かに、人の快感も幸せも、それは突き詰めれば脳内の出来事である。
 
 ∧∧
( ‥)百合でもなんでも
    幸せならそれで良いのだと
 
  (‥ )女性同士だから不幸になる
      男女だから幸福になる
      そんなことは
      あり得ない
 
 脳内の出来事だというのなら、相手が二次元でも問題ないことにもなる。
 
 だから、幸せに関しては問題ない。
 
 
 ∧∧
( ‥)でも? 子孫を残す
    という点において
    百合の不利は否めないと
 
  ( ‥)同じ男性の精子で
    ‐□ お互いに受精を行う
      そういう手はあるな
 
 まあ、違う男性でも良い。少なくとも生まれるお互いの子供は、好きな相手の半分から構成されているわけだ。お互いの子供を大事にする理由のひとつになる。
 
  (‥ )だがこれをさらに
      向上させる方法がある
 
 ∧∧
( ‥)ほう?
 
 
 互いの父親の精子で受精を行った場合、生まれるお互いの子供は腹違いの妹、あるいは弟となる。それゆえ相手の子供の4分の1は自分と同じであり、事実として血縁が生じる。そして2分の1は愛するパートナーと同じものから構成されている。一方、自分の子供はパートナーの4分の1であり、自分の2分の1でもある。相手の子供と自分の子供は、いまや非常に近い存在だ。識別することに意味があるのかどうかすらもよく分からない。
 
  (‥ )どうよ!
 
 ∧∧
(‥ )...理屈は正しいけど
\‐  それをするとなったら
    話運びに
    無理あり過ぎでしょ
    物語が破綻するんじゃね?
 
    
 
  ( ‥)駄目か
 
 ∧∧
( ‥)正しさだけを追求すると
    世の中と正面衝突する
    事例だよね
 
 それにしても思う。百合にせよ、あるいはホモのカップリングにせよ。異性愛を行う人がそういうカップリングを妄想することは、同性愛者を搾取することではないのか? という見解。
 
 ∧∧
(‥ )その見解がどうで
\‐   それをどう見るのかは
     ともかくとして
     当人たちの苦労や苦しみを
     実感出来ない”部外者”が
     好き放題に一方的に
     ”めでている”というのは
     正しいでしょうね
 
  (‥ )もっともそれは絶えず
      あらゆるところで
      起きることだがな
 
 アイドルに恋するのも同じだし、そもそも恋愛自体がある程度はそういうものだとも言える。人は恋をした時、相手の現実と苦しみに無頓着であり、自分の好きな人はこうあるべし、と思い込んでいるのだ。そういうことで別れたり、離婚したり、あるいは殺人にまで発展するのは誰もがよく知るところである。
 
 そしてなんにせよ
 
 ∧∧
( ‥)百合SSを書き綴っている
    その人もいずれこの現実に
    直面するだろうと
    百合のゴールはどこに
    設定すれば良いのかと
 
  ( ‥)悲劇に終わった彼女たちを
    ‐□ 救いたいのだ
      幸せな彼女たちを描いて
      描いている自分自身も
      救済しているのだ
      それが始まりだったのだ
      ならば行き着くはずだろう
 
 妄想だろうがなんだろうが、幸せが脳内の現象に帰結するというのなら、悲劇に終わった彼女たちの百合物語を描く、というのは色々な意味で幸せことなんだろう。それは気晴らしである一方で、それ自体が恋に近いのかもしれない。
 
 だが、現実が接近する。
 
 現実はこの世界を統べる”設定”である。我々自身の脳がこの設定に適合している。それがゆえ、この枠組みを逸脱しすぎた物語を脳は拒否する。
 
 ∧∧
( ‥)つまり、物語を楽しむには
    現実という設定に
    勝負を挑み
    勝利しなければならない
 
  (‥ )さあ、どう出るかな?
 
 
 
 
 これは以下へと続く=>hilihiliのhilihili: 百合戦争
 
 

2014年8月1日金曜日

黙れ、これが私の計画だ

 
 
 この世界を説明するために人が作り上げた仮説、それが神。
 
 それゆえ神は絶対不変、無限遍在、どこにでもいて、どこにも存在しない。一度として存在したことがないのに、いつ、いかなる時にもそこにいる。
 
 ∧∧
( ‥)移ろう世界を
    説明するための概念
    それゆえの不滅
    絶対のイデア
    それが神
 
  ( ‥)なれば信仰の未来は
    ‐□ 簡単なのだ
 
 唯一不変なものが神なれば、宗教的に言えばこうである。神でない宗教も国家もイデオロギーも人も民族も、そのすべてはもろくはかなく消えてゆく。宗教的にはそうであらねばならぬ。それが信仰というものだ。確かに、確かに、信仰とは死ぬ事と見つけたり。
 
 ∧∧
(‥ )イスラエルも
\‐  そうなるのだろうね
 
  (‥ )その日が来た時、
      なぜ? と
      神に問うのかな?
 
 もちろん、その問いに対する答えはすでに歴史の中で答えられているものであった。
 
 神は確かに言ったのである。
 
 黙れ、これが私の計画だ。と
 
 
     
    

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