自己紹介

イラストレーター兼ライター 詳しくはhttp://www5b.biglobe.ne.jp/~hilihili あるいは詳細プロフィール表示のウェブページ情報をクリック

2015年1月10日土曜日

公式を覚えて解けば良い疑惑

 
 黒い生き物がいるとする。肌が黒いのか体毛が黒いのか、はたまた羽毛が黒いのかは問わない。
 
 黒い生き物だ。
 
 さて、生き物は本来、一定の姿をとどめることができない存在である。一般に思われているような”種の本質”というものは存在しない。時間が経過すると生物は、姿も性質も否応無しに変化してしまう。
 
 ∧∧
(‥ )でもその生き物は
\‐   黒いままである
 
  (‥ )なんらかの淘汰で
      黒いままでいることを
      強制されているのだな
 
 淘汰がかかる理由には色々な要因が考えられよう。例えば紫外線を防ぐためなのかもしれないし、あるいは敵に警告する効果があるのかもしれない。あるいは周囲が玄武岩質の岩石で出来た荒れ地で黒く、敵から目立たないのかもしれない。
 
 さて、その生物の黒さを司る遺伝子があると単純に考える。それは黒い色素を作る遺伝子である。
 
 そして黒い色素を作る遺伝子が機能を喪失したと仮定する。
 
 それを持つ生物はもう黒い色素を作れない。体が白くなる。
 
 ∧∧
( ‥)だけど多くの生物には性がある
    両親は子供を作る時に
    自分の遺伝子を半分にして
    それを子供に与える
 
  (‥ )性のある生物の遺伝子は
      単純に考えてワンセットだ
 
 つまり体を黒くする遺伝子と、体を黒くしない遺伝子がペアになった場合、その生物の体は黒くなる。
 
 ∧∧
(‥ )これがメンデル遺伝が言う
\‐   優性、劣性の事例だね
 
  (‥ )ごく単純な事例だな
      片方は色素を作る
      片方は作らない
 
 性のある生物の遺伝子がワンセットである以上、片方が色素を作る場合、色素を作らないという遺伝子はその性質が発現しない。つまりマスクされる。優性の形質に劣性の形質が隠される。
 
 この場合、色素を作らない遺伝子がその性質を発現できるのは、色素を作らない遺伝子とペアになった場合に限られる。
 
 ∧∧
( ‥)実際には事態はもっと
    複雑だけども
 
  ( ‥)単純にはこんなもんだな
    ‐□
 
 黒い色素を持つのが有利である以上、黒い色素を作れない遺伝子は”有害”な効果を持つ。それは紫外線を防げないのかもしれないし、あるいは敵に見つかりやすいのかもしれない。
 
 色素を作れない遺伝子は発現すると敵に食われるなりなんなり、何らかの理由で集団から排除される。つまり体を白くする遺伝子は淘汰されることによって急激に数を減らしてしまう。
 
 ∧∧
(‥ )でも完全には無くならない
\‐  100個体に1の割合で
    ”色素を作れない遺伝子”が
    存在する
    そこまで数が減ると
    今度は発現しないから
    淘汰に引っかからなくなる
 
  (‥ )これがメンデル遺伝の
      重要なところだな
      マスクされた変異が
      蓄積するように出来ている
 
 もちろん、蓄積するからといって数が増えるわけでもない。増えたら発現して、結局、淘汰によって排除されるからだ。
 
 さりとて変異は減る一方でもない。変異はいつでも起こっているから色素を作れない遺伝子はぽつぽつと生まれてくる。つまり供給が存在する。
 
 こうして有害な遺伝子はある割合で均衡することになる。
 
 ∧∧
( ‥)これと同じことが
    他のあらゆる遺伝子で起こる
 
  (‥ )結果的に性のある生物は
      膨大な変異を
      蓄積することになる
 
 近親結婚をすると有害遺伝子が発現する、というのはこのせいでもある。
 
 例えば親の片方が100個体に1の割合でしか存在しない変異を持っているとする。
 
 遺伝子の半分を分け与えることで子供を作る場合、それが子供の遺伝子に入る可能性はある。

 *入らない可能性もある。精子や卵子を作る時にシャッフルされたり組み替えがあるためだ
 
 近親でない個体同士の結婚では問題は少ない。
 
 だが、兄妹同士の結婚では、どうなる?
 
 両親の片方がその遺伝子を持っていた以上、その遺伝子を兄妹どちらも持っている可能性は通常よりも高い。
 
 だとしたら兄妹同士の結婚で生まれた子供が、それをペアで持つ可能性も高くなる。
 
 ∧∧
(‥ )実際には配偶子を作る際の
\‐  もろもろがあるから
    これは必ずではない
 
  (‥ )だが可能性が高まることは
      否めないな
 
 しかも、人間には膨大な変異があるのだ。近親相姦の場合、どれかが可能性をかいくぐって発現することはむしろ当たり前だろう。
 
 そういうわけで人間もそうだが、性を持つ動植物は近親結婚を避ける性質を持つようになった。
 
 生物は子孫を残すゲーム、生存競争、より適切には存続をめぐる争いに全員が参加している。そうである以上、自分の子供世代が不利になって自分の系統が断絶する可能性が高まる事態に遭遇した時、近親交配を避ける仕組みを持つものが有利になる。これはごく単純な理由であり進化だと言える。
 
 *ただし、性を持つ事自体が大変な負担であるので、こういう仕組みを放棄したものもいる。放棄した結果利益を得てゲームで勝利者になったという事例だ。具体的に言えば、近親交配どころか、自分で自分を受精させてしまうことが主流になったものも数多くいる。
 
 
 さて、冒頭の黒い生物の話に戻る。その生物が分布を広げるなりなにかして、黒いことが不利になる環境で生活するようになったとする。例えば周囲の岩場が明るい灰色になったのかもしれないし、あるいは雪が降るようになったのかもしれない。
 
 黒いものは不利になる。するとこれまで隠されていた白い変異が途端に有利になる。黒い変異は減る。白い変異が数を増やし、ついにはその生物は白い生物になる。
 
 ∧∧
(‥ )生物が環境と淘汰の変化に
\‐  即座に対応できるのは
    このせいだよね
 
  (‥ )進化理論を理解できない
      人間は
      メンデル遺伝が理解できて
      いないのだ
 
 メンデル遺伝は変異をマスクする効果を持っている。そうである以上、膨大な変異が我々の遺伝子には眠っている。いざとなればそれらが新しい淘汰に対応するための素材として機能する。
 
 例えばの話、ついにエボラ出血熱が大規模なパンデミックに達して、アフリカ、欧米、中国、日本、南米、インドと急激に拡大し、次々に人が死んで死体の処理すら追いつかなくなってしまうような状況に陥っても。
 
 ∧∧
( ‥)人類はそんなことでは
    絶滅なんかしない
 
  (‥ )誰か必ずいるのだ
      感染しない奴
      感染しても軽度で終わる奴
      感染して重症になるが
      完全に回復できる奴
      人間の変異にはそれだけの
      幅があるものさね
 
 以上は単純な話だけども、少なくとも、以下のようなことは分かるのではないだろうか?
 
 人間には発現すると死をもたらすような超有害なものも含めてあらゆる変異がすでに蓄積されている
 
 というか全員が持っている
 
 有害な変異は無制限には増えないが、無くなることもまたない
 
 それを実現する仕組みは性であり、メンデル遺伝である
 
 生物の遺伝子が示す優性、劣性と、変異の有利不利とは必ずしも相関しない
 
 *例えば以上の例え話では白い形質は劣性であり、当初は不利で有害だったが、後から有利になった
 
 ∧∧
(‥ )もちろんどうやっても不利な
\‐   変異は不利だろうけどね
 
  (‥ )心臓が無くなっちゃうとか
      そういうのはどうにも
      ならないからな
 
 つまり優性、劣性と有利不利が必ずしも相関しない。
 
 だからといって、有害な変異もいつか役に立つかもしれないのだからすべてが等価、ということにもならない。
 
 可能性があるは、すべての変異の可能性が等価である、を意味しない。
 
 以上を踏まえると例のこの話=>弱者を抹殺する。不謹慎な質問ですが、疑問に思ったのでお答え頂ければ... - Yahoo!知恵袋
    
 ∧∧
( ‥)これは完全にめちゃくちゃな
    説明ですよ、と
 
  ( ‥)致死的な変異を含めて
    ‐□ それを蓄積するのは
      メンデル遺伝であって
      人間の専売特許ではないし
      有害な効果をもたらす
      遺伝子を蓄積すれば良い
      というわけでもない
 
 そもそも有害な遺伝子は発現すると淘汰で取り除かれる、そして一方では変異で生まれてくる、という状況で均衡しているのだ。
 
 どんな変異でもいつか役立つかもしれない。そういう遠大な視野に基づいて意図的に変異を増やせば、発現が増え、淘汰によって排除される個体が増えることになる。

 ∧∧
(‥ )兄妹間の結婚とか
\‐  そういう強い近親結婚で
    なくても
    現行では
    有害な効果をもたらす変異が
    発現してしまう可能性が
    増えてしまう
 
  (‥ )村のような集団でも
      有害な発現が起こる
      そうなれば個体が
      取り除かれる
      人口が減れば
      より近親交配になる
      すると顕著に発現が起こる
      つまり全滅する可能性が
      高まるわけだ
      絶滅は退場である以上
      こんな進化は起こらない
      回答者の考えていることは
      成立しないだろうな
 
 たぶん、質問者が人間の弱者保護と優生学を混同した質問をしたので、回答者も弱者保護の正当化と優生学の否定をごちゃまぜにした回答をしてしまった、それだけの話なのだろう。
 
 
 ∧∧
( ‥)でも多くの人が
    この回答に素晴らしい!と
    答えた
 
  ( ‥)メンデル遺伝による
    ‐□ 変異のマスクは
      義務教育では習わないし
      生物学は一律な定義が
      原理上不可能だから
      苦手な人が多い
      そのせいかもね
 
 いや、生物学は覚えることや考慮することが非常に多い学問領域なので、一見すると簡単に見える物理学や数学に安住してしまった、そういう定義と論理で物事を考えたせいやもしれぬ。
 
 以前聞いた中学生の会話のように=>hilihiliのhilihili: プラトンの教室に樽親父が乱入したことを忘れてはならぬ
 
 ∧∧
(‥ )あの子たちの愚痴は
\‐  もっともだと思いますけどね
 
  (‥ )そりゃそうだ
      分子遺伝になると
      受験勉強の域なんか
      とっくに飛び越えて
      なんじゃこりゃ状態に
      なっちまうしな
      それらに直面すると
      気持ちは基本的に
      よく分かるよ
 
 だがしかし、これは疑惑にしかすぎないけども、
 
 公式を覚えればいいから物理学や数学を選択科目に選ぼう
 
 これはいわば受験に向けた戦略の話で、このままでは問題ない。
 
 だがしかし、人間というものの発想はこれだけで終わるであろうか?
 
 受験の戦略だけだったはずが、これを全てに普遍化し、覚えた公式から論理的に考えだされたものが正しい、というトンデモ発想に飛躍してしまった
 
 そういうことはなかろうか?
 
 実際、大人ってこういう堕落をよくするよねえ?
 
 そうでないと、人間を種と一括し、種が生存戦略を持つと一律に定義し、それによって自分たちの行動を正当化しようという暴力的な主張は出てこないだろう。
 
 何が暴力的かって、例えばの話、このような論法で児童虐待や子殺し、ネグレクトを正当化することも可能であるからである。
 
 遺伝的多様性と言いつつ、種の生存戦略と申し述べた時、彼らは個体や、そればかりか個体が持つ遺伝子の戦略にも変異があるという現実を、自らひきつぶしてしまっている。
 
 ∧∧
(‥ )あなたはこういう論法を
\‐  むしろ全体主義と見る
 
  (‥ )人間を種として
      存続させるために
      劣悪な遺伝子を抹殺しよう
      そう主張した
      優生学主義者と何が違う?
      
 
 あるいはこうかもしれぬ。人間は定義で考えるから、どれだけ立場が違っても、根本には”人間をすべて同じものにしてしまおう”そういう欲望が基本にあると。

 あるいは定義で考える人がこのような主張に賛同するのであろうか?
 
 優生学も全体主義も先の回答もなにか根本が似ているのは、そのせいかもしれぬ。
 
 実際、種という言葉を使って何事かを正当化した時、そこにあるのは個人の尊重では実のところない。種に所属する個体全体に対する一方的な命令だ。

 そこにあるのは寛容ではない。むしろ個体の変異の無視であり、個体が持つ遺伝子の変異の無視でもある。
 
 事実、自分たちも含めてすでに我々はあらゆる変異を持っている、死をもたらす変異さえ、あなたも私も持っている、そういう発想が以上の主張にまるで見られないのも、そのせいではなかろうか?
 
 それもこれも、これはあくまで疑惑であるが、公式さえ覚えれば問題が解ける、定義と論理と演繹があればイデアと真実にたどり着ける、そういう発想の延長ではなかったか?
 
 こういう世界観はプラトンから、あるいはそれ以前から始まった古いものであるし、そして、それに対する争いも2000年以上続いているのである。
 
 
 
 

ブログ アーカイブ