ドロマイト(Dolomite)の岩石学的な記載はDolomieuさん(1791年)による。
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(‥ )ドロミエさん?
□-
(‥ )なんて読むのかね? そしてドロマイトって
記載者の名前なのかね?
さて
ふと思い出した。何年か前、テレビでこんなことを力説しているタレントを見たことがある。曰く、「みんなが戦争をしない、そう思えば、武器を捨てると決めれば戦争はなくなる!!」
∧∧
( ‥)??
(‥ )逆に考えてみよう。
100人の人間が武器を持っているが、お互いの武器が怖くてたまらない、そこである一人が言った。みんな一斉に武器を捨てよう、そうすれば平和だ。
(‥ )この場合、2つの選択肢があるとする
1:素直に捨てる
2:捨てるふりをして秘かに隠し持つ
どっちの利益がでかいでしょうか?
∧∧
( ‥)1の選択肢をとって、全員も同様にした場合、
恐怖からは解放されるでしょうね。
いわば軍事費の負担も減るからそれが利益に
なるんでしょう。
(‥ )だけど1人でも捨てなかったやつがいたら
破滅だな。
2の選択肢の場合、もし残りの99人が本当に捨てた場合、99人を支配できる。仮に90人しか捨てなかった場合でも、10人で残りの90人を分割できる。仮に全員が捨てなかった場合でも不利益は生じない。状況が同じだから。
(‥ )すると1と2、どっちの選択肢が
より安全パイだと思う?
∧∧
( ‥)以上の前提で話を進めるのなら2でしょうね。
まあ、前提もおかしいんだろう。みんなが武器を捨てれば、というのは全人類がすべて同じ思考回路をしている、意思決定をしている、あるいは全人類の個人個人が同じ立場であって必然的に同じ出力をするだろうと仮定している(おそらく)。それはようするに人類の個人個人すべてがまったく均一な大量生産品で、なおかつまったく同じ状況に置かれているということを仮定している。
∧∧
( ‥)まあねえ、そうでないと同じ答えが
出てくるわけないですからね。
(‥ )全員が同じ答えを出力する、というのは
異常事態だよ。
つまり前提が異常事態。
∧∧
( ‥)その上に、そもそも得られる利益の割にリスクが大きいから
「武器の自発的な放棄」は選択されないと。
(‥ )そうなんじゃねーの?
そして最低限、現実世界はそういう風に
振る舞っているよね。
内乱が終了した土地で軍閥に武器を放棄しろと言う時、それは武力のもとで進められる一方で、相手は素直に応じない。要するに武力の独占と、独占に対する抵抗が起こっている、と言えばたぶん近似。
つまりこう?
先のタレント(名前忘れた)の発言や発想は現実世界を説明することに失敗している(あれが本気で言っているとして)。
∧∧
( ‥)でもあれですよね? 「戦争のある世界、戦争が起こりうる世界」
「武器のある世界」を平和に置き換えようとする行為は
現実世界の否定であるのだから、それは必然では?
(‥ )世界を変えよう、という動機や主張が
「現実世界の否定である」としたら、
それは「世界を説明しない原理で世界を改変しよう」
という試みだってことだよな?
ラジオを説明できない原理でラジオを改良しよう、そういうことと同じ?
∧∧
( ‥)あなたならどんな説明を提案します?
( ‥)ああーーー????
例えばこう?
世間一般に言う「平和」とは「最も成功している戦争」である、とする(平和は戦争の極端な形であると前提する)。
ようするにこう?
休戦は戦闘よりも成功的、平和は休戦よりも、より成功的。
しかしいずれの場合も軍隊が存在する。
どう考えても「戦闘」がある状況よりも、「軍隊」はあっても「戦闘がない」状況の方が利益が圧倒的に大きい。
そしてかつまた、いつでも戦闘がある状態に移行できる。
∧∧
( ‥)平和と言う概念を戦争という概念に包含するって
言うんですか??
なにか、賛成しかねる説明ですね。
(‥ )でも現実世界の有り様を説明してくれそうじゃね?
実際、大概の場合、そんなもの使いもしないはずなのに、どこの国であれ軍隊の装備と訓練を整え続けている状況は、そうだとでも考えた方がむしろ理解しやすい。
∧∧
( ‥)その説明からどんな結論が出てくるんですかね?
(‥ )この世界のこの有り様は、これが安定的で
そしてずっと続くんだろうなあ、
という諦観。
では、あきらめの先になにがあるなりや?
あるいは、あきらめない先に何があるというなりや?