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2014年6月26日木曜日

微分で求めた成功体験という直線は変貌する現実から当然乖離する



 ∧∧
( ‥)ようするに
 
  (‥ )つまりこういうことだろ?
















 ∧∧
(‥ )人間は過去の成功体験に
\‐  基づいて状況を
    解決しようとする
 
  (‥ )問題はだ
      成功体験は変らんのだが
      現実は変化してしまう
      ここだよね
      当たり前の話なんだけどね

 
 人間はある時点において問題を解決した成功体験、それにとらわれる。
 
 これは微分のようなものなんだろう。曲線もごく短い範囲で見れば直線である。人間の成功体験は曲線のごく一部を切り取ったもの。過去の成功体験を思い出すとはその延長、つまり曲線に接する接線のようなものなのだろう。ごく短い時間で考えれば現実の変化は無視できる。何もかもを接線の延長として、杓子定規に考えるのはおかしなことではない。
 
 ∧∧
( ‥)実際、過去の延長でうまくいく
    しかし
    延長すればするほど
    現実との乖離が激しくなる
    やがてうまくいかなくなる
 
  ( ‥)こんなこと
    ‐□ 当たり前の話なんだがな
      是正が出来ないのだ
 
 過去の経験で手にした仮説が、もはや役立たずになっているのに、それを放棄出来ない。
 
 ∧∧
(‥ )乖離がじょじょに進行する
\‐  だんだんうまくいかなくなる
    だから
    余計に捨てられないとか?
 
  (‥ )まあ、それもあるけど
      そもそも歳をとって
      面倒くさくなるのが
      一番大きな問題だと
      思うけどもね
 
 現実との乖離がますます激しくなっていくのに、言い訳ばかりで隙間を埋めて自分も仮説も理解も是正できない。
 
 ∧∧
( ‥)つまり
 
  ( ‥)人間は年齢を重ねると
    ‐□ トンデモになる
      そういうことだろうな
 
 
   

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