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2015年2月23日月曜日

助け合いの精神は差別と表裏一体

 
 人種差別とか人種差別反対とか、どちらも考えてみれば非常に奇妙ものである。
 
 ∧∧
(‥ )人種って存在しないことに
\‐  なっているからね
 
  (‥ )人種は存在しないのだから
      人種差別は間違っている
      そう言う人も
      いることはいるけども
      ごく少数だな
 
 人は人種の存在を信じて差別する。これを人は人種差別と呼ぶ。
 
 だがしかし、実際のところ、存在しない根拠で差別する、という行為は、厳密に言うと人種差別ではない。
 
 それはむしろ認識論的な差別だ。
 
 ∧∧
( ‥)つまり
    認識論的な差別は根拠無し
    そう言うべき
 
  (‥ )でも人種差別反対
      そう言うよな?
      なぜだろうな?
 
 もちろん、存在しない人種という概念で差別することは反対、という意味で人種差別反対を唱えている人もいるだろう。
 
 だがしかし、それだけではありえない。
 
 そもそも認識論が関わる以上、人種差別という言葉には、
 
 お前たちを差別する
 
 俺たちを差別するな
 
 そういう意味がどうしても入ってくる。認識論なら、俺たち、お前たち、という主語なり視点なり帰属意識がどうしても入ってくるはずだ。なぜって認識ってそういうものだよね。
 
 ∧∧
(‥ )つまり人種差別反対という
\‐  言葉にも
    どうしても人種という
    認識が混ざってくる
    そうである以上
    人種差別をする側も
    される側も
    実は認識した人種に基づいて
    行動しているのである
 
  (‥ )つまりなあ
      人種差別反対も
      人種という概念に
      依存しているわけだね
      そして
      そうである以上
      人種という言葉を使うと
      どうしても
      複数の集団の
      単なる利益争いに
      なっちゃうんだよな
 
 つまり、人種差別は、俺たちの利益を守れ、であるし、人種差別反対は、俺たちに利益をよこせ、になってしまう。
 
 これでは、集団Aに属しているのだから能無しの俺でもこの利益を得る権利があるはずだ、という、ただ乗りの発想と区別できない。
 
 これを踏まえた場合、人種差別賛成も反対も、その意味では等価となる。違いがあるとしたら、既得権益を持っているのか、持っていないのか、それだけで、動機は同じだ。
 
 ∧∧
( ‥)むしろ認識論的な差別をするな
    そう言うべき?
 
  (‥ )そう言うべきなんだが
      それを言わない
      つまり
      それを言うと
      困っちゃう奴が多い
      そういうことだろうな
 
 人種は認識論である。ゆえに認識論に基づいた行動は禁止する。テストの点数で判断する。当然、血縁と縁故に基づいた利益の供与も禁止する。それをやったものは差別側、非差別側、いずれでも排除する。
 
 これをやられると、差別する側も差別される側も困るのである。確かにどちらの集団でも少数の優秀な奴は同様に喜ぶだろうし、むしろ優秀なもの同士、お互いに連帯感を持つかもしれない。だが、どっちの集団でもその大部分は駄目な人間だ。そうである以上、ほとんど全員がこれに異を唱えるだろう。いずれの側もそれは同じだ。
 
 ∧∧
(‥ )差別される側も
\‐  必要な概念として
    人種を使う
    そういうことですかね
 
  (‥ )実際そうしないと
      困る奴の方が多いのだ
      それを考えれば
      認識論的な差別はやめろ
      こう言い出さないのは
      当然かもな
 
 
 考えてみれば、人種は存在しませんよ、遺伝的には全人類、どの集団も変異の幅は重なり合って識別などできませんよ、という知識に、だーれも興味を示さないのはそういうことだろう。
 
 ∧∧
( ‥)ようするに
    そんな遺伝学的な知見は
    自分の都合の役に立たないから
    どうでも良いのだと
 
  (‥ )実際どうでも良い話
      なんだよな
 
 人間集団の変異はどれも同じようなものなのに、外見上は区別できる。それはつまり、人間は、ごくわずかな遺伝だけを手がかりに仲間か否かを認識し、自分の帰属を判断して、そして帰属先に便宜を求めようとしているということなんだろう。それは助け合いの精神であるが、助け合いは差別と表裏一体だということでもある。
 
 そして、自分に便宜を図ってくれる帰属先、それが人種だとした場合、人種差別賛成派も反対派も、人種という概念に依存せざるをえない。そしてそれは単なるただ乗りとなって、実力も実績もない、欲にまみれた自分本位のものとなる。
 
 
 
 

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