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2016年12月4日日曜日

人体は徐々に崩壊し、人は逃げにすがり、楽な姿へ零落する

 
 昔の日本は成果主義もノルマもなかった。だが成功できたではありませんか!
 
 ∧∧
(‥ )前も取り上げたネタだよね
\−  そもそも低賃金で
    成り上がったから
    成果主義が必要なかった
    それだけの話で
    低賃金が崩れたら
    支払いに対する
    売り上げの追求が過酷になる
    成果主義もノルマも
    強制されるのは当然
 
  (‥ )この話は因果関係が
      逆なんだよ
 
 ∧∧
( ‥)でもこれが皆に受ける
    そして受けるから
    こういう言説が
    売られることになる
    これは商売である
 
  (‥ )しかし悪い商売なのだ
      皆が現実逃避で買う品物を
      間違いと分かっていて売る
      それを詐欺という
  
 詐欺ってのは皆が喜ぶ内容だけど間違っている内容。
 
 ∧∧
( ‥)あるいは
 
  (‥ )間違っている内容でないと
      楽しくない
 
 ∧∧
( ‥)つまるところ
 
  (‥ )現実逃避で楽しむには
      現実から乖離した
      間違った主張でないと
      楽しめない
 
 ∧∧
( ‥)ということは
 
  (‥ )俺たちをかきたてる
      社会批判は全部
      たわ言です
      失敗します
      というか失敗しました
 
 実際、成功してないべ?
 
 ∧∧
(‥ )嫌な世の中だな
\−
 
  (‥ )ですからその嫌な現実から
  −   逃れるためにですね…
 
 
 ああ、とはいえ昨今、これはより深刻な事態でもあろう。
 
 ∧∧
(‥ )デフレで余裕を失った人間は
\−  嫌な現実から逃れることだけで
    精一杯ではないか?
 
  (‥ )老化して体力を失った
      人間も逃げるだけで
      精一杯なんだよな
 
 例えば、かけ算に順番がある!! と言ってテスト問題を作り、自分たちの俺様ルールで採点をする小学校教師が問題になっているが。
 
 ∧∧
( ‥)それも楽をしたいからですか
 
  ( ‥)小学校の教師なんて
    −/ 全科目を教えるだろ?
       それは大変な
       負荷なんだよな
 
 小学校の勉強だろww と笑うなかれ、大人の学力なんてそもそも小学生高学年どまりなのだ。小学生相手に全科目を教えるなど、相当出来る人間でないと無理であるし、相当出来る人間は偏差値が高い故に、原理上、圧倒的多数の平均教師はそれに届かない。これは原理上、阻止できない。
 
 ∧∧
(‥ )それで計算に順序があるとか
\−  そういう俺様ルールで
    採点するという
    楽な道へ零落すると
    体力を喪失し
    楽な残骸へと崩壊する
 
  (‥ )数学の本質は
      順序に関係なく
      乗算しても
      答えが変わらないという
      抽象性を得たところにある
 
 実際、そういう抽象性があるからこそ、リンゴ5つとミカン3つ、合わせていくつ? というめちゃくちゃな動作が可能となるのだ。
 
 リンゴ5つミカン3つはまったく別概念なので、子供はこの二つを合わせるということが理解できないし、それが本来は普通なのである。
 
 ∧∧
( ‥)しかしこれをやってしまう
    そこに数学の抽象性が
    存在し
    それゆえにそれが
    大きな力を持つのである
 
  (‥ )かけ算の順番と言ってる
      連中はだな
      子供の時に
      訓練で手にした
      この数学の抽象性を忘れ
      二次的に原始人へと
      後退してしまったのさ
      要するに歳なんだよ
 
 だって、君らはもう限界だろう? 

 若き日の情熱は失せ、情熱を支えていた高度な新陳代謝も消え果てた。

 ほら、今の季節は手先や足先が冷えるだろう? 

 新陳代謝の喪失によるその感覚と、かけ算に順序があるという意識への原始的な後退と零落。この二つは因果関係にあるのだよ。
 
 こんな簡単なことになぜ気づかなかったのか? それが歳ってやつさ。

 これに抵抗できる人間はそうはいない。どうしても人間は位置エネルギー最低状態へと崩壊し、楽しよう、楽しようと人生の谷間に落ちて安定してしまう。これが幸せを望んだ報いであるぞ。
 
 ∧∧
( ‥)ならばどうする?
 
  (‥ )幸せを望んだことが
      零落の始まりなれば
      幸せの破壊が答え
      すなわち大粛清を!
      一心不乱の大粛清を!
 
 
 果てしない前進の中でよしんば我々が30代で燃え尽きて過労死しようとも、それが一体なんだというのだね? 我々が死んでも我々がいるではないか? 
 
 偉大なるオブライエンはそう言ったであろ?
 
 前進だ、前進あるのみだ。老いて心折れたというのであれば、ならば死ね。

 後はいるぞ。いくらでもいるのだぞ。そもそもそれを育てるのがお前達と我らの責務ではなかったか?
 
 だから一心不乱に死ね。一心不乱に死へと向かわないものは大逆の徒である。
 
 ∧∧
( ‥)まさに1984年
 
  (‥ )いや我々は
      1984年を
      越えるのだ
 
 1984年のような中途半端で惰弱なユートピアではだめだ。それが見定められるべき真理であった。

 事実、我々の世界はあれよりも一層恐ろしい世界へと移行しつつある。
 
 だから止まるな。止まるぐらいなら死ね。なにがなんでも零落することは許されない。
 
 ∧∧
(‥ )でも人間って零落
\−  しちゃうんだよね〜
 
  (‥ )んー?
      だからこそだな
      このくらい言わないと
      駄目なんだよ
      気合いでは体が
      動かんけどな
      雪山で遭難したような
      状況では
      気合いは最後の
      よりどころなんよね
 
 もちろん、最後のよりどころだから、頼ってはいかんのである。
 
 つまるところ、一心不乱の大粛清といっても、もちろん、そんなかけ声だけでは駄目なのだ。

 そんなこと、一心不乱の市民革命と言っていた連中が、革命ごっこを生活の糧とする職業抗議屋さんへと零落したことを見れば明白だ。
 
 ∧∧
( ‥)大事なのは位置エネルギー
    最低の安定解へと
    崩壊しないよう
    絶えず登り続けることですか
 
  (‥ )まあ平たく言えば
      逃げる時だけは
      前に逃げなきゃだめだって
      ことさね
 
 逃げる時だけは前に逃げないと。

 後ろへ逃げると、逃げ場がなくなる。ずるっと滑って谷底へ滑落し、一番楽な状態へと崩壊してしまう。これでいいやと体も心もつぶれて谷底と一体化し、膨大なエネルギーを投入しないと登れない斜面をぼんやりと見つめるだけで、もはやそんな余力もなく。これだけはなんとしても...
 
 
 
 

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