自己紹介
- 北村雄一(北村@)
- イラストレーター兼ライター 詳しくはhttp://www5b.biglobe.ne.jp/~hilihili あるいは詳細プロフィール表示のウェブページ情報をクリック
2015年7月20日月曜日
地球が拒絶される物語
台風11号は周囲の熱をかき集めたという。台風が過ぎた後、猛烈な湿気と熱の中、梅雨前線はどこかへ消えた。
∧∧
(‥ )時刻は午後3時
\‐ 曇った空で直射日光は
ないけども
お外の気温は34度
湿度は58%
(‥ )もうどうしろと
言うのだ...
さて
[The First Man in the Moon]
直訳すれば月世界最初の人間、時として月世界旅行とも邦訳される。
∧∧
(‥ )イギリスの作家
\‐ ウェルズさんの作品だよね
時代は1901年
(‥ )月世界旅行だと
フランスの作家ヴェルヌの
作品と題名が
かぶるのだよな
だから、ウェルズの月世界旅行と言うべきなのかもしれない。小学生の時に学校の図書館で読んだ記憶がある。近所の図書館で角川文庫版を借りて読んでみた。昔読んだものは子供向きに改変されていたのだろうが、それでも記憶にある内容と大体同じだ。
重力を遮断する物質を研究者が発明する。主人公の若者と研究者はそれを応用することで月へいく。そこで見たのは、クレーターの底で昼の間だけ空気が沸騰して気体化すること、その間だけ植物が生えること。そして地下にすむ月人の存在であった。
∧∧
(‥ )若者は植民地主義者なのだね
\‐ 世界征服は白人の義務であると
申し述べている
一方では危険に用心深く
狡猾で暴力的である
月人に捕まった後
脱出を始めるのは彼で
重力の低い月に適応して
体がさほど頑丈でない
月人たちを虐殺している
(‥ )研究者はもう少し理性的で
月人と
対話できるのではないか?
と考えている
実際、それは実現するけど
彼は用心深くなく
あけっぴろげだ
それで墓穴を掘ることに
なってしまう
二人の登場人物は対照的であり、しかしどちらもハッピーエンドを迎えることはできなかった。
若者は地球に帰ることは出来たが、手に入れたものは経験と月から持ち帰った黄金製の道具だけである。月では重力が低いせいか、重いけども加工が容易な金が色々な道具として使われている。若者は金が豊富にあることを見て、月を征服し植民地にしようと考えていた。しかし、帰還こそできたものの、宇宙船を失い、今やその野望が実現することはない。
一方、研究者は月人に再び捕まり、地球へ帰ることはできなかった。彼らの設備を使うことを許されて、受信はできないが月の情報を送信してくる。そうして月人の社会を物語るが、不用意な発言をした後、それは禁止され、彼の送信が回復することは二度となかった。
地球人は月人よりも技術的に劣っていること。しかし体が頑強で侵略的であること、地球は統一されておらず互いに殺し合いをしていること。そしてなにより、重力遮断物質、月においてそれは理論的にはすでに知られていたものだが、それを作れる地球人は彼一人であること。
これを把握した月人とその指導者が、研究者が地球へ送信することを禁じたのは当然であった。最後の送信は重力遮断物質の製法に関するものであり、それは唐突に遮られてしまうのである。
∧∧
(‥ )技術が劣っているとはいえ
\‐ 筋力の強い地球人が
月に攻めて来たら
困るってことだね
(‥ )しかし月人の社会は
どう考えたら
良いのだろうな?
例えばWikiでは月人の社会はディストピアであると書かれている=>月世界最初の人間 - Wikipedia
まあ、たしかにそういう世界かもしれぬ。月人はアリのような生物で、しかしその役割分担は無数。数学者になるべきものはそのように教育を受け、訓練を受け、それに応じて体の各器官、さらには脳におけるそれを司る場所すらもそれぞれ別の成長を遂げる。肉体の一部のみを過剰に発育させるために、子供の月人を型枠にはめて育てる場合もある。ちょうどスイカを箱にいれて立方体に成型するような感じだ。
腕だけが突き出た壷のようなものがずらっと並ぶ。研究者は選択の自由を奪ってしまうその様子に不快感を覚える。
確かにこれはよくある管理社会の描写だ。そういえば自分が子供であった70年代、80年代は、職業と役割を生まれつき決める管理社会と、それを糾弾する小説や物語がたくさんあった時代でもあった。
ゆとり教育の弊害が気づかれる以前の時代である。すべてを受験で決めるかのような社会は悪である、そういう一方的な糾弾がまかり通っていたことの反映でもあったのだろう。
では月世界旅行もまた、このような管理社会への糾弾であろうか?
実のところ、ウェルズの月世界旅行における研究者は、子供を枠にはめて成型する月人のやり方に不快を感じつつも、これを合理的であるともみなす。
さらに、月人には不満が無い。それを感じないように出来ている。牧人は牧人を幸せと感じるし、肉屋は肉屋を、記憶するものは記憶することを、技術者は技術を操作することを幸せと感じる世界。
それだけではない
∧∧
(‥ )確かに月人の社会では
\‐ 偉い人は偉いし
お付きの者を幾人も
しかも役割に応じて
体を成型した従者たちを
従えているのだけど
従者たちが奴隷であるとか
下層民であるとか
賤民であるとか
貧乏であるとか
そういう描写はないね
(‥ )偉い月人は偉いけども
役割分担をしている
だけなんだな
そして月人の社会は
高度な機械類も使うけど
人間そのものを
直接成型することで
多くの機械を代用して
文明を築き上げた世界
というわけだね
実際、小型機械に動力を与えるのが仕事の月人もいる。エンジンとして機能するようにされた人々だ。
そして月人の支配階級は脳が巨大であり、自力では動けない。運ぶことに特化した月人たちに運んでもらう。
この描写、月世界旅行が発表される少し前に書かれた宇宙戦争における火星人とほとんど同じである。
∧∧
( ‥)ただし火星人は月人とは
正反対で
全員がクローンで同じ形
そして体の機能はすべて
機械類でサポートしている
文明なわけだよね
( ‥)火星人の社会は
‐/ 人類のありうる
ひとつの未来でも
あるんだよな
火星人の祖先は元々は
地球人みたいな姿で
あったと設定されている
わけだしね
火星人は脳と機械を操作する指だけになった存在である。内臓がほとんど無く、内臓の変化による情緒がない、純粋知性としての存在だとされる。
∧∧
(‥ )月人も冷たい知能という
\‐ 描写が作中で出てきますね
脳が大きな月人は
胴体が小さいからね
(‥ )月人の社会は人間には
不快に思えるけども
合理的なんだよな
少なくとも研究者は
不快感を覚えつつも
合理性を認める
だとすれば月人の社会とは、ディストピアというよりはウェルズなりのユートピアを描いた作品だと考えることもできる。というか、むしろそう考えるべきなんだろう。
宇宙戦争では侵略してきたのは火星人であった。地球人よりも高度なものとして進化した、機械で武装した純粋知性たちは、地球文明に何の興味も抱かずにそれを蹂躙する。
月世界旅行では侵略しようとしたのは地球人であった。地球よりも高度に発達した合理性と役割分担を遂げた月人社会は地球を拒否して門を閉ざす。
地球は月人によって断罪されたのだ。
∧∧
(‥ )作者の世界観は同じだと
\‐
(‥ )ウェルズという人は
合理的な世界観を
持っていて
社会が発展すれば
同じように収斂するはずだ
そしてその反対に
現在の地球を否定していた
そう考えていたと
見るべきだろうなあ
実際、タイムマシンでは、遊びほうけて馬鹿になってしまった未来人が出てくるが、あれは今(19世紀当時)のような資本主義社会とその延長では駄目なのだ、そういう主張と見るべきなんだろう。
*馬鹿になってしまった未来人とは資本家や貴族階級の子孫であった。
**ウェルズは社会主義に傾倒したし、社会主義とは決定論的かつ発展的な世界観である。それを踏まえればウェルズの世界観は現在の我々の世界観とどこかずれている部分があるのは当然。確かに人間の発想の基本には一直線に発展する世界、あるいは堕落する世界というごく単純な世界観がある。とはいえ、発想の基本が同じでも、社会主義失敗後の現代人は、考えてみればそれは失敗したよねー、と思い出すことができる。しかし、ウェルズたち19世紀から20世紀初頭の人々には原理上、そのような発想は存在しない。
∧∧
(‥ )ウェルズさんの世界観を
\‐ 知るには
もっと別の本で確認する
必要があるね
(‥ )あの人
世界史概観とか
地球国家とか
世界史や文明批評を
書いているからな
それを見るべきだな
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