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2010年3月4日木曜日

かつて考えていた人の物語

 
 ダーウィンの種の起源。あれは相当に難解な本で、ダーウィンの考えた種分化の過程とか、中立的な形質がある形質に固定される過程に関する考察はどう把握し切れば良いのか簡単には分かりきれない。

 ∧∧
( ‥)あの人の種分化に関する考え方って
    隔離だけではかならずしも種は誕生しない
    そういうものでしたよね。

    (‥ )ガラパゴス諸島に隔離されたからといって
        必ずしも種分化が起きているわけではない
        環境が違うからといって必ずしも種が分化している
        わけでもない、そういう体験が考えの根っこに
        あったかららしいけども。

 今でいうと同所的な、それも生存競争に基づいた種分化が主体ではないのかと考えていたように思えるのだけども、それをどう論証すればよいのか、それを現在の種分化の考え方(現在の考え方の妥当性も含めて)を通してみた場合、どう論評されるべきなのかなど、

 ∧∧
( ‥)簡単には扱いかねると

    ( ‥)それこそ本の中だけでなく、
        hilihiliのコンテンツでやりましょうと
        言うことなんだけどもね。

 まだできてないけど。

 中立的な形質がある状態に固定されてしまうのはなぜなんだ? というダーウィンの問いかけと、彼による解決案もまた、取り上げるべき、かつ、論証すべきことなんだけども

 ∧∧
( ‥)ジェンミュールの枠組みで理解、解決。
    あるいはそれを解決する方法論のひとつが
    ジェンミュールの挙動だと。

    (‥ )そういうことだろうというのは
        なんとなく分かるのだけどもねえ。

 彼の問題提起と問題解決は現在の中立説とかその周辺の何かで見たらさて、どう考えられるか。

 ∧∧
( ‥)でっ、まだコンテンツは作っていないと

    ( — —)まーそうなんですけどね。
          秋ぐらいには作りますよ、ええ。

 ともあれ、いつも思うけども、種の起源は150年も前の本であるから間違いもあるし、今は特に読む必要はない、と言う人は多い。

 実際、それはそれでひとつの事実ではある。彼の問題提起(どうも当時はほとんど理解されなかったらしいし、解決すべき問題であると認識されて伝承されたのかどうかすら怪しい)は現在ではまあおよそ解かれたりしているわけで、150年前の問題提起と150年前の解決試案を読む必要がないというのは

 ∧∧
( ‥)正しいっちゃ正しいですよね

    (‥ )正しいといえば正しいのだよな。

 そうねえ、とはいえねえ、あんたなめすぎじゃない? ということは言えるかねえ。

 例えばの話、淘汰において中立な形質がなぜ固定されているのか? という問題提起は普通しないと思うのだけども。

 ∧∧
( ‥)だから? 種の起源とは

    (‥ )考えた人の考えた記述

 

 

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