ダーウィンの進化理論はシンプルかつ、余計な(アドホックな)仮定を含んでいない理論。えらく即物的。そのせいか、あるいは人間の認識とコンフリクトする部分が多いせいか(例:魚から陸上脊椎動物は進化した。ゆえに陸上脊椎動物は魚と呼ばれる単系統群に包含される)、進化理論に反対する人は150年間絶えたためしがない。
(‥ ),,のだが、奇妙なことに(創造論者を抜かすと)
- 神は存在しない、という点では意見が共通なんだよな。
∧∧
( ‥)今西進化論しかり、ルイセンコしかり、ウイルス進化論、
断続平衡説、その他もろもろですね?
彼らは全員、立場も考え方もばらばら。種に社会があってそれが意思決定してるだの、マルクス主義的だの、ウイルスによる遺伝子の平行移動は既知の観察例よりもはるかに大規模だの、小進化と大進化は別のメカニズムで起こるだの、余計な仮定が導入されていて冗長性に満ちている。
そのくせ
(‥ )そのくせ、神は存在しないという点では
意見が一致するんだよな。なぜに?
∧∧
( ‥)さあ?
説明を試みるとこう。神は存在しないという大前提に基づいて仮説を組み上げようとしたので神は存在しないことになっている。
∧∧
( ‥)それじゃあ循環論法じゃないですか。
(‥ )あるいはこう。神は存在しないという命題を公理にして
そこから体系を演繹した。ゆえに神は存在しない。
∧∧
( ‥)お上品に言えばそうかもしれませんけどね。
意味ない上に現実について何一つ語ってませんよねえ。
神を否定するくせに、次の瞬間には途端に訳の分からん”特別かつ未知の存在や作用”を導入する。それは理解不可能なことのように見えて、、、、。
(‥ )理解不可能に思えるのは、”最節約”とか
オッカムの剃刀とか、そういう基準で
推し量るからなんだよな。
∧∧
( ‥)余計な仮定をなるべく置くな、という方法論からすれば
今西進化論もルイセンコも創造論と同じだということになる
しかしなぜに片や神を否定し、片や神を肯定しているのか?
という違和感は、見ているこっちが余計な仮定はなるべく置くな、という判断基準で動いているからであって。
∧∧
( ‥)実際には、見られているあちらの方々は、
彼らは”シンプルなのが取りあえず良い仮説”という
基準では行動していないってことですね。
(‥ )まあ、そういうことなんだよなあ。
考えてみれば当たり前。シンプルでない仮説をわざわざチョイスする人間は、シンプルが良いという基準で行動/判断しているわけがない。
( ‥)いやしかし、、、なんで今までこんなことが
分からなかったのかなあ???
∧∧
( ‥)それはあなたがそういう人の思考形態を
まるで理解できていないからでは?
確かに少なくとも、彼らの思考や仮説や論理の組立て方は、それらを説明するモデルを提案することはできても、正直言ってまるで実感が持てない。