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2016年8月12日金曜日

トンデモを愛しながらトンデモを憎んだ男

 
 出征中、私はステゴサウルスを見た。17年前、そう言ったじいさんの言葉に興味を抱いた彼は、一応、サイエンスライターであり、そしてUMAが好きだった。
 
 ∧∧
(‥ )でもおかしなもので
\−  UMAの本を書くことは
    なかったんだよね
 
  (‥ )紹介する科学の仮説も
      まあ正統的なものを
      紹介していたね
 
 ただ、UMAが好き、ということからも分かるように、少々、夢見がちな側面があった。紹介する仮説は正統的でも、興味や文章の力点がなにか独りよがりにぶれるのは否めなかった。専門的すぎるとか、そういうことではない、趣味の点からも科学の点からも、どうでもいいくだらないことに、何か妙に子供っぽい事柄にぶれると言えば良いか。
 
 ∧∧
( ‥)それでも科学ではこの仮説が
    現時点で正統なんだ
    という判断とは
    わきまえていた
 
  ( ‥)だからかな
    −/ なにかこう痛々しい
       感じもするな
 
 
 本当はUMAやUFOの世界に飛び立ちたいのに、それらがまやかしだという知識を知っていたし、現時点でどの科学仮説が妥当かを(その根本は理解仕切れなかったにしても)見極める知識や経験、訓練を積んでいた。
 
 それでもなお、40を過ぎたあたりからであろうか、じょじょに理性や知性ではなく、情感と渇望に流されるようになっていったようである。

 
 ∧∧
( ‥)トンデモを愛しながら
    トンデモを素直に
    認められないだけの
    知識と訓練を持ち
    しかし愛ゆえの渇望で
    じょじょに心がトンデモへ
    回帰していく
 
  ( ‥)でもさ
    −/ もっとおかしな
      ライターもいたよな
 
 その人は以上の人とはほぼ逆だと言えば良いか。少なくとも大局的にはそう言ってよいのだろう。
 
 その彼は、トンデモを憎み、軽蔑し、科学を礼賛しながら、しかし紹介する科学理論はトンデモだらけだった。
 
 ∧∧
(‥ )人気のあるライターさん
\−  だったよね
    文章が分かりやすいと
    評判で
 
  (‥ )ところがさ
      書いてる内容が
      間違いだらけなんだよ
      紹介する仮説も
      なんでそれを選ぶの??
      と思うような
      トンデモや色物を選ぶの
      だよねえ
 
 なんでそうなってしまうのかは良くわからないが、多分、理由のひとつは、彼が悪い意味で、というか最悪の意味でオタクだったことだろう。

 つまるところ、知識の量が多ければ多いほど偉い、マイナーなものを知っていれば知っているほど偉い、他人がまだ知らない価値あるものを知っていれば知っているほど偉い、そういう世界観。
 
 ∧∧
( ‥)科学とは相容れない
    世界観ですなあ
 
  ( ‥)悪いオタクの見本のような
    −/ 人でなあ
      教科書を読まないんだよ
      派手好きで
      地味なことや回り道や
      基礎を把握することが
      嫌いなんだろうな
 
 だから例えば彼は、地球規模の大噴火で生物が定期的に絶滅するという仮説にいたく惚れ込んだりした。そしてイリジウムの異常濃集もそれで説明できると書いた。つまりマントルの大規模対流に従い、核のイリジウムが高温の下部マントルに含まれ、それが地上にまで顔を出して大噴火し、地上にイリジウムがもたらされるのであると。
 
 ∧∧
(‥ )...イリジウムって
\−  親鉄元素で岩石と親和性は
    ないよねえ?
    溶けた鉄である核から
    親鉄元素がカンラン岩
   (相転移状態)のマントルに
    移るんですか?
 
  (‥ )さあね?
      少なくともやっこさん
      地球化学の本は
      読んでないだろうな
 
 地味なことが嫌いで、派手はでしく耳目を引くニュースが大好き。だからこんな、研究者も知らないようなマイナーなトンデモ話にひっかかる。
 
 あるいは、彼は論理的なことや演繹的なことが大好きだったから、こういうトンデモ話にひっかかるのかもしれなかった。
 
 ∧∧
(‥ )この理論ならすべての問題を
\−  矛盾無く説明できると
    したり顔で書いていたり
    したからね
 
  (‥ )全部説明できる方が
      むしろやばいんだけどな
 
 人間が知っている知識はすべてが真ではない。必ず偽が含まれている。だとすると、すべてを矛盾無く説明できる理論とは偽をも説明していることになる。
 
 ∧∧
( ‥)ようするに明らかに
    間違いだね
 
  ( ‥)論理的に理路整然と
    −/ 説明できる
      そんな仮説は明らかに
      間違いなんだがな
      彼はこういううわべの
      きれいさにすぐ
      夢中になってしまうのだ
 
 だからどうにもこうにも、なんでこんなよりにもよって誰も知らないようなトンデモ仮説を、これが真実だ! と書いちゃうわけ? ということになる。
 
 ∧∧
(‥ )ところがUFOとか幽霊の話は
\−  大嫌いなんだよね
 
  (‥ )理屈は単純で
      相対性理論が超光速を
      禁じているから
      宇宙人は地球にはこない
      心は脳が作り出すから
      幽霊や魂はありえない
      多分、そんな程度の
      理由だったけどね
 
 トンデモ理論を熱心に吹聴しているのに、トンデモ話が大嫌いというなんとも奇妙な行動。

 だがこれ、多分、単純な話なのだ。
 
 ∧∧
(‥ )科学が言うトンデモと
\−  彼の言うトンデモがずれる
    ってことは
    科学の判断基準と
    彼の判断基準が
    まるで違っている
    ということだよね
 
  (‥ )科学はデータとの整合性を
      考えている
      彼は論理的な整合性だけを
      考えている
      そういうことだろう
 
 科学は思いつきというグラフ(仮説)にデータを加えることで検証する。ここにはデータを付け加えるという開放感がある。実際、開放されている。
 
 だが、論理的なサイエンスライターである彼は、知っている知識同士の整合性しか問題にしなかった。知っている知識のすべてが整合すればそれで終わりなのだ。ここに開放はなく、世界が狭く閉じている。実際、閉じた系の相互関係(つまり論理)が正しければそれで良いという世界観だ。
 
 ∧∧
(‥ )だから核のイリジウムが
\−  マントルに転移するとか
    言い出せるのだと
 
  (‥ )彼はイリジウムが
      親鉄元素であることを
      知らなかった
      理論が抱える問題点を
      知らないまま
      これは無矛盾で
      素晴らしいと絶賛した
      そういうことだろうな
 
 多分、知っていれば俺かっこいい、という知識だけをつまみ食いして、それら同士の整合が取れていることだけを確認して満足した、そういうことなんだろう。
      
      
  
 
  

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