本日、2022年、7月10日は参議院選挙投票日
さて次のように考えてみよう。
投票へいけばその人は候補Aに投票した。しかし気まぐれでその人が投票にいかなかった場合、候補Aは得票をひとつ失う。そしてそれで負けることがありうる。
つまり棄権投票という存在しない一票も、実際に投じられた一票も、その価値は等価なのである。
∧∧
(‥ )それなのにさ
\− 投票棄権が
否定的に語られるのは
なぜなん?
(‥ )どこに投票したのか
わからないからだろ
多分、どこに投票したのか分からない、が、分からないから影響は無い、に拡大解釈されているのだろう。
∧∧
( ‥)...明らか間違いやんけ
(‥ )もしもさ
棄権した人が
落選した人に
いやーあなたに
入れようかと
思ったけど
いかなかったよー
と言ったら
皆が理解するんよ
単純な話。全員が何かの決断をしていて、そのうちから無作為に選ばれた人間が投票すると考えれば良い。それが棄権の近似になる。全く同じではないが。
∧∧
(‥ )つまりさ
\− 投票率100%も
投票率10%も
結果は変わらないよね
(‥ )10人だけ選ぶとか
1人だけ選ぶとかなら
確率的な偏りが
生じるだろうけど
投票率100と10じゃ
違いはでないからな
強いて言うと、棄権した人間はおそらくそのほとんどが、そもそも誰にも入れる気がないから、無作為抽出してもそれは結局、白票ということぐらいだが...
∧∧
( ‥)白票を混ぜた投票箱から
抽出するのと
白票がない投票箱から
抽出するの
結果は同じだろ
(‥ )同じだね
つまりだれが棄権しようがしなかろうが、結果は同じなわけで、どうでもいい話なのである。
∧∧
(‥ )なのになんでみんな
\− 投票率とか棄権票に
大騒ぎするのかね?
(‥ )夢を見てるんじゃね?
白票は実は自分たちの
ものじゃないのか?
という夢をさ
実際にはそんなことないわけで、誰が投票にいこうが、いかなかろうが、結果に変わりはない。
投票も棄権もそれは等価だ。皆、望むがままを行え。ただし結果が平均化されたものである以上、誰も望みをかなえられない。少なくとも望みの通り、正確な実行はありえない。