2017年8月21日月曜日
ゲジゲジの揺れる夏
日付は変わったが夕刻、散歩に出かけるとゲジゲジの脱皮殻を見つけた。
本来の長い体型は脱皮の過程で寸詰まりになり、そして軽やかに風にゆれる
アオツヅラフジが道ばたに咲いているのを見つける。実がなっている株がある一方でこれは実がない。なぜかと思ったら雄花しかなかった。
∧∧
(‥ )雄花だけを持つ
\‐ 雄株があるってことですか
(‥ )そんな感じだな
ちなみにアオツヅラフジの実は見た目はブルーベリーぽいのだが、有毒である。
さて
頭が良い人間とは絶望的なものだ。彼らは頭が良い=優秀、と考えておる。
∧∧
( ‥)違うだろうと
(‥ )頭が良いって
あれは障害の一種だよ
何を障害とするのか、というのはかなり恣意的な問題でもあるから、こういえば言えばむしろ良い?
頭が良いという側面だけに目を向けて、それが持つ負の側面を見ていない。
例えば理屈だけで言えば、次のように考えてみよう。
人間の能力は遺伝子が司っている。優秀ということは数が少ないということだ。そして遺伝子の発現は遺伝子が対になることで起こる。
だとしたら優秀=数が少ないとは、少ない遺伝子が関わった能力だ、ということになろう。
∧∧
(‥ )少ないってことは
\‐ 何らかの点で不利だって
ことだよね
(‥ )ぶっちゃけ有害だって
ことなんだよな
何がどう有害なのかは知らない。もちろん小賢しい者は言うであろう。これまでは馬鹿の時代だった。だが近代は賢さが求められる時代だ。これまで田舎のおっさんに虐げられて理不尽に不利だった我々がこれから数を増やすのだと。
∧∧
( ‥)まあ楽観的な意見は
いつでもあるですな
( ‥)賢い人間ってのは
‐/ 馬鹿だからよ
すぐこういう意見に
逃げ込みよる
あるいはこう言うであろう。体力が無いことを言っているのかい? じゃあ見ろよ、体力馬鹿では実現できない地位と年収を!
∧∧
(‥ )...まあそう逃げる人も
\‐ いるでしょうな
(‥ )ありがちだけども
そうじゃなくてだな
そうじゃなくて、もっと直接的に有害で不利だって可能性は考えられないものかな?
病気に弱いかもしれない、代謝がおかしいのかもしれない、あるいは反応がにぶいかもしれないし、神経伝達に問題があるかもしれぬ。あるいは危険な場所で不注意かもしれないし、もっと直接的で根本的な問題を抱えているかもしれぬ。
そもそもどうして考えなかったのだろう?
頭が良いとは単なる障害でしかない。
どうしてこの可能性を考えなかったのであろうか?
現実を見つめるのが恐ろしくて逃げたのか?
それとも、子供の頃から勉強すると餌をもらえたから、条件付けされて頭が良いということにバラ色の満腹感しか持てぬようになってしまったのか?
まあそんなこともどうでもいい話かもしれん。
∧∧
(‥ )むしろそれより
\‐ 頭が良いという遺伝子が
もたらす恐ろしい効果と
その可能性を考えてみる
べきですかな
(‥ )系統の運命としては
関係ないが
個体の運命としては
より重要な問題
頭が良いとは通常とは違う脳の運営と神経伝達、化学物質の分泌とその受容を行っていることを示す。しかも頭が平均より良いとは、数が少ないということ。数が少ないとは何らかの点で有害な側面がありうることを暗示している。
もちろんこれは暗示だ。しかし我々は遺伝子の影であり、その心は神経の影である。これは否定できぬ事実。
そして賢いとは神経に有害な側面がある可能性をも暗示している。
ではこれが意味するものは何か? ちょっと考えれば予測できないかね、その可能性を。
いつどこで自我の崩壊が起こるか、これを考慮するのは一興だ。そうだろう? 頭の良い諸君よ。賢ければ理解できるよな?
∧∧
(‥ )薄々気づいている人って
\‐ それなりにいるんだけどね
(‥ )そりゃよ
知識があれば誰だって
気づかざるをえないからな
さて、この現実をどう直視しようか。