2014年9月25日木曜日
田舎の相互監視、大都会の宗教
hilihiliのhilihili: 裏切り者は少数でも効果的であるの続き
∧∧
(‥ )まあ端的に言ってしまうと
\‐
(‥ )自称、進歩的な人が言う
日本の悪いところ
というのは
実際のところ
田舎の共同体のことだと
思うのだけどな
狭く閉じた世界で互いに互いのことを見張っている。裏切り者どころか飛び出る人をも叩き、義務の強制と同調圧力がのしかかる。
∧∧
( ‥)都会に出れば良いじゃんよ
( ‥)まあそうやって田舎は
‐□ 大量の駄目人間と
少数の有望な人を
都会へ輸出して
活力を失うのだけどね
こういう、あらかじめ定まった生活になじめぬ人間というのは、しばしば駄目人間である。というか平均から外れている時点で行き場が無いのだ。だから逃げ出すし、だがしかし、それだからこそ突破口を開けたりもする。異能は狂気や無能でもある。そんな人間が田舎に住める道理はない。
そして、こうした駄目人間の中でも弁の立つものは、社会を批判し、さらには世界の都会というか、流れ者が集まる場所であるニューヨークに過剰な思い入れを抱いてたどり着く。そこで今度は日本全体を見返して批判し、あるいは自らの悪口に溺れながら挫折する。
そしてこんなことは日本の都会である東京でも、世界の都会であるニューヨークでも同じだろう。
都会は駄目人間と、中途半端に才能があった落ちこぼれが逃げ落ちた場所でもあり、そんな彼らの恨みと挫折の愚痴が渦巻く世界でもある。
とまあ、こんな話はどうでも良くて
∧∧
(‥ )ともかく、同調圧力が
\‐ なくなってしまうと
巨大社会は自分を見失うかも
しれない
(‥ )まとまりが
なくなるのだな
それが自由ってことでも
あるのだけどね
学校のクラスに所属していると、クラスのメンバーであることを強制される。当たり前だ。これは誰しも経験したことである。
同じ学校であると同様。
同じ学区、同じ地区もまた同様。
∧∧
( ‥)考えてみれば昔の都市国家や
都市国家のなんとか組とか
なんとか地区とか
そういう人々をまとめた
市民兵とかが
こういうものだよね
( ‥)同調圧力と世間の目がある
‐□ だから死にものぐるいで
戦えるとも言えるよな
同じ班、同じ地区で監視される
他の班、他の地区と比較される
これでは戦わざるをえまい。
だからこそ、広大な帝国から徴兵された帝国軍兵士よりも、市民軍の方が強い、なんてことも起きるのだろう。昔のように機械化されていない、人間同士のぶつかり合いなら特にそうだろう。
∧∧
(‥ )でも都市国家が征服を重ねて
\‐ 巨大な国家になったら
こういう世間の目も
同調圧力も
相互監視も働かなくなるよね
(‥ )同じ近代国家であるのに
日本よりも大きな
中国とアメリカは
どっちも
混沌と自由と無法がある
それもそういうこと
なんだろうな
失敗しても逃げ出して別の場所で再起すれば良い。そう思えると人間はめちゃくちゃなことをする。
だが、ある人がこういった。中国とアメリカは似ている。だけど違う点もある。アメリカには倫理と道徳があると。
∧∧
( ‥)中国にもあるのだけど
それがうまく機能しない
( ‥)アメリカに倫理と道徳という
‐□ 縛りがあるのは
どうもキリスト教のせい
らしいのだよな
中国は宗教で国家を統一し、人々を規範で縛る、ということは無かったらしい。いや、儒教が本来はそうであったのかもしれない。あるいは仏教で一時期そうしたのかもしれない。それらは今や廃れたのかもしれないし、あるいは実のところ、最初から効果がなかったのかもしれない。
いずれにせよ現在のところ中国の宗教は、あちこちで見かける縁起物の飾りや、いまや商売繁盛の神にされてしまった関羽の像のように、個人の願いに関連するもののように思える。そしてあっちの人は基本は日本人と同じなのに、全体の振る舞いがまるで違う。同調圧力と相互監視、あるいは宗教がないと人はこうも違ってしまう。そういうことのように見える。
∧∧
(‥ )逆に言うと
\‐ ローマ帝国が国教として
キリスト教を採用したのは
このような状況を
打破するため
ということですかね?
(‥ )異教時代のローマ帝国は
中国で
キリスト教以後の帝国は
アメリカだ
なんて主張する気は
ないけども
暗示的な話ではあるな