2016年7月3日日曜日
自由往来の帝国は崩壊し、そしてまた戻ってきた
18世紀、七年戦争真っ最中のイギリスとフランス。この時、イギリスの作家ローレンス・スターンは、当時でさえ必要なはずの旅券の携帯なしにパリまで旅行できたという。
∧∧
(‥ )七年戦争ってオーストリアで
\− マリアテレジア女帝が
即位することになった時
女の即位に正統性無しという
口実でプロイセンの
フリードリヒ大王が
前から欲しかった
オーストリアの
シェレージェン地方を
併合して
それに女帝さんがぶち切れて
始まった戦争だよね
(‥ )オーストリアは当時
ハプスブルク帝国だからな
圧倒的な大国相手に
プロイセンと大王
どえいらいことに
なりましたと
プロイセンは後の1871年、ドイツを統一してドイツ帝国を作り上げる。つまり今あるドイツ共和国の前身の前身みたいなものだけども、当時は新興の小国。それが勝手に大国の領土をかすめたものだから、そりゃあ大変なことになる。もはや大王、風前の灯火?? になってしまうのだけども、なんとか、からくも良い条件で講和することができた。
そして当時、群雄割拠する西欧諸国もやはり皆、それぞれの利害をめぐって参戦。フランスとイギリスも戦火を交えたのであった。
∧∧
( ‥)でも旅行できるー
(‥ )当時の戦争って
貴族が行うものだし
国家は王家のものだし
一般人は関係ないって
ことなんだろうな
だがやがて戦争は変わる。民主主義が台頭し、徴兵制が敷かれ、素人の一般国民が銃剣突撃する時代になる。
つまり、祖国が発明され、愛国心が発明され、愛国心に基づいた突撃が奨励され、そして敵国民への憎悪が当然となっていく。
そして七年戦争から150年後のWW1。もはや熱狂的に盛り上がった国民総動員の熱は押さえられることなく、戦争は交渉で止まることもなく、総動員による国家同士の戦いは甚大な損害をもたらした。
∧∧
(‥ )民主制は国民皆兵だから
\− 戦争は止まらないし
頭に血が上った素人は
めちゃくちゃしだす
(‥ )そしてWW1の時に
オーストリア帝国は
解体しちゃうんだよな
民主制は選挙で意思を統一するし、国家と民族を掲げて戦争を行う。一民族一国家なんていう言葉があるように、場合によっては民族は発明されて、この国の国民であるからには、お前はこの民族であるし、そうあらねばならない、と強制される。
民主主義が寛容なはずなどあるものか。そんなことを信じているのは底抜けの馬鹿だけだ。
息も詰まるような監視体制下にある軍事世界、これこそが民主制。
∧∧
( ‥)その民主制の真骨頂が
発揮されたWW1の時に
多民族国家オーストリアが
解体しちゃったのは
当然のことなんでしょうね
(‥ )そもそも
WW1勃発の引き金は
オーストリア皇太子が
セルビア民族主義者に
暗殺されたことだしな
民主主義と民族主義が吹き荒れる中、帝国は解体し、そして民主制がその力を全解放した戦争はあまりにも甚大なものとなった。かつてないような壮絶な戦い、いわば戦争が相転移したとでもいうような途方も無い被害。
∧∧
(‥ )しかしそれでもこりずに
\− まだやるという
(‥ )ついに西欧諸国は
WW2の同士討ちで壊滅し
世界の覇王から転落し
植民地もことごとく
失うことになる
ははっ、お笑いだな
民主主義は兵器だ。民主主義の生みの親である人類をも抹殺しかねないほどの親殺しの兵器。それが民主主義。
この絶望的な被害と灰燼と化した西欧を見て、人々はEUを作ることとなった。
最初は石炭鉄鉱共同体を、それからECを、そしてEU。そしてすでに50年以上の時間が経過した2016年、
∧∧
(‥ )はいイギリスがEUを民主的に
\− 離脱しましたよと
(‥ )考えてみればさ
当たり前なんだよね
貴族と封建制と帝国と独裁制があった時、戦時下でも人は自由に往来できた。
民主制になったら戦時下の相手は敵国民であり、憎むべき相手であり、民族主義による果てしない分裂と暴力と殺し合いで帝国は解体し、人の往来がなくなった
∧∧
( ‥)その殺し合いに愕然として
国境線を解放する
それは究極的には
民主主義を否定し
帝国と独裁制と
貴族と封建制に
戻ることではなかったか?
(‥ )人の行き来は自由になり
寛容な世界に
あふれる移民と
低賃金労働者
蚕食される市場
これを眼の辺りにした時
非寛容で好戦的で
身内主義の民主制が
拒否反応を示すのは
当然のことだよなあ
だってそういうものだし
考えてみればこの流れ、何もかも当たり前のことではなかったか? そしてこうも言える。民主主義は今、明らかに衰退し、地球から消滅しようとしていると。
そしてみな喜べ、確かに人の往来を否定しない帝国が、時代を巻き戻すように帰ってきたぞ。
∧∧
(‥ )まっ、悪いこっちゃ
\− ないですね
(‥ )歴史の流れは
止められんしな