2016年3月24日木曜日
作画崩壊を連呼するのは楽だから説
何かを作るというのはやっかいごとだ。特に集団で作るとなったらさらにやっかいごとだ。そして時としてどうにもならないものが出来たりする。
例えばアニメだと、時々起こる作画崩壊。
∧∧
(‥ )有名なのは
\‐ 「夜明け前より瑠璃色な」
におけるキャベツですね
=>https://www.google.co.jp/search?q=夜明け前より瑠璃色な+キャベツ&biw=1172&bih=771&site=webhp&source=lnms&tbm=isch&sa=X&sqi=2&ved=0ahUKEwiNxtHC7tbL…
(‥ )キャベツが緑のボールに
なっちゃった事例だな
時間がなかったんだろうと思われる場面。
∧∧
(‥ )こういうのを作画崩壊と
\‐ 言うのだと
(‥ )実際にはこの場合
崩壊というよりは
時間がないから最小限の
作画ですませましたが
さすがに
この省略は駄目ですよね
なんだけどな
崩壊っちゃ崩壊だな
そしてこういうことが起これば、皆が作画崩壊という言葉を耳にするようになる。そして耳にした言葉を人は使いたがるし、いずれそれは用語となる。
しかしそれゆえにか、動く画像の表現として絵を崩したものまで作画崩壊と言う人が現れるようになった。
∧∧
(‥ )...動きの表現が作画崩壊なら
\‐ 野球漫画などにおける
手のぶれも
作画崩壊だってことに
なるんでしょうなあ
=>https://www.google.co.jp/search?q=野球漫画&biw=1172&bih=771&site=webhp&source=lnms&tbm=isch&sa=X&sqi=2&ved=0ahUKEwjgy4e68dbLAhUMkZQKHWvrB7wQ…
(‥ )なんというかな
作画崩壊って言葉を
使う人は
あまり深く考えずに
使ってるみたいね
理由は色々考えられるが、多分、一番単純なのは
∧∧
( ‥)深く考えずに使っている
というよりは
深く考えないための作法として
作画崩壊という言葉を
使っているのではないか
( ‥)脳を使うってのは
‐/ 大きな負荷を人体に
与えるからな
深く考えないで
作画崩壊と言うのは
自己防衛の手段かもね
例えば、昨今はこういう短文を多く見るようになった。
だらだらっと話を述べて、その最後に
...という話、ほんと好き
を付け加えて文章を締めくくるというやり方。
∧∧
(‥ )これも楽だからですか?
\‐
(‥ )出来事を説明し
その感想と理由を述べる
しかも限られた文字数内で
その条件を満たす短文を
膨大な単語の
組み合わせから発見せよ
この探索には
脳に過大な負荷がかかる
冗談抜きで生存に支障が
出かねない
そんなことをするぐらいなら、「...という話、ほんと好き」、という定型句に流し込んでしまった方が良い。
∧∧
(‥ )動きを表現するための
\‐ 絵柄の崩しを
作画崩壊!作画崩壊!
と連呼する人も
脳に負荷をかけないために
やっているのだろうと
(‥ )こういう崩しをすると
こういう動きが
うまれるんだ
そういう発見が
出来ない人とも言えるな
発見以前に断言して
それ以上の理解を
進めない
これはあからさまに
脳を節約しているって
ことだろ?
用語は手抜きの手段にもなる。
若者の車離れと言えば、他人を断罪できる一方で、給料を減らして雇用を不安定化すれば経済が回らない、という事実とその対策から眼をそらせることにもなるだろう。
そしてこんなことをしてしまうのは、脳を働かせるのがおっくうだからだ。
実際、車離れを言う人は、そこで思考停止するであろう? もう先へは進みたくないし、進みたくないからこそ、用語を思考停止の手段として使っておる。
∧∧
(‥ )作画崩壊に話を戻せば
\‐ 中には嫌いな絵柄を
作画崩壊と呼ぶ人さえ
いるみたいですね
ここまでくると
用語の意味すら不明瞭に
なってきてしまう
(‥ )使う語彙が極端に
貧しいのだとも言えるし
極端に少ない語彙に
物事を押し込むことで
表現することを放棄し
脳の負荷を抑えている
とも言えるだろうね
キャベツが緑のボールになってしまった、というのはともかくとして、作画崩壊と言った時、お前は自分の表現から何を節約してしまったのであろうか?