2015年7月2日木曜日
老いるとは無様なことだ
新聞は取っていないが、新聞を読む機会があった。
∧∧
(‥ )6月30日は
\− 東海道新幹線の先頭車両で
男が液体をかぶり
焼身自殺
(‥ )車内で引火物を
まかれたのに
車両が炎上しない
3時間後には
動かして小田原に入る
新幹線すげーな
一人では死ねない。それは人として無様なことである。
∧∧
(‥ )そういうことを言うと
\− 不謹慎だと
言われそうだけどね
(‥ )不謹慎でも事実だぞ?
一人で死ねない人間は
無様なのだ
そして何より罪である
あるいは、こんな事件と無関係に、手にした新聞のコラムは鼻息が荒かった。
∧∧
(‥ )...なんですか
\− 誰だか作家さんが
自民党の勉強会で
口にしたことを
マスコミがこぞって
叩いていると
(‥ )まああれな
話をねつ造するような
新聞は潰してしまえ
最近は
良く言われる意見だね
今からは信じられないかもしれないが、冷戦時代にはどんな空理空論も言い立てて良かった。
米ソという超大国がすべてを決めてしまう世界では、米ソ以外の国に実践という言葉は存在しなかったからである。すべてが空理空論であったし、それでよかったのだ。
空理空論と実践が区別できない世界では、ねつ造と真実もまた区別できない。
冷戦下において、理想論に基づいたねつ造は実践であり真実であったのだ。
新聞がねつ造したというのは、それは冷戦下では当然のことだとも言える。
∧∧
(‥ )でも冷戦が終わったら
\− そうはいかなくなりましたと
(‥ )でもこの新聞のコラムを
□− 書いている人間は
まだ鼻息が荒いなあ
このような作家は
王の望むがままに
嘘を真であると答えた
臣下と同じだ
そう述べている
ようするにコラムを書いている人間からすれば、防衛戦ができるようにしている安倍首相は極右のヒトラーな独裁者だし、それに賛同する作家は無条件に佞臣である。そういうことなのだ。
まあそう思うのは自由だけども、だがしかし、それでは駄目だ。冷戦は終わったのだ。理想論に基づいたねつ造は砕けた。中国の大躍進は挫折し、地上の楽園であったソ連は崩壊した。
冷戦が終わった今、人は論証しなければならぬ。自分の正義感を大前提にした論理的な結論では駄目だ。そうではなく、証拠の整合性を検討しなければならぬ。
∧∧
(‥ )悪い宰相と悪い臣下では
\− 悪人だから悪人なのだ
としか言っていないことに
なるからね
(‥ )言ってることの内容が
妥当ではない
そう思うのなら
それが
どうして妥当でないか
それを
機械的に説明しないと
駄目なんだよ
そのラジオがなぜ動かないのか? それにはラジオを分解し、配線を示し、それを示せないと駄目だ。
∧∧
( ‥)だけどそれをしていない
悪だ悪だ
そう言い立てるだけである
( ‥)できないってことは
−□ やったことがない
そういうことなんだ
ああ、分かるぞ。もうできないんだろ? だって、やったことがないのだからな。
日々の習慣が人の肉体を型にはめてしまうように、日々の思考は脳を型にはめてしまう。
さて、では僕らの脳はどんな型にはまっているか?