2015年2月25日水曜日
ラクタンティウスが痛いセカイ系であるという可能性
自分の日常と世界の終わりと行く末が密着して、代わりにその中間が抜けている創作。
∧∧
(‥ )セカイ系って
\‐ おおむねそういう
感じだと
(‥ )エヴァンゲリオンとか
セカイ系に
分類されたりするのな
しかし、考えてみれば人間は日常のことしか分からないのである。例えば世界を真っ暗闇の地図だとする。自分が通った道だけが明るく表示されるとする。
そうしたら、自分の世界は本当にわずかな線だけで構成されていることが分かるだろう。
∧∧
(‥ )なんか最近は
\‐ そういうアプリも
あるそうですよ
(‥ )僕らは自分が体験できた
ごくわずかな手がかりから
世界を推論するのだ
しかも、創作とは大きなテーマに主人公を向かわせるものである。
それを考えれば日常と世界救済がくっついてしまうのは当然だ。人間には自分の居場所しか分からない。そうである以上、日常の先にある実際の仕組みが切り捨てられるのは当然。
そういう意味では、水戸黄門もセカイ系かもしれぬ
∧∧
( ‥)印籠じいちゃんは
世界を救済しないけどね
(‥ )でもやってることの
無茶ぶりは
同じだろ?
関ヶ原の戦いで勝利して支配権を確立したとはいえ、徳川家は有力諸侯のひとつでしかない。江戸時代の日本は諸王国の連合であって、そこには統治や支配権の独立性がある、法律の問題や、役職の更迭があれば組織上の事務手続きもある。そういうものを全部すっ飛ばしてありもしない強権を発動して、一件落着とか言い出すのだ、水戸黄門はふざけたご都合主義なセカイ系の最たるものだと言える。
これを踏まえれば、セカイ系だけが批判されるいわれはあるまい。日常と希有壮大な問題がくっつきあって、しかも解決がご都合主義とはむしろ創作の基本なり。
∧∧
(‥ )しかもこういうのは
\‐ 人間の考え方自体が
原因で生じるから
創作だけの話では
ないんだよね
(‥ )前にも話題にした
3世紀後半の著述家
ラクタンティウス
この実在の人物も
発想がセカイ系かもな
彼は同時代の皇帝、最後のキリスト教徒迫害帝であったディオクレティアヌス帝を批判した。
ラクタンティウス自身がキリスト教徒だから当然かもしれないが。彼は帝の四帝統治を、それぞれの皇帝が軍隊を持ったがゆえに、過剰に軍隊が増えたと批判したと言う。
確かにこの時のローマ軍は巨大である。その数、陸軍のみでほぼ39万人だそうだ。
*「ディオクレティアヌスと四帝統治」文庫クセジュ pp109参考
∧∧
(‥ )日本の自衛隊の定員が
\‐ 充足率91パーセントで
およそ22万6000
帝の軍隊は陸軍だけでも
自衛隊を凌駕する
=>防衛省・自衛隊:防衛省・自衛隊の人員構成
(‥ )しかも帝国の人口は
今の日本よりも
少なかったみたいだしな
さらにここに
海軍4万5000が
加わるそうだ。
つまり帝国軍総数43万以上。自衛隊のほぼ倍だ。
確かに帝の軍隊に近代兵器は無いけども、これほどの軍隊、人件費がかかることは否めない。しかも内燃機関も化石燃料もない時代となれば、すべてを人力、畜力で動かさないとけない。つまり、食料を運ぶために食料を運ばなければならぬ。しかも化学肥料も農薬もなく、品種改良の未熟な時代に、日本よりも人口が少ない状況で自衛隊よりも数の多い軍隊を維持、展開し、作戦を遂行しなければならぬ。
∧∧
( ‥)もう無茶も良いところだね
(‥ )だがそうせねばならぬのだ
そうしないと、ゲルマン人など様々な敵が帝国内部に侵入してくるからである。単独統治を4人に増やした四帝統治だって、そもそもは帝国を防衛するための措置だ。
∧∧
(‥ )でもラクタンティウスさんは
\‐ これを批判したんだよね
皇帝たちが死んだ後の時代
その想いを
迫害者たちの死について
と題して書いた
四人の皇帝が
戦線を点々としている間にも
そういう批判の想いを
抱いていた
(‥ )いくら相手が迫害帝とはいえ
帝と兵士たちの
義務と犠牲で守られた
平和の中で批判する
そして
キリスト教徒で
あるからには
神の国の到来を望み
信じていたわけだろ?
そうだというなら
これって最低な意味で
セカイ系じゃね?
∧∧
( ‥)しかもこれは
創作ではなく
まごうことなき事実
(‥ )現実がこれだものな
セカイ系の創作なんて
可愛いものよ
これはhilihiliのhilihili: セカイ系とは人類の王道ぞ、にわかが否定しちゃいけないなあの続き