2014年7月29日火曜日
事故はサイコロの目を覆せない
hilihiliのhilihili: 私は確かに捕まえた(多分)の続き
大量絶滅は特に大きなものが5回。オルドビス紀、デボン紀、ペルム紀、三畳紀、白亜紀、これらの地質時代の末期に起きた。これ自体は一応、事実である。しかし、このような大量絶滅が起こることで進化が飛躍する、そう思い込んでいる人がいる。
∧∧
( ‥)あなたはそれが
理解できない、と
( ‥)生存競争と自然淘汰で
‐□ 進化が起こる
そういうことを
理解していない人たちだ
だけども、感じる違和感はそれだけではない。
∧∧
( ‥)つまり大量絶滅に何か
過剰な期待を抱いていると
(‥ )大激変が起きた
と思っているのだよね
いや、確かに大激変なんである。そもそも生物は移動もすれば進化もする。移動でも進化でも追いつけないような高速かつ大きな負荷を与える変化が起きないと一斉の絶滅は起きたりしない。
∧∧
(‥ )少なくとも白亜紀末と
\‐ ペルム紀末期のものは
極端な大破壊だった
わけでしょう?
(‥ )生態系が文字通り
壊滅した様子が
残っているからな
白亜紀末期の隕石衝突の直後、シダの胞子が異様に多い時期がほんの一時ある。ようするに被子植物、裸子植物、そういう森林を構成する植物たちがほぼ全滅してしまったことが分かる。ペルム紀末期も、なんじゃこりゃ? と思えるような想像しがたい大破壊の痕跡が残されている。
∧∧
( ‥)問題はですよ
(‥ )じゃあ絶滅が
起こらなかった場合
何が違ったの?
という問題だよね
例えばペルム紀末期の絶滅というと、三葉虫がついにここで終わってしまったことだけども。
∧∧
(‥ )でも三葉虫って
\‐ カンブリア紀の最盛期以来
ずっと衰退の道だったの
だよね
(‥ )なんか他の節足動物に
置き換えられていく過程
みたいなんだよな
最後の三葉虫は
なんか色々と
しょぼくなってな
これがかつて大繁栄を
極めた動物群かと
白亜紀末期の大量絶滅だって似たようなものだ。森林はすでに裸子植物から被子植物への置き換えがかなり進行していた。アンモナイトの絶滅もそう思える。現在のオウムガイが一部の深海にのみ局限されるほど衰退してしまったことを考えれば、アンモナイトがたとえ生き延びたとしても、やはり似たような道を歩んだのではないかと思われる、実際、殻を退化させた頭足類はすでに大繁栄していたわけだし、それは現在のイカ、タコへつながる道だ。
∧∧
(‥ )爬虫類の絶滅は大きいけどね
\‐
(‥ )でもそれだってなあ
恐竜から哺乳類への交代。これ自体は大きな変化かもしれないが、どっちも体をケラチン質の断熱器官に覆われた活動的な動物、という点では変らない。等価の解が二つあって、そのうちのひとつがあの偶然的な出来事、隕石衝突によって振れたにすぎない、そういうことにも見える。
∧∧
( ‥)ようするに生物進化の
結果は決定論的だと?
( ‥)進化自体は確率的な
‐□ 過程だけども
生存競争という力学には
逆らえないだろう
いくら偶然的な過程が影響を与えるといっても、偏りのあるサイコロで勝負していたら結果は眼に見えている。勝負の性質上、悪い目にベットした系統は滅びる運命だ。
∧∧
(‥ )言い換えれば
\‐ 大量絶滅が進化を加速する
そう言っている人は
こういう点には注目しない
そういうことですかね?
(‥ )ペルム紀末期の
大量絶滅で
サンゴが一回絶滅したのは
面白いよね
サンゴは一度絶滅した。地球からその姿を消した。その後、別系統の刺胞動物からサンゴが進化した。現在のサンゴはその末裔である。
∧∧
( ‥)でもサンゴって一時
二枚貝に押された事が
あるんだよね
( ‥)面白いよな
‐□ 大量絶滅でさえ
果たせなかった
生物の置き換え
これを
生存競争が行っている
そういう風に見える
現象だよね
もちろん、ここまで言い切って良いのか、とか、そもそもこういう長時間で起きる生存競争は測定できないし、自然科学で扱える分野じゃなくね? ということもあるんだろう。とはいえ、面白い出来事だと思える。
そして思うに、大量絶滅で進化が進む、という理解にはこういう視点が全然欠けているようだ。彼らの世界には、非常に大雑把な名詞とぞんざいな理解しか存在しないのではなかろうか。事実、これを言った彼の人は理解がグダグダだった。