2014年2月15日土曜日
彼はよろめくように歩いていった
∧∧
( ‥)どうよ?
( ‥)書き終えた
‐□ できたよ
わずか、4800文字である。
だが出来たものは出来たのだ。
そして、気づけば音が変わってた。外に出てみると、どうもみぞれに変わっているらしい。舞い散る雪が無い世界は、途端に透き通って見えた。
そしてざっく ざっく ざっく とよろめくように歩く人。午前4時を少し回ったところ、一体なんだろう。眼が合うと会釈をするので、ご苦労様、と返したが。
はて? 新聞配りの人かな?
それにしちゃあなんかヘルメットをかぶっているし、傘もさしていない。何か装備も持っている感じ。
あの白いヘルメットのマークは東京電力のもののようにも見えるけれども、よく分からない。
∧∧
( ‥)点検…とか?
( ‥)分からん。
雪かきしたところはほんの5メートル程度だ。ああ、俺のやったことはやはり何の意味もないのだ、そう思って、彼が何者なのか、何をしようとしているのか分からないままに見送った。ひざあたりまでもぐりそうな雪の上をよろめいて進む彼の姿はなぜか妙にかっこよかった。
こんなことを言っては失礼だろうが。だが、格好よかった。
∧∧
( ‥)そしてあなたは今、
気分が晴れた
(‥ )今、外では35センチを
越える雪がそのまま
道路につもっている
考えてみれば、明日、ゴミの収集もあるだろう。
考えてみれば、今、新聞を配っている人もいるかもしれない。
考えてみれば、今、この瞬間も仕事をしている人がいるはずだ。
∧∧
(‥ )でも雪かきの習慣は
\‐ ないんだよね
溶けちゃうからね
溶けるなら
放置しても良いよね
(‥ )でもやれさえすれば、
溶けるまでの
2、3時間でも
動きをスムーズにする
ことが出来たはず
なのだ
そうだな、これが
雪かき本来の
意味なのだな
ああ、こんなことは生まれ故郷では考えもしなかった。確かに新聞配達の人が、通勤通学の人が、とは言われたが。
∧∧
( ‥)機械的にやっていた
だけだものね
1日になんどか雪かきする
自分の家の前の雪を
自分の敷地内へ処理する
ただ教えられた事を
機械的に繰り返す
( ‥)習慣には理由がある
‐□ そういうことだね
正義感にかられてはいるが、自分のバイクを通したいだけで他人の家に雪を放り込む奴がいた
雪かきをしないで35センチ以上の積雪を放置する人がいる
家の中にいるとそんなことは感じない。電気は当然のように通っていて、ガスは火をともす。
なにもかも当然だ。
だがしかし、それを維持するにはどうすればいい? 電気を保守点検する人も、家庭のゴミを収集する人々も、ガスの交換をする人も、雪かきをしない道を歩かなければいけないのではなかったか?
そして、実際、雪かきをしている時、隣の家から楽しそうな笑い声が聞こえて来たのであった。放置されたままの雪が積もる家の中から。
∧∧
( ‥)でもそれもただの
習慣のなせる技であると
(‥ )そうだ、
習慣があるからこそ
残酷であったり
習慣がないからこそ
残忍であったりするのだ
それはよくある話
ああ、だが、もうどうでもいい
∧∧
( ‥)あなたがいらいら
していたのは
単純に仕事と〆切の
恐怖からだよね
( ‥)1日かけてわずか
‐□ 4800文字
だがこれで終わった
まだ充分ではないが、それでも走る用意は整った。
そうね、それでも、あの人は格好よかったよ。こんなこと言われても嬉しくはないのだろうが。
温度は1度になり湿度は70パーセントだった。どすん、どすん、と雪が屋根から落下する音が響く。外に出れば雫の音があちこちからする、大量の雪が溶け出し、どろどろの朝がくる。ろくでもない大空と驚きの朝だ。
多分、みんな、この日と朝を忘れないだろう。
ただ、その思いはそれぞれまったく違うはずである。