2012年7月5日木曜日
知っているという油断、傲慢がその人の限界
消費者は「ああ、こんなの知ってるよ」と言えばいいが
∧∧
( ‥)でも、書き手はそれでは
困るのだと
(‥ )当たり前のことでも、
本当にそれで良いか
チェックしなければ
いけないのよ
数字、名前、由来、その他もろもろ
新聞、出版社はそういうことをちゃんとしている
∧∧
( ‥)それなのになにこの間違い?
と笑う人はいるでしょうね
(‥ )それをしてもそうなる、
そう考えるべきだな
そもそもメディアが可能な限り事実を申し述べることで煽ろうとするのも、ある意味ではそのせいでもある
*数字、由来、名前、すべての単語が正しく、文章さえもが正しくても、原理的に真っ赤な嘘をつくことは可能、という意味
*見方を変えると素人は数字、名前、由来すらちゃんとチェックしていない、ということ。さもなければネットでデマが拡散するわけがない
∧∧
( ‥)科学ならば論文を
論文ならばその妥当性を
妥当性ならば妥当性そのもの
それ自体の妥当性を
調べる必要があると
( ‥)それでもケアレスミスは
–□ 生じるが、本を書く
というのはそういうこと
なんだ
そんなの知っているよ? 分かり切ったことじゃないか?
消費者ならそれでも良いが、本に関わるのならそれではまったく失格だ。チェックしろ。
∧∧
( ‥)どこまで
(‥ )すべて
∧∧
( ‥)原理的に不可能ですけどね
( ‥)可能な限り、だな
–□
言い換えればこう? こんなの知ってるよ、それで調べないのがその人の限界。