例えばこう言ってみる
∧∧
( ‥)この答えの確からしさは八割ぐらい
( ‥)これを聞いて、反応が
-□ 例えば2つに分かれる。
A:この答えは八割正しいというが、僕が見つけた真実はもっと正しいに違いない。だいたい、八割確からしいなんていい加減な言葉を使わないでもらいたい。それはその答えが真実ではないという証拠ではないか。そんなものは答えではない。単なる仮説だ。
B:すべての答えは仮説だ。この仮説は少なくとも確からしさが分かっている。対するにお前の真実は確からしさが明示されていない。ようするに比較しようがないわけで、お前の真実とやらを採用する必要性はない。一方、この答えが示した”八割確からしい”というのは現時点で最良のものだ。
∧∧
( ‥)最初のAはトンデモさんや
科学オタクの言い様ですかね?
(‥ )Bはまっとうな科学者、
あるいは科学の発想、有様
それに近似だと思うが
真実は自称しているだけで、所詮は仮説だ。確からしさが推し量れない真実は単なるゴミくずにすぎず、評価するに値せず、採用する必然性はない。
おそらく、真実はその真実性を主張するゆえに役立たずとなる。