2018年11月8日木曜日
私に理由があるなら 当然、相手にも理由がある
∧∧
(‥ )発達障害が社会の中で
\‐ 生きるとは
水の中で息を止めて
いるようなもの
酸素ボンベをもらって
頑張っていると
鰓呼吸の魚たちが
おかしくね? と
文句を言ってくるから
つらいのです
(‥ )ああうん
自分が援助される
それは他人から
奪うことであり
そのままで
お返しをしなければ
これは公平ではない
ズルと見なされる
それが分からないか
発達障害に理由があるというのなら、それに渋い顔をする人にも理由がある。
どちらの理由にもくだらない理由があり、容認できない理由がある。しかし言い換えればこれ、すべての理由がくだらないわけではないし、もっともな理由も当然ある、ということなのだ。
そして相互扶助というものは助け合いではない。助ける、お返しをする、これは取り引きでありビジネスなのである。助け合いではないし、無償の愛でもない。
皆はお返しをあなたに求めているのかもしれない。
∧∧
(‥ )この取り引きが分からないとは
\‐ 致命的でしょうなあ
(‥ )これが
発達障害というものか?
それとも単に迂闊なだけか?
まあそれも人それぞれである。なるほどそれはもっともだ、と思われる人もいれば、こいつはただのダメ人間だ....というやからもいるであろう。
ああ、あと、自分を人間、相手を魚とみなすのもまずいな。単に鰓呼吸の人と言うべきであった。
∧∧
( ‥)それって普通の人を
蔑視している
敵視しているという
ことですからなあ
( ‥)こういうところで
‐/ 本音が出ちゃうから
人間注意しないと
いかんのよね
ついでにいうと自分を助けてくれた人を高評価する、というのもまずい。彼らも本音ではお返しを求めている。人間はそういうものだ。親切な人だ、というだけで見返りを与えないと、君に収奪され続けた彼は、ある日、爆発するかもしれん。
∧∧
(‥ )そういうことが
\‐ 推論できないという
ことなのですかな?
(‥ )それが発達障害なのか
単に雑な人間なのか
どっちだろうなあ
まあどっちの場合もありうるだろう。そして表面上は区別できないし、操作する上では区別する必要もない。ここに落とし穴がある。