2019年10月19日土曜日
ニュートンが演繹的という印象は秘匿による誤謬である
ケプラーは法則を発見しただけ。本当の科学はニュートンから始まる。ニュートンは現象をモデル化して、サイエンスの基礎を築いた。
∧∧
(‥ )...というつぶやきを
\‐ 見つけましたぞ
(‥ )それは論者が
演繹が好きか
帰納が好きかって
話だよな
データが指し示すものから、法則性を見出す。これがざっと言うと帰納。
法則性から論理的に結論を導き出して予想する。これがざっと言うと演繹。
∧∧
(‥ )ケプラーさんは帰納的だよね
\‐ データを見て
データを一番よく説明できる
法則や結論を導き出す
(‥ )ニュートンは演繹だろうな
彼は事実上
観測をしてないし
彼のプリンキピアは
古代ギリシャの
幾何原論の焼き直しだ
要するに、論者が帰納を重視するか、演繹を重視するかで、結論が変わるのだ。帰納を重視する人はケプラーを見るし、演繹を重視する人はニュートンを見る。
∧∧
( ‥)でも実際は
どっちも頭のイカれた
おっさんだけどな
(‥ )ケプラーは
星占い師で
ニュートンは
錬金術師だからねえ
そして実のところ、ケプラーが帰納的、ニュートンが演繹的に見える。これ自体が単なる錯覚であるように思われる。
まずケプラーにはモデルがあった。太陽系の惑星軌道は正多面体の入れ子だというモデルだ。そして星占い師らしく、太陽の霊力で惑星が動くと考えた。実はこの思考から第2法則がいきなり導き出されてくる。
∧∧
(‥ )だからケプラーさんも
\‐ モデルで考えて
ゆえにゆえにという
演繹で考えたのである
(‥ )そしてニュートンはな
その万有引力を
どうやら錬金術研究から
導いてきたみたい
なんだよね
大量の錬金術文献を集めて、無数の実験を試行錯誤して行う。ニュートンの作業は錬金術に関してはまったく帰納的であった。そしてこの錬金術から出てきた発想が引力であり、ここから演繹して、彼は万有引力を書いた。
そう考えると、ニュートンが演繹的に見えるのは単なる錯覚であることがわかる。
ニュートンが演繹的であるという印象は、彼の錬金術師としての本性が秘匿されたことによる誤謬でしかないのだ。