2013年2月2日土曜日
クロタチカマス漂流記
絵を描く。和名はオニボウズギス。しかし昔は図鑑でキャスモドンと学名のカタカナ読みで表記されていたから、そちらを覚えている人もいるだろう。大きく伸張する胃袋で、自分より、はるかに巨大な獲物でさえ呑み込める深海魚。そしてその参考画像。
∧∧
(‥ )食べられているのは
\– おそらくクロタチカマス
ですか
(‥ )キャスモドンが呑み込んだ
極端に大きな獲物の事例に
19cmのキャスモドンが
86cmのクロタチカマスを
呑んでいたものがあるの
だよね。
*知りたい人は次を参考に=>chiasmodon gempylus - Google 検索
より正確に言うと、そう同定できる、というべきか。
∧∧
( ‥)あなた昔、同じ事例を元に
絵を描いた時、呑まれる側を
ミズウオダマシで描いたこと
ありますよね
( ‥)例えばこの本*でな
–□ 今にして思えば
うかつよな
改めて写真を見ると、あれ? 背びれあるじゃん。これミズウオダマシじゃないよね、ということに気がついた。
*ミズウオダマシには背びれがない。そもそも属名のAnotopterusも”背びれがない”、という意味だ
背びれの位置からするに、該当する魚は例えばタチウオの仲間かもしれないし(ただしタチウオは大陸棚の魚である)、あるいはクロタチカマスかその近縁種かも、と思って検索したらYahoo知恵袋が引っかかってきたことには驚いた。
∧∧
( ‥)頭が2つあるこの魚は
なんですか? という
質問に対して、
これは呑まれた魚で
背びれが頭部直後からほぼ
全身に渡って見られて、
さらに尖った口から
同定したみたいですけど
(‥ )ヤフー知恵袋の答えに
おおー、と素直に驚いた
のは初めてだよ。
まあ、魚のプロにはそれなりな意見があるのだろうけども、個人的には驚きだった。
∧∧
(‥ )海外のネット情報では
\– クロタチカマスと明言した
ものもありますが
(‥ )まだ公式なレポートは
見てないんだよね。
とはいえ、
:キャスモドンはでかい獲物を呑み込めること
:写真のものがクロタチカマスであろうがなかろうが、実際にクロタチカマスでも呑み込めるだろうこと
:さらに現在、仕事で描いている海域が陸域から離れた海なので、クロタチカマスが獲物として適切であろうこと
以上から、クロタチカマスが襲われる設定にして作業進行。
そこでふと気づいた
( ‥)...クロタチカマスってさ
–□ これ、コンチキ号漂流記に
出てきたあの魚だよな
外見がどう見てもそう。
∧∧
( ‥)ああ、筏で太平洋を横断中に
夜、寝床にまぎれこんできて
騒動を起こした魚ですね
原文は読んでいないけども、図書館で確認した。
「科学者たちは、これをゲンピルス、またはヘビサバと呼び・・・・」
「コンチキ号漂流記」ハイエルダール 偕成社文庫 1976 pp86
∧∧
( ‥)クロタチカマスの学名は
Gempylus serpens
ゲンピルスは属名ですね。
英語での呼称は
Snake mackerel
直訳すればヘビサバです
( ‥)背中は青みを帯びた
–□ すみれ色、腹は
はがね色。
まさにその通りだね
すばらしいね。
子供の頃に読んだ「コンチキ号漂流記」。よもやこの歳でこの本に登場したあの魚を具体的に描くことになろうとは。
∧∧
( ‥)人生の航路は子供の頃に
おおむね決まるという
ことですかね
(‥ )どうもそうらしいねえ
*注:コンチキ号漂流記。ノルウェーの研究者ハイエルダールは、敗北した英雄が西の海へ旅立った、という南米の伝説などを根拠とし、ポリネシアの人々や文化、単語は南米から西へ分散したのではないか? と考えた。その上で、実際にそういう移動が可能であることを、ペルーから太平洋の島まで筏で漂流して到着することで示してみせた。漂流記はその様子を描いた本。
*ただ、これは、移動できるよね、であって、実際に過去、このように移動した、の証明にはならないことに注意が必要。
*例えばどこぞの掲示板で喚き立てているオレ様鳥進化論者のように、あるいはどっかのHPでがなり立てているオレ様人間進化論者のように、このようなルートが存在する。ゆえにここを通ったに違いない! という主張は意味がない(事実、研究者はそんなことをしないし、こういう主張を相手にしないし、事実、相手にされていない)。なぜかというに、過去を推論する上で重要なのは、ルートがある、そこが通れる、ではない。”過去、その人がそこを実際に通ったのか?” それが問題になる。通れるという主張は過去推論において意味がない。
∧∧
( ‥)一歩間違えると
トンデモ仮説ですかね
(‥ )このあたりのことは
□– よく知らんから今は
これ以上書かないけど
続報は聞かないしね。
ともあれ、コンチキ号漂流記の記述はありがたい話でもあった。なぜなら描いている海域はおよそ同じ熱帯太平洋だから、いるなら描いても良いということだから。
そして子供の頃に読んだ深海魚ヘビサバは、クロタチカマスとして戻ってきたのであった。