2020年2月29日土曜日
皆が求めているのは安全ではなく安心感であった
新型肺炎について韓国が検査した件数は7万8000件に及び、さらにこれを続ける模様。
しかし当然だが、このような検査は安心感を販売してはいるのだが、安全を売ることではなかった。
つまりこうである。皆が求めているのは実は安全ではない。単に安心感が欲しいだけであるのだと。
∧∧
(‥ )なるほど
\− 通りで政府の対応に
発狂する人が出るわけだ
(‥ )安心感が欲しいのです!
そう言っているのに
では安全を保証しましょう
なんて言われたら
そりゃ発狂するわな
皆が望んでいるのは、実のところ感染拡大の阻止ではない。私は感染していない、という安心感が欲しかっただけなのである。
∧∧
( ‥)でもそれは政府が
やるべきことではないな
( ‥)政府は安全を
−/ 販売しなければ
いかんからなあ
政府が安全を販売している?! 馬鹿な! 政府は中国からの人の流入を制限せず、検査もしていないではないか! そう発狂する人もいるであろう。
しかし、完全な人間の遮断は経済を破壊し、検査は治療を意味するわけではない。
そして検査は安心感を販売することはできるが、安全を販売しているわけではない。
そもそも検査で今、陰性だと分かったところで、それは安全を意味するわけでないこと、明白ではないか。
結局のところ皆が望んでいるのは安心感だった。誰も感染拡大を食い止めてくれと本気で望んでいるわけではなかった。ガン患者が抗がん剤と手術という恐怖よりも代替療法という安心感を求めて死んでしまうように、皆が欲しいのは安心感であった。誰も安全を求めてなどいなかった。
∧∧
(‥ )要するに
\− 今も残る新型肺炎への
パニックは
需要と供給が
ミスマッチしていることで
起こる不満だったのである
(‥ )やれやれ
くだらん問題だったな
しかし言い換えればである。安心感を少しばかり販売すれば、パニックも少しは収まるということではあるらしい。皆が求めているのは感染拡大の阻止ではないし、安全でもない。皆が欲しいのは安心感である。安心感を買うために危険度が実際には上がってしまうとしても、人は安心感に手が出てしまう。
安心感のために安全を犠牲にしてしまう。
検査を求めて医療崩壊を引き起こす。
ははっ、なんと本末転倒なことであろうか?
しかしこの奇妙な需要を理解することは重大には違いない。くだらん需要ではあるが、需要は需要だ。販売者はそこんところを配慮せよとは言わないが、考慮する必要はあるだろう。