2017年11月8日水曜日
電波、紙、電子の馬鹿発見器
出先で流れていたラジオ。
私は今、俳優の何々さんと同じ舞台に立っています。といってもエキストラで、ほんの何秒か背景を歩くだけ。でもカーテンコールは俳優さんたちと並びます。チケットのもぎりもしています。
∧∧
( ‥)翻訳してください
(‥ )俳優と一緒の俺すごいだろ?
もぎりもしてるから
声をかけてくれよ
すごいだろ
∧∧
(‥ )...あさましや
\‐
(‥ )ラジオ番組の
お手紙コーナーも
ツイッターも
なにひとつ変わらんな
そういえば演劇、映画、テレビなどの情報を載せていた雑誌「ぴあ」。2011年に休刊しているが、あの雑誌、ページの欄外に読者投稿の文字が小さく、縦に印刷されていた。そこにあったのは読者の感想や想いであった。それは時に読者同士のやり取りとなり、あるいは人気のある投稿者や、その人の意見に対する賛成、反対、様々な言葉で埋め尽くされていたものだが。
∧∧
( ‥)今で言うツイッターだな
(‥ )おれは2chの存在を
初めて知った時
これは
やさぐれた「ぴあ」だ
とか思ったものだが
編集がいたので比較的荒れずにすんでいたこと、ハンドルネームというかペンネームが固定されている場合があったことを考えれば、確かに2chよりはツイッターの方が近かろう。
∧∧
(‥ )ラジオの電波
\‐ ぴあの紙
ツイッターの電子
媒体が変わっても人間やること
同じであるか
(‥ )そりゃあ演じる人間は同じ
役者が同じなら
媒体が変わっても
やることは
同じであるからな
同じではある。しかし、冒頭のように、ラジオの投稿を使うことで自分が有名役者と同じ舞台に立ってチケットのもぎりもしているから声をかけろ、というような誇示をする人間がいるのだから、人の欲望はあまりにもあけすけで底知れぬものだ。
∧∧
( ‥)ネットもラジオも
1000人に一人の
あるいは
1万人に一人の
変わった人間を拾い上げて
しまいますからな
( ‥)ツイッターは馬鹿発見器と
‐/ 良く言われるが
ラジオもそうだよなあ
違いがあるとしたら検索能力の有無であり、これによってツイッターの馬鹿発見度は著しく向上したが、本質はネット以前もネット以後も、何も変わらない。もちろんこんなこと、分かっていてしかるべきことではある。だが、改めて目にするといささかぎょっとするものだ。