2013年3月14日木曜日
理論は理論自体を、黄砂は黄砂自体を保証しない
( ‥)そういえば10日午後、
–/ 関東平野を包んだ砂ぼこり
は黄砂ではなく、
関東ロームと赤土だ
という人がいるけども、
そういう人は工作員だ、
そう書き込んでる人いたな
∧∧
( ‥)ああ、するとあなたも
工作員になるわけですか
理屈の上ではそうなる。
∧∧
( ‥)なんと答えます?
(‥ )その論法だと黄砂陰謀論の
正しさは論証できない、
そう答えるかな。
:理論Aは正しい
:正しい理論Aに反対するものは工作員である
:反対者Bは工作員である
∧∧
(‥ )理論Aは正しい
\– その前提が正しいと仮定した
その時に結論は正しい。
(‥ )言い換えると、
ある文脈に沿って
結論しただけであって、
理論Aの正しさが上昇した
わけではないんだよね。
:マルクス主義は正しい
:マルクス主義に反対するものは反動勢力である
:反対者Bは反動勢力である
( ‥)一昔前、いや、今でも
–□ 当時そのままの人々は
同じだろうけども、
よく使われた論法だな
∧∧
( ‥)理論、この場合はマルクス主義
だけれども、結論しても
理論の確からしさが上昇する
わけではない。
実際、反動、反動、俺たちに反対する奴らは全部反動勢力、と言っていて、いまやマルクス主義はあんな有様だ。
:天動説は正しい
:天動説に反対するものは聖書を認めない者である
:反対者Bは異端者である
:月はチーズで出来ている
:この事実に反対するものは無限の資源とその存在を糊塗する者である
:反対者Bは人類に対する犯罪者である
以上いずれも経験的には間違いだが、いずれも論理的である。言い換えると、論理は文章の正しさを教えてくれるが、内容の正しさについてはまったく何も語らない。
∧∧
( ‥)10日の黄砂が関東ロームの
土ぼこりだという人は
工作員だ。そう言うことは
出来る。
しかし、そう主張しても
10日の黄砂が黄砂である
ことになるわけではない。
( ‥)まあ、言っている人から
–□ すれば、10日の砂が
中国から飛んできた黄砂
であることは確信済み
だから、今さら論証する
必要はないんだろうけどね
∧∧
( ‥)問題はですよ
(‥ )確信した、
と
正しい、
は
関係ないってことでね
太陽が地球を回っていることは自然な発想であり、私たちの言語自体、太陽が地球を回っていること、つまり天動説体系を前提にしたものになっている。
*例:太陽が東から登り、朝がくる。
∧∧
( ‥)しかし、天動説を確信しても
それが正しいとは限らない
( ‥)そういうことを自覚しない
–□ 論の荒さは、例えば
ルターなんかが
やっているんだよな
ルターはコペルニクスの地動説を批判したという。
地動説は神が太陽の運行を止めた聖書の記述に反すると。
だが、この主張は誤りだ。あるいは循環論法的で意味がない。
∧∧
( ‥)なぜかと申しますに
(‥ )天動説体系でも
地動説体系でも
神は太陽の運行を
止められるからね
天動説体系ならば、神は地球をめぐる太陽の動きを止めれば良い
地動説体系ならば、神は地球の自転を止めれば良い
∧∧
( ‥)厳密には地球の公転運動も
止めるべきですけども、
自転を止めるだけでも
太陽は見かけ上、
ほぼ停止しますしね
( ‥)ルターの批判は天動説体系が
–□ 先にありきの論法で、
地動説体系でもそれが
説明できる、ということに
まったく気づいていないのだ
∧∧
( ‥)太陽の運行は天動説体系だ
だから太陽の運行を止めるには
天動説でなければいけない
(‥ )たぶん、そういう発想だよね
だけどもそれは結論の正しさを
保証しているわけではないし
ましてや大前提である
天動説の正しさを
保証しているわけでもない。
保証のない前提で保証のない
結論を下しているかもしれない
そして事実、それは
間違っているのだ。
確信は正しさを保証しない。理論の正しさは、理論それ自体を保証しない。
∧∧
( ‥)そうではなく
(‥ )我々に必要なのは
推し量る物差しだ、
そういうことだね。
理論や確信の正しさそれ自体はどうでもよろしい。
∧∧
( ‥)理論は理論自体を保証しない
(‥ )金みたいなもんだな
貨幣も紙幣もそれ自身で
自分の保証をしている
わけじゃないからね
そうではなく、もっと別の保証が必要になる。
同様に10日の空が黄砂だろうが関東ロームの土ぼこりだろうが、確信それ自体には意味がない。確信から得られる結論にも、それだけでは意味がない。
論証とそれを推し量る物差し、そして物差し自体の性能こそが問題となる。