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2009年10月6日火曜日

草野球のエース

 
 うえっ、寝ちまった、寝ちまった、寝ちまったああ。なんてこったい

 ∧∧
( ‥)はい、仕事ー

    (;— —)うー
       -□

 世の中、平和だ。一般の人はそう思うし、研究者も意外とそう思う。だけどもなかにはオレ様理論を考えるだけでなく、あきたらずに本にしたり、blogで公開したり、あるいはよせばいいのに2chでスレ立てたり、あちこちにスパムメール送ったり、学会に怒鳴り込もうとしたり、あるいは出版社に大発見を原稿で送ってきたりする人がいる。

 昔なつかしの永久機関からポアンカレの予想を解いたってものもあれば(今はあるのかね?)、オレ様進化論もあるし、わけわからん陰謀論やら相対性理論は間違っているやら色々、概念が突飛すぎてアイデアがどのジャンルのものなのか分からないものさえある。

 ご本人たちはそれぞれ世紀の大発見だと思っているらしいけども、そういう世紀の大発見をしたと思っている人たちがごろごろ転がっているのが世の中。別に珍しくもない。そいでもって認めてもらえない時に言う言葉もいつもだいたい一緒。

 ∧∧
( ‥)オレを認めないのはおかしい
    論文を掲載しないのは学会が保守的だからだ。
    研究者は古いパラダイムと価値観に支配されている、ですね

    (‥ )教科書読みたくない、論文読みたくない、実験したくない
        英語読めない、論文にできない、アイデアは出したのだから
        お前らが論証しろ
        まあ、だいたいいつも一緒だなあ。

 これをある人がこう表現した。見知らぬ男がまさに試合中の野球場に来て言った。オレ様、お前らよりすごいから試合に出させろ。なに?? 出せない?? 出たいならまずは入団テストを受けろ?? そういう保守的なことにこだわっているからお前らは・・・・

 ∧∧
( ‥)はあ、めちゃくちゃな理屈ですね

    (‥ )いやいや、彼にとっては理路整然としているんよ。

:自分はすごいから認められてしかるべきである
:しかし相手は自分を認めてくれない
:自分は認められてしかるべきであるから、認められない原因は相手にある
:自分がすごいのは自明の理であるから、認めない理由は理不尽に違いない
 
 ∧∧
( ‥)そりゃまたお馬鹿な話では?

    (‥ )馬鹿というのはお馬鹿な表現であるから
        むしろこういうべき?

:彼は相手の判断基準を理解していない

 ∧∧
( ‥)野球やサッカーなら実績や入団テスト
    科学なら材料と解析手段をすべてオープンにして
    論文にして学術誌に投稿せよ、ということですね。

    (‥ )判断基準はどこの業界でも持っているものなんだ。

ただし、もちろん、判断基準が理解できない人にとってそれは理不尽にしか見えない。

教科書を読め、論文に目を通せ、実験をしろー、検証手段を思いついてそれを実行するんだ、英語だろうがドイツ語だろうが国際誌に目を通せ、適切な解析手段でデータを処理しろ、所定の手続きにそって論文を作成し、それを学術誌に投稿するんだ。試合はもう始まっているんだ、さあ、早く、早く、早く。

というのは科学の世界におけるひとつの実力テストなわけだけども、知らない人には理不尽にしか写らない。

 そして思うに、このことはたぶんやはり次のことを示している。

:オレ様理論を思いつく人は、データを適切に説明するグラフを発見する方法、つまり適切な解析手段を持っていない

 ∧∧ 
( ‥)そしてそれを持っていないから
    ”整合性のある一部のデータ”で満足したり
    帰納的に仮説を検証できなくなったりすると。

   (‥ )話がつながったろ? 

 解析手段を持たないことはデータを処理しきれないことを示す。それは一部のデータを偏重することにつながるし、かつまた仮説の検証を放棄することにもなる。そして研究者が持つ世界観を共有しないことにもつながる。となれば、彼らの行動/言動は必然。

 ∧∧
( ‥)ゆきつく先も同じでしょ

   ( ‥)今まで見た人はすべて同じであった。

 

 おかしなもんで、オレ様理論を言い立てていた人が、教科書読めば? と言われて、よっしゃ!!と一念発起して科学という世界の山を登り始めた例はこれまで見たことがない。


    
 

2009年10月5日月曜日

ひとりごと

 
 もう何年も前、ミクロラプトルが見つかった時に思った。この主張は最節約に考えると不利だ、だがしかし、もしも直近の姉妹群を我々が知らないとしたらどうだろう? もしかしたら我々は派生形質を原始形質に、原始形質を派生形質だと認識しているんじゃあないだろうか? いやまさか。なぜならトロオドンを含めて考えた時、エウマニラプトラのトポロジーはそれを十分に支持しない。とはいえ、ありうるということがあるのか? トロオドンを見ているとそんな気もしないでもないが、さてどうだ?

 ∧∧
( ‥)確かそれはムツゴロウの話から
    思いついたんでしたっけ?

    (‥ )確かね。

 だからペドペンナを見た時は目を疑った。まさか本当にくるとは思わなかったから。シナヴェナトールの論文は、そうですか、だったが、化石を見た時思った。これが事実なら、すいません、参りました。私の負けです。

 ∧∧
( ‥)降参しちゃってますねえ

    ( ‥)あれを見せられてはね。

 たぶん、間違いない。我々はある形質について派生形質を原始形質だと考えていた。まず間違いない。

 とはいえそれでもなお、疑問は残る。それは

 ∧∧
( ‥)例のあれが収斂なのか、あるいは原始形質かどうかですね。

    (‥ )そしてそれを可能にする経路があるかどうかだね。

 可能には、たぶんなるんだと思う。その場合、収斂でも原始形質でも成り立つかもしれないけども、問題があるとしたら

1:最節約に見えるアイデアが2つあって、それが収束しないように見える
2:可能ならしめることがありうることは分かるけども、それについて確証がもてない

だが今度のこれはどうなのだ?

 ∧∧
( ‥)1は解決では?

    ( ‥)どうだろう、そこは慎重にいきたいなあ。

 ∧∧
( ‥)疑り深い人ですね

    (‥ )そうでなければこの仕事は続かんぞ。

 2はどうだ? まあいい、それはおいおい結論できることじゃあないか、どうということもない。

 

つまりこういうこと?

 
 うえへえええ。どうしたものか、メジャーな種類はいくら調べても書けるような内容が出てこない。そのくせ書けることがある種類はなんか地味ー。

    (;— —)どうしたもんですかね、この状況
 ∧∧
( ‥)はあ、まあそりゃあ研究者が研究対象にする動物が
    メジャーだったり、ペット業界で有名だとは限りませんからね。

考えても見れば研究者が鬼のように調べた生物っていうと大腸菌、ファージ、酵母、アカパンカビにショウジョウバエに線虫にマウスにシロイヌナズナに人間なわけでして。当たり前っちゃ当たり前。もうしょうがないのでOtophryneで手を打とうと決めた。

 さてはて、暇な時間に少し頭を整理してみる。

:一部のデータを過剰に重み付けしている
:データから適切なグラフを導くことができない

それはつまり、データを収集して経験的に自説を検討することができない、ということを示す。

 ∧∧
( ‥)しばしば反証不可能と表現される状態ですね。

    (‥ )まあそういうことなんだが。

ようするに帰納的に仮説を検証することが不可能(あるいは拒否している状態)

 ∧∧
( ‥)でも整合性はあるんですよね?

    (‥ )そりゃあ、極端なことを言えば、適当な補助仮説を
        導入したり、なおかつ恣意的に選んだデータだけを
        整合性がとれるように配置すれば、当然、
        整合性は損なわれないだろうね。

 ただ、データ全体とつきあわせると整合性が破綻していくってだけの話で。

 ∧∧
( ‥)でも主張している本人の内部では
    問題は生じていないと。

    (‥ )問題が生じていると自覚していることは、
        普通の状態なら大声で主張したりはしないだろ?

そうねえ、たぶん、少なくともこの手の人たちの中ではいわゆる”オレ様理論”は理路整然としていることになる。だからたぶん堂々と主張できる。

 でっ、思い出すのだが。今西錦司はこんなことを言った。ダーウィンは神と教会を打倒したのはえらいけども彼の進化理論は誤りだ。

 ∧∧
( ‥)はあ、、、あの人の理論って創造論者を否定できる
    ような性能がありましたっけ?

    (‥ )ないよ。どっちも同じだ。論文かけねーもん。
        使いものになんかなりゃしない。

面白いもんで、人間は論理的に同じではある2つの文章を、こっちは正しい/こっちは間違っていると識別できる/あるいは区別する。

:人間はすべて死ぬ
:私は人間である
:私は死ぬ

:すべての衛星はチーズでできている
:月は衛星である
:月はチーズでできている

 ∧∧
( ‥)確かにどっちも文脈は同じですね

    (‥ )どっちも論理的に正しいのだ。
        前提が間違っている(と帰納的に推論される)
        ものがあるだけで。

 誰でも以上の2つの文章の正誤は識別できる。オレ様理論を言う人たちもたぶん同じ。

 しかし、以上の2つの事例は次のことをも示唆している。

 論理は文章の正しさを保証しているだけで、現実とは何の関係もない。あるいは現実を説明できると保証しているわけではない。

 論理それ自体は現実を保証しない

 すると問題は。例えばなぜ今西錦司は”論理的である創造論”を否定できたのか? ということであって

 ∧∧
( ‥)東洋人でキリスト教徒ではないからでしょ?

    (‥ )たぶんね。

 するとこういうことか?

論理的に識別できない2つの事柄があった場合、人間は直感的に取捨選択をしているだけで、別に深く考えているわけではない

 つまりこう?

オレ様理論を言う人々は直感的にデータを取捨選択し(だから恣意的)、それら一部のデータを整合性がとれるように並べ、論理的に正しいと主張している。そのような方法で仮説をチョイスしたために帰納的に仮説を検証することができず、そもそも論理を武器にしている時点でやはり経験を無視している(帰納は演繹ではないので)。

 ∧∧
( ‥)経験を無視する以上、反論があっても認めないでしょうね

    (‥ )経験を無視する以上、経験的に検証を行うという
        研究者の考えは理解できないことになる
        自動的にね。

 さて・・・

 ∧∧
( ‥)これ自体が仮説なわけですが
    どう経験的に論証します?

    ( ‥)実験するのか、観察するのか・・・・・

 そもそもオレ様理論の主張者ってカテゴリーが実在するのかという問題もあって

 ∧∧
( ‥)灰皿の例え話やがな

    (‥ )灰皿になっちゃうねえ。

 もうひとつ、この仮説は予測を理路整然と最節約に導き出せる程の性能があるのか? それが問題だ。



分かる/分からない

 
 公園にいったら朝も早よからツユクサにハナバチが飛来。熱心に訪花中。さすが温血動物、寒さをものともいたしません。訪花されたツユクサの花をルーペで覗いたらいわゆるX字型雄しべの花粉塊が幾つかぬぐったみたいに無くなっていたのだけども、ハナバチがとっていったのか、それ自体はよくわからず。

 ∧∧
( ‥)でもまあ、花の奥に舌をいれたり、
    足でごそごそ拭うようなことはしていましたよね。

    ( ‥)まあそうなんだけどね。

 さて

 分かる/分からない。前も書いたことなんだけども、分かった、という確信は実のところ”本人が何か確信している”という以上のことは述べていない。少なくともその”理解した”という確信はそれが”妥当であるか否か”ということにまったく関係しない。

 ∧∧
( ‥)例えばマルチ商法に引っかかった人は
    ”理解した”と思った上で参加しているわけですよね?

    (‥ )端から見て、「お前、騙されているぞ」という状況で
       あったとしてもね、本人は”理解した/分かった”と
       思っている。

 つまるところ、分かった/分からない/理解した/理解できない/、これらの単語はそれ自体ではたいした意味がない。分かったというのは、

私はこれを違和感なく受け入れた

というただの信念について語っているだけかもしれないし(例:君はこれをマルチ商法というけども私はそんなことはないと確信している。)、あるいは、

私は以下の手法でデータを解析した結果、この仮説を導いた。その仮説は妥当性がすでに検討されており、仮説を導いた解析手段の妥当性それ自体については付属の説明を見よ。まあこのような理由から私はこの仮説を採用してもいいじゃねーのと思うわけですよ。でもって私はその仮説に基づいて現象を観測し、解釈しているのだけども、それに何か問題ありますかね? 

というかなり手堅いことを言っているのかもしれない(例:まっとうな論文における記述)。


 さて、時としている”考える素人”が提案する、新説オレ様理論と遭遇した時、研究者はえてしてこんなことを聞く。

 どういう根拠でそれを言っているわけですかね?

 すると考える素人は次のようにしばしば反論する

1:こんなすごい根拠があるではありませんか、なぜ無視するのですか!!
2:私の仮説は理論的ではありませんか!!
3:私の仮説は現象を説明できているではありませんか!!


 ∧∧
( ‥)まあ、こういう事例はしょっちゅうみますね。

    (‥ )見るね。共通する特徴を抜き出すと例えば
        以上のような感じになるのだが。

 でもこれらの反論が研究者にはこう見えるっぽい

1:それがすごい根拠だっていうその根拠、それ自体の正当性はなに? 不明じゃん
2:理論的であることは妥当性とは関係ないよね。理論的=経験的にも支持された、なわけ?
3:説明出来る=経験的にすでに支持された、なわけ? オレは経験的に支持されたかどうかを知りたいんだが


 とまあ、こんな感じ? そういうわけで研究者はこの手の考える素人を馬鹿扱いするというか嫌うのだけども、でもまあ、そうねえ、しかし彼ら”考える素人”の立場からすれば先の発言は当然の行動なのだとも言える。

 ∧∧
( ‥)なんで?

    (‥ )”考える素人”を以下のように設定する。

 データを見た時、それを説明する最も妥当なグラフを発見できない

 これはおそらく次のことを意味する

:グラフを引いた根拠が不明
:しかしグラフを引くさいに何かのデータを用いてはいるのだから、これは結果的にデータのチョイスが極めて恣意的であるということを示す
:つまるところグラフが恣意的である
:グラフが恣意的であるということは、それがたまたま最善のグラフに近いものでない限り、追加されたデータは彼のグラフを支持しない
:それでも自身のグラフに拘泥するということは追加されるデータを利用できない/あるいはあえてしない/あるいは元々そんな発想がなかったことを示す
:つまりグラフを経験的に検証することができない

 しかしそれでもなお、彼らの理屈の展開には残るものがある。

 ∧∧
( ‥)はあ、なにが残るんですか?

   (‥ )論理だけは残るでしょ。

 いくら恣意的に少数のデータをチョイスしたとはいってもデータは使っているわけだし、それらの整合性はさすがにとろうとするだろう。というか、整合性をとって作った結果が彼らの”オレ様理論”であるとも言える。問題はたぶん、用いたピースが少なすぎることなのだ。あるいは人間の脳の計算容量を越える問題なのに、暗算だけで結論を出したのがいけない。

 つまるところ総合するとこうなんじゃなかろうか。

目立つ幾つかのデータだけを整合性がとれるように組み上げ、仮説を作成した。それで満足してしまったのか、あるいは追加のデータが最初の仮説を支持しないので見て見ぬ振りをしたのか、経験的に仮説を検証することが結果的にできなくなっている。

 そして予想するに、このような人はスタンダードな研究者のやっていることは”分からない”、と言うだろう。それも信念を提示するという意味合いでしか言わないだろう。

 ∧∧
( ‥)なんで?

    (‥ )仮説を経験的に検証するという方法論が分からない、と
        発言するからには、経験はそこから抜けているわけだろ?

 そういう”分からない”とは検証不可能な”分からない”、ではないのかえ? 検証不可能な発言ということは、ようするに、その”分からない”とは現実世界において意味を持っていない言葉なのだ。

   

 
 


2009年10月4日日曜日

かけ算

 
 かけ算で解ける問題が目の前にある。しかし本人はかけ算を知らない。

 かけ算が書かれた教科書がある。しかし本人は読まない。

 ∧∧
( ‥)かけ算ですか。

    (‥ )かけ算って難しいんだよ?

 辺と辺をかけたら面積が出ましたとさ。話が1次元から2次元になっとる。かけ算をなめちゃいけません。

 連立二次方程式で解ける問題が目の前にある。入力すべき数値もある。それを書いた本もある(この比喩に関しては少なくとも1冊、教科書以外で言及した本がある)

 しかし本人はこれを読まない。

 ∧∧
( ‥)教えるべき?

    (‥ )本人が読めばいいんじゃない?

 実際、例えばの話、ここにはやっかいな問題がひそんでいる。パラダイムって言葉は安易だけども便利なので使うと、

 そのパラダイムを受け入れて、そのパラダイムにそって考えないと解けない問題がある。


というかそのパラダイムにそって考えないと、解けても答えの意味が分からない場合がある。

    ( ‥)というか、実のところなんでもそうなんだけどね。
 ∧∧
( ‥)まあそうでしょうねえ。

 かけ算でも連立二次方程式でも同様。値を入力する、答えがでました。実のところそれは理解などとは言わない。複雑怪奇なプログラムで動いているパソコンを操作して答えを出すことはプログラムを理解したことにはならない。PAUPを使っても、それはPAUPを理解したことにはならない。

 例えばの話。次のような事例は理解について興味深いひとつのヒントになる。

 経験から物事の一般的な性質なり答えを結論づける。いわゆる帰納法。しかしじつはこれは論理的には正当化できない。あるいは論理を演繹だというのなら正当化できていない。なぜなら一部の事柄から一気に全体の事柄を結論づけるから。それは論理の飛躍だ。

 ∧∧
( ‥)例えば、これまでの経験から太陽が明日も東から登るという
    結論を導くことは

    (‥ )以上の意味では論理的に正当化できない。
        それは証明ではない。

 だがこういうとこんなことを言う人がたまにいるそうな。曰く

 何を馬鹿な!! 物理法則から明日も太陽が登ることは明らかであり、証明できる!!

 ∧∧
( ‥)はあ・・・それで?

    (‥ )このことは次のことを示していると解釈するのが
        たぶん、妥当。

 その人は理論や法則がどのようにして導かれ、それが科学においてどんな過程に相当するのか理解していない。


 ∧∧
( ‥)かけ算を理解しないと同じ?

    (‥ )かけ算を使えるし、九九も暗記しているが
        かけ算を”理解できていない”とたぶん同じ。

 
 まあ確かに思うわけですよ。そりゃあまあ、理解ってのはこれが容易ならざることでしてね。

 
 

素人とプロ

 
 まあ、そうなんだ。素人がプロの世界に入ってきてはいけない、口出ししてはいけない。そんなことがあるわけがない。

 ∧∧
( ‥)そりゃあそうです

    (‥ )そりゃあそうだ。

 ただ、例えばの話、教科書を呼んでいない人間が、おいらは教科書以上でございます、そう言うのはまあなんというか。

 ∧∧
( ‥)矛盾ですね。

    (‥ )矛盾だな。

 ありていに言ってしまうと痛いってやつ? とはいえ、痛いというのはいかにも抽象的なのでこう言えばいい。

 確認していないことを確信を込めて言うのは主張として十分ではない。

 ∧∧
( ‥)確信を込めて”始めること”はいいんでしょ?

    (‥ )そりゃあ問題ない。

 科学の歴史なんてそもそもそんなもんだ。太陽王がいるんだから太陽が宇宙の中心でもいいじゃんよ、とか、オレ、錬金術やっているから長距離を越えて作用する重力を想定することになんの違和感もないのよね〜〜、ペストでデカメローン、とか、オレ様、ベンゼン環がヘビでウロボロスするところ見ちゃいました、夢で(断言)とか。

 ∧∧
( ‥)後世の仮説や都市伝説的なものも混ざった見解ですけどねえ・・・

    (‥ )でもまあ、アブダクションなんてそんなもんだってこと
        それは分かるだろ?

 ただし、それで始まってそれで終わったわけじゃあない。それで始まって、その後は科学の所定の手続きに沿って検証されたわけで。

 ∧∧
( ‥)それには適切なデータ処理が必要ですね。

    (‥ )まあなんだ、ものすごく単純な例え話ならこうだなあ

 身長と年齢だとか、X、Yで表現出来るデータがある。それを経験的に立証したり、論証したりするにはどうすればいいだろう?

 ∧∧
( ‥)経験的に、というからには演繹ではだめでしょうね。

    (‥ )つまり、悪い意味で(ナイーブに)「論理的ならばOKだぴょん」
        とか考えている人はここで脱落だ。

例:ルイセンコ主義者

 経験的に検証するには予測とそれに基づいた観察が必要で、そのためにはグラフを導かねばならん。

 ∧∧
( ‥)5つのデータからすると人間はこういう風に成長するという
    グラフが描かれた。それが正しいとすると18歳の人間は
    だいたいこのくらいの身長のはずである。

    (‥ )予測あっての検証だ。だがここで不適切にグラフを
        引く人間は脱落することになる。

例:フェデューシ○教授     教授ー!! カムバッーク!! 教授ーーー!!

 でっ、そういうテクニックは教科書に書いてある。

 つまるところ素人とプロの違いは1つには

 データを適切に解析して解釈できるか否か。

 というか

 教科書をちゃんと理解できるか否か。

 というか

 教科書を自発的に読んで理解できるか否か。


 そんでもって教科書ってプロが書くもんなんだよねえ。とはいえ、実のところ我々素人は系統学の世界ではある意味ものすごくめぐまれた立場であって、もうグラフと入力すべき値が公開されちまってんだな、これが。

 ∧∧
( ‥)祖先形質の復元ですね。

    ( ‥)おいらも自分の本で説明したけども・・・・。

 実のところ”知ってれば誰でもできる”もんなのだ。というか、実際に色々とやってみると面白いし、やっている人はいっぱいいるらしい。それが論文になるわけないが、とはいえパズルを解く程度の頭の体操にはなるのだぞなもし。

 しかしやってみるとあれれ??? という値が出てくることがある。というか奇妙なコンフリクトが起きているのが分かる場合がある。例えばバージェス頁岩のグレートアペンデージ。あるいは鳥の飛翔。

 ∧∧
( ‥)でっ、それを解決するのは研究者ってわけですか。

    (‥ )ウプサラ大学のバットさんとかねえ。
 
 やっぱ、頭のいい人は頭がいい。そうきたかってやつ。ああいうのを見ると、そうねえ、興奮させられるよね。


 

シナリオありきは破滅です

 
 例えばフジカンゾウを見た時、思った。彼らの羽状複葉は同属の他の種よりも小葉の数が多いのだから、彼らは原始的ではないのか? だとしたらフジカンゾウの”茎までがべたつく”という形質もまた原始形質ではないのか?

 ∧∧
( ‥)でもその”お話”には幾つも仮定とか前提が含まれていますね。

   (‥ )しかり。

1:羽状複葉はヌスビトハギ属の内部で3つ以上→3つという方向性を持って進化している
2:別個の形質である”茎までべたつく”という形質もそれとリンクした方向性を持っている(例えば固有の派生形質ではない)

 ∧∧
( ‥)こんな前提、壊すことはたやすいでしょ?

   (‥ )そりゃそうだ。無意識に仮定しているとはいえ、これは
       ただの前提にすぎないからね。

 例えば逆のことを/あるいは違う前提を挿入すればいい。それで”お話”はおしまい。

 ∧∧
( ‥)進化の歴史を探るさいに最初にシナリオを用意してはいけない
    そういうことでもありますね。

   (‥ )シナリオ、あるいは”お話”というのは所詮、第一印象であって
       あるいはごく少数のデータを使っただけの危ういものだって
       ことだな。実は多数のデータを無視しているので結果的に
       そうしたデータを無視したつけを後で払うということもでもある。

 いわゆるあれ。人間が何かの体系を作る時、実のところ”ごく少数の形質だけを取り上げて、それを並べているだけだ”というやつ。

 ∧∧
( ‥)まさにフジカンゾウとヌスビトハギを見た時に
    あなたが思いついてしまった思考過程、そのままですね。

   ( ‥)今度のエッセイで、こういうことは悪い事例だから
     -□ やっちゃいかんと書くことにしよう。

 一般的に人間の観察力ってのは実は大したことがない。例えば葉っぱだけを見せて同定させてみればいい。あるいはこう。オレ様鳥進化論を語っている人たちに坐骨だけを見せて、それが何の坐骨か同定できるかやらせてみればいい。

   ( ‥)形態に基づく同定のテクニックをなめちゃいかん
 ∧∧
( ‥)でもそう言う作業が扱うデータでは系統は再現できないでしょ?

 しかり。そういう時に使えるデータ。例えば分類学が集めて扱うデータのかなりな部分は系統学では使えない。シドニー・マントンが賞賛されると同時に批判されるのもこの点でしょ? 彼女は途方もないデータを辛抱強く集めたけども、原始形質と派生形質をごっちゃにして系統を語ったので、その点は結局批判されることになった。

 ∧∧
( ‥)でも業績はすごいですよね?

   (‥ )本を見るとあっけにとられるからなあ。

 すげーすげー。でもデータの扱いに問題があった。だからコンウェイ・モリスに”彼女はすごいけども、残念ながら間違っていたと思う”と書かれるわけでありますのでしょうよ。

 つまるところ、データは大量にある。しかしデータの中には系統解析に使えないものがある、そのままでは破綻するし、しかもおうおうにして人間はそれらを脳内で把握しきれないし、扱うのにも限界がある。だからおそらく一部の形質だけを使って並べてしまう、そして

 ∧∧
( ‥)そうして作ったシナリオは無視したデータにしばしば裏切られると

   (‥ )データに使えないものもある、ということを失念していると
       特にそうなるだろうね。

 例えばフェデューシ○教授。オレ様鳥進化論の親玉ともいうべきおっさん。シナリオを作ってしまったばかりに人生の後半は防衛戦を戦うはめに。

 ∧∧
( ‥)でも90年代まではそれでも良かったのかもしれませんね

   (‥ )そうねえ。あの時までは知らない人が聞いたら
       へー、そんな異論があるんだー、というぐらいには
       評価してもらえただろうしね。

 当時はまだ、データはこう扱うべきです。そう言って分岐学やら系統学やらが攻め込んできたばっかりだったので、データ処理という点とか、科学哲学の上ではあなたのやりかたには問題あるんじゃないですか?(シナリオが先ではへたするとトートロジーになりかねないでしょ?)とか、そういう素人には分かりにくい部分で争っていたわけだし。

 ∧∧
( ‥)破滅の発端はたぶん、中国の羽毛恐竜化石ですね

   (‥ )それだけでないけども、あれはきつかったろうな。

 羽毛? いやいやこれはほぐれたコラーゲン分子だろ? そういう発見初期における彼の言い分もそれなりにもっともなんだけども、どんどこ見つかって、しかも機能的としか思えない形態を示すものが見つかるともはや弁護しきれない。一時、アーケオラプトル騒動があった時に、ほら見ろ、中国の化石は偽物なんだ!!と怪気炎を上げたけども。

 ∧∧
( ‥)ピルトダウンが偽物だから他のも偽物だって論法ですね。

   ( ‥)ああいう隙のあること言うから創造論者とかに
       学説(オレ様シナリオ)を利用されちまうんだよ。

 もはや不当な重み付けに頼るしかなく、ロンギスクアマの羽毛に頼ってみたり、発生学のデータと形態学のデータのコンフリクトであるはずの、123と234問題を鳥と恐竜の対立問題にすり替えてみたりと、学説(オレ様シナリオ)を延命するために必死だったが、そこにもたてつづけて徹甲弾を打ち込まれる始末。1986年から数えて23年目、こんな短期間でここまで戦況が悪化するとは、本人も含めて誰も想像していなかったのではなかろうか? もはや端から見てると満身創痍。さえていることも言っているのだからもったいないとしか思えない。

 それもこれもオレ様シナリオなんかに執着するからいかんのだ。


2009年10月3日土曜日

リーフカティディッド

 
 キリギリスの仲間には擬態をするものがいっぱいる。ライケンに擬態するトゲトゲしいやつもいれば、アカシアに擬態したもの、もっと幅広い葉っぱに擬態したもの。まあ、生息環境などによって姿形が違うのは当然なのだからいいとして、

 ∧∧
(‥ )落ち葉や葉っぱに擬態している種類がなんでこんなにいて
\-   しかもちょっとちょっと違うんですかね?

    (‥ )どれがどれっていうほど淘汰が違うとも思えないけどね。

 違うのか、なにかのトレードオフで決定されるのか。ある本では鳥のヒナの隠蔽擬態が近縁種でちょっとちょっと違うのは中立的なのだ、と述べられていたけども。

 ∧∧
( ‥)じゃあその中立的な形質とやらが、
    どうしてそれぞれの種で固定的なんですか?

    (‥ )?

 
 自然選択においてさほど違うとは思われない形質が、その種内では一定・・・。

 あーーー?? 性淘汰とか? はははははー

 ∧∧
(‥ )調べてみますね
\-

    (‥ )時間ないんだけどね。

 
 こうして夜はふけていく。


教科書を読まないからこその整合性

 
 例えばの話。二次方程式で解ける問題があるとする。教科書を読めば二次方程式が載っていて、極端な場合、(望ましいことではないが)公式の性質を十分理解できなくても数値を入力すれば、それこそ自動的に答えを導ける。

 ところが世の中には教科書を読まずに、”オレ様方程式”を発明する人たちがいる。まあべつに発明することは悪いわけではない。ドンピシャリ、独自に二次方程式を思いつくのなら、それはそれですばらしいに違いない。問題は、

 ∧∧
( ‥)この場合なら二次方程式ではない方程式を発明しちゃっている
    場合が問題ですね。

    (‥ )例えば議題に上がっている数字自体に関しては二次方程式と
        同じ答えを出せるが、それ以外に関してはてんで出せないって
        やつを発明しちゃうとかね。
 
 例えばその人の発明したグラフと二次方程式のグラフがどっかで交わっているだけって状態とか?

 ともあれ、さらにその上にその手の人が例えば次のような主張をすることがある。

 オレは正しい解法を見つけた

 さらにはこんな主張をする場合もある。

 曰く、オレは研究者も気づかないような解法を見つけたのだ。

 ∧∧
( ‥)? でも考えてみれば妙ですよね?
    教科書を読まないのに、結果的には教科書を越えたって
    言っているわけでしょ?

    (‥ )まあ、だからこの手の人は研究者とか院生からは
        評判悪いよね。

 まずは教科書読め、論文読め、と言われる、あるいは「そうですか、それはそれは・・」と慇懃にお帰りを願う。まあねえ、そうねえ、そういう風に言われるよねえ。

 でも、しかし、研究者とか院生からすればそうなんだろうけども、思いついちまった彼ら本人たちからすれば別におかしな論ではないかもしれぬ。

 ∧∧
( ‥)なんで?

    (‥ )教科書を読まないからこそ自分のアイデアは
        教科書以上だって思えるんだろ?
        何もない世界に光明のようにアイデアが光り輝いたら
        比較対象がなければそれが一番まぶしいだろ?

 そういう点では彼らの行動に矛盾はないし、理路整然としている。だけどもこれがくせ者かもしれない。

 ∧∧
( ‥)理路整然としているってことは
    疑問を持たない根拠になるのかもしれませんね。

    (‥ )疑問を持たないから自信があるとも言えるかもね。

 この手の人が疑問を感じるのは教科書とかスタンダードとか、あるいは別のアイデアを抱えている人々と遭遇した時。ただおかしいというか当然というか、こういう場合でも自分に疑問を感じるというよりは相手の意見やスタンダードな意見にこそ疑問を感じるらしい。実際、その手の人は

 ∧∧
( ‥)権威主義だとか、オレのアイデアが理解できないのは
    あなたたちが自分たちのやり方に
    拘泥しているからだっていいますよね。

    (‥ )言うね。そして彼らがそういう時、その
        半分は確かに正しいのだ。

 権威ってものはあるし、自分たちのやり方(パラダイム)に拘泥と言わないまでも、研究者なり一般人なりがある種のパラダイムを採用していることは疑いない。

   ( ‥)でもこの場合の権威ってのは検証された経験を踏まえた
       評価であるし、パラダイムなり仮説を用いているのは
       相手もそうだが自分自身もそうなんだよな。
 ∧∧
( ‥)つまるところ以上の反論は正当化になってはいないんですね。

 よくできたもんで、権威主義だの、あなたたちは自分のやり方に拘泥しているだけではないか? とか、そういう事柄に潜む問題はもう何十年も前に科学哲学とかで議論されてきたことで、それこそ教科書に載っている。

 ∧∧
( ‥)教科書を読まない人が教科書に載っていることの
    半分くらいを使った反論を独自にするわけですか。

    (‥ )教科書を読まない人が教科書に載っていることを
        独自に、しかし中途半端に思いついて反論する。
        確かに整合的ではあるだろ?

 

絵が見えてるから?

 
 データからそれを説明する”妥当な”仮説をどのように選ぶか、あるいはどのような”基準”で選ぶのか? そしてそれが妥当な基準であると主張する場合、その基準の妥当性はどのようにして判断すれば妥当であると言えるのか?


 ∧∧
( ‥)絶えず問題になることですね

    (‥ )絶えず問題になるからこそ、
        どのようにデータを処理すればいいのか?
        が科学の世界で問題になる。

 だから色々な方法論や解析手段が開発されるし、だからオレの方法論の方が妥当だ、いや、オレだ、で科学者のハードな争いが起きるのだと思うのだけども。そうねえ、そういう意味では科学者は”妥当な答えを発見できる方法の妥当性をどう論じればいいのか”を追求するプロなんだろーね、ということは言えるのだけども。

    ( ‥)プロと素人の違いはなに? それは
        パズルを組立てられるか、あるいはられないか。
        そうだとも言えるかな。
 ∧∧
( ‥)誰でも組立てられません?


 確かにパズルって誰でも組立てられるもんだけども、でも考えてみればそれって

    (‥ )単に完成図を知っているからじゃね?
 ∧∧
( ‥)はあ、まあそうかもしれませんけど。

 完成図がどんなものなのかを知らなくてもパズルを組立てられるか、られないかがプロと素人の違い?

 あるいはこう

 整合性を最大にしよう(誤差とかそういう余計な仮定は最小限にしよう)という基準のもと、ざっくり組立てられるのがプロ(データを見れば妥当なグラフを引くことができます)

 なんか知らんけど、例えば審美眼とかこれが大事じゃね?という先入観に基づいてなんとなく作っちゃうのが素人(データの一部だけにくいついて、そこに線を引いちゃいます)

 
    (‥ )整合性/最節約性/誤差最小を踏まえてしゅくしゅくと
        作るのがプロ
        きれいな絵ができそうだと勝手に組み上げちゃうのが
        素人。
 ∧∧
( ‥)そんなもんですかね?

 そんなもんじゃなかろうか? もう10年は前になるけども、現在スタンダードな系統仮説からするとあなたのアイデア、全然支持されませんよ。と言ったら悲しそうな顔になったというか、泣きそうになったやつ(プロではなくて素人)がいたもんだけど。

 ∧∧
( ‥)・・・はあ、それはそれは

    (‥ )泣かれたって困るよなあ。さすがに本当に泣きは
        しなかったけどさ。


 こんなこともあった。ある化石が出た時に、ある研究者にあの腰や足はどう思います? と尋ねたら彼はこう答えた。

 いやー、僕の仮説。壊れちゃったねえ。あははははは。

 ∧∧
( ‥)まあ研究者なら当たり前ですね。

    (‥ )ところが素人はこういうのが、意外とできんのよ。
 
 さもなきゃ泣きそうになったり、解析手段を調べもしないままぶつぶつ批判していやだいやだと目をそむけたりしない。




 


ファイラム

 
 Phylum つまりファイラム。まんま訳せば家門。分類学の分類階級では門。他の生物群と異なる独自で固有のボディイプランを共有する生物群をまとめた分類群。とまあ、しばしばそう言われる。門から門を導くことは不可能で、門は独自のものだそうだ(それ、いつのアカデミー論争なのだ?)。

 ダーウィンは種の由来を明らかにしたが門の由来は明らかにしていないではないか!! と鼻息荒く言っていた人もいるんだけども。

 
   ( ‥)門が科になっていく過程を見たこっちとしてはなあ
     -□ 何言ってんの、あんた?? って感じかな

 ∧∧
( ‥)ああ、ハオリムシですね

 ハオリムシ。昔は独自の門。今は環形動物におけるSiboglinidae 現在、テキストを作成中。サガミハオリムシは種小名まで決まっていないために今回の使用もまた見送りか?


2009年10月2日金曜日

サイコドクター

 
 サイエンスに載ったラミドゥス猿人の骨格。へーーー、きれいだねえ。足の骨なんか萌え萌えだ。まあそんなことはともかくとして、二足歩行をする古代人類というか我々につながる系譜の古代種、

 こんな発見を前にして自称、在野の研究者、サイコなDr.北村(仮称)が次のようにいったとする。

ラミドゥスが直立で二足歩行をしたって? そんなことはないっぺや。歴史の教科書をちゃんと読んだことあっか? 人間は最初は前屈みだったずら。テナガザルがへこへこ歩くとこから始まったずら。ラミドゥスもきっと前屈みに違いねえ。復元を間違えたか、さもなきゃ時代を間違えたずら(*つまり彼はラミドゥスがもっと新しい時代のものである、という解釈をしている)

さて。Dr.北村の言っていることは妥当だろうか?

 ∧∧
( ‥)それは”人類の直立二足歩行は歩き始めてじょじょに獲得された”
    そういう仮説に基づいている解釈ですよね? 
    ちっとも妥当じゃないですね。

    (‥ )だが、Dr.北村は次にこういうのだ。

初期の人類が直立二足歩行をしていたと考えている人も、そういう仮説に基づいて見ているだけだっぺや。つまり、どっちも同じ立場なはずだ。

 ∧∧
( ‥)まあ、言っていることの半分は正しいですね

    (‥ )まあそうねえ、半分は正しいねえ。
 
 人間が仮説を通して現象を解釈しているということに関しては正しい。

 ∧∧
( ‥)でも、残りは妥当じゃないですね。

    (‥ )そうねえ、サイコな研究者、Dr.北村(仮称)の主張は
        まっとうな研究者からは無視されるだろうなあ。

 つまりようするに手元に仮説がある、現実を説明できる仮説である、仮説を通して解釈している、それだけでは妥当な仮説と妥当でない仮説は識別できない。ではどこで識別するのだろう?

 ∧∧
( ‥)それは裏を返せば研究者は識別する能力なり基準なりを
    持っているということですね。

    (‥ )それを適切に説明できるようにならないと
        僕らは科学者の思考やロジックを理解できないし、
        彼らの主張の正当性や妥当性を判断できないわけさ。


 さてさて諸君、どう識別するね? そして識別それ自体の正当性と妥当性はどう示せばいいだろう?


 さて

 それはそれとしても、まだ読んでないけども、ラミドゥス猿人の論文はどうも二足歩行の起源や排卵の不明瞭化、犬歯の小型化を性淘汰で説明する論文でもあるらしい。なるほど、そうですか。

 ∧∧
( ‥)人間の言語能力も性淘汰で出来たのでは?という
    仮説もあるみたいですよね。

    ( ‥)昨今の知見も当然として、
      -□ ダーウィンの本もまた読み直さなくては。
        

 150年たったとしても、結局は元ネタあの人だしね。「人間の進化と性淘汰」は著者、訳者その他の注釈、脚注、解説も含めて一回読んだだけで理解しきれるものではないだでなあ。

 ∧∧
( ‥)それにしてもダーウィンの性淘汰を理解してから
    まだ30年ぐらいしかたっていないんでしょ?

    (‥ )逆にいうと現在の研究者(集団)は
        たいしたもんだとも言えるな。

 30年でダーウィンを凌駕する力があったんだから。



 

追跡できるか?

 
 お題。身近な寄生虫を進化理論とからめつつエッセイを展開せよ。

 ∧∧
( ‥)できます?

    ( ‥)むむむむうううううう
        できなくも、、、ない?
        いや、どうなんだ??

 吸虫と条虫で系統樹をつくる? いや、それ、細胞とかまで同定できますわい、というのならともかく、素人が判別できる程度の外部形態だけでやるしかないとしたら、いくらなんでも無理じゃね?? いや、よく知らんのだけども。


 ∧∧
( ‥)節足動物系ならどうなんですか?

    (‥ )どーだろ。

 一番身近なのはニベリン条虫とかなんだ。そいつを使わない手はない。しかしどうすればいい?

 ∧∧
( ‥)アニサキスは?

    (‥ )比較対象がないからなあ。
        あれ一種類だけだときついぞ。

 それともそうでもないんだろうか?

 今日、蛍光蛋白で神経が光っている線虫のポスターをたまたま見かけたけども、イントロヴァーターの共有派生形質の部分(消化管を包む脳)だろうか、のど元でひときわ明るく輝く光点には目をうばわれた。


残酷物語

 
 こんな問題を出題されたとする。幾つかのデータがある。例えばある生物の年齢と大きさ。さて、この生物がX歳の時のデータはまったくないのであるが、ではこの生物がX歳の時の大きさはどのぐらいだろうか?

   (‥ )こういう問題を出された時どうするね?
 ∧∧
( ‥)データからグラフを描いて、
    X歳の時の値を求めればいいだけでしょ?

 データからグラフを引く。グラフってのはつまるところ方程式なりなんなりであって、後は値を入れれば答えがでる。

 ではこの答えが妥当であることを検証するにはどうすればいい?

 ∧∧
( ‥)実際にそうであるか調べればいいだけでしょ?

    (‥ )そうなるねえ。

 正しかったらそれでよし、間違っていると思われる状況であれば最初に戻ってやり直し。

 でもここで問題。データから恣意的にグラフを引いた。こんなことをした場合、答えはどうなる?

 ∧∧
( ‥)おかしな値が出るでしょうね。

    (‥ )”恣意的に引いたグラフ”の性質次第で
        ちょっと変な答えからとんでもなくおかしな答えまで
         色々なものが出るだろうねえ。

 ようするにこう。

 データからどんな方法でグラフを引くのか? それ次第で妥当な答えにたどり着けるか、あるいはまったくたどり着けないか、それが決まる。

    (‥ )つまり必要なものはなに?
 ∧∧
( ‥)データから”適切なグラフ”を引く方法ですね。
    例えば最小二乗法とか。

 あるいは系統学の世界であれば最節約法とか、いろいろあらーな。ようするにデータからの誤差をトータルで最小にするようにグラフを引けばいいんだろ、ということ(<ものすごく乱暴な要約)。

 つまるところ、そこがなってないと何をどうしたって駄目。つーか、論文になんかならねーし。
 
 そして例えばこんなことをしているから破綻する。

:このデータが重要に違いないからここを通るようにグラフをこーんな感じで引けば間違いないずら。それでこんな感じで答えが出るだろうけどきっと正しいに違いない。実際、矛盾ねーから問題ない。

 いやいや、矛盾がないことも、説明できることも、どちらもそのグラフなり仮説が妥当であることをまったく保証してくれない。

 例:創造論は矛盾がない。あるいは矛盾をすべて説明してくれている。言い訳がとんでもなく多いだけ。平たく言うと最節約ではない。

 また、この場合、グラフを”こーんな感じ・・・”で引いてしまっているのがまずい。ようするにデータの解析手段が自覚されていないので、こういう場合、予想が明確に立たないか、あるいは立てられた予想を導いた手段が根拠不明なので、検証したと言われてもそれが検証にあたるのかそもそも成り立たなくなってしまう。

 つまるところ材料も解析手段も不明な論文って、それはねーだろう。リジェクトだリジェクト。

 ∧∧
( ‥)それにこの状況ってグラフの引き方が適切でないこともさることながら
    選んだデータ以外のデータを軽視しているということもでもありますね。

    (‥ )ようするにあれなんだよな。一部のデータだけで作ったから
        無視した他のデータに、結局、グラフが破壊されちゃうって
        ことなんだよねえ。
 
 例えば出ました、フェデュー○ア教授。きっと鳥の進化はこんなのに違いないずらと最初に作ったシナリオに沿ってデータを解釈してウン十年、しかし無視していたデータは”シナリオ”を支持しないし、次々に見つかる新しいデータに至ってはぶっちゃけ反証しちゃうぞ状態。状況は悪化し、戦線は縮小し、今や風前の灯に。一部のデータを恣意的に重み付けするしかないので、恐竜の手は123だが鳥は234なんだから違うんだいと、はあ、そんな詭弁に騙される奴が今どき何人いるんだよという補助仮説で防衛戦を展開するものの、最近、立て続けに徹甲弾を打ち込まれて、もはや轟沈かー??


    ( ‥)そこで本日、三島から帰る途中で考えました
        新書「フェデュー○ア残酷物語」
 ∧∧
( ‥)わあ、最低な題名。

 
 ところで、教科書や論文を読んだら? と言われた時の人の否定的な反応って大抵の場合、難しい、高い、英語読めない、なんだけども、それはなんでなんでしょうね?(日本語もあるよ)

 ∧∧
( ‥)当然と言えば当然ですけどね。

    ( ̄  ̄;)まーねえ、英語なんて読みたくないし、
          本なんて買いたくねーしな。
          面倒なのもそりゃそうだ。
 
 それに関してだけは同意はできる。しかし納得はできない。

 
 
    

 

2009年10月1日木曜日

その秘密はトゲ

 
 ヌスビトハギの同属別種、フジカンゾウ。残念ながら数日前に見かけた花はもう終わっていて、みつけた花も花柄が折れてしおれてた。しょうがないので折れてしおれた花を持って帰る。

 ∧∧
(‥ )手にくっつきますね
 ゜-
    (‥ )あらびっくり。

 フジカンゾウ。実を入れた莢もさることながら、茎も花柄も葉柄もひっつく力があるらしい。一応、近くのヌスビトハギを触ってみるとべたべたつくのは莢だけの模様。

 ∧∧
( ‥)なにゆえ、茎や花柄までべたつくんですか?

    (‥ )さあ???

 そこでぴんっときた。

 たまたま全身がべたつくようになっちゃって、それが結果的に実を分散するのに都合がいいから、ヌスビトハギでは淘汰を受けて実だけがべたつく/ひっつくようになった。つまりヌスビトハギは特化したものだとか??? 特化したとか??? したとかーー???

 そんな考えがぽっと頭に思いついて、いやいやと考える。

 ∧∧
( ‥)それじゃあ、どっかで”オレ様鳥進化論”とかを思いついちゃってる
    人たちと同じですね。

    ( ‥)そうなんだよなあ。思いつくのは誰でも思いつくんだ。
 
 思いつくのはしょうがない。思いつくのは止められない。でもそれを検証する手段というと、結局のところ、例えば最節約なデータの解析をして、あるいは類似度で作ってなおかつ根をつけた系統樹(?でいいのか?デンドログラムなのか?)を出力した後、そこに形質をプロットして最節約に祖先形質の復元をするべきであって。

 ∧∧
( ‥)そんなんだったら最初からデータを最節約に解析して
    素直にクラドグラムを作ればいいだけの話ですね。

    (‥ )いやまったくその通りでね。

 データからグラフを作って手持ちの値を入力し、そいでもって予想される答えを見つければいいだけの話。そんなこと、教科書を読めば高校生にも中学生にだってできる。それもせずにまずは”オレ様グラフ”を作って恣意的に答えをてきとーに出して、そんでもって矛盾がないっぽ、オレ様すごいじゃん、ではただの○○。というか、二次方程式が載っている教科書をぺらっと”見た”だけでオレ様方程式というわけわからんしろもの作って答えがでましたと言っているも同じ(しかも答えがあってない)。

 それじゃあお話を作っているだけやがな。それでは小説家にはなれても科学は理解できまいよ。最初に”お話”を考えてどうすんだい。検討すべき答えを真っ先に”作ってしまって”、それに満足してどーすんだい?

 ∧∧
( ‥)楽しいんじゃないの? 楽しいからするんでしょ?
    実際、あなた、一瞬だけど楽しかったでしょ?

    (;— —)すいませんねえ。すぐに我に帰りましたよ。


 とはいえ、しかしなんというか、ヌスビトハギ属の中ではフジカンゾウが原始的なのかな〜〜〜とか余計なことが念頭にあったもんで、ついね、そんなことを思っちまいましたとさ。

 それにしてもだいたい、考えても見れば”たまたま全身がべたつくようになっちゃってーえ”と仮定してしまっているところがお笑いかもしれぬ。

 ∧∧
( ‥)たまたま全身がべたつくようにって、なーんか
    そういう変異って淘汰に関しては
    中立ーな前提を敷いている臭いがしますよねえ。

    (‥ )だったら、なんで”フジカンゾウは全身がべたつくという状態に
        形質が固定されているわけ?”という問いに積極的には
        答えられないよね。

 ∧∧
( ‥)確率的にたまたま固定されたんですよ、と言ってみる。

    (‥ )いやあ、まあ、それでもいいかもしれんけどさ。
 
 まあなんだ、ここに含まれているもろもろの問題はこれから色々と考えよう。(適応主義が問題なら、確率的に固定されたんですよーという主義も問題になるんですかね、なるんだろうねえ、たぶんねえ)まあそのなんだ、研究者には笑われるかもしれないが、現時点では力不足であること、このうえない。

 ともあれ、顕微鏡でのぞいてみたら。

 ∧∧
(‥ )フジカンゾウの体を覆う小さな毛は
 □-  みんな逆トゲですね。

    (‥ )くっつく秘密はこれかよ。

 なんか、これ、もっのすごく簡単な変異でできちゃうんじゃないの? という仕組みっぽく思えた。

    ( ‥)べたべたした感触があるから
      -゜ てっきり粘液かと思っていたのだが。
 ∧∧
( ‥)調べてみるもんですね。

 一応、さっと目を通したら、それは本には書いてあることで、つまりすでに知られていたことなんだけども、しかしながら実際に先入観抜きに見てみると、おおーという感じ。きれいだなあ。今度はヌスビトハギとじっくり比較してみよう。

 ∧∧
( ‥)見落としていることがたくさんあるんですよ

    (‥ )うむ。まったくだ。


 


2009年9月29日火曜日

月がチーズでないことを示せ

 
 ところで

     (‥ )月がチーズでないことをどう示せばいいのかね?
 ∧∧
( ‥)簡単です。

:すべての衛星は岩石で出来ている
:月は衛星である
:ゆえに月は岩石で出来ている

     ( ̄  ̄ )・・・・
 ∧∧
( ‥)冗談ですよ

 距離が分かれば大きさが分かり、そこからまあ、なんだ、望遠鏡を通してみれば月面にのびる影からかなり高い山脈やらクレーター外縁があることが分かるわけで

 ∧∧
( ‥)そこまでくれば、チーズの強度では支えられないとは
    言えるでしょうね。

     ( ‥)反射光のスペクトルとか使えたっけ?
       -□

 でもまあ、そんな近代的な方法はどうでも良い。問題は

     (‥ )中世や古代の人々はなぜ月がチーズだと
         言わなかったのだろう?
 ∧∧
( ‥)天上界は特別だ、地上と違うと
    考えていたからじゃないですか?

 月は特別である(つまり言外にチーズその他もろもろではないという意味も含む)と結論した。それだけかいな?

 いやいやこんなのはどう?

:すべてのチーズは人間が作ったものだ
:月は人間が作ったものではない
:ゆえに月はチーズではない

 ∧∧
( ‥)月は人間が作ったものではないって
    どうして知っているんですか?

     (‥ )うーん、こう?

:人間Aは月を作ったことはない
:人間Bは月を作ったことはない
・以下略

 ∧∧
( ‥)帰納ですか。

    ( ‥)チーズであると言わなかったことを
        積極的に正当化するには、あーなんだ
        具体的にはこんな程度の理屈しか使えないかな?
 
 古代人はチーズであるとは言わなかったが、多くの人は岩石だとも言わなかったっぽい。


 

もしかしてよくできてる?

 
 いやいや、まてまて。こう考えてみる

:分岐学は種をOTUにして(っていうの?)系統解析を行っている
:種はしばしば側系統群である
:ゆえに分岐学は側系統群を認めている

 ∧∧
( ‥)三段論法になっているんですかね?

   (‥ )論理的に証明されたことになるのかね?

 なるほど、考えてみればよくできた議論かもしれない。

 ∧∧
( ‥)でも、こういう論法って最初の言い出しが”含んでいる”
    事柄を結論の形式で述べているだけでしょ?

   (‥ )側系統でありうる種を単位にしているという前提からは
       それを単位に使うものはすべからく側系統群を
       認めているという結論を導くってことになるかな。

 というかそもそも前提がそうだからそうなのだって、それだけの話なんだけど。

   ( ‥)まあ、証明なのかもねえ。
    
 ∧∧
( ‥)正しい証明には”そこには矛盾がありません”
    ということしか言っていないんじゃないですか?

:すべての衛星はチーズで出来ている
:月は衛星である
:ゆえに月はチーズで出来ている

うん、矛盾なく前提から答えを導けた。ゆえにこれは真実である。


さてはてどうなんだかね

 
 こんな意見、種を単位として系統解析をしている限り、分岐学は進化分類学(最節約法+類似度による折衷案)と同じなんだそうだ。

 はあ、まあねえ、ある解析を行ったさいに種を単位として使っていた(つまり暫定的に”このA種というグループ”に関しては問題は解決済みとして扱っていた)、ということを”結果的に側系統を認めていたではないか”と見なす(ような状況であることが分かった)のならば、そこに関しては”共通点になる”のでしょうねえ。

 ∧∧
( ‥)?? 個体を単位に解析をやればすむだけの話でしょ?

    (‥ )個体どころか遺伝子座でもかまわんでしょ。

 解像度上げれば色々なものが見えてくるんでしょうね。それは個体群とやらの遺伝的な交流の様相を見ているのかもしれないし(交雑しているA種とB種の間でミトコンドリアゲノムだけがA種からB種へ浸透しつつあるとか)、あるいは、種と呼ぶものではなく、その遺伝子そのものの系譜を観察しているのかもしれない(いわゆる”種”と人間が呼称するものと遺伝子の系譜はかならずしも一致するわけではない)。

 ∧∧
( ‥)まあ、以上の文章のA種/B種もそうですけども人間がカテゴリーを
    用いて意思疎通/あるいは解析を行うさいに”結果的に/意図的に
    側系統群、あるいは多系統群を含むカテゴリーを用いることがある”
    という点では分岐学と進化分類学の間に共通点はあるんでしょうね。

    (‥ )まあそうだね。

 問題はだから同じだと言えなくもないんじゃね? といっちまうことで。

 ∧∧
( ‥)何が問題なんでしょうね?

    (‥ )解像度が悪いんじゃねーの?

 100点ではないのだから75点と40点は同じじゃね? なんかこういうのって後退的な議論をする人が(結果的に例えば創造論者とかが/いや人間の誰しもがか/時々してしまう)よく使う手じゃなかろかね。

例:オレのも矛盾はあるがお前らのも矛盾があるのだからオレ様の仮説もお前らのものと平等に扱え。

 あともうひとつ気にかかるのが。

 ∧∧
( ‥)なんですか?

    (‥ )側系統群を認める。それが進化分類学の売りだったかしらね?

 あれは色々な意味でかなり難解なテクニックなんじゃないかと思ったことがあったのだけども、その認識は間違いだったのだろうか。改めて調べねばならぬ。

 

アニサキス

 
 先日の講演でお客に見せたアニサキス。アルコール漬けになっていたけども、それもグリセリンにつけて観察。

 
   ( ‥)おおー、すばらしい、よく見える
     -□
 ∧∧
( ‥)なんというんですか、口器になるんですかね、
  -/ 面白い形をしていますね。

 なんか色々とそれなりに構造が見えるじゃありませんか。うむ。時間をかけて把握していこう。

 ∧∧
( ‥)ところでイントロヴァート(陥入吻)は把握できそうですか?

   (‥ )ぱっと見、あるようには見えないなあ。そもそもアニサキスに
       Introvertがあんのかね?

 一応、ネマトーダには Introvert を持つものがいることはいるのだそうだ。とはいうものの・・・

   ( ‥)ネマトーダには関心もってなかったからなあ
       解剖学に関しては何にも分からん。
 ∧∧
( ‥)アニサキスも一応は幼虫ステージですしね。
    あるんだかないんだか。

 イントロヴァータの共有派生形質(でいいんだろうけども)には消化管をリング状に取り囲んで3つの部位に分かれる脳というものもあるそうだ。でもこれ、確認できるかね?

 ∧∧
(‥ )HPのコンテンツも修正、加筆していった方がいいでしょうね
 □-
 
   (‥ )仕事があるから少しずつにだな。

 

 

グリセリン

 
 戦争に次ぐ戦争で、2回も壊滅的な大戦争をしたあげくにやむを得ずしぶしぶ共同体になったものの、今だに反目の絶えないEU。

 それを考えると東アジア共同体って何それ? 効果がどのくらいあるの? 頭の方はどのくらい正気? と疑問は尽きず。

 閑話休題

 サンマに寄生する鉤頭動物ラジノリンクス。色が赤いので内部構造がよく見えず。そこでアルコール漬けにしていたものを本日、薬局で購入したグリセリンにつけてみましたところ。

    ( ‥)おおー見える見える。
      -□
 ∧∧
( ‥)透明とまではいきませんけど
    中身がちゃんと見えるようになりましたね。

 体内を何か管のようなものが通っているように見えるけども消化管なのかどうなのか。

 ∧∧
( ‥)肛門みたいな末端のくぼみも
    産卵する穴だったりして

    (‥ )体の後半になにかあるみたいなんだけど
     □-  消化管の内容物なのか、あるいは卵巣なのか
        あるは別の何かなのか・・・・

 ちょっと見たぐらいではさっぱり分からない。

 

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